« 早野透氏と宮崎哲弥氏の福田内閣改造評 | トップページ | ロシア・グルジア衝突の遠因は米ブッシュ政権の単独行動主義にある »

2008年8月13日 (水)

チャン・イーモウ監督演出の北京オリンピック開会式の政治的メッセージ

 8月9日の北京オリンピック開会式。家人が「すごい」と騒いでいたが仕事の都合で翌日録画を見る。チャン・イーモウ監督の演出は、歴史を前面に打ち出してスケールが大きく、映像技術を駆使し話題になった「絵巻」や五輪マークが空中に浮かんでゆく装置など表現技術も見事だった。緩急、静寂の対比させた構成や音楽の使い方もバランス良くまとまっていた。

 感じたのは「芸術」「文化」の持つ力だ。正直言って「金メダルをこんなにたくさんとった」と言われても、「そうですか?どうもそういうことを強調するのは途上国型、全体主義型のマインドですよね」と皮肉が言いたくなる。「こんなに世界中の首脳を集めました」と言われても、「僕は中国の話なら全部ケチをつける手合いとは違いますが、やっぱり民主主義とか、人権とかいろいろありますから、『政治』がテーマでは、なかなか中国さすがだねという気分じゃないですよね」ということだ。

 これに対して、あの開会式がもたらした感動については「さすが中国」という思いが素直に出る。もちろん、古典文明をモチーフにしながらも、チャン監督の表現技法はハリウッドなどに学んだ普遍的なものである要素が強いのだろうし、だからこそ多くの人が感銘を受けたのだろうが、いずれにせよチャン監督は結果を出した。

 興味があるのは、このイベントの内容について、中国共産党指導部がどれくらいチャン・イーモー監督の裁量権を認めていたのかということだ。NHKで見たBBCのスポーツ担当記者も「この開会式には、一人の人物の姿がありませんでした。毛沢東です」と言っていた。若宮啓文氏もコラムで「革命」の姿がなかったと書いた。森田自身は、実は歴史がテーマになると聞いたとき悪役で日本軍国主義が登場し、八路軍に叩きのめされるのではないかと心配していたので胸をなで下ろしたくらいなのだ。

 アヘン戦争を描くのではなく、サラ・ブライトマンを中国歌手とデュエットさせ、日本軍国主義も出てこない歴史絵巻。そこには「和」という漢字が3つの時代の字体で順に大きく浮かび上がった。チャン・イーモウ監督のイニシアチブだろうが、中国共産党指導部や宣伝部門の承認なくして不可能であったに違いないイベントのパフォーマンス。ここにどれくらい政治的メッセージが含まれているのか、それとも国民レベルの脱イデオロギーの反映なのか。

 開会式の翌日、TBSのサタデー・ズバットで葉千栄氏が、中国のいろいろな問題点、まだまだ遅れている点を批判することも必要だが、30年前の中国からすれば、この開会式に見るように、考えられないくらいの変化があった。この変化は、日本にとっても良い方向の変化だったのであり、そうした変化の方向性と大きさを評価する視点がもっとあって良いのではないかという趣旨の話をしていた。共感をもって聞いた。

|

« 早野透氏と宮崎哲弥氏の福田内閣改造評 | トップページ | ロシア・グルジア衝突の遠因は米ブッシュ政権の単独行動主義にある »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136601/42153849

この記事へのトラックバック一覧です: チャン・イーモウ監督演出の北京オリンピック開会式の政治的メッセージ:

« 早野透氏と宮崎哲弥氏の福田内閣改造評 | トップページ | ロシア・グルジア衝突の遠因は米ブッシュ政権の単独行動主義にある »