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2007年10月12日 (金)

アイリス・ヤマシタさんが「合作映画」の勧め

クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』の脚本を担当した日系米国人であるアイリス・ヤマシタ氏がパネラーとして参加した「変わりゆく日本のイメージ?-米メディア界で活躍する日系人の見方」という公開シンポジウムを見に行った(10月11日、経団連ホール)

ヤマシタ氏は20世紀のアメリカの映画を含むメディアにおける日本人のイメージの変遷について資料を用いて紹介したが、一般のアメリカ人に日本人や日本文化についての理解を進めるための方策として「合作映画」を作ることを推奨していた。

『硫黄島からの手紙』は第一稿が採用になったという裏話はヤマシタ氏の実力を裏付けるものだったが、初めから「日本人俳優を起用し、日本語で撮影する」というコンセプトを採用していたこの映画が、当初は監督も日本人起用を考えていたのに対し、ヤマシタ氏が「それではほとんど日本映画になってしまう」とアメリカ人監督の起用を主張、イーストウッド氏がメガホンをとることになったという。

たしかに『硫黄島からの手紙』は、「お互い同じ人間で、違うところもあるけれども生活感情はじめ共通することの方が多い」というメッセージを強く発していた良い映画だったと思う。ヤマシタ氏によれば1969年の日米合作映画『トラ・トラ・トラ』でさえ、日本人理解に大いにプラスになったという。そういえば、コックの渥美清が軍艦の厨房で松山省二と日付変更線越えについて論議をしていて「昨日の弾が今日の敵に当たるはずないじゃないか」と言っていた場面など、アメリカ人には受けたのかなとふと思った。

「合作の推進」を国際理解推進の方策とするという提案はたいへん前向きだと思う。そういえば中国残留婦人を取りあげた『純愛』という映画が、東京の若い女性たちに強く支持されたというニュースもあった。

いろいろな分野の映画で国際合作が進むと良いと思う。森田としては西木正明氏の『夢顔さんによろしく』や劇団四季の『異国の丘』の題材となった、1930年代にプリンストン大ゴルフ部キャプテンとして同大チームを全米優勝に導き、上海同文館では単身重慶に乗り込み和平工作に身を投じようとして日本陸軍に阻止され、ついにはシベリア抑留からの帰国直前に亡くなった近衛文麿首相の長男・文隆氏のストーリーなど、「日米中」、または「日米中ロ」合作で見てみたいと思う。

なお、他のパネラーからは「日本にはアジアの他の国との競争に負けてほしくない。世界市民になるためには、Engrish.com(English.comではなく)という日本人の英語の間違いを集めたWEBページにあるような、恥ずかしい英語のレベルを向上させてほしい。中国では小学校1年生から英語が必修だ」という趣旨の発言(サチ・コト氏)もあった。

それを聞いて森田は、それでは一生アメリカの後追いばかりだ。それよりも、アメリカで中国語を勉強する人も増えているので、日本人の必修外国語は「全員英語」ではなく、「3分の一は英語、3分の一は中国語、残り3分の一はスペイン語、アラビア語、韓国語など他の言語」にするといった思い切った手を打つことこそ、現実的な選択ではと思った。

安倍前首相の政権投げ出しも、われわれが想像する以上に日本のイメージを損なったらしいこともパネラーの発言から知ることができた。外務省なども良いところに気がついてこういった事業を後押ししていると思う。日本文化を内在的に理解している「日系人」との良い関係を結んでいければ、日本にとって大きな宝になるだろう。

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