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2006年10月28日 (土)

日中関係の現状と今後

はじめに
1.戦後の中国「不在」と日本躍進の記憶
2.20世紀前半の対中政策の評価
      =「普遍の立場に立つならば」= cf.イラク戦争支持の評価、核武装論
3.「均衡」を求めて進む中国
4.文化交流の重要性
      =「孔子学院」、高校生ホームステイの可能性=
しめくくり
 
はじめに

小泉前総理が、説明不足のままA級戦犯を合祀する靖国神社参拝を繰り返したことで、日中関係は首脳会談も開けない、昨年春には北京や上海で反日デモが吹き荒れるという状況になってしまった。

かつて中曽根氏が総理に就任したあと「前の政権で、日米関係は最悪の状態だった」と述べたことがある。私は当時の中曽根氏の発言が正しい認識だったとは思わないが、いまは「前の政権で、日中関係は最悪の状況だった」といっても過言ではない。

安部総理の就任は、以前から安部氏が歴史教科書問題や核武装問題について発言していた内容から、日中関係にとって心配に思った人々が多かったけれども、ご承知のように安部氏がこれまでの言動と打って変わって日中、日韓の歴史問題について歴代内閣の基本的な認識を継承することを表明し、北京とソウルを訪問して懸念は一応払拭された格好になっている。

前がひどかったので、あたりまえのことが「何かとてもよいこと」のような印象を与えているわけだが、いずれにせよ総理大臣という立場を踏まえて、公式発言を正しい方向に軌道修正していることは歓迎したい。

この際、日中関係の現状を私がどう見ているか、また今後の方向性について、思っているところを申し上げてご参考に供したい。

1.戦後中国「不在」と日本の躍進の記憶

政界にも、若い人々も含め国民一般にも、残念ながら率直に言って「中国脅威論」「反中国感情」といたものが広く認められ、近年勢いを増しているように見受けられる。

日本の若い人々はテレビを見ていて、中国のサッカー競技場で日の丸が燃やされたり、中国の若い人がテレビカメラとマイクを向けられた時に日本のことを口汚く罵るのを見て、素朴な反発を強めた面があると思う。本当はその背景に何があるのかにまで目を向けるべきなのだが、日中両国ともお互い圧倒的に多数の人々がマスメディアを通じてしか相手の姿を知る機会がないのが現実であり、実際問題としてこれに関わる人々の責任は大きいと言わざるを得ない。

それにしても、近年の政界の議論を見ても「中国の透明性の低い軍事費増大は我が国にとって脅威だ」「感謝しない中国に対するODAは早く打ち切るべきだ」といった中国を敵視するようなことばが声高に語られてきた背景はいったい何か。

私が最近申し上げている仮説のひとつは、戦後の世界政治・経済における「中国不在」の時期が1950年代~70年台と続き、その間がちょうど日本の高度成長時代と重なったことが与えている日本人の自己イメージ、日本人が中国に対して抱いたイメージと現実のギャップが生み出してるのではないかということだ。

日本の戦後の自己イメージは「戦争ではひどい目に遭ったけれども、戦後は軍国主義を捨てて平和な産業国家の道を歩み、日本人の優秀性と勤勉性によって世界経済の中で大躍進し、一人あたりのGDPで世界のトップクラスとなり、アジアでは並ぶもののないトップリーダーだ」というものだっただろう。

このイメージそのものは、ある時期までは必ずしも現実と乖離したものではなかったかもしれない。しかしその時期は東アジアにおいて、また世界において、中国が事実上「不在」だった特殊な時期だったという現実がある。

産業革命以前において中国が世界経済に占める比重は「中国とインドの二カ国で世界の総生産の半分を占めた」というきわめて大きいものだったわけだが、産業革命後の帝国主義の時代に中国は近代化に遅れをとり、19世紀はイギリスやロシアなどヨーロッパ諸国、20世紀は日本の侵略と戦わなければならなかったという事情があった。

さらに中華人民共和国建国後も「大躍進」「文化大革命」といった時期は、経済については鎖国と言っては極端かもしれないけれど、とにかく70年代末の鄧小平さんによる改革開放路線の採用までは「眠れる獅子」だったのが実情だ。

繰り返しになるが、日本の戦後の高度成長体験は、たまたまこの中国「不在」の時期にあたり、多くの日本人は「日本はアメリカに戦争に負けたので、中国に負けたのではない」という意識とともに、ライバルの中国が不在であったことが日本のプレゼンスを大きく見せていたことを自覚しないとともに、「日本は優れた国民性の先進国、中国は遅れた途上国」という意識を持つに至っているのではないか。

それがある日気がついてみると、日本がバブル経済の中に自らの姿を見失い、その後も「失われた10年」を経験する中、中国経済経済は躍進を進め、いまは上海の高層ビル群は日本を凌ぐ繁栄ぶりを示し、北京の地下鉄建設は日本のODAでお手伝いしたばかりなりに、テヘランの地下鉄は中国によるODAで建設されたと聞くとビックリするとうことが起こっている。

私は、人間の能力にはだれも大差はない、どの国民にもその資質にしろ、能力にしろ個性、持ち味はあるにしろ「優越」「劣等」といつたことはないと思っている。ある分野においてある段階で差がつく、ある年の例えば一人あたりの国民所得で差がつくとすれば、それは政府の仕事ぶりや教育の成果の違いということはあるかもしれないけれども、それも含めて国民の能力の優劣というよりは、歴史的な条件や政治環境による違いが一時的に現れていると考えている。

このことを日中経済の相対的な力関係に当てはめて考えるならば、20世紀後半の長い時期に日本が中国に先んじて高度成長を達成したことを「日本人は中国人より優れている」などと思い上がるのはナンセンスなことなのであり、一方で、今後の「世界の中の日本」「世界の中の中国」を展望して、「日本は中国にかないっこない」「中国は怖い」といった心配に苛まれるのも現実的ではない。

私は、最近の一種の「中国脅威論」の高まりには、以上に述べたような心理的な背景があると見ており、これを克服するには世界の経済史などを客観的に見て、中国の躍進を異例のこと考えるのではなく、世界がふつうの姿に戻りつつあるのだというリアルな認識を持つことがまず必要なのではないかと考える。

2.20世紀前半の対中政策の評価
      =「普遍の立場に立つならば」= cf.イラク戦争支持の評価、核武装論

19世紀後半から欧米の帝国主義と戦って独立を維持しようと考えれば、日本にせよ、中国にせよ、朝鮮にせよ、あるいはベトナムといった国にせよ、体制の近代化を図り、産業と軍事力を整えることが急務であった。

そのような中で、比較的早期に政治体制の近代化に成功したのか日本だが、それではわが国が中国や朝鮮に対してどのような態度をとったかについて、「世界に通じることば」で言えば、それは「手を携えて独立維持に協力する」といったものではなく、「自らの独立を維持し、欧米を追いかけて帝国主義を追求する上で踏み台にする」と言っても過言でないものだった

ところが、学校の歴史の授業では「日清戦争は、朝鮮に対する支配権を争った戦争だった」「日露戦争は、やはり朝鮮半島の支配権を争うものだったが、さらに日本側としては『ロシアが中国東北部の支配権を狙っているが、中国(清)の独立と領土保全のためにはこれと戦うことが必要』ということを戦争の大義名分として掲げた」ということを必ずしも明快に教えない。

「日本がそういう名分でロシアと戦ったので、中国の『門戸開放』を唱えるアメリカはポーツマス条約による日露講和に協力した」というストーリーをはっきり教えなければ、どうしてアメリカが「満州事変」で日本が中国東北部で排他的な権利を確立しようとしたときに、あれほど怒ったのか、廬溝橋事件以後、中国本土に侵攻したことに対して「通商条約破棄」「石油禁輸」といった厳しい措置に出たかが理解できないだろう。

いま、北朝鮮の核実験に対し各国が「制裁」を実行しようとしている。このようなときは、1937年の日本の中国侵攻についての各国の制裁論議を振り返るよい機会だ。あるいは、1990年夏のイラクのクウェート侵略と、国連安保理決議に基づく1991年の湾岸戦争を覚えている世代には、1941年から1945年のわが国とアメリカの戦争について「中国に侵攻した日本と、撤退を求めて制裁措置を発動したアメリカなど国際社会との戦争だった」という点で湾岸戦争と同様な構図の戦争である、という骨格をしっかり教えるべきだ。

いきさつを詳細に語ろうとすれば、語るべきことはたくさんある。国際的に理解される「共通語」ではなく、わが国独自の言い分を語ろうというのならなおのことだ。

しかし、日本の進む道を人類普遍の原理の上に構築しようとするのならば、歴史においてもその「骨格」部分について世界に通じることばで明快な認識を持つべきだし、子供たちの世代にそれをしっかり教えていくことが、わが国の国益を守ることにつながるだろう。

なお、ついでに言えば、客観的、普遍的に通用する認識を外交の基礎にすべきてあると考える私の立場からすれば、安部政権が前政権の「対イラク戦争開戦支持」について正直に再検証しようとしないのは問題だ。うその上には正しい外交は成り立たないし、誤りを正さないことは、同じ誤りを繰り返すことにつながるからだ。中川昭一自民党政調会長の「わが国が核武装することも選択肢に入れて研究すべき」といった国際的にどう理解されるかを考えない発言を放置することも大きく国益を損なうものだ。

3.「均衡」を求めて進む中国

胡錦濤政権の政策は、外交においては主要国との協調、内政においては進んだ地域と遅れた地域の均衡の重視という、内外ともにバランス指向であるという分析を聞いた。上海のいろいろな問題を整理することに着手したことは、胡錦濤政権のリーダーシップが一層強化されていることの現れという見方もある。

これが政権の基本的な姿勢であれば、それは中国の長期的な安定、発展にとり大きなプラスになると考える。それはひいては東アジア、世界の安定と発展にもプラスの影響を与えるだろ。わが国との関係でも、歴史問題を揺るがせにすることはないだろうが、それを突出させた江沢民時代とは対応が変化してくる可能性がある。

相互作用がよい方向に向かいつつあるように見受けられるので、願わくば安部総理には「騙し討ち」ととられかねない「靖国参拝」によって再び中国側で対日改善を指向する勢力を窮地に追いやるようなことがないようにしてほしい。

4.文化交流の重要性
      =「孔子学院」「高校生留学交換」の可能性=

日中関係においても、本当に関係を深めていくためには「政治」、「経済」といったこと以上に、「文化」交流や、人と人との交流によって、お互いについての理解を深めることが非常に大切であると考える。

中国政府は、世界中に中国語学習などのセンターとして「孔子学院」を展開している。この活動に「孔子」の名を冠していることは興味深い。

なぜなら、文化大革命当時は「批林批孔(林彪を批判せよ、孔子を批判せよ)」というプラカードが見られたように、孔子の思想は「封建思想」として急進派の攻撃対象になっていたからだ。

わが国は、江戸時代に儒教の一派である朱子学が幕藩体制の「体制のイデオロギー」であり、戦前も朱子学の素養が基礎的な教養とされてきたため、孔子の教えは様々な形で日本人の生活の中に入り込んでいる。おそらく文革期に学校時代の大半を過ごした中国人より、一般の日本人の方が自覚的かどうかはともかくとして孔子の教えをよく知っていると言えるだろう。

日本、韓国、台湾、ベトナムなど中心に、古典といえば儒教など中国の古典を教養の根底に持ち、漢字を用いてきた伝統を持つ国々が多いという事実はね中国にとって大きな財産であるはずだ。

わが国も、そのような伝統を地域の国々との交流、心のふれあいに活かしていくことができればすばらしいと思う。

さらに現代的な取り組みとしてはね国際交流基金が取り組んでいる「中国高校生の日本での長期ホームスティ」という事業はよい事業だ。

先に述べたように、相手国についての情報を大手マスメディアからしか得ていなということは、相手について偏った見方しかできない恐れを大きくしている。若い時に、ふつうの日本人と生活をともにする経験を持ってもらうことは、中国人の日本理解にとって大きくプラスに作用するだろう。

しめくくり

日中関係は、お互いが大局観をしかっかり持って臨むのであれば何の心配もないというのが私の意見だ。

毛沢東主席は、蒋介石総統と第二次国共合作を進める際に、蒋介石総統が出した「赤化根絶案」という名の、本来なら絶対に受け入れられるはずのない政策さえ受け入れた。「いま必要なことは蒋介石をやつつけることではなく、抗日救国運動をやることである」という考えに基づいて党幹部たちを何度も猛烈に説得したという。

それに比べて、日本は「廬溝橋事件やその後の衝突を謝罪しない国民党政権は思い上がっている」と軍事攻撃を続けて、その当否は別として、もともとの政策たった「中国の共産化を防ぐ」ことに結果として失敗した。

いちばん大事なことは「なにを実現したいのか」をはっきり自覚することだ。日中関係についてもそれは同じである。                                以上

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