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2007年11月30日 (金)

「防衛省改革会議」報道の不思議

誰がどういう基準で人選しているのかが出ていない。福田総理が官邸に設けるという「防衛省改革会議」のこれまでの報道だ。

政府与党中枢、つまり結局は役人と自民党のボスたちが都合のいい顔ぶれを人選し、都合良く運営しようということは初めからわかっているわけだが、だからといって新聞やテレビ報道がブリーフィングを受けたままを回覧板のように配信し、放送していていいわけがない。

もっと国民に「よく見えるように」。報道はその使命に応えてほしい。

なお、国会。特に野党が多数を占める参院は、官邸お手盛りの「防衛省改革会議」に遠慮する必要などさらさらない。さっさと特別調査会を設けて、国政調査権を充分に発動し、参考人質疑、証人喚問も含め気張ってほしい。

なお、内閣の「防衛省改革会議」は「機密保持の徹底」を3本柱の一つとするという。「焼け太り」は奴らのお家芸である。なにせ、普通選挙法に治安維持法を抱き合わせた連中の直系の「子孫」たちのやることだ。監視の目を緩めてはならない。

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2007年11月26日 (月)

ベジャール氏逝去

連休中にモーリス・ベジャール氏死去の訃報を聞く。20年近く前、一度だけベジャールバレエ団のNHKホールでの公演の客席に足を運んだ。

当時、ソ連崩壊以前で、ゴルバチョフ氏のペレストロイカと新思考外交に強く触発されたベジャール氏が、旧レニングラードのバレエとの交流をきっかけに創作した出し物がメインで、「歴史」「時代」に敏感だった、20世紀型の芸術家だった。

もっとも、バレエ公演にめったに足を運ぶことのない身としては、まだ存命中だったジョルジュ・ドンと、美しい、美しいロシアの女性バレリーナによる『悲愴』の第四楽章によるデュエットに、ただただ見惚れていたわけですが。

そういえば、出し物のひとつは「ニーベルンクの指輪を演出するパトリス・シェロー」というひねったもので、大柄の男性ソロが悩みを見せつつ「意思の力」を発散させる不思議な踊りだった。題材になった、シェロー氏が指揮のピエール・ブーレーズとフランス人同士で組んだバイロイトの同公演は、当時は大ブーイングも浴びニュースにもなったが、最近の変な演出に比べればおとなしい方だったらしい。近年、バレンポイム指揮のものがNHK・BSで放送されたが、あれはシェロー演出のものだったのだろうか?

そのバイロイトでは今年、ワーグナーのひ孫か何かの女性演出家が、大胆な現代的な演出で「保守的なワーグナー家」のイメージ脱却を図ったとか。

『朝日』の訃報によると、ベジャール氏の代表作のひとつに「ニーベルンクの指輪」が挙げられていた。「演出するパトリスシェロー」ではなく、ワーグナーの本編の翻案もあるのだろうか。日本との縁も深かったと聞く。いずれにせよ、「芸術」「時代」「政治」「肉体と精神」‥。「ベジャール」というその名前だけからも、いろいろなことを連想させる人だった。

こんど、ベジャールと並ぶような『春の祭典』を振り付けるバレエ作家は、どこから出る、どのような人なのだろうか。時は流れゆく。

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2007年11月21日 (水)

1999年のハリケーン「フロイド」=2005年の「カトリーナ」との対比で=

阪神大震災の「周年もの」などのテレビ番組のVTRテープを整理していたら、1999年にNHKスペシャル「世紀を超えて」の危機管理を取りあげた第3シリーズ初回に放送された「巨大ハリケーン」のエピソードが目にとまった。

2005年のカトリーナが、ニューオーリンズに巨大な被害をもたらしたことは記憶に新しい。、その時にテキサス州の牧場での休暇から動かなかったブッシュ大統領の初動の悪さ、クリントン政権下でアメリカの機動的な災害対策の中核を担っていた緊急援助庁(FEMA)が、ブッシュ政権によりテロ対策のためと称して新設された「国家安全保障省」に吸収合併され権限が縮小されていたこと、またそのトップに選挙の論功行賞で無能な人物を起用されていたため機能しなかったことで被害が拡大したと言われた。こういう時に役立つ州兵も、人員の3分の1、機材の多くがイラクに派遣されていて力を発揮できなかったとも指摘された。こういったことは、2006年中間選挙での共和党敗北の一因ともなったわけである。

ハリケーン「フロイド」を取りあげたこの番組は、カトリーナの6年前、9・11同時多発テロよりも2年前に放送されたものだが、松平アナのナレーションにより、核軍備の予算を削って消防署に救助チームを配備を主導するなどした当時のFEMAが中心になり、フロイド接近に対し避難命令の対象とした60万人を含め、300万人の避難を実現して犠牲者を最小限に押さえ込んだ様子を紹介していたのを見ると、本当に9・11テロとブッシュ政権がアメリカと世界を大きく狂わせてしまったと実感する。

もっとも、わが国の場合も阪神大震災後、かつてのFEMAを参考に設けられた内閣の「危機管理監」というポストも、各省庁への指揮権がないなど、体制整備も中途半端に終わっている。

そろそろ、阪神大震災も「のど元過ぎて」という時期を迎えているのかも知れないが、こういう平時にこそ、家族同士の安否確認の方法についての再確認、「古い住宅の耐震強化推進」、「緊急時の救援、医療体制の確認」、「災害時のトイレ・水の確保についての進捗状況の確認」などに取り組みたいと思う。

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2007年11月20日 (火)

調査捕鯨に欧米の批判=ロジカルな発信が必要=

わが国の調査捕鯨について、欧米の批判が強い。CNNの日系人元アンカー、サチ・コト氏が日本のイメージを最も損なったニュースとして安倍晋三氏の政権投げだしと、迷い込んだクジラを助けられず、肉を売るために解体している映像を挙げたことを書いたが、アメリカ国務省のスポークスマンが記者会見で「自制」を促し、オーストラリアは労働党が政権をとったら、海軍の艦艇を派遣して捕鯨を阻止するという話も出ているという。

捕鯨継続が日本の死活問題だとは思わないが、例えば幕末にアメリカが日本に開国を迫った口実が捕鯨船への薪水の供給であり、かつてアメリカをはじめとする国々が、照明用の油をとるためにクジラを乱獲し、資源の枯渇を招いたといった歴史的ないきさつを考えるにつけても、そのアメリカに「捕鯨などとんでもない」と言われると、やれやれ、と思わざるを得ない。

動物虐待は良いことではない。しかし、牛を殺すのは良くて、クジラを殺すのは聖書に書いてあるからダメで、日本人は野蛮だというのでは、一種の人種偏見と言わざるを得ない。

もっとも、ここで感情的な反発を内向させて黙り込んでしまっては、誤解を増幅させるばかりだ。ロジカルに説得する努力を放棄して、既成事実だけを積み上げていこうとする発想は、満州事変後のやり方と同じになってしまう。

ここは、一部クジラの生息数回復が漁業資源の脅威になっているなどの科学的データを、日本政府として国民や海外メディアにいちだんと分かりやすい形で示していく、冷静な作業が必要になるだろう。相手が無茶を言っているにしても、「問答無用」スタイルではなく、親切な説明と対話の路線をとるべきだ。

それにしても、日本と同様に「死刑」を廃止せずに処刑を続け、イラクで何十万人もの人間がテロで殺されるような状況を作っておいて「日本の捕鯨は野蛮だ」などと、本当に暢気なことだ。

そうそう、オーストラリアとは非常に良い関係を構築したらしい安倍晋三前首相には、できるだけ早くオーストラリアに特使で出てもらって、この件で日豪摩擦を火種のうちにしっかり消してきてもらいたい。安倍氏でもひょっとしたらその程度なら日本国民の役に立てるのではないか。

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2007年11月19日 (月)

ダメな政治リーダーって(『朝日新聞』2007年11月15日付33面「もっと知りたい」赤田康和記者署名)

《ネット版に出ていない記事を一点切り抜き。新聞記事チェックはインターネットで済ませる人も多いと聞くが、コラムの充実した『毎日新聞』、経済記事や経済論説は「新自由主義」に偏っているものの、比較的リベラルな『朝日新聞』などは、購読する価値がある新聞だと思いますがね。》

ダメな政治リーダーって(『朝日新聞』2007年11月15日付33面「もっと知りたい」赤田康和記者署名)

 突然辞任した安倍前首相に続き、民主党の小沢代表も「プッツン」して辞任騒ぎを起こした。私たちも日々、上司の予測つかぬ行動に振り回されたり裏切られた思いをしたりする。そこで専門家に聞いた。ダメなリーダーの条件とは。あらかじめ見分ける方法はないのか。

石田英敬氏 記号論】駄目なリーダーとは、論理的な言語能力が低い人だ。政策や演説、説得など民主主義を支える基本は言語能力だからだ。
 だが、日本の政治風土では論理による対話より「情によるインターフェイス(接続)」が重視された。政治家は地方に公共事業をばらまき、有権者とつながってきた。
 90年代以降は、テレビが接続の窓口になった。小泉元首相はぶらさがり取材で素顔を見せ、視聴者と擬似的に「接触」した。つじつまのあわない発言もかえって人気を呼び、論理は軽視された。安倍氏も祖父の話など私的な領域を語った。
 小沢氏は密室のパワーゲームを中途半端にメディアに吐露して失敗した。公の場で論理を積み重ねて説明する能力が低い点は3氏に共通する。
 駄目リーダーにだまされないためには指導者について家族や友人と語り合い、免疫を高めることだ。仏大統領選では国民100人が候補者に次々質問する番組が人気を集めた。日本でも同様に指導者の論理的な言語能力を試すのはどうか。

長谷川真理子氏 進化生物学】サルの群れでは、肉体的に強く、えさの分配や毛繕いで他のオスと巧みに連合関係を作れるオスが最上位になり、欲しいものを食べられる。
 人間の指導者にも似た側面はある。お金を使って配下を増やし、集団のトップに立つ。だが、そんな能力だけでは困る。
 人間は目先の利益でなく将来の目標のために生きられる。リーダーは対話と想像力で他者の痛みを感じられなければダメだ。生を賭しても成し遂げようとするテーマへの執着も人間固有の能力だ。揺るがぬ信条、譲れない大切なものが無ければ指導者として失格だ。
 小沢さんにはそれが見えない。権力を奪取したいのはわかるが、そのためには自分の考えをも変えてしまう人に見える。
 安倍さんは私たちの世代には「本当に強い敵と対決すると、自分を出せない自信がない顔」に見えた。だが、若い世代にはかっこ良く映った。
 言葉に耳を傾けよう。一つのことを強調してわかりやすい言説には注意したい。一面的で、短絡的でないか、見極めたい。

御厨貴氏 政治学】出処進退がきちんとできない人。これは駄目リーダーだ。安倍前首相がそうだった。状況判断能力が的確でない人、意思決定がぶれる人もダメ。
 世論やマスコミを味方にできないのもダメ。小泉さんは世論を友達にした。安倍さんは説明は誠実だが、冗長で面白くない。アピール力がなかった。小沢さんも密室で限られた人を説得するのは得意でも、不特定多数の人に語りかけ、世論を味方にするのは下手だ。
 駄目なリーダーを生まないためには、リーダー候補を早めに皆で選び、切磋琢磨させ、政策論争をさせるのが大事だ。佐藤栄作は田中角栄と福田赳夫に不得意な分野を経験させ、苦労させた。
 駄目指導者を見分けるには一瞬の判断力をみる質問をすることだ。全能力が問われる質問。たとえば「あなたは突然、キレた人に出会いました。どう対処しますか」と尋ねる。SPの陰に隠れるのか、その人物を一喝するのか。答えそのものをうそでごまかすのか。人格が見えてくるはずだ。

今井舞氏 テレビ批評家】最も分かりやすい駄目リーダーは、キャラ(個性)が立っていなく政策も空疎な人。典型は安倍前首相。毎日ぶらさがり取材に応じていたのに、メディアにいじってもらえず言葉の中身もスカスカだった。
 次に駄目なのは、言葉になぜか説得力があっても能力には疑いがある人たち。たとえば、田中真紀子氏。拝聴するほどの意見でもないのに、耳を傾けてしまう「和田アキ子」的存在。でも内実が伴わないカリスマは、いつか破綻する。
 能力はあっても、好感度の低い指導者も駄目リーダー。たとえば小沢氏。いつも不機嫌そうで「理解されなくてもいい」というイジけた感じも漂う。「離婚したい男ナンバー1」の雰囲気。ついていく人がいるのかと不安になる。
 ただ、人気があればいいのか。政治家がタレントと同列に大喜利のネタを求められるような状況は異常だ。「麻生(太郎氏)って面白いよね?」などとノリで評価せず、ブームの理由を冷静に考えないといけない。

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2007年11月16日 (金)

元米国防省高官、ジェームズ・アワー氏=守屋前防衛事務次官の証人喚問で額賀・久間両氏とともに名前が出た産経新聞「正論」常連=

昨日の参院外交防衛委員会での証人喚問で、守屋前防衛事務次官が「久間・額賀氏が同席」と名前を出したのは、「それ以外の人は名前を出されたくなければおとなしくしてろよ」という恫喝だと思うが、産経新聞「正論」常連の元米国防省高官であるジェームズ・アワー氏の名前も出ていた。

元高官といっても、たしかレーガン政権の頃の話しで、産経新聞くらいしか相手にしない小物なので、わざわざ言及するのもやや気が引けるが、日頃もっともらしく、安倍晋三前内閣と足並みを揃えて「日本が国際社会から信頼されるためには、米同盟を強化する必要があり、集団自衛権についての憲法解釈を変える必要がある」「いざという時のフィリピン上空くらいまでの制空権確保は、日本の航空自衛隊が担当すべきだ」といった意見を発表していたと思う。

防衛調達をめぐる胡散臭い会合に出ていたと国会証言で聞いて、なるほどああいった意見は、自分の商売、コンサルタント業のための発言だったということがよくわかる。軍備拡張を煽る発言には気をつけろ。その陰には死の商人と、そこに群がる日米のゴキブリのような元政府高官たちが大勢いるのだ。

総理大臣の靖国神社参拝問題や、北朝鮮の拉致問題、従軍慰安婦問題などで愛国新聞を気取っている『産経新聞』も、こういったアメリカの軍産複合体の手先には、大きな発言席を用意している。同じ穴のムジナということだろうが、この面では「売国新聞」と言うべきである。

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2007年11月15日 (木)

衆参「ねじれ」現象に関する一考察=選挙によらない性急な「解消」より積極的な側面に目を=

はじめに

 最近、福田総理が民主党の小沢一郎代表との党首会談で、いわゆる「大連立」提案し、それを党に持ち帰った小沢代表が、党内の賛成を得られずにいったんは「辞意」を表明するという騒動がありました。これはそもそも、衆議院では自民党・公明党の連立与党が3分の2の議席をもっている一方で、参議院では与党が過半数割れを起こしているという、いわゆる「ねじれ現象」を解消することを目的とした動きです。

 ここでは、そのいわゆる「ねじれ現象」について、そのことが持つ意味、諸外国や過去の事例と比べてどうかといった点、また、この「現象」は果たしてただ「困ったこと」なのか、それとも積極的な側面にも光を当てるべきなのかについて少しお話ししたいと思います。

1.「ねじれ」諸外国の例 =大統領制= 

 「ねじれ」といってすぐ思い浮かぶのは、共和党のブッシュ大統領が行政府を押さえる一方で、上院は僅差とはいえ、昨年の中間選挙で「野党」民主党が上下両院を制したアメリカの例です。民主党が「野党」と申し上げましたが、かなりの程度厳密な「三権分立」の制度をとっているアメリカでは、「法律」や「予算」はあくまでも「議会」が作るものなので、「議会では民主党が与党」と言った方がより正確なのかも知れません。

 もちろん、予算も法律も議会が権限を持つと言っても、大統領には憲法上「拒否権」が付与されており、例えば「イラク撤退法案」とか、「イラク駐留予算を含まない補正予算」といったものを議会が可決しても、大統領は拒否権で対抗できるので、「大統領が拒否権を行使した」「それに対して、議会は少し内容を変えた補正予算をもう一回議決した」「大統領がまた拒否権行使」といった応酬が起こるわけです。

 大統領の姿勢が頑なな時は、議会が折れない限りそれがエンドレスに続いてしまうことになり、議会民主党指導部としては、有権者から「統治能力」を疑われないためにも、また時にはアメリカが国際社会に負っている責任といった観点から、ある程度のところで妥協しなければなりません。

 私は、今のアメリカ議会のペロシ議長以下の民主党指導部は、いいところで妥協していると思いますが、しかし、「妥協」は今度、民主党支持層の中の強硬派といいますか、左派といいますか、そういう勢力の反発や失望を招くことも避けられず、現に、世論調査ではいまのアメリカ議会に対する支持率は、ブッシュ大統領の支持率とどっこいどっこいの低支持率になっています。

 さらに、アメリカの場合は議員の独立性が強く、例えばブッシュ大統領は移民規制については、やや移民に対して柔軟な法案を、民主党リベラル派のエドワード・ケネディー上院議員らと一緒になって作って推進しようとしたものの、民主・共和両党の強硬派の抵抗にあって法案成立に失敗しました。つまり、「大統領府と議会のねじれ」以前に、議会内の「まだら模様」で話しはより複雑なわけです。

 やはりよく知られるように、フランスにおいても大統領と議会多数派の「ねじれ」はしばしば起こります。社会党のミッテラン大統領の下で、保守系のシラク首相の内閣が国政を担当したり、逆に保守のシラク大統領の下で、社会党のジョスパン政権が国政を担当するという姿をわれわれは見てきました。

 ただし、フランスの場合は、アメリカのように「むずかしい」「ねじれている」という風にはなりません。これは、フランスの大統領は外交・安全保障を統括するものの、憲法上の議会に対する立場はアメリカのように強力なものではなく、内政については事実上、内閣と議会に権限があるという制度上の違いがあるからだそうです。政治学者によっては、「フランスの大統領制は、事実上、議院内閣制に近い」という言い方をする人もあるようです。

 ドイツやイタリアにも大統領がいるわけですが、それぞれ憲法上の権限はフランス大統領よりも弱く、しかも直接選挙ではなくて、国民議会や下院に比べて権限の弱い「上院」が選出するということもあって、「ねじれ」が起こることが少ない上に、「ねじれ」が起きても問題は小さいわけです。

2.「ねじれ」諸外国の例 =国連、議院内閣制=

 国連も「ねじれ」の例として挙げられるかも知れません。国連の意思決定機関は総会ですが、よく知られる通り、安全保障に関わる問題については安全保障理事会が絶大な権限を持っているので、ここにねじれ現象が生じることがあります。

 そもそも、国連が出来た時からの「パレスチナ」「イスラエル」問題について、総会は「イスラエルの1967年の占領地から撤退」を決議しているのに、安保理で拒否権を持つアメリカがイスラエル寄りの姿勢を貫いて実力行使を阻んでいるため、問題は結局未解決のままであり、世界の最大の不安定要因でありつづけています。

 国会の多数派が内閣を構成する「議院内閣制」の国々では、ねじれといったことが問題になることはめったにありません。そもそも、ねじれがおこらないように内閣を構成することが基本だからです。

 ただし、同じ大統領制でもアメリカとフランスで、それぞれの大統領の憲法上の権限の違いによって「ねじれ」が起こったときの「こじれ方」が違うように、議院内閣制の国々おいても、例えば憲法上の「第二院」の第一院に対する権限の強弱によって状況は大きく異なってくることがわかると思います。

 端的に言って、日本国憲法においては、予算や首班指名については衆院の優越が定められているものの、「一般の法案について参議院の権限が極めて強い」ということが国際比較の上で言えるわけです。もちろん、このルールで60年やってきて、7月の選挙もそのルールに則って民意が示されたわけですから、今になって急に「参議院の権限が強すぎる」と言い始めるのはフェアーではないかもしれません。しかし、日本国憲法の制定過程を見ても、GHQが示した憲法「草案」は一院制だったにも関わらず、日本政府・国会が今の制度をバタバタと決めたいきさつがあり、よりよい制度設計について考えることは、国会にとっていつでも検討課題であるということは言えると思います。

3.「ねじれ」を活かす

 「大連立」が自民党にとって都合がいいというのは事実でしょう。しかし、本来は「民意の反映を第一義に政策協議を積み重ねて内閣を構成することで、結果としてねじれを生じないようにする」というのがスジで、「今の権力を握り続けるために」「いまのやり方や政策を変えないために」ということを優先して、ねじれの方をむりやりに解消してしまうというのは、「国民の選択」と「議会政治」のフィードバックを考えたときには本末転倒と言わなければならないと思います。

 これは私自身の考えであり、皆さんそれぞれのお考えがあるかも知れませんが、私はまず、政府・与党が予算や法案を作るときに、参議院の構成という「現実」を出発点に、できるだけ提出前に「自公連立与党」以外の党派の意見をいろいろな方法で聞いて、あらかじめ歩み寄ったものにして出すということが必要ではないかと思います。選挙向けのパフォーマンスという点からは、別の考え方があるのかもしれませんが、「現実主義」に立って国民のための政策を実現するにはそれしか方法がないでしょう。

 さらに、政策協議と称して一部の党派とだけ密室協議するやり方よりも、国会審議の場でオープンな主張のぶつけ合い、妥協を図っていくということが必要であり、有意義になってくるのではないでしょうか。

 これまでの政策決定過程は、与党の党内審議で、各省庁とのすりあわせや民意の反映は一応終わったものとし、国会に提出された予算や法案は「行政府と与党の完成した共同作品」であるという仮定の下に、国会は言ってみればその完成品を認めるか、認めないかスタンプを押す、というだけの作業になっていると言うことができるかもしれません。

 日本国憲法の制定過程で、芦田小委員長の下、委員の腹蔵ないやりとりで条文が練られていったように、「国会」が予算や法律を平場で練り上げていく。危なっかしいと思う人はいるかもしれませんし、特に国会や政治家をコントロール下においておきたいお役人たちは「絶対に勘弁してくれ」ということかもしれませんが、私は書生論かもしれないけれども、議会制民主主義とは本来そういうものではないかと考えるわけです。

しめくくり

 安倍前首相の当事者能力の欠如が招いた参院選大惨敗により、今日の状況が生まれたわけですが、いわゆる「ねじれ」は、「大連立」といったことで無理やり解消すべき困った事態ではなく、国会審議の活性化による民主政治発展のチャンスだという側面があるのではないか。いささか突飛かも知れませんが、そんなことを思う今日この頃であります。

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2007年11月14日 (水)

新聞投書「日米で大違い 接待への姿勢」

【『朝日新聞』2007年11月8日付「声」欄に、愛知県安城市の無職、宮本光男さん 63歳の投書「日米で大違い 接待への姿勢」という投書が載っていた。広く読まれるべきと思い、以下にそのまま書き写します。】

 約20年前のことである。自動車メーカーで、発売前の新車の安全や排ガス関連の審査を担当していた。その時、国内審査では、運輸省の審査官の審査のあと、必ず有名料亭で飲食接待をした。高級クラブでの二次会もだが、審査官たちは当然のように受けて、断る人はいなかった。

 一方、来日した米国環境保護庁の審査官は、規則によりメーカーの人との飲食は1回のみ許されているとの理由で、他の接待は一切受けなかった。休日の京都や奈良への観光も、自分の分はきちっと払って帰国した。

 私が米国環境保護庁に出張した際、審査官たちは日本土産も法令で禁止されていると、一切受けとらなかった。日本と米国との接待に対する習慣の大きな違いを垣間見たような思いだった。

 今回、守屋前防衛事務次官の証人喚問のテレビ中継を見たが、「接待は受けて当然だ」というような態度は、役人根性丸出しで、今も昔も全然変わっていないと実感した。

 接待地獄に陥っている日本の役人が、米国の役人のようなすがすがしさを身につけて欲しいと思うのは私だけだろうか。

【森田付記】何でもアメリカのことをありがたがるつもりは毛頭無いが、良いことはどんどん真似たらいい。韓国の学者から聞いた話しだが、民主党の岡田克也前党首は、韓国の団体が韓国の要人などとのアポイントを整えた旅行に招待しても、旅費もホテル代も必ず自己負担して帰るそうだ。総理就任前の安倍晋三氏は対照的にすんなり丸抱えで招待されたらしいが。

そもそもカルチャーを変えなきゃダメなので、小中学校の教育指導要領を改訂して、「役人はたかったり、盗んではダメ」ということを義務教育で叩き込むべきだ。文部科学省は教科書に「沖縄の集団自決は軍の命令でない」などと書かせるよりやることがある。

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2007年11月13日 (火)

安倍晋三前総理、衆院本会議出席

鬱病で療養中と言われる安倍晋三氏が衆院本会議に出席されたそうだ。お元気になられたのならたいへん結構なことだ。国会議員の職は重いものであり、総理をあんな風に投げ出して日本の国際的なイメージを破壊した安倍氏が、その職責を続けられるほどに健康を回復されたのなら、たいへん結構なことだ。

さっそく、前総理としてインドに政府特使として出ていただきたい。安倍氏は総理就任以前から、インドとの関係には並々ならない熱を入れられた。そのインドは、温暖化ガス問題でG8をはじめとする国際社会にすっかり背を向けてしまっている。核不拡散条約にも入らずに核兵器保有を続け、NPT体制維持強化というわが国の国策にも真っ向から反対する行動をとっている。

ここは安倍さんの出番だ。国家に尽くすため、国会が閉幕したら、直ちにインドに旅立って欲しい。

ただ、もし仮に、こう言われると困る程度の回復ぶりであるならば、今度は国家がどうのという問題以前に、安倍さん自身についての人道的な問題として、議員は辞職して療養に専念することをお勧めしたい。もし鬱病が完全に直っていないのであれば、また判断を誤られる心配もある。それは国民にとってたいへん迷惑なことなのだ。

極右にとっては、あなたはかけがえのない政治家なのかも知れないが、国民一般にとっては、あなたの代わりはいくらでもいるし、その人々は療養などしていないで、給料分は働くのだ。

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2007年11月12日 (月)

辛酸なめ子氏「勝手に盛り上がってください」-政治の浮世離れを的確に一刺し

辛酸なめ子と言う人が「どうも政治家というのは、勝手に盛り上がる人たちのようだ。松下政経塾に取材で一日密着したことがあるが、夜通し政治を語り合ったり、朝礼で誓いの言葉を叫んだりしているうちに、どんどん浮世離れしていくように見えた」と発言している(『朝日新聞』2007年11月8日付「私の視点-ワイド-」)。鋭い。浮世離れといえば「美しい日本」を叫んで、イデオロギー反動路線をひた走った安倍晋三氏がチャンピオンだが。

例の大連立、小沢辞任表明騒ぎにかかわってのコメントだ。「政党が合体したら、国民より米国とか、巨大な力の方ばかり優先してしまいそうだ」というのもその通り。しめくくりに「どうぞ勝手に盛り上がってください。庶民は庶民で政治に期待せず、堅実に生きていきますから」というのも、とてもいい。

ただし、やつらは野放しにすると、欲に流されてとんでもないことをやりたい放題にする連中なので、期待はせずとも、厳しく監視していかなければ庶民の現実の利益が守れないということも事実だ。「識者」が有権者の「あきらめ」を誘う冷笑コメントを発表することには注意が必要だとも思う。

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2007年11月 9日 (金)

ひろいもののテレビドラマ「ジュリアス・シーザー」(2002年、米など)

世界史を勉強中の高2の息子と、NHKスペシャル「ローマ」3回、同ハイビジョンスペシャル「ローマ皇帝の歩いた道」2回のうち前編を見たところ、息子が「シーザーの扱いが軽いな」と言うので、たしか正月にTBSが放送した米伊など合作のテレビドラマで未見だった『ジュリアス・シーザー』の録画テープを引っ張り出して見た。これが拾いものだった。夜中の放送で、見た人も少ないだろうから、NHK-BSでも放送した方がいいのではないだろうか。

スッラのクーデターで生命の危機にさらされ、逃亡途中で海賊に捕まるエピソードのあたりから、暗殺までを描いているが、ジェレミー・シストという線の細めな俳優がシーザーを演じていることもあり、塩野七海さんの『ローマ人物語』によって語っている、型どおりの英雄豪傑ではなくちょっとインチキ臭い、しかし人間的な魅力と胆力のあるシーザー像と一致している。

ブルガリアでロケしたというガリア遠征の合戦シーンもなかなかの迫力で、エジプトの宰相がポンペイウスを暗殺する場面のおどろおどろしさ、自決するカトーと、葬儀の主催を申し出るシーザーに対しカトーの息子が示した威厳ある態度もよい。一方、シーザーの娘ジュリアとギリシァ人奴隷家庭教師の心の触れあい、その家庭教師が奴隷反乱に参加して捕らわれ、ジュリアの救済を断って仲間と共に処刑されることを選ぶ場面など、なかなか心を打つ。

シーザー暗殺の場面で終わるので、シェークスピア劇では見せ場であるアントニーのシーザー追悼演説、あの「ブルータスは高潔な人物である」で始まり、表面上はブルータスらを持ち上げながら、演説を聴いたローマ市民が「シーザー暗殺は間違いではなかったか?」と局面を転換するに至る弁舌の場面はない。しかし、脚本がよく工夫していて、男前の若手俳優が演じるアントニーが、ルビコンを渡る前のシーザーから元老院に先乗りを命じられ、公衆にシーザーの立場を代弁する演説をして喝采を受ける場面が描かれていた。

アメリカの脚本家組合が大規模なストライキをやっているというニュースが伝えられているが、このドラマを見て、アメリカの脚本家の力もたいしたものだと改めて思った。

それにしても、日本政治にはシーザーのような人間力、アントニーのような弁舌力をもって局面を転換するような人材が「平民派」の方から出ないものか。右の方は「小泉マジック」を繰り出して、後継の安倍氏が凡庸すぎた故に今は後遺症に悩んでいるわけだが。

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2007年11月 8日 (木)

漁業資源枯渇?-ノルウェーの資源保護に学ぶべき

店先にはたくさん並ぶサカナたち。しかし、サバなどの資源量は激減しており、漁業者は早い者勝ちの「総量規制」のルールの下で、本来は将来の「親」になってもらうために獲り残すべき、また値段の安い小型のサバでも、いまの収入を確保するために根こそぎとってしまっている。

現行の「総量規制」というのは、漁船ごとの漁獲量を規制するのではなく、例えばサバについて、ある水域で今年獲っていい「総量」を決めるもので、各漁船がどれだけ獲るかは決めていない。早い者勝ちだから、大きいものが獲れる水域を選んだり、目の大きい網を使っていては、他の漁船が先にシェアーを奪ってしまい取り分がなくなってしまう。

7月に放送されたNHKの「クローズアップ現代」、9月放送の「サイエンスゼロ」などで紹介されたが、ノルウェーは「総量規制」ではなく、厳格な漁船ごとの漁獲量の割り当てを行い、網目も大きめなものに規制している。行政当局の監視も厳格で、抜き打ち検査で漁獲量の申告に虚偽が発見された場合は、警察に告発している。

その結果、漁業者はあわてなくてもシーズン中に自分が漁獲できる量が決まっているので、あわてて小さなものを獲る必要がない。じっくり大型のものがいる漁場を探し、網目の大きな網で狙えば、大きく育った、高値で売れるものが手に入る。

その結果、日本のスーパーでも脂の乗った大きなサバはノルウェー産だったりする。一方で、ノルウェーの漁業資源は、この規制を導入してから劇的に回復している。

政治や、行政はこういった外国の成功例については謙虚に学び、スピード感をもって導入すべきだ。「アメリカやイギリス並みの金融市場の規制緩和を」などという、金持ちをますます金持ちにして政治献金をいっぱいもらおうといういった話しばかりに熱心で、国民生活や環境にかかわるようなこういった問題にしっかり取り組んでもらわなければ困る。

今年、新しい「水産基本計画」を作ると聞いたが、農水省は補助金付きの外郭団体に天下り先を確保することや、ウィキペディアにガンダムに関する書き込みばかりやっている場合ではないのだ。

さらに、海はつながっているので、この話しには韓国や中国、ロシアとしっかり話しをすることが大事だ。小泉氏のように「靖国参拝」などで対話の基盤を破壊し、ロシアをことさら無視したり、安倍氏のように「米豪印と結んで中国を牽制しよう」などとトンチンカンなことをやっていては、現実的な国益も、地球環境も守れない。

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2007年11月 7日 (水)

ツタンカーメン王のミイラ展示へ~「一神教」の起源はエジプト?

ツタンカーメン王のミイラを展示することになったというニュースを聞いて、「祟り」の話しは大丈夫かとふと思ってしまう。もちろん、「祟り」などは迷信に過ぎないが、第一次大戦後のツタンカーメンの王墓発掘は、例外的に盗掘を免れた「黄金のマスク」発見など華やかな話題の一方で、発掘実行者のカーター氏こそ長生きしたものの、これに関わった多くの人々やその親族が、当時次々に死去するという不思議なことが続いたという事実があるからだ。

最近、中央公論の古い方の『世界の歴史』第1巻をようやく読み終えたが、その後半にそのエピソードがやや詳しく具体的に書かれていて、かなりびっくりしながら読んだ。

そういえば、「古代エジプト」は、中学生の頃学校で習ったときには「四大文明」の一つとして強調され、ピラミッドの存在感からも子ども心に大きな存在だったが、歴史を少し勉強すると、現在のイラクあたりのメソポタミア文明こそが農耕、都市文明、文字の使用などあらゆる面で「人類文明のルーツ」という性格を持つ一方で、古代エジプト文明はややローカルな存在であることを知ることになった。

もっとも、旧版『世界の歴史』第一巻を読んで、だからといって古代エジプトを全く軽視していいわけではないと思った一節に触れた。エジプトの宗教はよく知られるように、太陽神の「一神教」だ。一方で、古代オリエント世界の大半は「多神教」であったことが知られている。

古代エジプトは長く独自性を保っていたが、同時に、広くオリエント社会と交易をしており、また一時アッシリアの支配を受けるなど、侵略したり、されたりの関係も重ねた。この本では、その結果、エジプトの「一神教」の発想がオリエント社会に移入されたというのである。

宗教の話しは書き方に気をつけなれればならないが、森田は「一神教」はしばしば不寛容につながり、紛争の原因となったり、深刻化の原因になっていると思っている。そして、現在世界の紛争のうち、どちらの当事者もある時期シリアないしパレスチナで生まれた「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教」のどれとも関係がないというのは、レアケースであると感じている。

ハム人の古代エジプトは、アラブ人の現在のエジプトとは「直系血族」ではないが、世界文明・思想史上「ローカルでマイナー」な存在と勝手に決めつけていた古代エジプト文明が、実はいちばん大きな(負の?)遺産を生んでいたことになる。

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2007年11月 6日 (火)

「雲は何色だ?」-映画「真珠の耳飾りの少女」

フェルメールが、モデルになった新人のお手伝いの少女を窓際に呼び、「雲は何色だ?」と訊く。少女は「白‥」と思わず口にしたあと、もう一度目を細くしながら雲を見上げて「黄色、‥青、‥灰色」。フェルメールは「理解したようだな」と言い、少女をラビスラズリを買いに出す。

日曜日にNHK・BSで放送された映画「真珠の耳飾りの少女」。先週、新国立美術館の展覧会、「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」に出かけたが、そこで垣間見た「世界」が映像で目の前に展開する。なんとも楽しい。

昨日の午前、事務所で見る。昼食に出ると映画のあの場面のような空、雲。思わず「何色かな」と暫し見上げる。

小沢一郎氏が党首を「辞めた」のではなく、みんながひれ伏して「続けてください」と言えば続投してやってもいいということらしい。またか。それや、これやは、雲と光が見せる世界に比べると、実につまらないことだなあ、と感じた午後だった。

そういえば、フェルメールこそ面白いという話しをはじめて聞いたのは、四半世紀前、座談会での浅田彰氏の発言だった。どうしておられるだろうか。ちなみに、絵だけ見るとパラノイア型に見えるフェルメールは、映画の中では充分にスキゾ型だった。

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2007年11月 5日 (月)

岡田党首再登板に期待=自・民「大連立」破談&小沢辞意表明に、民主党はあわてる必要ない=

民主党だけが大きなダメージを被ったという見方が多数だが、私はちょっと違った見方をしている。先週、福田・小沢会談で合意しかけた「大連立」が民主党役員のほぼ一致した反対で流産し、日曜夕方には小沢氏が辞意を表明したというニュースについてだ。

読売のナベツネ氏と似通った意見を持つのはこそばゆいが、私は自民党が完全野党に転落することを回避し、権力の座に止まろうとするならば、とりあえず「大連立」を組む以外に方法はないだろうと見ていた。もちろん、大連立の踊り場の先に政権長期担当の継続の道が開けるか、結局民主党政権ができるのかはわからないが、とにかく現状のままでは来年には民主党単独政権ができて、自民党は10年は干されると見ていたからだ。

「もともと大手飛車取りだったので、『大連立』はできなかったけれども、小沢を辞めさせて、民主党にダメージをあたえたのだから良かったのだ」という後講釈が聞かれるが、そうではないと思う。「大連立」という執権延命のカードを切るなら、党首会談任せでなく、伊吹幹事長も、町村官房長官も、評論家のようなことを言っていないで、民主党各方面に全力で工作し、土下座してでもコトを成し遂げるという意気込みが無ければできるわけがない。小沢氏が提案を持ち帰ったら、民主党役員の半分は賛成という状況を作っておかなければ話しにならない。

落語に「首提灯」というのがあるが、今の自民党幹部は、自分たちの権力が風前の灯火だという危機感が欠けている。命がけでやらなかったことが成就するわけもなく、「大手飛車取り」などと言っているうちに、奈落の底に落ちることになるだろう。

一方、小沢氏については逆に、なぜ勝てるケンカを慌ててしくじるようなことをしたのだろうか。「大連立」が必要なのは自民党の方なのであり、ここは焦らして焦らして、値段をつり上げつり上げ、民主党内の合意形成をじっくりやれば良かったのだ。破談にするにしても、自民党に最も大きなダメージを与えるカタチでの持って行き方があったはずだ。

政治資金団体が大量の不動産を買っている問題や、巷間言われる旧防衛庁調達問題などで焦りを感じる理由があったのだろうか。

しかし、過去のことを言ってもしょうがない。もう賽は投げられたのだから、民主党は新しい党首を選び、再び結束して自民党に戦いを挑むしか道がない。幸い、全体の構図・構造は昨日、今日のムードとは異なり、「民主党政権」成立の蓋然性の方が大きいのだ。

幸い、自民党側にも小泉マジックの再現は不可能だ。オオカミ少年の安倍晋三氏も退陣し、「内容勝負」の時代を迎えているのではないか。軟投型とはいえ、まじめな教養人である福田康夫氏に対抗するには、生真面目な岡田元党首の再登板がいちばんいいように思うが。マスメディアも、風まかせのその日暮らしのようなやり方でいいのか、そろそろ目を覚ます頃だろう。

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2007年11月 2日 (金)

「奇兵隊」の最期-「その時歴史が動いた」エンディング

「その時歴史が動いた」(10月31日、NHK総合22:00~)で「奇兵隊」を取りあげていた。高杉晋作が上海で国際情勢の現実を知ったこと、武士ではない人々によって構成された奇兵隊が第二次長州征伐における幕府軍に対する完勝の立役者だったことなどは学校で習ったり、大河ドラマ『花神』で見た通りだった。

そうかぁ、と軽い衝撃を覚えたのは番組のエピローグで紹介された「その後の奇兵隊」だ。早い話、奇兵隊に集った人々の多くが、維新後の新政府軍整備に反対して挙兵して敗れ、多数が木戸孝允(旧名・桂小五郎)の指揮の下、極刑に処されたというのだ。

家人は「そんなことやってるから鬱病になるんだよ」などと言っていたが、歴史とそれに関わる人のドラマの一面だ。

新しい研究を反映して、巷間言われてきた「善玉・悪玉」に新たな光を当てること、また古代史においても、それ以降の歴史についても「東アジアの国際関係」の視点を重視していることがこの番組の特徴であると思うが、これからも、視聴者にいろいろ発見を提供する番組として続くよう期待したい。

安倍晋三氏も「持ち上げられて落とされた」ということかもしれないが、持ち上げることによって取り返しのつかない過ちの数々に道を開いた人々の断罪は終わっていない。次の総選挙こそ、その機会である。

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2007年11月 1日 (木)

自衛艦の航海日誌「紛失」-国民主権の確保には政府の「文書」および「情報公開」に関するルールの見直しが必要

 たとえば11月1日付『毎日新聞』朝刊は28面に◆「破棄あり得ない」 長崎・佐世保基地を最後に退職した元護衛艦乗りの海自OB(59)は「(保存期間は決められているが)航海日誌は、たとえ船が退役しても捨てたりできるものじゃない。なぜ、廃棄しなければならなかったのか。うさんくさい」という話しを紹介している。

 わが国は、官僚機構に事実上いいように操作された自民党単独政権が長く続いたために、「文書」は何について作られるべきで、それはどのような手続きで保存されるべきで、定められた手続きが守られなかったときにはどのようなペナルティーが課せられるべきかが「いい加減」なままだ。

 四半世紀前に「情報公開」のキャンペーンがあり、ようやく10年あまり前に「情報公開法」が制定されたが、そもそも政府の文書作成はどのようにあるべきかという基本論がないがしろにされてきた。情報公開法についても、施行されるときに例えばある役所の新人の公務員たちが忙しそうにしているので何をやっているのか聞くと、役所のパソコンの中にあるファイルを、「これは役所の文書、これは個人の文書」と仕分ける作業をやっていて、これが膨大で手間がかかるという返事が返ってきたことがある。

それはつまり、本当は全部役所の文書だけれども、「個人持ちの文書は公開の対象外」というルールを利用して、隠したい文書をそのカテゴリーに分類し直していたわけだ。

もうすぐできる民主党政権は、永久政権というわけでもないだろうから、こうした「政府の文書、情報に関する国民主権の確立」という観点から法制度の見直しにぜひ取り組んでいただきたい。与党になると、ついつい「野党自民党を利することになるのでは」という「欲」が判断をくらませる可能性があるのでクギを刺しておきたい。

新聞などプレスも、この問題をもっと突っ込んでもらいたい。記者さんの「芸」は、ルールの隙間を突いて、インフォーマルに情報を聞き出すことなのかもしれないが、やはり「情報は国民のもの」というルール確立に力を尽くし、その上で問題発見や取材のワザを競うという方が王道だろう。

【以下は共同通信の関係記事】

新たに2隻の航海日誌不明  防衛相「規則順守されず」

 石破茂防衛相は31日午後の衆院テロ防止特別委員会で、海上自衛隊補給艦「とわだ」など3隻で航海日誌が保存期間中に破棄されていた問題をめぐり、新たに2隻の日誌の一部が所在不明になっていることを明らかにした。航海日誌を船内に1年、地方総監部に3年保存する部内規則が「ほとんど順守されていなかった」とも指摘、海自内のずさんな文書管理の実態が浮き彫りとなった。

 海自の給油量訂正に絡む隠ぺい問題では、再発防止策を11月中に示した上で、来年3月末までに組織改革案を策定、来年の通常国会に防衛省設置法改正案を提出する意向を表明。「統合幕僚監部、陸海空幕僚監部、内局という在り方が国際標準とは思っていない」と抜本的な組織再編の可能性にも言及した。

 守屋武昌前防衛事務次官の証人喚問については「防衛省で聴いたのと違う話が(喚問で)出ている。もう一度試みてみたい」と述べ、再聴取を検討する考えを示した。

2007/10/31 18:52 【共同通信】

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