« 愚かな対イラク戦争開戦、まずい戦争指導に米元将軍ら反旗 | トップページ | 高校教師は自作プリントを教室で自由に配れない? »

2006年4月15日 (土)

松本重治、加藤周一、國弘正雄-新装・国際文化会館での土曜午後

気温は低めながら好天に恵まれた15日(土)午後、もともとの建築デザインを生かしたまま新装なった六本木の「国際文化会館」で、國弘正雄氏の『操守ある政治家 三木武夫』(たちばな出版)の出版記念会が開催された。故松本重治氏が創設と運営に心血を注いだ国際文化会館で、緑美しい庭園の景色を背景に加藤周一、國弘正雄といった人々が語る戦後の日米文化交流の思い出、「米、中、日」の三者の良い関係を構築するすることの重要性などに耳を傾けながら、先人達が努力で築き挙げてきた遺産を、われわれが軽薄に流れることで食い潰してしまってはならないという思いを強くした。

加藤周一氏は「杖を使っていますから、あまり長くは話しませんからご安心ください」と笑わせながら語りはじめ、同盟通信の上海特派員として虐殺事件のあと最も早く南京入りするなど活躍した故松本重治氏の戦中の中国での仕事ぶりについて、仏通信社に勤務していたロベール・ギラン氏から「日本の情報ソースは宣伝のような話しばかりの人が多かった。南京事件の犠牲者数については松本氏とは見解が違うが、しかし松本氏の情報は一般に信頼性が高かった」といった話を戦後話を聞いたことなどを披露した。

ライシャワー大使にベトナム戦争に苦言を呈すると、大使が真っ赤になって米政府の立場の正当性を語ったといったエピソードには、戦後アメリカとの知的交流の部分は、日本側に負い目のようなものがあったにせよ、今より活発で深みがあるものであったのではないかと感じる。ブッシュ・チェイニー・ラムズフェルドばかりがアメリカではないので、森田としても中国や北朝鮮に「関与を強めるべし」というのとある意味では同様に、アメリカとの本当の付き合いは、これからむしろ深めていくべき時なのかもしれないと感じた。

筑紫哲也氏は朝日新聞の外務省記者クラブにいた時、南平台の三木邸で睦子夫人、外相政務秘書官の國弘氏と三人でよく三木外相(当時)を「妥協的だ」とつるし上げ、三木氏がよく「みなさんはそう仰いますが、現実の政治はなかなか皆さんの言われるようにはいかないんですよ」などと言っていたという話などを披露したが、長めのスピーチの中程に「長くなってはいけませんが、加藤さんも丈夫な杖をお持ちでした」と笑いをとり、立食の料理もなかなか旨く、楽しい土曜の午後だった。

|

« 愚かな対イラク戦争開戦、まずい戦争指導に米元将軍ら反旗 | トップページ | 高校教師は自作プリントを教室で自由に配れない? »

コメント

はじめまして。松本重治氏で検索してたどりつきました。南京事件専門のブログを開いております。
松本氏の南京事件に関する言及は、「上海時代」は絶版のためなかなか目にできないと思いますが、「南京事件 小さな資料集」というサイトに転載されていますのでお伝えします。
http://www.geocities.jp/yu77799/matumoto.html

投稿: 青狐(bluefox014) | 2006年4月19日 (水) 03時23分

青狐様。ありがとうございます。勉強になります。

投稿: 森田敬一郎 | 2006年4月19日 (水) 13時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136601/9607777

この記事へのトラックバック一覧です: 松本重治、加藤周一、國弘正雄-新装・国際文化会館での土曜午後:

« 愚かな対イラク戦争開戦、まずい戦争指導に米元将軍ら反旗 | トップページ | 高校教師は自作プリントを教室で自由に配れない? »