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2009年1月 4日 (日)

ハイドン「告別」交響曲選曲のなぞ

NHKテレビの中継を録画して見た今年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、初登場バレンボイム氏の指揮によるご機嫌な演奏会だった。

バレンボイム夫人のリクエストというワルツ「南国のばら」にしても、明治維新の前年の作品と知ったポルカ「雷鳴と電光」にしても、実に実にいいテンポで、「行き届いた設計、コントロール」と「お遊び」がうまくブレンドされていた。

イスラエルとアラブの若い音楽家たちが一つのオーケストラに集う「ウェスト・イースト・ディバン」を故サイード氏と共に立ち上げて育ててきたバレンボイム氏だけに、イスラエル軍によるガザ空爆という状況の下、恒例のアンコール時の新年挨拶でどんなメッセージを発するかは大いに注目された。

かつてムーティー氏が「平和」に言及し、最近ではマゼール氏がインド洋の津波に見舞いのことばを加えたけれども、中東和平に芸術家として関わり、ベルリンの壁崩壊時にはベルリンフィルとベートーベンのピアノコンチェルト1番を弾き振りしての祝賀無料コンサートを提案して開いたりと時事問題に敏感な氏のことである‥

バレンボイム氏は「2009年が平和な年でありますように」と述べたのに続けて、一言だけ「とりわけ中東において正義が実現されますように」と付け加えた。多くの人がそう感じたと思うが、森田もこの一言には万感がこもっているように感じ、心打たれた。双方の責任ある立場の人々は、自らの正義を振り回すだけでなく、また党派的な打算にのみ溺れることなく、バレンボイム氏と世界の多くの人々の願いを聞き入れ、イスラエル、パレスチナに平和をもたらしてもらいたい。

ところで、没後200年でプログラムに取り上げられたハイドンだが、なぜ「告別」交響曲(第4楽章)だったのだろう。夏の間中「夏の離宮」に楽団員を縛りつけて家族の元に帰してくれないエステルハージー侯爵に対するデモンストレーションとして、楽員がだんだん袖に姿を消し、しまいにはバイオリンの二人だけになってしまう‥

「殿様にはあきれた、バイバイ」という連想からは、歴史の退行期だったブッシュ大統領の時代への告別ともとれるけれども‥。この曲も芝居っ気たっぷりに楽員たちの退場にあきれて見せたり、最後に残ったセカンドバイオリンのトップの頭をなでたりと大サービスだったけども、バレンボイム氏の選曲の秘密が知りたいところだ。

いずれにせよ、視覚効果にもやや重きがおかれるこの作品を、ウィーンフィルの衛星生中継で楽しむことが出来たのは、一つの至福の時だった。

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コメント

 青き美しきドナウとラデツキーはあくまでもアンコール曲ですから、お客さんと一応お別れ、ってことで『告別』を選んだんじゃないでしょうか。

投稿: | 2009年1月17日 (土) 02時47分

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