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2006年6月23日 (金)

憲法制定に参画した佐藤功氏の訃報-「戦後」の当事者も次々に退場

日本国憲法の制定過程に参画し、上智大教授などを務めた憲法学者の佐藤功氏の訃報(『朝日新聞』2006年6月22日付夕刊)を見た。

20年以上前、ある私大の法学部の憲法の講義を臨時に担当され受講した。手堅い講義だが、聴講者に一問一答の発言を求めることも多く活気があった。「それでは憲法9条が『変遷』したのかと言えば、それはまだ結論を出すのはやや早い」と言われたのが印象に残る。

戦争ばかりでなく、「戦後」の当事者たちもほとんど退場しつつある。今のうちに、話しを聞くべき人に聞いておかなければ。細川政権の頃だったか、佐藤氏がゆっくり国会の裏を歩いておられるお姿を拝見して「学生時代に講義をうかがったものです」とお声をかけたところ、にこやかに相手をして下さり「国会図書館でアルバイトのようなことをしているんですよ」と言っておられた。おそらく日本国憲法の制定過程の調査に参加しておられたのだと思う。

「頑張って下さい。小沢一郎なんかにやられっぱなしでは」と別れ際におっしゃった。湾岸戦争後の状況で、すでに、いよいよ国家の基本原則が危ういと感じておられたのだと思う。

一度訪ねてお話し聞きたいと思っていたのに、実現せず残念だ。

【以下は頭書『朝日新聞』訃報のコピーです】

上智大名誉教授の佐藤功さん死去
2006年06月22日11時44分

 佐藤功さん(さとう・いさお=上智大学名誉教授、憲法学者)が17日、肺炎で死去、91歳。通夜と密葬は近親者で済ませた。
 内閣法制局参事官を務め、日本国憲法の起草作業や運用調査に携わった。法制審議会、選挙制度審議会の各委員を歴任。82年に紫綬褒章、87年に勲二等旭日重光章を受章した。95年に文化功労者。

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