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2007年9月28日 (金)

時津風部屋の集団暴行致死事件

「『僕いい子になるから迎えに来て』というのを信じてやれなかったのが悔しい」というお父さんのコメントを読むのはつらい。遺品には真っ二つに折られた携帯電話もあったという話しに激しい憤りを感じる。

「伝統」という名の下に悪風を残すことは許されない。「伝統」ということばは、しばしば権威主義、アカウンタビリティー否定の隠れ蓑になる。安倍前政権の下で教育基本法が改訂され、「伝統文化の尊重」が盛り込まれ、さっそく議論が生煮えのまま「武道必修」という方向性が出されているが。

徹底的に膿を出すべきだ。相撲は「国技」を自称し、そう思っている人も多いのだから、相撲が悪しき伝統を墨守するのではなく、あたらしい「よき伝統」をどう作っていくべきかについて、開かれた議論が望まれる。

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2007年9月27日 (木)

ミャンマー反軍政デモと日本

ミャンマーでエネルギー価格大幅引き上げを契機に、25日には僧侶らを先頭に10万人規模の反政府デモがあり、昨日は軍の発砲などで死者が出ている。国連事務総長は初の総会演説でこの問題にいちばん長い時間を割き、ブッシュ米大統領やブラウン英首相も軍事政権への強い牽制、批判を述べている。

テレビのコメンテーターたちは、「軍事政権の選挙結果の否定や人権弾圧を欧米は批判し、経済制裁などをしてきたが、中国などが制裁破りをするのでうまくいかない」といったことを言っている。

中国については、天安門事件直後と現在では対応に変化があり、さらにオリンピックなどを控えて欧米政府やメディアを意識するだろう。

中国の悪口を言っているよりも、まずわが国、日本がこの問題にどのような姿勢で臨むかが重要だ。

ミャンマーの軍政について、欧米やオーストラリアの批判的な姿勢に対し、日本政府は「慎重な関与を続けるべきだ」という姿勢を続けてきた。アメリカから足並みを揃えるように言われても、外務省の一部の役人たちは「日本外交の独自性」を声高に語らないまでも、アウンサン・スーチー女史の身辺に協力者を作って、うちうちでは彼女を貶めるようなうわさ話を流すなど、基本的に「軍政支持」、民主勢力には冷酷な態度だった。

アメリカから、中東での戦争を「手伝え」と言われるときは、ハイハイと憲法・法律ギリギリの線で一生懸命やるのに、「これは人権問題だから大事だよ」と足並み揃えることを求められても、それは無視する。これが自民党と外務省主流の対米姿勢だ。

安倍前首相も、「集団自衛権行使」という名の「軍事攻撃への協力」にはことのほか熱心だった反面、民主党主導になったアメリカ上下両院が「従軍慰安婦問題は旧日本軍による人権蹂躙問題」と認識していることが理解できず、「河野談話は証拠がない」発言が袋だたきに合い、訪米でブッシュ大統領と米議会に「謝罪」するハメになり、我々からは「謝る相手が違うぞ」と批判を浴びるトンチンカンぶりを示した。

軍事介入はわが国の憲法の原則と相容れない。私は「経済制裁」も、戦争に準じる行為として、本質的には日本国憲法の原則と相容れないと思っている。しかし、ミャンマーの軍政の暴力と人権弾圧は、1973年からのチリや、1979年の韓国・光州で起こったことと同じように、暴力・殺害・拷問などが横行していることが容易に想像できるだけに、見過ごすことはできない。

日本政府は、ミャンマー政府に対し、直接に「事態が暴力を用いずに収拾されるべきこと」「基本的人権が尊重されるべきこと」を強く申し入れるべきである。「大使」などが手厚い処遇が与えられているのは、レストランで高級料理を食べているためではなく、こういう時に、日本人の志を代表して、強面の相手にもハッキリ物を言うためである。

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2007年9月26日 (水)

福田内閣の組閣

2005年9月の小泉解散の選挙中、自民党大勝予測が強まる中、強い危機感を抱いて書き始めたこのブログ、早くから振り子の振れを予測し、また望んできたが、2007年の参院選の与野党逆転で一応の使命(?)を果たすことができた。

そういうわけで、つい最近までブログを閉じようと思っていたが、思うところあって、少し続けてみることにする。

連休明け、中秋の名月の9月25日は、午後に衆参本会議での首班指名、両院協議会などのプロセスあり、福田康夫氏が内閣総理大臣に。19時半前より町村新官房長官による名簿読み上げ。

安倍改造内閣の閣僚多くを引き継ぐ。《所信表明後、代表質問直前の安倍前首相退陣》を受けての組閣という面もあり、妥当な選択だと思う。党派的な批判を横に置くとすれば、実は安倍改造内閣の顔ぶれはトップを除けば自民党内閣としてかなりいい線をいっていた。その点、1940年の第二次近衛内閣を連想した(あの時は松岡外相が戦争の原因になったけれど)。

もちろん、いくらよい顔ぶれを揃えても、トップがトンチンカンでは話しにならない。しかし今度は、うちのカミさんが官房長官としての登場時に「森内閣の拾い物」と言った、良識と皮肉な味わいのある福田氏の下で、自民党政治はかなり正常化するだろう。参院が野党多数であるという現実をしっかり踏まえた政治運営をされるなら、次期総選挙で民主党主導の小沢政権ができるまでの間、国民としても漂流感を味わわなくて済むかも知れない。

官房長官が読み上げた人事で、ひとつだけ驚いたのは山谷えり子首相補佐官の留任だ。安倍流の、極右の変な「教育改革」にブレーキをかけてきた伊吹文科相が幹事長になってしまったので、リベラル色の新文科相起用と教育改革担当の補佐官ポスト廃止でバランスをとるかと思ったら、どうもそうではない。旧岸派、旧福田(父)派の国家主義のシッポが出たか、何か考えがあってのことか、ウォッチのポイントである。

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