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2009年5月25日 (月)

ミサイルも発射

短距離ミサイルも発射したという。これも「有言実行」。

さて、政局・選挙への影響。

民主党も、「コリン・パウエルの原則」ではないが、まずしっかり「怒る」ことが大切。途中で笑っちゃダメですよ、鳩山さん。

次に、冷静に。これは騒ぎが大きくなれば自民党に有利。韓国の例で見ても、「北風」は結局「右」を利する。

投票日直前でなくて良かった。

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北朝鮮が2度目の核実験

昼のニュースで地下核実験の報を聞く。朝日の田岡元編集委員が言うように、北朝鮮は「有言実行」の国だけに予想していたが気分が重い。

それでも、われわれは雲南の山賊の親玉を何度も何度も許した諸葛孔明の忍耐をもって「国交正常化」というステップを踏んで北朝鮮の国際社会への安定的なメンバーとしての復帰(参加)を図り、北東アジアの平和と安定、ひいては日本の安全保障と国益の確保をめざすという方向性を見失ってはならない。

それでも北朝鮮の指導部に言わなければならないのは、日本国内で北朝鮮と関係を結んでいくことに積極的な人々の多くは、同時に北朝鮮を含む世界の国々が例えば核不拡散条約(NPT)体制の維持・強化に努めることも切望しているということだ。

計算づくで動いているつもりかもしれないが、このようなことを繰り返していては、北朝鮮の現体制が北朝鮮の人民の最低限のニーズを満たし、国際社会から責任ある国家と認められる日が遠のいていくことは間違いないと思う。

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2009年5月19日 (火)

オバマ大統領より日本共産党の書簡に返事

少し前に日本共産党がオバマ米大統領に宛てて、核廃絶をめざすと明確に述べた「プラハ演説」を評価するという書簡を送ったというベタ記事に興味を引かれた。

オバマブームに便乗というところもあるのかもしれないが、それはそれとして「米軍基地をなくす」(=日米安保条約を廃棄ないし改訂する)という主張を明確に持ったまま、アメリカとも良い関係を結ぶつもりはあるし、少なくとも「良いことをしたり言ったりすれば評価する」という是々非々の姿勢を示したものだ。

なんと、この点では日本共産党は森田敬一郎と同じラインか。いやいや、プラハ演説のような世界政治の転換点ともなり得る良いメッセージが出たときには=現にNPT再検討会議の準備会合は外務省的には「予想外」の順調な議題設定となったと報じられている=ハッキリとメッセージを出すということがなければならないので、高く評価すべきだと思う。

総選挙では、民主党が比較第1党となる蓋然性がある程度ある。今後の政治の流れによっては単独過半数ということもあるかもしれないが、参議院のこともあるので「民主」「社民」「国民新党」による鳩山首相指名というところが、予想される範囲のベストということになるだろう。

ただ、確率的には小さいかもしれないが、こんなケースがあると思う。衆院の首班指名だが、「自民プラス公明」と、「民主プラス社民、国民新党」が拮抗し、「日本共産党が棄権すれば麻生内閣継続」、「日本共産党が政権には参加しない前提で鳩山に投票すれば、民主党プラス社民、国民新党による3党連立による鳩山内閣成立」というケースだ。

レアケースだろうが、自民党は「非武装中立」の村山さんをかついで政権奪取した実績がある。対共産党工作も誰も考えつかないような作戦を繰り出してくるだろう。

民主党を中心とした勢力には、必要ないかもしれないけれども「共産党対策」を念頭に置いておくことを薦めたい(そういえば、鳩山一郎氏は「日ソ正常化をやる」ということで、たしか左派社会党の投票も得て首相になったのではなかったか)。

日本共産党には、そういう場面になればここは政権交代を期待する人々の声に応えてほしい。情けは人のためならずというが、そうして功徳を積んでおけば、いつか共産党が中心になる政権の実現が近づくだろう。

逆に「民主主要打撃論」のような挙に出るならば、全く微力ではあるけれども「森田敬一郎の発言」は共産党と戦わなければならない。

それにしても、オバマ大統領はどうして日本共産党に返事をよこしたのだろう。深い意味はないかもしれないし、情報もないので勝手な憶測をするだけだが、ひよっとしたらオバマ周辺の日本分析者の間に「日本共産党は政権に参加する心配はないし、極右の安倍晋三などよりは本質的に自分たちの考えに近い」という空気があるのだろうか。

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2009年5月13日 (水)

「ふまじめ」麻生への対抗馬には、「きまじめ」岡田がいい。

民主党代表には、政策面では横路孝弘氏がいちばんいいと思う。副議長なんかやっている場合かな?

菅さんの不出馬表明も残念だ。

保守系の候補では岡田さんがベターだと思う。鳩山さんのふにゃふにゃして何を言っているかわからないところは、女性たちに根強い支持があるらしいが、「ふまじめ」人気だとすれば麻生氏のキャラクターとかぶる。

全体状況がこのような中だから、「ふまじめ麻生」に「きまじめ岡田」をぶつけるのが良いのではないか。財界二世に期待しすぎるのは、近衛文麿に期待した祖父の世代の失敗を繰り返すことになりはしないかという心配がないではないが。

「きまじめ岡田の再挑戦」。一陣の爽やかな風が吹き込むような気がするのは、私がナイーブすぎるのだろうか。

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小沢一郎氏の「説明責任」より、麻生総理の「任命責任」

まあ、語呂合わせですが。

きっこのブログを読んで、そうだ、そうだと思う。

「説明責任」なら、「大量破壊兵器が発見できないから存在しないというのは、サダム・フセインが見つからないから存在しないというのと同じだ」と国際紛争解決の手段としての先制攻撃「支持」を強弁する小泉純一郎首相の国会答弁、年金について「最後の一人までお支払いする」と言った安倍晋三首相などの方が先だ。

とりあえず、民放テレビはこういった話題をまとめて掘り返す『ザ・説明責任!』とでもいうタイトルの60分番組をしばらくの間、週1回、ゴールデンタイムに編成して放送したらどうか。結構視聴率はとれると思うよ。

そして麻生氏の「任命責任」。右翼偏向の中山国土交通相、国益を大きく損なったアル中醜態の中川昭一財務相、ケチな不正株取引の何とか言う財務副大臣‥。

批判を一過性に終わらせてはならないと思う。

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2009年5月11日 (月)

小沢民主党代表辞任の報を聞いて

月曜の事務所、15時に視聴中のNHK・BS1の速報テロップで知る。政権交代実現のために良かったと思う。

民主党に期待すること二つ。

ひとつ。事態収拾は速やかに、鮮やかに。

ふたつ。衆院で審議中の補正予算案。霞が関と天下り団体にやさしく、場当たり的なものである問題点はかなり明らかで、民主党も予算委員会で明確に突いているにもかかわらず、テレビで視聴する国会審議をめぐる二ュース原稿のレベルなどでは「中味」が見えないまま「採決して欲しい」「もっと審議を」という、ただ引き延ばしているという印象を与える話になってしまっている。

国民が求めるのは小泉・竹中路線の「転換」だが、さりとて、麻生内閣がやっているようなかつての政官財癒着の場当たりバラマキと、天下り官僚のための予算無駄使いを復活してほしいわけでは全くないのだ。

提出されている補正予算のどこがダメか、徹底整理したメモを各議員が頭にたたき込み、有権者やプレスと接触する度に繰り返し、やがて国民各層も「だから自民党はダメなのか」とわかるように徹底的な広報を行うべきだ。

親鳥は小鳥に鳴き声を100回聞かせて鳴き方を教えるというのは俗説だろう。ゲッペルスを引き合いに出すのは適当ではないかもしれない。

しかし、時は今だ。

「補正予算」の「中味」を題材に、民主党は自民党に徹底した攻撃を繰り返し、繰り返し、その辺の小学生が歩きながら独り言で言うようになるのまで行うべきだ。反転攻勢の時である。

チャンスなのだ。世襲さえ止めたくないと言っているのだから。

(自民党はバカだなあ。麻生氏がワシントンのG20から帰国した羽田で、補正の規模だけ言って小沢氏が決断できないうちに解散を表明していれば、政権維持の可能性もあったのに‥)

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2009年5月 4日 (月)

映画「メトロポリス」(1927年) 感想

1927年といえば昭和2年。芥川龍之介が死去したり、田中義一内閣が成立したりといった頃に、ワイマール時代のドイツで作られたモノクロの無声映画だ。息子が大学の授業で「なぜマリアは女性でなければならなかったか」という教授の問いかけに対する答えを探すために借りてきたVHSテープ。

たいへん興味深く見た。群衆シーンなど、それでも経費節約のために実際よりも多く見せる工夫があるというが、最近の特撮ものよりうんと人の数のヴォリューム感のあるもので、また複数の労働者たちが機械に向かう様子などもリズミカルで設計された動きであり、ヒップホップのようでもあるし、バレエ化も可能な作品ではないかとさえ思った。

ここでも忍耐と平和を説く清純なマリアと、陰謀により労働者のたちのところに送られるマリアとうり二つに作られたアンドロイドの下品な性悪ぶりを一人の女優が無声映画時代特有のオーバーアクションとはいえ、見事に演じ分けているのが印象的。最近、映画を見るたびに「ダークサイド」ということばが思い浮かぶ。

資本家階級と労働者階級は、資本家階級の譲歩と労働者階級の忍耐によって協調が可能というメッセージを、当時の革命機運に冷水を浴びせるものと見るか、理想主義と見るかは意見が分かれるかも知れないが、二つの階級が手を取り合うには仲介者の役割を果たす人物が必要で、そこにジークフリートのように現実に気づき、父に自制を促す「資本家の息子」が登場し、心ひかれた労働者の娘・マリアと協力して状況に立ち向かうといったところはお約束と言えばお約束、普遍性のあるストーリーといえばその通り。

しかし、土地バブルに踊った80年代半ばから90年代はじめ、また米英が作り出した世界金融バブルによってなんとなく救われていた小泉・竹中時代なら、この映画のメッセージは「資本対労働という時代じゃないよね」と切り捨てられただろうが、リーマンショック後のいま現実に起こっていることは、この映画の現代性を印象づけることばかりだというのも何か皮肉な感じがする。

どうすれば強欲な人々に自制と負担を受け入れさせ、全体のシステムをもう少し落ち着いた、持続可能なものとして運営していくのか。労働運動の現状や、何でも自分個人のせいにしてしまい、政治や行政、あるいは資産家や企業の責任を問うことの少ない若い人々を思い浮かべると「力を持つが責任を果たしていない人々」をどのように動かしたら良いのだろうか。この映画を見て、またそんなことを考えさせられた。

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2009年5月 2日 (土)

映画「スラムドッグ$ミリオネア」(感想)

昨日は出勤だったが、映画1000円の日だったので新宿バルト9で待ち合わせ、家族で「スラムドッグ$ミリオネア」の19時10分の回を鑑賞。満席だった。

素晴らしい映画だと思う。

映画は「人生」と「世界」を描いて見せるものだと思う。この映画の主人公の兄弟も、例えば「ダークナイト」のバットマンとジョーカー同様、人間誰しも持つ二つの側面を象徴し、見るものの心を揺さぶり、単純な「勧善懲悪」を見た時とは違う深い共感を呼び起こす。

そして「ダークナイト」においては引退も考えるバットマンと、バットマンが後事を託そうと考える正義派の若手地方検事との立場の違い、「スラムドッグ$ミリオネア」においては成長していく主人公の少年少女の成長と、巨大スラムが高層ビル群に変化した大都市ムンバイの変化の描写が人生における「時間」の流れについて考えさせ、感情を揺さぶる。

しかし、心を揺さぶる点で両作品は共通するが、のっけからの巨大スラムの臭いが沸き立つような生々しい描写から、宗教に関わる激しい衝突の場面、そして建築中のビルの高層から見るムンバイの建築ラッシュのパノラマなどで、「世界」の「いま」を表現の背景に強烈に描き込んでいる点で、「スラムドッグ$ミリオネア」の方が世界規模の視野とジャーナリスティックな視点をより多く含んでいると言えるだろう。

「インドが初めてハリウッド映画で描かれた」という言い方がされるが、確かに途上国の貧困に正面からふれた作品がアカデミー賞を総なめにしたことに、時代の変化を感じる。それ以上に主人公がイスラム教徒という欧米の映画(ハリウッドも資本参加した英国人監督の英国映画)というのはたいへん珍しいことなのではないか。

(やはり、「9・11で世界は変わった」というのは間違いで、「9・11で一時的に起こった逆流もようやく収まり、世界は再び望ましい方向への変化を静かに進めつつある」というのが出しい時代の読み方だ。「小泉政権」「安部政権」などによって、逆流に適合していた自民党政権に変わり、この映画で描かれたような「世界の問題」に真剣に取り組むような、フレッシュな日本の政権が誕生することが望まれる。)

そして主人公の子ども時代に、彼らの集落がヒンズー教徒過激派らしき集団に襲撃される場面が出てくるなど、「宗教」をかなりはっきり描いている部分があるが、今のところこの映画が「イスラム教組織」「イスラム教国」などから何らかの批判や攻撃にさらされているという話は聞かない。

恐らく、脚本・演出などを通じてイスラム教について高度な理解が示されていることが、そのような結果につながっているのではないかと推測する。

しかし、映画の本筋は「一人の女性への一途な思い」を抱き続ける青年が、自身のダークサイドを象徴するとも言える兄との「戦い」の中で成長し、その過激な人生経験がクイズ番組での正答に結びついて‥という展開。わが息子も「いろいろな体験が、クイズの解答に役立っていた」と、学校への往復とパソコンだけと向き合う人生についてちょっと反省。

ワルの兄とが時々決定的な場面で例外的に見せる弟への思いが、映画全体のメッセージを圧倒的に前向きなものにしていると言えるだろう。

世界と、人生と、「時の流れ」についての見事な表現を見せてくれる作品。その面で期待していたわけではないので、かえって得した気分になるエンディングのインド映画風の楽しくエネルギッシュな群舞シーンも良かった。

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