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2007年12月27日 (木)

「一人あたりGDP、世界18位」は政策の基本軌道が誤りだったことの証左

内閣府が26日発表した「国民経済計算」によると、93年に世界第2位だった一人あたりGDPが、06年にはカナダ、フランス、ドイツにも抜かれ世界18位に低下したという。これはこの間のわが国の採用してきた政策の基本コースに誤りがあったことが累積した結果と考えるべきだ。

世界のGDPに占める割合が低下し1割を切って9.1パーセントになったというのは、中国、ロシアなどの躍進を見ても、当たり前のことのように思うが、小泉政権に象徴される「新自由主義路線」を走ってきた政府や財界の基本路線が、彼らが暗に「福祉が行き過ぎで日本より効率が悪い」とほのめかし続けてきたフランスやドイツに遅れをとるような結果を招いたのだ。

正規雇用を派遣やパートに置き換え、賃上げを渋ることで人件費を削り、医療費の自己負担分を引き上げるなど低所得者に厳しい負担増を図ってきた今の政府・経済界の路線が、自分の首を絞めているのだ。

民主党の小沢一郎党首が、かつての新自由主義路線を改め、昨年春あたりから「格差」を問題にするようになったのは良い方向への転換だった。民主党にはさらに、負担すべき人々が払うべき税金を払うことで、福祉を充実して内需を拡大し、ヨーロッパにあまり遅れをとらないような、「ニュー社民主義」のような方向性、プログラムを確立し、示してほしい。

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2007年12月21日 (金)

平安時代、藤原仲成処刑以来350年近く死刑を停止したわが国の朝廷=『毎日』コラム「余録」より=

学生時代、大学にアムネスティー・インターナショナルのグループを作りたいという友人に誘われて参画した。アムネスティーが「良心の囚人」とよぶ、世間で言う政治犯の釈放に当局への書簡送付などソフトな「直接行動」を粘り強く進める団体の趣旨に強い共感を覚えたが、当時は「死刑廃止」の主張には違和感を覚えた。

フランス革命で大量殺人を犯し、奴隷の売買や虐待について明確な謝罪をしていないヨーロッパ諸国が死刑廃止を訴えることに偽善を感じる人も多いだろう。

しかし、死刑の実情についての新聞記事を読み、9・11同時多発テロの際に、報復の連鎖を避けるべきというヨハネ・パウロ二世の言葉に共感し、今もイラクなど世界の現状にその言葉の正しさを日々感じている自分としては、「人類には、死刑を正当化している原始的な段階に止まる人類と、死刑を止めたより進歩した人類の二種類がある」と考えるようになっている。

アメリカでは、1970年代の最高裁判例変更で多くの州で復活した死刑が、最近のニューハンプシャーのように一部の州で再び廃止される動きがあるという。あのアメリカでも、州によっては死刑を廃止しているのだ。日本は、それでも中国やイスラム圏と同様に死刑制度を続けるのか。

そんなことを考えていたら、毎日新聞の12月20日付のコラム「余録」で興味深い事実を知った。保元の乱で藤原信西が復活させるまでの平安時代、天皇家25代、350年近く、わが国では死刑が停止されていたというのだ。余録子も言っているが、こんな例は世界にもまれだろう。仏教思想の影響が指摘されるが、とにかく「死刑廃止」はわが国と天皇家の、世界に誇るべき伝統なのだ。

「死刑」を続けるのか。それは、われわれがこれからどのような社会を作っていくのかという大議論の中にしっかり位置づけ、タブーとせずに議論していくべきだと思う。

【以下は、12月12付『毎日新聞』コラム「余録」の写しです】

余録:死刑停止

 「死罪を行えば海内(かいだい)に謀反(むほん)の輩(ともがら)たえず」は「平家物語」の平重盛の言葉だ。保元の乱の際、天皇家25代にわたって長らく行われなかった死罪を藤原信西(しんぜい)が復活させたのを批判する。清盛に死罪を思いとどまらせるためだ▲信西は後の平治の乱ではその報復を受けることになった。重盛はそこで仏教的な因果応報を説くのである。実際に朝廷は810年の藤原仲成(なかなり)の処刑以来、350年近くにわたって死刑判決があれば減刑し、事実上死刑は廃止されていた▲背景には仏教思想があったものの、たとえ仏教国であれ何であれ、こんな長期にわたり死刑を停止した例は世界でもあまりないだろう。その復活をもたらしたのは武家の台頭で、それから850年もたてば日本も世界もまるで様変わりする▲国連総会は死刑執行の一時停止を加盟国に求める決議案を賛成104カ国で採択した。ここでの日本は米国や中国など53カ国とともに反対票を投じ、棄権は韓国など29カ国である。決議の背景には、死刑廃止にむけた国際的圧力を強める欧州連合(EU)などの働きかけがある▲「死刑停止」といわれても、昨今の凶悪犯罪の冷血、被害者遺族の無念を目の当たりにすれば、とても受け入れられないという方が多かろう。ただ凶悪犯罪は日本だけでないのに、この30年間で一挙に100カ国以上も増えた死刑廃止・停止国である。その経験や、掲げる価値を踏まえた論議はもっとあっていいように思える▲裁判員制度では市民が死刑判決にかかわる局面が生まれる。死刑の現実を見つめ、人間の罪と罰をめぐる深みのある考察が求められる今だ。平安時代ほどの論争もない方がおかしい。

毎日新聞 2007年12月20日 0時01分

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2007年12月20日 (木)

国会は古森NHK経営委員長を呼ぶべきだ。

NHKの古森経営委員長(富士フイルムの持ち株会社の会長)が、強引な委員会運営でホコリをたてているようだ。複数の経営委員が公の場で委員長が世間に説明していることと違うことを言っている。公共放送であるNHKの経営委員会が、強引な運営によって偏った方向に引っ張られていることを伺わせる事態である。

NHKが、イデオロギー偏向によってねじ曲げられてはならない。とにかく、経営委員の承認権を持つ国会は、古森氏を呼んで、事実関係を聞くことからはじめ、委員会の公正な運営を確保する努力をすべきである。

【以下は東京新聞の記事の貼り付け】

NHK経営委員が委員長批判会見 求められる説明責任
2007年12月20日 朝刊

 NHK経営委員会の菅原明子委員、保ゆかり委員が十九日、会見を開いて、次期NHK会長選出をめぐる古森重隆委員長のやり方を批判した。経営委員が公の場で委員長への不満を述べるのは前代未聞の出来事。「強引で、看過できない」(菅原氏)というのが理由だが、両氏の説明と古森氏のこれまでの発言は、事実関係で食い違いが目立つ。両氏の批判を受けて古森氏は「一方的な運営をした事実はない」と反論しているが、説明責任を果たす必要があるのは間違いなさそうだ。 (小田克也)

 「威圧的で、議論を封殺する」。両氏は、古森氏の議事運営をこう言い切った。

 その具体例として、経営委員による指名委員会(13日)の模様を取り上げ、「新会長についてNHKの内部から起用するのか、それとも外部からか」という議論のスタートがそもそもおかしく、人物本位で選ぶべきだと意見を述べたが、古森氏に聞き入れられなかった-と主張した。

     ◇

 これまでの会見で古森氏は、十三日の指名委員会で各委員に次期会長の候補者を挙げてもらうと述べていたが、菅原氏によると「(事前に)そういう働きかけはなかった」という。

 NHK会長は放送法に基づき、全国八地区から選ばれた八人と地区に関係なく選ばれた四人の計十二人の経営委員中、九人以上の議決により選出する。要するに多数決で選ぶのだが、「委員長は、できれば採決しない方向を考えていた」と菅原氏。これが事実とすれば、放送法との整合性の点で疑問符がつく。

 菅原氏は「(13日の指名委員会後の会見で)古森委員長は、外部からの起用に反対だったのは一人と言ったが、正確には答えを保留したのが二人、内部からの起用がいいと言ったのが二人いる」と説明。

 放送法によれば、会長が任期満了を迎えても、新会長が任命されるまで在任することになる。

 従って、古森氏が意中の人物を提案しても「(経営委員の)四人が反対に回れば、現執行部が残る確率はある。(内部、外部からの起用以外に)第三のオプションとして、それもあり得ると思っていたが、委員長は会見で、そのことも説明していない」とも述べた。

     ◇

 古森氏の議事運営がおかしいと思うなら、両氏は記者会見を開く前に委員会の場でただすべきではないのか。十九日の会見でこう記者団に問われた菅原氏は、「委員会は議論できる状況にない。この方法しかなかった」と語った。「委員長は声が大きかったり、自分の意見を強く推されるので、思ったことが言えない」とも。「委員長に議事録をテープに残して公開してほしいとお願いしているが、人事案件だから、と言葉を濁している」と不満をあらわにした。

 九州・沖縄地区選出の保氏は、「特定の候補を推薦しない委員もいる。(委員長に意中の人物の)名前を公表してほしいといっても公表してもらえない。地方にいる者などは、いきなり二十五日に言われても判断できない」と、困り顔だった。

 こうした両氏の批判に対し古森氏は、次期会長選出について、「すべての委員から意見を聴取の上、少数意見にも配慮し、今後の議論の対象とした。各委員からの個別の推薦もさらに呼びかけていた。両名の意見についても十分に議論し、経営委員会としての機能を果たしていく」などとするコメントを発表。批判は当たらないとの考えを示したが、矛盾点についてはあらためて説明する必要がありそうだ。

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2007年12月15日 (土)

公明党太田代表の防衛費削減案を支持する

連立与党である公明党の太田代表が、来年度の防衛予算について、最近の水増し請求事件などを踏まえ徹底的に精査して減額すべきであり、さらに平成21年までの5年間にに24兆円を支出するとしている「中期防衛力整備計画」についても来年夏までに大幅に見直すべきであると発言しているが、支持したい。

防衛調達は割高である。また小泉「改革」ブームの時も、小泉氏らは祖父の小泉又次郎逓信相が参画していた浜口雄幸・民政党内閣がロンドン軍縮条約調印など軍事費削減に力を入れたのと対照的に、巨額な支出を要するミサイル防衛(MD)の開発参加、配備を決め、またイラク戦争支持、自衛隊派遣など「アメリカのお手伝いと海外派遣重視」の軍備増強路線をひた走った。

生活保護を事実上切られて餓死する人が出、障害者や高齢者医療費の自己負担を増やす一方で、軍事費だけは聖域にし、あげくのはては守屋夫妻の醜い腐敗事件である。自民党に自浄を期待するのは難しいだろうが、福祉と平和の党であるはずの「公明党」が、黙っていていいはずがない。テロ特措法の衆院再議決は、公明党の協力がなければ不可能だ。次期衆院選だって、自民党は公明党の力を借りなければ過半数維持も難しいだろう。

公明党がスジを通すならば、連立政権の軌道はましな方に修正されるだろう。もし、自民党が公明党の意見を無視するならば、一般の国民は公明党が連立を離脱し、今度は民主党と組むことになっても、あまり強い違和感は持たないだろう。他方、ただただ自民党の後をついて歩き、いざとなると説明のないまま連立の組み替えに走ろうとするなら、厳しい批判を招くことは免れないだろう。

公明党頑張れ!ととりあえず言っておこう。

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2007年12月13日 (木)

大阪府知事選、自民党の狂った人選

きっこのブログが言っていることに尽きていて、言い足すことなし。核武装論者の阿倍晋三氏を首相にしてしまった自民党であるとはいえ、「憲法改正して核武装すべきだ」などという人物に知事選出馬を要請すべきではない。

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2007年12月12日 (水)

民主党は人事も含めた本格的な政権構想提示を=解散は想像以上に遅い可能性も=

福田首相と自民党がいつ衆議院を解散するかについては「油断させて意表を突く」という「戦術的」な判断もあり得るので断言できないが、今のところメディアで報じられている関係者の言動から予測すると、内閣としても自民党としても「法案、とりわけ予算関連法案が参議院で否決されても、衆議院で再議決できる『与党3分の2議席』をできるだけ手放さない」ということを基本に据えている可能性が高いと思う。

テロ特措法については、参院選前に教育基本法改悪などはあきらめて優先していれば、あるいは参院選直後に、長期の臨時国会を開いて強行採決を重ねれば、仮に参議院で民主党が2ヶ月採決しなかったとしても、切れ目なく派遣を続けることができたわけで、給油艦が戻ってきたことは、全て安倍前総理の自滅によるものとはいえ、民主党は勝利を収めたと言える。

しかし、公明党も解散時期についての暗黙の了解と引き替えに再議決を了承したらしい今後は「衆院3分の2による再議決」については、所与の条件として考えなければならないだろう。

「越年引き延ばし」は、「経済情勢が難しい中で悪い影響が大きい」と与党は宣伝する。かつて細川内閣が小選挙区制導入を最優先して越年国会を設定したときには、現実に経済情勢に悪影響を与えた。

ここは、民主党の考えを国民に明確に示す一方で、テロ特措法の早期採決により否決することが良いと思う。引き延ばしより、夏か秋、またはもっと先になる総選挙に向け、次期小沢一郎内閣の主要閣僚の顔ぶれと優先的に実現する政策を、メリハリをもって打ち出すことに重点を移すべきではないか。

なお、少し前に『朝日』の社説が書いていたが、イラク撤退法案を早々に採決してしまったのはやはりもったいなかった。小泉純一郎元総理を参考人に呼ぶことも含め、対イラク開戦支持表明が本当に良かったのか、徹底的に洗い直すということをなぜやってくれなかったのか。そこに期待していただけに残念だ。「参院多数」をどう活かすか。民主党も「戦略」をしっかり持ってほしい。

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2007年12月11日 (火)

消費税を「社会保障税に」=朝三暮四効果で金持ち優遇税制を目論む自民党税調会長発言=

週末のテレビでも、自民党の津島税調会長が「消費税は社会保障税に」と発言したと報じられている。

この話を聞くと「社会保障の費用は高齢化で増えるし、消費税をほかの目的に使われるよりも、使い道を限定した方がいい」と思う人がいるかもしれない。

だまされない方がいい。社会保障の費用が増えたときに、その財源をどの税金に求めるかを考えるときに、本来ならば資産課税、複雑な企業向け優遇税制の整理、高額所得者がより多く負担する所得税なども検討対象にすへきなのに、「消費税」の名称を「社会保障税」に切り替えれば、「社会保障の増加分は第一義的に消費税で賄うことを国民合意にしたのだから、消費税アップで対応すべきだ」という話に換骨奪胎されていくだろう。

私は、適切な水準の社会保障水準を確保するために、増税は必要かもしれないと考えている。しかし、それをすべて「消費税で賄う」と決めるような、金持ち優遇税制の導入に道を開くことには反対だ。

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