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2006年9月25日 (月)

若宮啓文・朝日新聞論説主幹の署名コラム「安倍首相 祖父とチャーチルに何を見る」

表記の署名コラムは、一人でも多くの人に読んでほしいものです。【しばらくするとアクセスできなくなるので、貼り付けておきます。】前月のものも良い内容でした。

安倍首相 祖父とチャーチルに何を見る

2006年09月25日

 「アンポ、ハンターイ」と、デモ隊が岸信介首相の私邸まで包囲した1960年6月。5歳だった首相の孫は、この叫び声を祖父と一緒に聞いた。

 祖父はたじろがない。轟々(ごうごう)たる世間の非難があろうとも、国の将来だけを考えた真摯(しんし)な政治家――それが孫の描く岸信介像となった。

 幼心にも強烈な政治との出会いだったのだろう。46年後に首相となる安倍晋三氏は、著書『美しい国へ』の冒頭にこの思い出を書いている。

 なるほど、岸氏が政治生命をかけた日米安保条約の改定には屈辱的な旧条約を改める大きな意味があった。長じてその確信を深めた安倍氏にとって、祖父はさらに光を放ったのだろう。いま安倍氏が高く掲げる「憲法改正」も岸氏の悲願だった。

    ◇

 だが、この著書に書かれていないのは祖父と戦争のことだ。日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」の高官として力を振るったことも、東条内閣の商工相として太平洋戦争開戦の詔勅に署名したことも、戦後にA級戦犯の容疑で捕らえられ、巣鴨プリズンで3年の収監生活を送ったことも、全く出てこない。

 あるエピソードがある。巣鴨に連行された岸氏に、郷里山口県の恩師が吉田松陰の歌を送った。「命を惜しんで名を汚すな」という趣旨だったが、これに次の歌を返したというのだ。

 名にかへてこのみいくさの正しさを 来世までも語り伝へん

 「聖戦」への強いこだわりである。

 だが、この覚悟は法廷で語られぬまま釈放に至る。岸氏を救ったのは、中国の共産化などアジアが緊迫化するなかで、日本の民主化より「反共」重視へとカーブを切った米国だった。

 その岸氏がついに首相となった。安保反対で燃えた熱気には「そういう戦争責任者に対する反発が、若い者にパーッと広がったせいもあった」(中曽根康弘氏)のだが、幼い孫はそれを知るよしもなかっただろう。

 いや、いまそれを蒸し返そうというのではない。ただ、安倍氏のすっきりしない歴史観が、祖父への思いと重なっていないかと気になるのだ。

 今度の総裁選では谷垣禎一氏も麻生太郎氏も、あの戦争の多面性を認めつつ、中国に対しては「侵略戦争」だったと明言した。安倍氏だけが「侵略」と言わず、「歴史認識は歴史家に任せるべきだ」の繰り返しだった。

 「侵略」や「植民地支配」をわびた村山首相談話について、あるいはA級戦犯を裁いた東京裁判についても言葉が煮え切らないのは、本音ではそれを認めたくないからに見える。「歴史を単純に善悪の二元論でかたづけられるのか」と、著書で強調している。

    ◇

 そんな安倍氏に警戒の目を向ける外国メディアは多いが、今月、強烈なパンチを浴びせたのがドイツのニュース週刊誌シュピーゲルだ。ホロコーストの歴史的事実を認めようとしないイランのアフマディネジャド大統領に「安倍氏は似ている」と書いた。

 いささか度の過ぎた比喩(ひゆ)である。ホロコーストを作り話だと言うこの大統領は、安倍氏とは比較にならない教条主義者だ。加えて言えば、安倍氏はナチスに対しては決して甘くない。

 実は彼が「古今東西の政治家で最も決断力に富んでいた」と言うのは、ナチスと真っ向から戦った英国のチャーチル首相なのだ。著書では、チェンバレン内閣の「宥和(ゆうわ)政策」が「結果的にナチスドイツの侵略を招いた」とし、断固たる信念で勝利に導いたチャーチルを高くたたえている。

 何やら北朝鮮に強硬姿勢をとる自分を重ね合わせているようでもあるが、おやっと思ったのは、安倍氏もナチスの行為については「侵略」と、こだわりなく断定していることだ。「歴史家に任せる」とか「善悪二元論はとらない」などとは書いていない。

 チャーチルが首相になった時、欧州に覇を求めるナチスはチェコ、ポーランドなど周辺国に次々と兵を進めていた。やがてフランスも占領する。安倍氏の認識に間違いはない。

 だが、これを侵略だと言うのなら、満州支配に飽き足らず、上海へ南京へと次々に進撃し、膨大な被害を与えた日本の戦争は、なぜ侵略だとすっきり言えないのか。チャーチルの警告を無視し、ヒトラーと手を結んで米英と戦った日本の是非も、やはり「歴史家に任せる」というのだろうか。シュピーゲルが問いたいのは、そういうことではないか。

 そもそも、いまさら「歴史家に任せる」もなかろう。満州事変からの中国進攻はどう見ても侵略であり、見通しなき米英との開戦も愚かな選択だったというのが、まっとうな歴史家のほぼ一致した見方だからだ。「任せる」のなら、これに逆らうことはない。

 さて、岸氏は外相や首相になったとき、国会で自身の戦争責任を聞かれ、「巣鴨などで十分に反省した」と何度も答えている。それでなければ首相は務まらなかったはずである。

 おじいさんの強さ、したたかさは見習うのがよい。同時に、その負の部分はクールに見てほしい。

 明日はいよいよ内閣総理大臣への就任だ。安倍さん、ここは新たな見識を示して、シュピーゲルを見返していただけないか。

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