2008年7月18日 (金)

ロシアが四川大地震の被災学童1,000人をウラジオストックなどに招待

 NHK・BS1の2008年7月18日未明から朝にかけての枠で放送された中国中央電子台およびロシアRTRのテレビニュースで、中国の四川大地震の被災地の学童1,000人あまりがロシア政府の招待でウラジオストックやノボシビリスク州のキャンプ地への3週間ほどの滞在に招待され、17日に出発したという映像を流していた。

 内陸の四川省や陝西省、甘粛省出身の子どもたちは、海を見るのは初めてという子どもたちも多いそうで、張り切って飛行機に乗り込む子どもたちの明るい表情を見てほっとした。ロシア側も「中国料理を用意しているし、水温も海水浴にちょうど良い」と張り切っていた。

 これは良いニュースであると思うと同時に、ロシアもなかなかやるなと思った。ソ連崩壊後の極東アジアは経済停滞やインフラの老朽化などのイメージが強く、廃船になった原子力潜水艦の解体などは日本が資金面でずいぶん協力した。それが、ブッシュ政権のイラク戦争開始も関わるロシア経済の絶好調と、プーチン~メドヴェージェフ政権のAPECのウラジオストック誘致や極東ガスパイプラインの推進など、ロシアは「極東」地区を大いにてこ入れしているわけだが、このニュースは金額としてはそれほど大きな話してないにしても、そうした流れの中でのニュースであるとも受け取れる。

 「ロシアが中国の子どもを大事にするのはあたりまえではないか、ロシアだの中国だのはもともと仲間。ロシア・中国・中央アジアによる『上海協力機構』に見られるように、日米同盟とは別の側だ」という見方をする人がいるかもしれないが、その点、森田のこれまでの経験に基づく見方は異なる。中国のある知識レベルの人の外交面での日本に対する評価を一言で言えば「でも結局はアメリカに従うんでしょ」というものであるとするならば、中国のロシア観を一言で言えば「油断できない」というものだ。

 小さな行事だし、「宣伝」と言えばそれまでかもしれないが、ロシアは極東における中国の対ロシア観を改善する機会をうまく捉えたと思う。ロシアの東アジア政策にプラスになるだろう。それにひき換え、わが日本の政府は、対中国にせよ、対ロシアにせよ、何もよい知恵を出していない。それどころか、何の必然性もないタイミングで「竹島問題」を持ち出して、日韓関係を極端に悪化させることで外交の足下を自ら崩している。

 洞爺湖サミットにはやたらカネもつぎ込み、プレーアップに努めたけれども、自民党政権には外交に関して本当の意味での「やる気」が感じられない。

 四川の子どもたちのために日本政府も今からでも何か考えたらどうか。政府がダメなら、自治体や企業でもいいから。

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2008年7月16日 (水)

芥川賞に中国人女性作家の作品選ばれる

 芥川賞に中国人である楊逸さんの『時がにじむ朝』が選ばれた。1面で報じた毎日新聞に「文学史上の事件」という見出しが躍っているが、日本もいよいよ本当の「国際化」の時代を迎えつつあるのだなあと思う。たいへん結構なことだ。

 サルコジ大統領がローマ帝国の領域と重なる地中海諸国会議を盛大に開催し、シリアのアサド大統領の出席を実現してレバノン情勢や中東和平に積極貢献するアピールに成功して存在感を示しているのと対照的に、わが国は本当なら日本が提唱して主導権を握るべき「六カ国協議」をアメリカ提唱、中国の仕切りに任せて文句を言うだけ、挙げ句の果てにはせっかく親日政権になりそうだった李明博政権に対して、何の戦略もタイミングの判断もなく「竹島問題」をわざわざ持ち出して「対日強硬路線」に追いやるなど、国のトップや政府のレベルでは「外交3流」を絵に描いたような現状だが、「中国人作家が芥川賞受賞」というニュースは、馬鹿な政治家や役人のレベルとは別に、国民の日常のレベルで、また文化のレベルでの「日本の存在」の可能性が高まってく可能性といったものを感じさせるのだ。

 すでに漫画・アニメなどポップカルチャーの世界など、政治・外交に関わりない部分で日本は世界の中に居場所を確保しているが、さらにアートや文学の世界でもいっそう魅力を発信し、また交流を育て、公的な部門でも各国の人々に日本語を学ぶ機会を提供し、日本の資料に触れる場を増やす作業を、これまでの「お役所仕事」のレベルから革命的にレベルアップすることを考えるべきだ。

 いつも言うことだが、わが国の外国語教育のほぼ「英語オンリー」の状態は早く改めるべきだろう。中学での外国語は、半分は英語でいいとしても、もう半分は中国語、韓国語、スペイン語、アラビア語などを第一外国語で学べるようにする方が、日本の未来は明るいように思う。

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2008年7月14日 (月)

「竹島」明記の愚

 福田内閣が、竹島(韓国名・独島)がわが国固有の領土であると中学校の学習指導要領の解説書に初めて明記する方針を固め、文言の最終調整に入ったと報じられている。日本では小泉内閣が過去に遠のき、韓国では李明博政権が誕生したことで改善ムードだった日韓関係はこれでたいへんなことになるだろう。

 「固有の領土である」ということがわが国の主張であるというのは、国際法という「法律」の世界の話であり、そんな話をわざわざ持ち出すというのは、韓国から見れば「島根県編入」のいきさつそのものが日本による植民地化の序曲であったと位置づけられているという「現実」「政治」を無視した最悪の愚挙であると思う。

 誰が起案し、誰が承認したのか。つまり誰に責任があるのか、野党とメディアは徹底的に追及して国民の前に真相を明らかにして欲しい。福田内閣は行政文書の管理に関心があるというが、それくらい追いかけられるようでないと話にならないということは確認しておきたい。

 そもそも「固有の領土」という概念自身、見方によってはあやふやなものだ。中学生に教えるべきは、イデオロギーとも言うべきわが国の一方的な見解ではなく、「係争」「対立」が存在するという現実だろう。

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2008年6月10日 (火)

党首討論とりやめ

小沢党首はなぜ党首討論に立とうとしないのか。国民に説明しない首相はいやだ。やはり政権交替には民主党の党首チェンジが必要なのではないか。

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2008年6月 5日 (木)

オバマ候補指名確実に=「反論理」の時代の終わりのはじまり=

 オバマ氏が米民主党の大統領候補になることが事実上確定した。イラク戦争、温暖化問題や核軍縮問題への真剣な取り組み拒絶、社会保障軽視など、長く続いた21世紀初頭の「反論理」の時代がようやく終わりを告げる転機となろう。

 ヒラリー候補との泥仕合化で、やや光明に翳りがあるような印象であり「党の亀裂修復、白人労働者層対策、女性票対策」などからヒラリー候補の副大統領候補指名を考えるのか、それとも「当選後の仕事のやりやすさ、古い政治との決別を優先」して違う副大統領候補を選ぶのかというのも悩ましい選択だが、いずれにせよオバマ氏の候補者決定についてNHK・BS1で見るABCの報道も「歴史的」を繰り返していた。

 「反論理」が世界を席巻した原因には、ビル・クリントン政権時代の倫理退嬰への反動、9・11などがあるが、歴史の分岐点はブッシュ対ゴアの2000年大統領選のフロリダに見るように、「紙一重」が運命を分けることがある。

 わが国でも、あいかわらず「上げ潮」だの、「地上部隊派遣ならアフガニスタンに自衛隊を出すのに民主党も賛成するだろう」、「資源値上がりは投機が原因ではない。フリードマンが言っていたではないか」といった反論理の言説がまかり通っている。

 まだ森田ごときにもやることがあるぞ。とオバマ候補確定のニュースを聞いて思った。

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2008年6月 4日 (水)

「アフリカ大使に課長クラス起用を」-鈴木宗男氏の説になるほどと思う

 先週の朝日ニュースター『ニュースの深層』で、上杉隆氏がアフリカをテーマに鈴木宗男代議士を呼んで話を聞いていた。泥棒にも三分の理と言うが、この最も腐敗した、品位のない代議士の話にも、いくつか耳を傾ける点があった。

 一つあげると、わが国のアフリカ駐在の特命全権大使が外交官の「上がりポスト」になっていて、大使たちも仕事よりも蓄財ばかりに熱心になっているので、ここには外務省の課長クラスの若い人材を大使として起用してはどうかと言うのだ。アフリカなど途上国との関係は「長くつきあうことが大事」であり、若い外交官も、こうした赴任で実績を上げれば本省に戻って出世のチャンスにつながるということにすれば、大いにやる気を引き出せると言うのだ。

 これは一理ある。6カ国協議のヒル米国務次官補が駐韓国大使を経験しているのは、今の仕事にたいへん活きていると思うし、ああいう人材が大使をやっていたことは、たとえば光州の5・18慰霊碑への献花といった形で、深いところで米韓関係にもプラスを生み出している。

 それにしても、あの鈴木宗男氏がご立派なことばかり述べるのを聞かされるのはなあ、と思って見ていたら、サブ司会者の重信メイさん=あの重信房子さんのお嬢さんだそうだ=が、アフリカはどの国も「腐敗」の問題がひどい。この腐敗の構造の中に入らないとなかなか実績が上げられないという現実があるが、そのような中で腐敗に巻き込まれずに日本外交が援助などで実績を上げるにはどうしたらいいと思うかと鈴木氏に尋ねていた。それも嫌みな感じでなく。いい質問でした。

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2008年6月 3日 (火)

福田首相の3つの「決断」

 「クラスター爆弾禁止」条約への賛成、「公務員制度改革法案」の成立に向けての民主党案への妥協指示。この二つについて福田首相がそれなりに指導力を発揮したと多くの人が評価していることと思う。森田はこの二つに、あと一つ良くない内容だが「宇宙基本法」成立を併せ3つの決断として記憶したい。

 福田総理は「テロ特措法」という、アメリカでも普通の人は誰も知らない法律、予算と表裏一体ながら、予算と違って衆院だけでは決められない新年度の税制法案という大きなテーマについて「衆院3分の2の再議決で、参院の否決や審議未了を覆す」という乱暴な手法を連続し、その他の政策課題についても鮮やかなカラーを打ち出すことがなかった。小泉政権が決めた「後期高齢者医療制度」、安倍政権による「与党の参院過半数喪失」というこれまでの政権の負の遺産に悩まされ、じり貧の感じが漂っていた。

 クラスター爆弾については、対人地雷の時の小渕外相の決断の前例があり、福田さんは世界政治について小泉氏や安倍氏とは違って基本的なリテラシーがある人なので、この決着には必ずしも驚かなかったが、正直言って「公務員制度改革法」の成立には正直言ってかなり驚いた。

 霞ヶ関のお役人たちはもちろん反対。族議員タイプの政治家たち、つまり自民党の大半の政治家も反対。福田さん自身も、政治手法ということについては戦後自民党の伝統的な手法の中でワザを発揮する方向に関心があり、「改革」といったことに関心があるとは思えなかったからだ。

 これだけ支持率が下がれば、何か前向きのことをしなければということだったのだろうが、「官僚の政治家との接触は文書で記録に残す」「幹部人事を各省任せにせず内閣でコントロール」といったことは、将来の政権・与党がまじめに運営していけば政治行政の姿を良い方向に変えていく可能性があると思う。しかし、法案の中味以上に重要なのは「昨年夏の参院選の結果が本当にはわかっていないのではないか」と言われ続けた福田首相が「野党と譲り合うことだけが政治を前に進め、また自らの生き残りの可能性を作り出す」ということを体感したであろうことだ。

 「宇宙基本法」は別の次元で福田首相の危険なリーダーシップが発揮された。いくつかの社説が指摘しているように、この法律は「宇宙の平和利用」を求める国会決議と矛盾する内容だ。もちろん、国会決議など事実上紙切れに過ぎず、問題は「法律」なのだが、この法律は森田の見るところ、軍事衛星についてか、あるいはミサイル防衛についての、福田総理の信念に基づくわが国の「軍事力」増強を指向したものであるように思う。

 これについて福田首相はマスメディアに反対キャンペーンを張らせるいとまも与えずに衆院民主党を抱き込んで殆ど審議抜きで、ハト派であるはずの河野洋平氏が議長を務める衆院を通過させ、参院民主党もあっという間に賛成して成立させてしまった。

 民主党は参院での問責決議可決という荒技を早期に繰り出すことを抑制し、「安倍内閣」まがいの新「右」内閣への交代を招いていないことは賢明だと思う。しかし、福田氏が「この国会構成の中での法案の成立させ方」に習熟していくとするなら、民主党の「右」がこれに寄り添っていくと、やっぱり「右」の路線が進んでいくように思う。

 福田さんは、安倍氏や、安倍のような人々よりは常識的でましだ。でも、お里を訪ねれば、やはり岸信介ら戦前からの流れを汲む清和会の人であることも間違いない。社民党や日本共産党はそこに厳しいチェックを入れるべきであると思うし、与党や民主党の中で「右」に警戒する人々も、低空飛行ながら巡航軌道に乗りつつあるように見える福田さんが、「与野党協議」を動かす中で、民主党内の「右」をうまく使いながら、結果として安倍晋三氏以上に「右」の足場を固めていこうとすることには注意が必要だ。週刊朝日も言っていたが、戦後、平和の党と自ら名乗っていた公明党の役割も大きいと思う。

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2008年6月 2日 (月)

コメ減反とりやめるべきか?

週末の注目発言は、世界的な食料価格の高騰を受けて「コメ減反政策をやめ、増産を図るべきである」という町村官房長官の発言と、それに対する加藤紘一元幹事長の「コメは余っている。自給率アップには大豆や小麦を作ることが大事だ」という批判だ。

どちらの意見が正しいのか。データの裏付けを得ながら、おいおい勉強しなければならないが、現段階の印象としては「減反とりやめ」策にもそれなりの理屈があると思う。

「減反取りやめ」策は、政府筋の話しとしてすでに人づてに聞いたことがあった。その説に沿って言うと、減反をやめるとどうなるか。コメはいちだんと供給が増え価格が下がる。このこと自体消費者に朗報だが、同時に国際的なコメ価格上昇で縮小傾向にある内外価格差がかなり縮む。その結果、今のような国際的に極端な高価格にある現状でも、アジアの富裕層向けに売れている日本産のコメの国際競争力は高まる。

コメの価格が下がれば、農家の収入が減るという問題がある。わが国の環境、生態系、農村部の景観を守るためには、農家を支えるためには民主党の主張するような財政支出が必要になるが、減反政策をやめることで現在そのために支出している補助金は必要なくなる。農水省関係者の試算では、必要な新しい補助金の金額は、現在の補助金より少なくて済むという。

町村官房長官の主張が「小泉構造改革」と同様のインチキ話なのか、それとも加藤紘一氏の方が、現在の利権構造と保守的な心情に寄りかかった政局がらみの「ああいえばこういう」類のことなのか。いずれにせよ、農政の方向性については集中した再検討が必要だ。各政党も、国民に選択肢と自らの方向性を示すべきだ。

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2008年5月30日 (金)

「自衛隊機中国派遣見送り」の報に

「中国が自衛隊機派遣要請」という見出しをみて、「ぜひ派遣すべし」とフライングで感想を述べてしまったが、結局は派遣見送りだそうだ。

たしかに日本海軍による重慶爆撃は、ゲルニカや広島・長崎に先立つ、無差別都市空爆の世界史における嚆矢であったという指摘もあるわけで、町村官房長官ばかりでなく、森田自身も、そこまで一気に乗り越えることができるような期待を持った不明は恥じなければならないと思う。

とにかく、今は自衛隊派遣の可否などはサイドストーリーに過ぎないので、中国のニーズにどうすれば最大限に応えることが出来るかに意識を集中すべきだろう。

それにしても、自民党の一部に「中国は失礼だ」といったもの言いが聞かれるというのは呆れてしまう。相手の悪口を言うよりも、例えばアメリカの軍用機は、かつてはユーゴの中国大使館誤爆事件や偵察機の強制着陸事件などもあった米中の軍同士の関係を乗り越えて、すでに救援物資を運んでとっくに中国に飛んでいるという現実を直視すべきだ。

つまり、残念がるなら「ぜひ来てください」と言ってもらえるような信頼関係を構築できていないことを残念がるべきなのだ。小泉首相の靖国参拝で、アメリカが米中関係の信頼構築に努めた5年間を、わが国は空費してしまったことのツケがまわってきているだけの話と考えるべきだ。とにかく、繰り返しだが、今はそんなことより何をすべきか、何が出来るかに集中すべきだろう。

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2008年5月28日 (水)

中国の「自衛隊機派遣」要請に驚く

第一報を聞いて驚いた段階での感想だが、まず結論から言えば、飛べる輸送機とヘリコプターを全部提供してでも要請に応じるべきだと思う。

驚いたのは、阪神大震災の時のわが国と同様に、外国の援助受け入れには全く不慣れであるように見受けられ、また日本の「軍」だの日の丸には強いアレルギーがあるに違いないと思いこんでいた中国から、日本の「軍」用機の派遣要請があったことだ。

背景には、おそらく中曽根元首相のような人々から中国政府に売り込みがあったのではないかと想像する。そう言えば、空自のOBでイギリスの危機管理会社の顧問として中国に駐在している人がいるという話を聞いたこともあるので、そういった「民間」レベルの中国政府への助言もあり得ると思う。

森田は基本的に、社会の中でミリタリーの占める位置が大きくなることに賛成ではない。しかし、ここは「自衛隊のセールスマンたちに乗せられているかな」という懐疑を持ちつつも、彼らが日頃語っている「自己完結で外に出て役立てる組織は、日本では自衛隊だけ」という点に当たっている面もあると思う。実際に役に立てる可能性は大きいのではないか。

法的には「国際緊急援助隊法」といったことになるのか?とにかく名古屋高裁で違憲判決が出たような、アメリカの戦争を手伝うための海外派遣ではなく、まさしく要請を受けての災害救援派遣だ。

政府間の調整などに、なかなか大変なことはあるのかもしれないが、ニーズに最大限応える派遣が、迅速に行われることを期待したい。この問題では、ひょっとすると森田と安倍晋三氏あたりは同じ意見ということになるのだろうか。それとも、中国に軍事機密が漏れるから慎重にと言うのだろうか。

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2008年5月23日 (金)

(メモ)最近の政治経済情勢に関わって

最近の政治経済情勢に関わって、思い浮かぶままに(一部、最近の発言と重複)

1. 「ねじれ国会」「胡錦涛主席来日」、また洞爺湖サミツトに向けての「温暖化対策」  など話題が多いわけですが、国際情勢を考えても、また国内の問題を考えても「21世紀に入ってから10年近くのわれわれがとってきた進路というものが、概ね正しいものだったのか、それとも、ある程度軌道修正といいますか、基本的な考え方を再検討した方がいいのか」ということを少し考えてみたいと思います。

2. いま食料が大幅に値上がりしています。パンもバターも牛乳も1割も2割も値上が  りしているということで、裕福なご家庭はいいかもしれませんが、月々はトントンとか、ボーナス頼みで月々の赤字を埋めて暮らしているといったお宅はたいへんです。世界中で穀物価格が上昇している。途上国の貧しい人々にとっては、それは飢え死にの危機を意味しています。穀物価格上昇の理由は複合的なものである言われています。

① まず、小麦の大産地であるオーストラリアが2年連続で干魃に見舞われたことが供給不足を招いたということが言われています。気象異変は世界的規模で、これも二酸化炭素排出による「温暖化」と関係があると言われます。

② さらに、中国やインドなどこれまで貧しかった国々がだんだん豊かな社会になって、これまで穀物を食べていた人々が肉を買って食べるようになった。そのことは結構なことなのですが、急速に伸びる食肉の需要を満たすためには、家畜のエサとなる資料穀物が大量に必要になってくる。

③ それに輪をかけて、「バイオエネルギー」の推進ということが穀物の値上がりに輪をかけることになりました。温暖化は科学的に証明されていないなどと言っていたブッシュ政権が、中間選挙での敗北や、ゴア元副大統領のキャンペーンが有権者の支持を受けていることを見て突然方向転換し、温暖化対策に熱を入れたわけですが、これでアメリカの農家はその方がずっと儲かるということで、今まで日本の醤油や豆腐のために作っていた大豆を燃料用のトウモロコシに切り替えるといったことが起こり、これまで作られていたトウモロコシも燃料用にまわされて値段が上がり、これまでトウモロコシを食べていたような豊かではない人々が、これはアメリカ大陸だけではなくて世界的に、食料が手に入らなくなって飢えるようにさえなってしまった。これを受けて、バイオエネルギーを推進するとしていたヨーロッパではEUなどもその政策を見直そうという動きを見せています。

④ さらに、これに輪をかけているのが「投機的なマネーの動き」というものです。アメリカの住宅バブル崩壊で株式市場などにも影が差す。石油の値上がりも激しいけれども、これはもう値上がりしすぎで、これ以上これに注ぎ込んでもあまり儲からないかもしれないと言っているところに、穀物価格が急上昇をはじめて、これがどっと流れ込むということが起こった。アメリカを始めとする先進国の金融政策の不備、投機マネーを野放しにしていることなども原因になっているのです。

 こうして見渡してみると、一見別々のことのように見える「環境問題」、「中国・インドの台頭と世界経済」、「エネルギー政策」、「食料・農業問題」、「経済政策」、「国際金融」といったものが複合的にからみあっていることが分かります。逆に言えば、今の世界は「環境問題」なら環境問題、「金融政策」なら金融政策といったように、個々の政策を行き当たりばったりに、あるいは特定の業界の声だけに耳を傾けて政策を決めていてはうまくいかない。いろいろなことを、それぞれの連関も視野に入れながら、総合的に企画していくということが重要になってきていることがわかります。

洞爺湖サミットにおいても、おそらくそういった方向で議論が行われるのではないかという気がします。われわれも、こういった問題を総合的にどう組み立てて、国益を守り、国民生活を守っていくのかということを、もう一度しっかり考え直す必要がありそうです。

3. 食料と並んで値上がりが激しいのがエネルギー価格です。これも、一部では「中国  やインドが大量に使うようになったので」ということが主な理由として言われますが、一方で「現状では、実際の需要をまかなうだけの石油生産は行われている」とも言われており、やはり「投機マネー」の動きなどの要因を指摘しなければなりません。

さらに、石油については食料の話しと違って「戦争」という要因を重視しなければならないと思います。端的に言って「イラク戦争」の問題です。ブッシュ政権は、ある意味で国際社会の多数派の意見を押し切ってイラクの問題を戦争で解決しようとした。わが国も、小泉政権の時代ですけれどもこれを「支持する」と表明した。

憲法第9条を持つ国として、国際紛争を戦争で解決しようというのを「支持する」 というのはスジとしておかしいというのが私が言っていたことですが、そのことを置いておくとして、イラクに対して戦争をしかけた結果どうなったか、今どうなっているかということを考えてみますと、イラクの情勢はご承知のようなことですし、イランの問題、レバノンの問題、アフガニスタンの問題など、そしていま必死で取り繕っているパレスチナの問題など、端的に言って中東情勢は収拾のつかない様相を呈していて、これが原油高の大きな背景にあることは言うまでもないことなのです。さらに、アメリカの中東や世界におけるリーダーシップは後退する結果を招いているわけです。

わが国やアメリカの中東をよく知る人々はこうした状況を的確に予測していましたので、そういう専門家の意見を無視して開戦を支持するということが良かったのかどうか、よく反省する必要があります。「世界を民主化する」という理想は良いのですが、政治は「結果」ですから、よい理想を掲げていればどんな結果を招いても免罪されるというものではありません。

4. 4月にイラクへの自衛隊派遣について名古屋高裁が「違憲」判決を出すということ  がありました。ひとつには、航空自衛隊が活動しているバクダットの空港は戦闘地域なのだから、憲法という以前に「イラク特措法」違反ではないかということでした。さらに、輸送機で米軍の兵員や武器弾薬を運ぶのは、まさしく国際紛争を武力で解決しようとする人々の活動と一体であり、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄している憲法第9条に違反するというものでした。

この判決とその後の政界などの反応については、二つ言わなければならないことがあります。一つは、政府与党に「この判決の憲法判断は判決の主文でない、傍論なのだから」とことさら軽視するような意見が目立つことです。私は、こういった姿勢は、憲法の権力の相互抑制を重視する考え方から言って望ましいものだとは思いません。「権力の相互抑制機能の作動」として、司法府から「違憲」との判断が示されたわけですから、少なくとも「司法の判断として、重く受け止め、立法や法の運用に憲法の趣旨に反することがないか、あらためてよく再検討してみたいと思います」と謙虚な立場を示すのが本来とるべき姿勢ではないかと私は思います。もちろん、「傍論である」という指摘自体はその通りであり、この判決が司法全体の意思決定というわけではないわけですが、しかし基本姿勢としてはそのようであるべきだと思うわけです。

自衛隊についての、戦後のこれまでの議論を大くくりにしますと、まず第一段階としては、社会党などに異論がありながらも「戦争放棄の憲法は、侵略に対する自衛権や自衛隊の保持は認めている」という線が、戦後の自民党政権の一貫した姿勢でした。

そして冷戦終焉後、第二段階として「国連の活動、しかも紛争解決のための武力行使ではなく、例えば停戦している二つの勢力の間に割って入るといった活動は、多少危険だけれども国際社会の一員としてやるべきだ」というのが、宮沢内閣の時に成立した国連PKO協力法でした。ここまでは、国民合意も成熟してきているのではないかと思います。    

第三段階は、橋本内閣、小渕内閣がクリントン政権との間で進めた、いわゆる「周辺事態」の話しで、安保条約を結んでいるアメリカ軍をいざという時は手伝える範囲を広げましょうという話しでした。後藤田正晴さんなどもそうでしたが、私はここのところは慎重に考えるべきと考えていました。またこの内容は安保条約そのものには含まれていないもので、国内法としては整えられているけれども、アメリカとの約束という面では「国会で批准された条約改正」という手続きを踏んだものではありません。

私の見るところ小泉政権の「イラク戦争支持」と自衛隊のイラク派遣は、法律としては整えられているけれども、この第三段階をも飛び越えて「武力で紛争を解決しようとするアメリカを、兵員弾薬輸送で手伝う」というところまで飛躍してしまっているように思うのです。    ですから、私はこの判決もひとつの薬として、アメリカもマケイン氏が大統領になるにせよ、オバマ氏が大統領になるにせよ、とにかくブッシュ政権は終わって仕切り直しになるわけですから、わが国も一度頭を冷やして、憲法と自衛隊といった基本的な問題についても一度しっかり整理し直した方がいいのではないかと思います。

なお、判決をめぐって航空自衛隊の最高幹部が「そんなの関係ねえ」と発言したと伝えられましたが、これは言語道断のことであり、ほんのひと世代前の経験に鑑みましても、軍事力を持った集団の奢り高ぶりといったものは厳しく戒めていく必要があると思います。

5. 道路特定財源問題、あるいは後期高齢者医療問題などの弱い立場の人のセーフティーネットの問題など、いま大きな問題になっていることも、21世紀になってからわが国がとってきた路線、すなわち「構造改革」とは言うけれども、言ってみれば何でも横並びで歳出カットさえすれば良いというやり方全体をよく見直す必要を示していると思います。

ヨーロッパのような高福祉高負担では、経済成長が阻害されると言われ続けましたが、現実には例えば「一人あたりのGDP」といった指標で、つい最近ドイツやフランスに抜かれて世界18位に後退したと報じられました。日本経済がぱっとしないのと比べ、「高福祉・高負担」のフィンランドやノルウェーなど北欧諸国の経済は絶好調と言われています。

幸い、今年の秋か来年には総選挙が行われます。自民党も、民主党も、国会での抗争や、党内政局にばかりかまけることなく、21世紀初頭のわが国と世界の歩みをよく再検証し、国民に「これからの日本の進路はこれだ」という路線をしっかり整理して打ち出してもらいたいと思います。

                                                 以上 

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2008年5月21日 (水)

クラスター爆弾国際会議-NHK山澤記者のレポートに違和感

おととい5月19日(月)、ダブリンでクラスター爆弾の禁止を目指す「オスロ・プロセス」の最終合意をめざした会合が始まった。小型爆弾を多数ばらまくクラスター爆弾は、一昨年、イスラエルがレバノンに侵攻した際に使用され、戦闘が終わって軍隊が撤収したあと多数残った不発弾の事故で、多くの子どもたちが亡くなったり、手足を吹き飛ばされたりしたことで、かつての「対人地雷」と同様、人道的観点からの廃止論が高まった。

「オスロ・プロセス」は、対人地雷の時のカナダ政府の役割をノルウェー政府が買って出たもので、この「有志」のプロセスには対人地雷の時と同様に、アメリカ、ロシア、中国といった国々は参加していないが、志ある国々の政府と国際NGOが連帯して、具体的な措置を動かし、国際世論も動員することでこうした国々をも動かそうというものだ。

各紙で報じられている通り、一方ではアメリカ、ロシアなど禁止に反対でこのプロセスに参加していない国々があり、その反対にノルウェー、中南米諸国など全面廃止に積極的な国々、そしてその中間に「部分禁止」を主張する英仏独などの国々がある。

それでは、わが国、日本政府の立場がどうかと言えば、朝日新聞2008年5月20日付3面の記事では「日本や英仏独などは‥『信頼性が高く、正確なものは除外すべきだ』という立場を取る」と書いている。さらに毎日新聞の同日付は英独仏は「最新型」のみを例外とすることを主張しているのに対し、日本は現在保有するものを持ち続けることを前提に「不発率が実戦で10%以上もあるとされる現有の『改良型』の堅持を主張している。国連の軍縮関係筋は『日本の主張に同調しそうなのはフィンランドくらいだ。逆に、他の部分禁止派と全面禁止派の溝は狭まっている』」と報じている。

現段階での日本政府は、当時の小渕外相が政治決断する以前における「対人地雷」の時と同様、アメリカにおもねる外務省と、軍事力維持の面だけから廃棄に反対する防衛省が積み上げてきた、いわば霞ヶ関のお役人たちボトムアップで形成された政策を主張することに止まっている。自民党政権が長く続きすぎたせいか、そこに憲法第9条の理想などかけらも見あたらない。福田さんにも、せめて小渕さん程度の大所高所からの政治的な判断を期待したいものだ。

ところで、このことを報じた2008年5月19日放送のNHK・BS1の「今日の世界」(22:15~)において、スタジオからの原稿読み上げと字幕では、わが国が英独などとともに「全面禁止」には反対し、「部分禁止」を主張していることを紹介していたが、現地からの山澤里奈記者のレポートでは、わが国がどういう立場をとっているかという話がスッポリ抜け落ちていた。これでは極右の経営委員長とは逆の意味で「どこの国のニュース番組なの?」ということになってしまう。「合意をめざすノルウェー政府代表が部分禁止を主張しているイギリスやドイツの政府代表を訪ね、妥協点を探っている」というだけの原稿は、「日本は全面禁止に反対している」という事実の印象を、作為的に薄めようとしているのではないかと感じた。

NHKの国際部記者が、外務省の役人や自民党の一部政治家と良い関係を築いておきたいというのは処世術かもしれないが、あまりに「アメリカ政府に最大限に媚びを売り、日本国民にはそのことを最大限覆い隠しておきたい」一部外務官僚に操作されていることが見え見えで、その思惑通りの放送をしているのでは公共放送の使命を果たしていることにならないと思う。

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2008年5月19日 (月)

ハマスとも、イランとも対話を

ブッシュ大統領が中東歴訪で「ハマスは和平の障害」などと発言し、ヒズボラとも対決姿勢を示しているという。そもそも、選挙はもう少し先に延ばしたいというアッバス大統領に対し、ブッシュ政権が「早期総選挙」を無理矢理押しつけたのが、総選挙でハマスが勝利する要因の一つだったのだ。自分で原因を作っておきながらよく言ったものだ。

政権末期で「業績」を残したいために、イスラエル=パレスチナ和平問題に取り組んでいると言うのだが、いくらイランのアフマディネジャド大統領が「イスラエル抹殺」などの過激発言をしているからとは言え、イラン軍事攻撃にはっきり反対していた中央軍司令官を更迭するなど、ブッシュ=チェイニー路線は政権が終焉するまで有毒ガスを発し続けているようだ。

ネタニヤフ政権時代に一度だけイスラエルに行ったことがある。帰国するとモサドじゃないかなという感じのイスラエル大使館の人がやってきて「東エルサレムがパレスチナ国家の領域になるという考え方をイスラエルが受け入れているわけではない」と強調していたが、現地エルサレムで会った、ユダヤ教過激派のテロで亡くなったイツァーク・ラビン首相の息子さんなどは、われわれから見ても常識的な、リベラルな考え方の人だった。

イスラエル建国60年ということで、イスラエルのいろいろ立場の人々のことが新聞やテレビで紹介された。どの国にもごりごりの頭の悪い「右」は存在する。イスラエルにおいては極めて強い。でもラビン氏の子息のような、まともな人々も少なからず存在するので、こうした人との連帯の輪を広げていくことは大事だと思う。ブッシュの前には、カーター元大統領が政権の反対を押し切って、シリアでハマスの指導者と会談したと言うが、こうした「対話」以外に問題解決に近づく方法はない。

一方、イランも「核開発支持」「反米」の保守派が圧倒的に強いとは言え、一般市民のレベルでは密かに「アフマディネジャドは勘弁してほしい」という空気も根強いと言う。森田はイランと対話するというオバマ氏を支持する。

同時に、アメリカの民主党系の人も「アメリカにとってイラン問題は、実はイスラエルの安全の問題」と率直に話してくることを勘案すると、わが国としてはイランに対して「アメリカのイラン攻撃には反対。NPTの範囲内なら、核の平和利用の権利も理解する」と言った上で、「ただし『イスラエル抹殺』は過激すぎるので、そういうことを言うのはなんとか止めてほしい」と直接に働きかけることが大事ではないか。

中東1課も2課も頑張っていることは知っているけれども、カーター元大統領や、悪い方で活躍しているブッシュ大統領に比べ、日本は中東情勢において「不在」を続けているように見える。

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2008年5月18日 (日)

堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書) =”読むべき”ベストセラー=

手に入りやすいコンパクトな本でありながら、アメリカ社会の知られるべき一面を良く整理して教えてくれる良書。すでにベストセラーになっているが、いろいろな国の事情に少しでも通じておきたい人にとって、アメリカについては真っ先に読むべき本だと思う。

アメリカは徴兵制ではないのに、イラク戦争などを戦う兵員の確保が可能なのはどうしてか。それは、所得格差が大きく、軍隊の給料でもそれまでの年収の2倍になるという若者がたくさんいて、軍に入れば大学進学が可能になるという話が流布されているからだ。

堤未果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」は、そうしたことも含め、アメリカ、の経済社会の実際の姿をケースを通じ身近なものとして理解させてくれる。森田もこれまでは「軍に入れば大学に行ける」という話を鵜呑みにしていたが、それすら詐欺まがいの話であることをこの本を読んで知った。

「借金が返せるいい仕事がある」と民間軍事会社によってイラクに送り込まれた中年アメリカ人男性が、劣化ウラン弾か何かの放射線障害らしきものに苦しみ、酷い目にだけあって帰国後も苦しんでいる話など、本当に酷い話だと思う。同じような立場で現地で戦闘により死亡した人々も多いのに、これは戦死にカウントされない。こういったことについても、アメリカの本当の姿として知られるべきだ。

格差と食生活の連関など、ABCの『ナイトライン』などを見ているような人には常識となっている話題が多いと言えるかも知れないが、とにかく高校生や大学生にはぜひ読んでみてほしい本だ。自民党の小泉・竹中「構造改革路線」はアメリカ礼賛路線と言えるが、こうした路線で企業「競争力」だけを追求する路線が何をもたらすか想像してみるべきと思う。

ベストセラーに読むべき本は実に少ない。最近の『女性の品格』といった頂き物大好きの元官僚が書いた一種の「盗作本」のことなどが話題に上ると、高校生の頃読んだバートランド・ラッセルの『幸福論』に今のベストセラーに後年読み継がれる本は全くないので、そんな本は読まずに古典を読むべきだという話が書いてあったことを思い出す。しかし、この『ルポ貧困大国アメリカ』は全く例外だ。大きな本屋のベストセラーコーナーに下らない本と一緒に並んでいてもどうか敬遠されずにお読み下さい。

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2008年5月15日 (木)

内田樹氏の「頭を冷やせ」になるほど。

東京は久しぶりに良い天気。昨日までコートを着て、事務所近くまで地下鉄を乗り継いだのに、今朝は日よけにキャップをかぶって外苑東通りをウォーキング。事務所に入ると、やはり昨日まではモーツァルトの短調のピアノコンチェルトなぞを聞いていたのに、今日はベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』、往年のジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団の演奏CDなど久しぶりにかけてみる。

ここのところ、チベットのことで中国に対して批判というよりは誹謗中傷する連中に頭に来て、特に聖火リレーをデモで妨害する行為に対する反発から、カッカと来ていろいろ言いながら、なんとなくスッキリしない気分でいたところ『毎日新聞』2008年5月12日付夕刊で内田樹氏の「争いがとりあえず決着するために必要なのは、‥当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという『節度の感覚』を持つことである」「『いいから少し頭を冷やせ』というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような『大人の常識』を私たちはもう失って久しいようである」という論を見た。

いつも内田氏の議論は面白いと思うが、今度も第三の視点を出すとすればこういうことかとなるほどと思った。ただし、内田氏も「そんなことは言っていない」と言われるだろうが、森田としては21世紀に入ってからのわが国の政策の方向性の誤りについて批判し、代替プログラムを模索することを「自制する」つもりは毛頭ないけれども。

【以下は、毎日新聞2008年5月12日夕刊より内田樹論文 =『内田樹の研究室』より=】      

オリンピックの聖火リレーをめぐる騒動を眺めていて、いささか気鬱になってきた。何か「厭な感じ」がしたからである。何が厭なのか、それについて少し考えたいと思う。
 熱い鉄板に手が触れたときに、私たちは跳びすさる。「手が今熱いものに触れており、このまま放置すると火傷するので、すみやか接点から手を離すことが必要である」というふうに合理的な推論してから行動するわけではない。たいていの場合、私たちはわが身に何が起きたのかを行動の後に知る。
 聖火リレーにまつわる「厭な感じ」はそれに似ている。
 だから、この論件については、誰の言い分が正しく、誰の言い分が誤っているというような「合理的」なことは申し上げられない。それは「厭な感じ」が議論の内容ではなく、論を差し出す仕方のうちに感知されているからである。語られている政治的言説の当否は私にとっては副次的なことにすぎない。
 私が「厭な感じ」を覚えたのは、たぶんこの政治的イベントに登場してきた人たちが全員「自分の当然の権利を踏みにじられた被害者」の顔をしていたせいである。
 チベット人の人権を守ろうとする人々も、中国の穢された威信を守ろうとする人々も、聖火リレーを「大過なく」実施したい日本側の人々も、みな「被害者」の顔で登場していた。ここには「悪者」を告発し、排除しようとする人々だけがいて、「私が悪者です」と名乗る「加害者」がどこにもいない。
 そんなの当たり前じゃないか、と言われるかも知れない。権利を主張するということは「被害者」の立場を先取することなのだから、と。
 まことに、その通りである。「本来私に帰属するはずのものが不当に奪われている。それを返せ」というのが権利請求の標準的なありようである。それで正しい。困ったことに、私はこの「正しさ」にうんざりし始めているのである。
 近代市民革命から始まって、プロレタリアの名における政治革命も、虐げられた第三世界の名における反植民地主義の戦いも、民族的威信を賭けた民族解放闘争も、つねに「被害者」の側よりする「本来私に帰属するはずの権利の奪還」として営まれてきた。
 私たちが歴史的経験から学んだことの一つは、一度被害者の立場に立つと、「正しい主張」を自制することはたいへんにむずかしいということである。
  争いがとりあえず決着するために必要なのは、万人が認める正否の裁定が下ることではない(残念ながら、そのようなものは下らない)。そうではなくて、当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという「節度の感覚」を持つことである。エンドレスの争いを止めたいと思うなら「とりつく島」は権利請求者の心に兆す、このわずかな自制の念しかない。
 私は自制することが「正しい」と言っているのではない(「正しい主張」を自制することは論理的にはむろん「正しくない」)。けれども、それによって争いの無限連鎖がとりあえず停止するなら、それだけでもかなりの達成ではないかと思っているのである。
 私が今回の事件を見ていて「厭な感じ」がしたのは、権利請求はできる限り大きな声で、人目を惹くようになすことが「正しい」という考え方に誰も異議を唱えなかったことである。「ことの当否を措いて」自制を求める声がどこからも聞こえなかったことである。
 「いいから、少し頭を冷やせ」というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような「大人の常識」を私たちはもう失って久しいようである。

(毎日新聞2008年5月12日付夕刊)

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2008年5月14日 (水)

朝日新聞記事「五輪の囚人」(4月28日付)

最近、新聞を読んでいて「えッ」と思った記事があった。それは、中国で当局批判を行って投獄されたり、そうした人々を助ける弁護士の活動を報じたものだった。一昨日、池上彰さんのコラムを読んでやっぱりメモしておこうと思った。

森田自身も、基本的人権の尊重されるべきことは人類普遍の原理であると思っている。また日本国憲法の定めるところにより、わが国も国家としてそのような立場であるはずである。ここに報じられたような事実があるならば、メディアがこれを報道するのは当然のことだ。「えッ」と思ったのは、申し訳ないことに中国駐在メディアは、当局の目を恐れてこのような報道は自己規制してしまうだろうという先入観があったからだ。

以前、故田中角栄元首相の葬儀に際して、ある政治家が読んだ弔辞について田中真紀子代議士が「父の全てを語って下さいました」と礼を述べた。実は、その弔辞を担当した歴史観に欠け、空気ばかり読むライターは、田中角栄氏の事績を振り返る弔辞から「ロッキード事件と裁判対策としての自民党闇支配」については全て欠落させていた。

昨年の温家宝首相の国会演説、先般の胡錦涛主席の早稲田大講演で「日本の戦後の歩み」が高く評価され、ODAへの感謝も述べられた。「タブー」は破られた格好だが、これら首脳スピーチが歴史の流れを語る際に言及が避けられるのは、『大地の子』が中国で放送されなかった原因とも考えられる「文化大革命」と、6・4天安門事件だ。しかし、実はここを抜きに中国の本当の歴史を語るのは難しい。

こうしたことが率直に語られるようにというのは、当面の外交課題というのとは少し違うだろう。しかし、とにかく「五輪の囚人」を取材した記者や、この記事の掲載を決断したホネのある人々の頑張りが助けとなって、いつの日にか、中国の人々とこうした20世紀後半、あるいは21世紀初頭の「歴史」についても構えることなく本当のことを語り合える日が来るといいなと思う。

【以下は『朝日新聞』2008年5月12日付夕刊be4面の池上彰氏によるコラムの写しです】

(池上彰の新聞ななめ読み)「五輪の囚人」 記者の怒りと勇気、感じる

 新聞記事の中には、これだけの内容に仕上げるには、さぞかし苦労があったのだろうと思わせるものがあります。最近では、「北京百日前」企画のひとつである「五輪の囚人」が、そのひとつでした(4月28日朝刊)。

  中国で、「北京五輪に巨費を投じるより人権状況を改善してほしい」という署名活動をしただけで、「国家政権転覆扇動」の罪で懲役5年の判決を受けた男性。逮捕された後、拘置所でベッドに手足を縛りつけられたまま食事や排泄(はいせつ)を強いられたという。この男性は、「五輪の囚人」と呼ばれる。
 人権活動家を支援する弁護士が、「公安」と名乗る4人の男に拉致され、3日間も監禁されたという。
 別の弁護士は、逮捕されている活動家の面会に行く途中で暴漢に襲われ、重傷を負ったが、警察は取り合ってくれない。
 中国国内で相次ぐ事件の数々を伝えています。「共産党独裁政権の弾圧を恐れずに人権や民主、法治、言論や信教の自由などを訴えているのは活動家だけではない。彼らを支援する弁護士も、身の危険にさらされながら闘う」と北京の朝日新聞記者は書きます。
 活動家の弁護をする弁護士は、弁護士の業務を停止させられたり、本人自身までもが国家政権転覆扇動罪に問われたりする危険があるというのです。
 こうした事実を、中国の報道機関は報じません。報道機関自らが、共産党中央宣伝部によって統制されているからです。
 「権力は党に集中する。その幹部に不正がはびこる。メディアは沈黙する。大衆が不満を募らせても、党批判は断罪されかねない。罪に問われた被告を守ろうとすれば、弁護士にも身の危険が迫る。
 これが中国の現実だ」
 記事には、記者の怒りが滲(にじ)んでいます。しかし、報道の自由がない中国で、日本の新聞記者が、こうした現実を取材すること自体、当局の妨害を受けるはずです。電話が盗聴されていることを前提にして、取材対象に迷惑をかけないように配慮しながら、取材の連絡を取り合う苦労。
 当局にとって都合の悪いことを書けば、その後、陰に陽に嫌がらせを受けることが容易に予想できる中で、ペンを鈍らせることなく、どこまでのことが書けるのか。
 この記事を書いた記者は、きっと中国の弁護士たちの行動に勇気づけられて、ペンをとったのでしょう。その記事を読むことで、私たちもまた、勇気づけられるのです。

(朝日新聞2008年5月12日付夕刊be4面)

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2008年5月13日 (火)

民主党の「平沼赳夫氏との連携」には賛成できない。

四川省で大規模な地震があり、大きな被害が出ているという。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げると共に、日本政府も有効な支援に力を尽くしてほしい。

さて、毎日新聞の2008年5月12日(月)付朝刊2面に、「合い言葉は反自民-政界再編へ『野人の会』」という見出しの囲み記事が出ていて、国民新党の綿貫民輔氏と平沼赳夫氏の顔写真が二つ並んで載っている。

週の初めから変なものを見てしまったという気分だ。まずは、第3極なんてものは現段階で国民にとっては不要だ。必要なのは、今の連立与党から、今の野党にスッキリ政権交代が実現することで、アメリカ一辺倒の戦争協力路線と、弱者切り捨ての新自由主義路線からの「転換」を明確にすることだからだ。野党にはそういう旗をまずしっかり立ててもらうことが必要だが。そもそも第3極などというものを必要としているのは、参議院のコントロールを取り戻したい自民党の方だ。

平沼氏というのがそもそも気に入らない。綿貫氏なんて者も前議長として偉そうなこと言っているのがプレーアップされているが、宮沢内閣時の自民党幹事長として政治家としては全く無能であることをさらけ出した「みんなで靖国神社に参拝する会」の神主さんに過ぎない。もっとも、国民新党については亀井久興幹事長がテレビで話していることが党の路線であるとするなら、外交ハト派、マクロ経済重視の保守中道路線と言えるわけだが。

平沼さんは「極右」ですよ。いまの後藤田代議士と故後藤田正晴代議士との関係に似たような血縁関係にあり、義理の祖父になっている戦前の平沼騏一郎首相は、戦前の構図の中でも「右」と言われた人で、米内海相や山本五十六海軍次官が体を張って抵抗した「日独伊三国軍事同盟」を強力に推進しようとしていた首相在任時に、ヒトラーが突然ソ連と不可侵条約を結んだことにパニックを起こし、欧州情勢は「複雑怪奇」とって政権を投げ出してしまったような人だ。

平沼氏のこれまでの言動を見ると、極右体質も、情勢判断能力の欠如も、まさしく「おじいさん」の生き写しだ。以前「民主党の早期問責提出は、麻生太郎内閣への交代の引き金になり、そうすれば中川昭一、安倍晋三らがもれなくついてくる」というようなことを書いたが、平沼氏はイデオロギー的にも、もれなくついてきそうだという点でもこのご一統なのだ。

民主党はこんな平沼氏の選挙に協力するため、同氏の選挙区への候補擁立を見送っている。民主党岡山県連は、昨年当選した変な参議院議員の擁立など、ちょっとおかしいのではないか。

とりとめないこと書いてしまったが、kojitakenという方が書いておられる「きまぐれな日々」というブログの民主党は平沼赳夫一派との連携を模索するな(5/3)、タカ派政治家の劣化(5/12)、平沼赳夫首相」の悪夢(5/13)が参考になると思います。

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2008年5月12日 (月)

NHKスペシャル「セーフティーネット・クライシス」【感想】

NHKスペシャル「セーフティーネット・クライシス~日本の社会保障が危ない~」を見る。社会保障というと、話題として何が目立っているかということで「①年金、②高齢者医療、③介護保険‥」といった順番でとりあげられることが多いように思うが、ここでは「①医療保険、②介護保険、③生活保護、④教育支援‥」という順番で、しかもここのところ急速に進んだ「正規雇用の非正規雇用による置き換え」「小泉改革による社会保障費削減」がもたらしている影響という明確な視点を持って取り上げていた。

また「暗い面ばかり取り上げている」という自民党の政治家もいるのだろうが、さすがに小泉内閣以来の政権ブレーンである吉川洋氏も「非正規雇用の割合が増えすぎたと言う点ではコンセンサスがあると思う」と発言、財界代表の門脇英晴氏も「非正規雇用が増えれば、国民健康保険がどうなっていくかといった点で想像力に欠けていた」と認めざるを得なかった。企業が保険料を半分持つ正規雇用を減らし、企業の保険料負担のない非正規雇用に置き換えると、企業城下町の市町村で国民健康保険の負担が増え、これまで加入してきた商店主なども保険料が上がってしまうという状況が番組で紹介されていた(あの松下政経塾のスポンサー企業の城下町ではなかったか)。

吉川氏や門脇氏の殊勝な姿勢の裏には「だから消費税増税が必要でしょう」という主張があるわけだが、いずれにせよ金子勝教授が言われるように「最低限の保障はどれだけのものを整えるべきか」ということを、現実に起こっていることを出発点に国民合意を作り直すことが日本国憲法第25条からいっても、まずなされるべきことだ。国の政策、方向性の「転換」が必要なのだ。

森田は数年前、鼠けいヘルニア(脱腸)の手術をした。傷跡のほとんど残らない全身麻酔の腹腔鏡手術という何十万円もかかる手術だったが、7割は社会保険、同じく保険からの高額医療費補助、任意の掛け捨て共済保険からの給付でかなりの部分がカバーできた。以前、別のドキュメンタリー番組で、同じ病気の人がリストラで正社員の地位を失い、不幸が重なって国民健康保険の保険料も払えなくなった結果、病状が悪化して腸閉塞で死ぬリスクと背中合わせで暮らしている様子を紹介していた。

森田自身は制度のありがたさを感じたが、もっと苦しい立場の人が救われないのでは、やはりセーフティーネットとしては本末転倒だ。もちろん制度全体の再設計が必要だが、まず一番弱い立場の人に焦点を当てて緊急の手直しを考えるべきだろう。本来、政治がやるべき仕事はこういうことであるはずだ。

キャスターに町永俊雄氏が出てきたところで、今日はまじめな番組だということがわかったが、ケース紹介において政府・与党に容赦なく、討論では建設的な意見交換を重んじる、優れた番組だった。

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2008年5月11日 (日)

葉千栄氏の胡錦涛主席来日に関する感想=上田紀行氏を迎えた番組で=

胡錦涛主席の来日について、5月8日(木)放送のCS朝日ニュースター『ニュースの深層』におけるキャスター、葉千栄氏のコメントが興味深かった。

葉氏は、日中友好6団体主催のレセプションに日本側(!)の出席者の一人として列席したそうだが、「もし中国にいたら、雲の上の人で絶対に姿を見ることがなかっただろう」という胡錦涛氏のナマで見る印象の第一は、「腰の低い人だ」というとだったそうだ。演壇に上ると3方向に向かって一度づつ、3回お辞儀をするるこれは毛沢東以下のかつての中国のトップのイメージからは想像できないと言うのだ。

それを聞いたゲストの上田紀行氏が「(ギョーザ、チベットなど)いろいろまずいから、低姿勢だったんじゃないの」と混ぜ返していたが、葉氏は中国にいる友人たちと電話で感想を交換していたようで「聞いてみると中国での共産党の会合でも同じだそうです」ということだった。

葉氏の感想の第二は、胡錦涛氏は他の指導者に比べ非常に「親日的」なのではないかという印象を持ったということだ。胡耀邦時代の青年交流の話は、今回の訪日の報道を通じて多くの人々が再び共有するところとなったわけだが、日本と中国の両方のカルチャーを肌で知り、ジャーナリトストとして「人」と話し、「人」を見続けてきた葉氏の観察にはさらに重いものがある。

10年前に来た江沢民前主席は、宮中晩餐会に人民服で現れ、日本側が「反省と謝罪」を明記しなかったからと文書に署名しなかった。5年後や10年後の指導者は、アメリカ一辺倒かどうかはともかく、日本などは全く先進国グループのワンオブゼムとしか見ないだろうことを考えると、今回の「10年ぶりの中国国家元首来日としての胡錦涛主席来日」について、日本側は大きなチャンスを逃してしまったのではないかと言う気がしてくる。

葉氏の感想の3つ目は「こんなことここで言っていいかどうか」と声をやや潜める葉氏のいつものスタイルで、胡錦涛主席に続いて演壇に上がったのが令計劃(れいけいかく)中国共産党中央書記処書記・党中央弁公庁主任、王滬寧(おうこねい)党中央書記処書記・党中央政策研究室主任の二人であり、葉氏流の表現で「たいへん偉い人」である戴秉国(たいへいこく)国務院国務委員、楊潔チ(ようけつち)外相、武大偉外務次官(六カ国協議代表)らが、この二人に対しもたいへん遠慮して、一歩も二歩も下がっていたのが印象に残ったということだった。

葉氏は、5年後の中国指導部の一端を垣間見た気がするというが、一方で腹心・令計劃氏はともかく、王滬寧氏は葉千栄氏が上海の大学で演劇を専攻したり、新劇俳優だった時代には「復旦大学の国際政治の先生に過ぎなかった」ので意外感があったようだ。これもクレムリノロジーの一種だろうが、分析の視点を持ち、データ観察を積み重ねてきた人の話だけに、記憶に止めておきたい。

なお、NHK・BS1が放送した早稲田大学での胡錦涛主席講演を報じる中国中央電子台のニュースの映像も、まず「令計劃主任と王滬寧主任」の二人、ついで「戴秉国国務委員、楊潔チ外相」の二人を映し出していた(ただし同時通訳の音声は「令計劃主任、戴秉国国務委員らが同行」としていた)。

ちなみに、早稲田講演は恐らく王滬寧氏の「監修」だろう。戦後日本に対する肯定的評価、ODAなどの支援に対する感謝などはすでに昨年四月に温家宝首相が国会で演説した内容に含まれていたので、驚くような内容だったわけではないが、温家宝演説が素晴らしい内容ながら、おそらくさまざまなリサーチの結果、助言などを盛り込みすぎて、全体の構成がややゴシック的な感じになっていたのに対し、胡錦涛早稲田講演は清朝末期の留学生たちのことをはじめ歴史的な視点を織り込みながらも、シンプルな流れでまとめられ、結語に早稲田構内の演劇博物館の「世界は舞台」というシェークスピアのことばを引き「世界という舞台で共に役割を演じていこう」とまとめる洒落たものだった。

番組のゲスト・上田紀行氏は、最近ダライ・ラマとのインタビューを本にしていて、胡錦涛来日についても、例えば「唐招提寺などで胡錦涛主席を接遇する仏教関係者は、チベットのことを強く言うべきで、日本にもそれくらいの気概がなければ」といったことを言っていた。それはともかく、上田氏と葉氏が、チベットの歩みについて詳しく論じていくのを聞くのはたいへん参考になった。ダライ・ラマは柔軟な思考と反射神経を持つ、たいへん興味深い人物のようだ。聞いていて、中国にとっても、ダライ・ラマが死ぬのを待つのではなく、対話する方がよいのではないかと思った。

もっとも、日本の「仏教界」に対して上田氏はかいかぶりないしは無理なプレーアップがあるように思う。全国の僧侶の大半は、通夜・葬儀と法事に時間の大半を過ごしており、うんと偉いお坊さんたちの「世界宗教者平和会議」などへの参加などは例外として、平和の問題、貧困の問題はじめ社会問題との関わりに、鎌倉時代、あるいは江戸時代以前の仏教関係者が持っていたような真剣な関わりの片鱗も感じられない。

上田氏は、そういった問題にも関心を持ってきているのは知られている。チベット問題を、カンフル剤として日本仏教の(葬儀業ではなく宗教としての)再興につなげようというセンスは、政治的には正しい計算と言えよう。ただ、結果として日中関係の健全な発展を阻害する反中国扇動に流れないようにお願いしたいものだ。

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2008年5月10日 (土)

「フリーチベット!」より、日本企業による人権侵害=外国人研修・実習 不正=を糺すべき

「フリーチベット」を叫ぶ人々を見て、人権問題に関心を持ち、行動する若い人々がたくさんいることを知り、たいへん結構なことだと思う。

こういう人々には、外国の政府がやっている人権侵害を安全地帯から批判するだけではなく、ぜひ自国の企業がやっている、また自国の政治・行政がそうした行為を事実上作り出したり、放置している「外国人研修・実習の不正」といった問題にも目を向け、行動してほしい。

その辺が、本当に「人権」に関心があるのか、ただ安倍晋三たちのように外国の悪口を言って劣情を満たし、あるいは「右」の世論に阿って政治基盤を拡大しようとしているだけなのかのリトマス試験紙になるだろう。

チベットの人権について、人類社会の一員として発言し、行動することはよいことだ。しかし、それ以前に、日本企業が行っている、また日本政府がそれを事実上手助けしている問題については、日本国の主権者である日本国民は、直接に責任を負っているからである。

こうした人権侵害を放置しているのは日本の恥だ。外国人労働者の処遇問題は、経済がらみで自己の利害にはねかえってくる可能性があるからと目をそらし、自分は何の痛みも感じない「フリーチベット」にのみ狂奔するのは、愚かなだけでなく、卑怯だ。

【以下はNHKニュース原稿貼り付け】

外国人研修・実習 不正が急増

5月10日 6時32分
法務省は、外国人が日本の技術を学ぶ「外国人研修・実習制度」で、研修生らを不当に安い賃金で働かせるなどの不正行為があったとして、去年1年間で前の年のおよそ2倍の449の企業や団体に処分を行いました。

「外国人研修・実習制度」は、平成5年に、日本の技術や技能を発展途上国などへ移転するために設けられましたが、安い労働力を確保する手段として使う企業があとを絶たず、法務省入国管理局は、企業への立ち入り調査を増やすなど指導を強化しました。法務省のまとめによりますと、その結果、去年1年間に不正行為があったとして処分を受けたのは449の企業や団体に上り、前の年のおよそ2倍に増え、過去最高となりました。このうち、残業の割増賃金を支払わないなど不当に安い賃金で働かせていた企業などが175と最も多かったほか、中には、研修生らが逃げ出すのを防ぐためにパスポートや預金通帳を強制的に取り上げるなど、悪質な人権侵害に当たるケースもあったということです。政府は、現在の制度には問題が多いとして来年までに見直すことにしていますが、法務省は「制度の見直しと並行して、企業側に対する指導もさらに強化していきたい」と話しています。【NHK】

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«メドベージェフ大統領はいつまでもプーチン傀儡ではないかもしれないというNHK石川解説委員の意見