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2006年2月28日 (火)

東大寺「お水取り」1,255回~寺の決定に背いて行法を守った僧たち

 『日経』朝刊文化欄のコラム「文化往来」が、東大寺の修二会=お水取り=が752年から一度も休まず続けられてきた歴史には、「中断寸前」の歴史があったことを紹介している。(2006年2月28日付朝刊、44面)

 察しのいい人はお分かりだろうが、あの大仏殿も焼失した平家による南都焼き討ちの後のことだそうだ。毎年書き継がれる「練行衆日記」に、その際二月堂は無事だったが寺は中止を決定、しかし「復興後再開しても後悔する」と15人の僧が寺の決定に背いて決行したとの記述と名簿があるという

 大仏の首が焼け落ちるなど、当時の人にとっては、アメリカ人にとっての9・11のような衝撃だっただろう。もっとも、一方で吉川英治の『新平家物語』が描く、一ノ谷で捕縛された南都焼き討ちの「下手人」である平清盛五男・重衡が、京都で平家に対する罵声を一身に浴びて一門の罪をわが身によって償おうと覚悟する様、一方で法然上人にすがるいきさつ、鎌倉護送から、南都に向け送り返されて斬られるまでの人々との心の触れ合いなどは、古典平家にだいたい沿いながら、心に滲みる物語だ。

 ところで、「お水取り」そっくりな行事がイランにもあるという。明日香村の石像などから、ペルシャ人も飛鳥の都に来ていたという説もあるそうだ。折からイランのモッタキ外相が来日中だが、向こう見ずのアフマディネジャド政権の核開発の問題はなんとかしてもらわなければならないが、イスラム教が生まれる前から、ペルシャと日本に交流があったといったことを思い出してみることも悪いことではないと思う。

 

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コメント

JRのCMで,お水取り,やってましたね。バックで流れていた音楽,ご存知ではないですか?

投稿: 雨だれ | 2006年3月 1日 (水) 00時07分

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