映画

2009年5月 4日 (月)

映画「メトロポリス」(1927年) 感想

1927年といえば昭和2年。芥川龍之介が死去したり、田中義一内閣が成立したりといった頃に、ワイマール時代のドイツで作られたモノクロの無声映画だ。息子が大学の授業で「なぜマリアは女性でなければならなかったか」という教授の問いかけに対する答えを探すために借りてきたVHSテープ。

たいへん興味深く見た。群衆シーンなど、それでも経費節約のために実際よりも多く見せる工夫があるというが、最近の特撮ものよりうんと人の数のヴォリューム感のあるもので、また複数の労働者たちが機械に向かう様子などもリズミカルで設計された動きであり、ヒップホップのようでもあるし、バレエ化も可能な作品ではないかとさえ思った。

ここでも忍耐と平和を説く清純なマリアと、陰謀により労働者のたちのところに送られるマリアとうり二つに作られたアンドロイドの下品な性悪ぶりを一人の女優が無声映画時代特有のオーバーアクションとはいえ、見事に演じ分けているのが印象的。最近、映画を見るたびに「ダークサイド」ということばが思い浮かぶ。

資本家階級と労働者階級は、資本家階級の譲歩と労働者階級の忍耐によって協調が可能というメッセージを、当時の革命機運に冷水を浴びせるものと見るか、理想主義と見るかは意見が分かれるかも知れないが、二つの階級が手を取り合うには仲介者の役割を果たす人物が必要で、そこにジークフリートのように現実に気づき、父に自制を促す「資本家の息子」が登場し、心ひかれた労働者の娘・マリアと協力して状況に立ち向かうといったところはお約束と言えばお約束、普遍性のあるストーリーといえばその通り。

しかし、土地バブルに踊った80年代半ばから90年代はじめ、また米英が作り出した世界金融バブルによってなんとなく救われていた小泉・竹中時代なら、この映画のメッセージは「資本対労働という時代じゃないよね」と切り捨てられただろうが、リーマンショック後のいま現実に起こっていることは、この映画の現代性を印象づけることばかりだというのも何か皮肉な感じがする。

どうすれば強欲な人々に自制と負担を受け入れさせ、全体のシステムをもう少し落ち着いた、持続可能なものとして運営していくのか。労働運動の現状や、何でも自分個人のせいにしてしまい、政治や行政、あるいは資産家や企業の責任を問うことの少ない若い人々を思い浮かべると「力を持つが責任を果たしていない人々」をどのように動かしたら良いのだろうか。この映画を見て、またそんなことを考えさせられた。

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2009年5月 2日 (土)

映画「スラムドッグ$ミリオネア」(感想)

昨日は出勤だったが、映画1000円の日だったので新宿バルト9で待ち合わせ、家族で「スラムドッグ$ミリオネア」の19時10分の回を鑑賞。満席だった。

素晴らしい映画だと思う。

映画は「人生」と「世界」を描いて見せるものだと思う。この映画の主人公の兄弟も、例えば「ダークナイト」のバットマンとジョーカー同様、人間誰しも持つ二つの側面を象徴し、見るものの心を揺さぶり、単純な「勧善懲悪」を見た時とは違う深い共感を呼び起こす。

そして「ダークナイト」においては引退も考えるバットマンと、バットマンが後事を託そうと考える正義派の若手地方検事との立場の違い、「スラムドッグ$ミリオネア」においては成長していく主人公の少年少女の成長と、巨大スラムが高層ビル群に変化した大都市ムンバイの変化の描写が人生における「時間」の流れについて考えさせ、感情を揺さぶる。

しかし、心を揺さぶる点で両作品は共通するが、のっけからの巨大スラムの臭いが沸き立つような生々しい描写から、宗教に関わる激しい衝突の場面、そして建築中のビルの高層から見るムンバイの建築ラッシュのパノラマなどで、「世界」の「いま」を表現の背景に強烈に描き込んでいる点で、「スラムドッグ$ミリオネア」の方が世界規模の視野とジャーナリスティックな視点をより多く含んでいると言えるだろう。

「インドが初めてハリウッド映画で描かれた」という言い方がされるが、確かに途上国の貧困に正面からふれた作品がアカデミー賞を総なめにしたことに、時代の変化を感じる。それ以上に主人公がイスラム教徒という欧米の映画(ハリウッドも資本参加した英国人監督の英国映画)というのはたいへん珍しいことなのではないか。

(やはり、「9・11で世界は変わった」というのは間違いで、「9・11で一時的に起こった逆流もようやく収まり、世界は再び望ましい方向への変化を静かに進めつつある」というのが出しい時代の読み方だ。「小泉政権」「安部政権」などによって、逆流に適合していた自民党政権に変わり、この映画で描かれたような「世界の問題」に真剣に取り組むような、フレッシュな日本の政権が誕生することが望まれる。)

そして主人公の子ども時代に、彼らの集落がヒンズー教徒過激派らしき集団に襲撃される場面が出てくるなど、「宗教」をかなりはっきり描いている部分があるが、今のところこの映画が「イスラム教組織」「イスラム教国」などから何らかの批判や攻撃にさらされているという話は聞かない。

恐らく、脚本・演出などを通じてイスラム教について高度な理解が示されていることが、そのような結果につながっているのではないかと推測する。

しかし、映画の本筋は「一人の女性への一途な思い」を抱き続ける青年が、自身のダークサイドを象徴するとも言える兄との「戦い」の中で成長し、その過激な人生経験がクイズ番組での正答に結びついて‥という展開。わが息子も「いろいろな体験が、クイズの解答に役立っていた」と、学校への往復とパソコンだけと向き合う人生についてちょっと反省。

ワルの兄とが時々決定的な場面で例外的に見せる弟への思いが、映画全体のメッセージを圧倒的に前向きなものにしていると言えるだろう。

世界と、人生と、「時の流れ」についての見事な表現を見せてくれる作品。その面で期待していたわけではないので、かえって得した気分になるエンディングのインド映画風の楽しくエネルギッシュな群舞シーンも良かった。

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2009年4月29日 (水)

平田オリザ氏の寄稿「政治家を演じる」(朝日新聞4月29日付)に共感

平田オリザ氏の寄稿「政治家を演じる」(朝日新聞2009年4月29日付19面オピニオン欄)を、たいへん共感しながら読む。

今日はちょっと忙しいので後日にするが、「世襲制」について森田が思うところを、こんな感じで書いてみたいものだと思う。

それにしても、こういう、ゆったりした感じで、本当に話すべきことを話すものを読むのは気分がいいものだ。

日頃紙の新聞を買わなくなった人にも読む価値があるので、コンビニで買うとか、明日勤めに出る人は切り抜くなりコピーするなりをお勧めする。

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2009年4月17日 (金)

映画「ダークナイト」(2008年)

最近、新設された「映画館スタッフが、観客に勧めたい映画」というコンセプトの「映画館大賞」では邦画の「ぐるりのこと」「おくりびと」「歩いても 歩いても」「トウキョウソナタ」などが上位を占めたが、大賞はアメリカで興行成績を次々塗り替えたハリウッドのバットマン映画「ダークナイト」だった。

レンタルビデオ屋の並ぶ空き箱に1本だけ「貸し出し可」のDVD。さすがの出来映え。バットマンが後事を託すに足ると考えた正義派地方検事のデントと彼の道行きを描いていく中で、ダークサイドのない存在などあり得ないことを抉り出していく。

大ヒットの原動力が、遺作となったヒース・レジャーによるバットマンの反対存在・ジョーカーの突き抜けた力演・怪演であることは言うまでもないが、森田が大ヒットのカギとして注目したのは二隻のフェリーボートに満員の乗船客同士が、ジョーカーに「先にスイッチを入れ相手を皆殺しにした方だけ助けてやる」と恐怖のゲームを仕掛けられた場面だ。

チェイニー前副大統領、ラムズフェルド前国防長官なら、迷わず起爆スイッチを入れただろう。しかし、丁寧に心理劇が描かれた結果、市民、あの局面に置かれたアメリカ国民は‥

かなり肯定的なメッセージ。ダークサイドに力点があると言われる作品だが、アメリカの一般市民の倫理性に対する絶対の信頼感、あるいは「希望」が謳われていることがアメリカ人の心を打ったのではないか。

それにしても、ここまでの興行成績ということは「ダーククナイト」が人類の歴史の中で繰り返し語られてきた神話と同じ構造を持っていることを疑うべきなのだろう。

例えばひと昔前の「タイタニック」のストーリーは、神話学者・故ジョーゼフ・キャンベルが言う「オリに閉じこめられ、内面的には自分で自分をオリに閉じこめているヒロインのところに、旅の途上の若き英雄が現れて彼女をくびきから解き放つ。しかし、若き英雄は戦いの中で死ぬ」という、世界中に共通して存在する神話そのものだと思う。

「ダークナイト」も絵解きしてみたいものだ。もっとも、それ以前に「暗い夜」じゃなくて「暗黒の騎士」だったのか、と今頃気がついているわけなのだが。

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2009年4月16日 (木)

一部スペイン語になった「ウェストサイド・ストーリー」

2週間ほど前だろうか、NHKの朝ニュースで、こんどのNYブロードウェーでのミュージカル「ウエストサイド・ストーリー」はセリフや歌詞の一部がスペイン語に変更され、ヒロインはアルゼンチンでスカウトされた女優が務めると現地レポートで紹介していた。

「ロメオとジュリエット」の本歌取りで、マンハッタンのさびれた西の外れを舞台に、イタリア系のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団という、ニューヨークの最下層を象徴する二つの10代のチンピラグループの縄張り争いと、愛し合う二人の犠牲を描いたミュージカルは半世紀前に大ヒットし、チャキリスが大人気となり、ナタリー・ウッドがヒロイン(歌唱は「口パク」。北京オリンピックで騒いだ人たちはハリウッドの伝統を知らない)を演じた映画はわが国でも大ヒットした。

ピンとくる人が多いだろうが、カリブ海の米領プエル・トリコの人々はスペイン語がネイティブの今でいえばヒスパニックで、彼らがたむろしたり、歌う場面が全部英語という方がリアリティーに欠けていたと言える。

今の興行主や演出家による勝手な変更か?-作曲のレナード・バーンスタインも、振り付けのエイモリー・ロビンスもすでに亡く‥、と思って見ていたら、オリジナルの脚本家が存命で、彼自身が当時からスペイン語の採用を希望していて、今回それが実現したのだという。

いっとき「戦争と愛国主義」にすっかり傾斜してしまっていたアメリカが、多文化に寛容な方向に少し振り子が戻っていることを感じさせる興味深いレポートだった。

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2009年4月15日 (水)

映画「ブレードランナー」(1982年)

あるサブカルチャーの教授が共感持つという映画2本のうち1本として、息子がDVDをレンタルショップで借りてきた(もう一本は「ダークナイト」)。

未来の社会。人間と同様の外見を持ち、宇宙で奴隷労働に従事するロボットと生命体のハイブリット「レプリカント」の数匹が反乱を起こして地球に舞い戻り潜入、ハリソン・フォード演じる捜査官・ブレードランナーと死闘を繰り広げる‥

デジタル・リマスタリングのせいもあってか、映像・音響含め全く古さを感じさせず、1982年という制作年をあとで聞いてたいへん驚く。

レプリカントは感情を持つと危険なため、「4年」という短い寿命が設定されている。たいへん短い寿命のようで、長生きする人もせいぜいその20倍ということを考えると、人生の短さ、無常観といったものを印象づける。レプリカントのセリフにもあるが「精一杯仕事をして、精一杯遊べ」というメッセージを感じた。

ハリソン・フォードは仕事を終えた後、ある場面で彼を助けた女性レプリカントと駆け落ちする(!)。彼女は自分がレプリカントであることに気づき、悩んでいたのだが、今度は彼が彼女を救うためだ。信頼とか、共感とかいうものがどういうところから生まれるかという結構深いテーマも孕んでいるようにも思う。

ハリソン・フォードがキャリスタ・フロックハートと結婚したという芸能ニュースがあったが、これも彼女を過度のダイエットから救い出すためだったりして‥。

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2009年3月 3日 (火)

東京に赴任2度めのオーストラリアの友人へ

AR様

 まずは2月の山火事のお見舞いを申し上げます。それにしてもこの前は六本木ヒルズが無かったというのだから、久しぶりの東京赴任ということになりますね。僕の英語はあいかわらずなので、日本語で書きます。難しいところは秘書の方に聞いてください。

 僕は最近ブログなるものを書いているので、この手紙はそこに「東京に赴任2度めのオーストラリアの友人へ」という題で写しを載せるつもりで、今日はオーストラリアと聞いて思い浮かぶ感想を書き連ねてみようと思います。

 21世紀に入り日豪の協力は前に進んだと言えるでしょう。アメリカがブッシュ・チェイニー時代だったときに、ハワード政権、小泉・安倍政権などは世界の中にあってもアメリカと足並みが揃い、イラクでの協力などはその象徴だったと思います。

 しかし、イラク問題の推移からアメリカの「単独行動主義」への批判が強まり、山火事や干ばつとなると二酸化炭素排出問題にも注目せざる得ず、さらにリーマンショック以来の世界経済の変調を考えるとオーストラリア、日本とも政策の転換が求められました。米オバマ政権の誕生は決定打でした。

 この状況の中で、オーストラリアはオバマ政権誕生に先駆けてラッド政権を誕生させて対中国積極外交などマルチ外交を推進し、京都議定書に復帰するなど「転換」の先取りに成功しています。それに対して日本は自民党も政策の中味を静かに転換させつつあるけれども、野党は政権の座を奪うことによって転換を図ると主張して激しく争っているわけです。僕はすっきり政権交代した方が、いろいろな意味でいいと思うのですが、選挙でどちらが勝つにせよ、オーストラリア政治のようなハッキリした転換が必要な場面だと思います。                                                   

 僕は核軍縮の重要性を長年主張してきたので、ラッド首相が昨年初来日に際してまず広島を訪問されたことを高く評価しています。ウラン輸出国であるオーストラリアの動向は、世界の核不拡散体制の行方に大きな影響を与えますが、現在「NPTに加盟しないインドにウランを輸出することはしない」としておられることを高く評価しています。

 一方、日本の戦後の教育は自国の忌まわしい歴史をしっかり教えることが充分でなかった面があり、例えば日本の若い人々の多くが、先の大戦でわが国がオーストラリアを空爆したり、ニューギニアの密林で死闘でオーストラリア兵と白兵戦を繰り広げ、多くの捕虜に苦難を与え死に至らしめたことを知らないという問題がある。こうしたことには、わが国自身がしっかり取り組んでいかなければならないと思います。

 オーストラリアが「ニュージーランドとの協力を前に進める」という報道を見ました。一般の日本人から見ると、地理的に同じ方角にあり国旗も似ているオーストラリアとニュージーランドはほとんど同じに見えるわけですが、以前、ニュージーランドの女子高生がわが家に短期滞在したことがあるんだけれども、話しを聞くと、どうもオーストラリアのことが好きではないらしい。お隣どおしは例えば「日本と韓国」の関係を思わせるような難しい面もあるのかもしれないと感じました。

 韓国と言えば、安倍首相(当時)が安全保障の「日本、アメリカ、オーストラリア、インド」の四カ国の連携構想を提唱したことがありますが、私自身はあの構想は「中国排除」の意図が明白だということもさることながら、日本が提唱する地域提携構想に「韓国」が含まれないことが一番の問題点だと思っていました。私自身は韓国との実質的な連携がまだまだ足りない。むしろこれからは「まず韓国と話す」といったことが世界政治の中で足場を固める上でいちばん重要だとすら思っているからです。
  
 日本は東アジアの伝統と、欧米型の民主的な体制の「ハイブリッド国家」であり、一方、オーストラリアは生まれは欧米の民主主義国家だけれども、80年代からは白豪主義を捨て、いわば東アジアの国として生きていくことを決意した、日本とは裏返しの東西ハイブリット国家であるということができると思います。

 その意味で、ソマリア沖の海賊の問題などでは、安倍構想とは組み合わせが異なるけれども「日本・韓国・オーストラリア」といった常設の救難・犯罪取り締まりの協力関係といったやり方を模索することは意味があると思います。アメリカや中国に対してもオープンにしておくことはいいけれども、中くらいの国同士がマルチの関係を造ることには意味があると思います。また、日本と韓国が二人だけで向き合ってしまうと、ちょっとお互い緊張してしまうこともあります。この前は、韓国からソマリア派遣の給油の打診があったけれども断ったという記事が出ていて、僕は派遣自体にあまり賛成ではないけれども、派遣するなら韓国からの申し出は無碍にしない方がいいのになと思いました。

 ところで、オーストラリアでも経済対策としての国民一人一人への給付金が今月から支給されるという話しを耳にしたが、金額や規模はどれくらいのものですかか。国民やメディアの評判は?参考までに教えてください。

 バズ・ラーマン監督の豪映画『オーストラリア』が東京では今週から上映が始まっているわけです。日本の明るい話題の一つは『おくりびと』のアカデミー外国語映画賞の受賞です。時代劇ではないけれども、それがかえって日本の文化の根底にあるものを紹介する結果になっていると思う。一見をお勧めしたい。

 オーストラリアは「外国語映画賞」を狙えないのはお気の毒ですね。もっとも、司会者を輸出している(ヒュー・ジャックマン)わけですが。

 全く思いつくままのに書き連ねてしまいました。また10年(?)前のように、時々話しましょう。それでは。

【以下、切貼】

オーストラリア:NZと経済緊密化協定の発展で合意     共同通信2009年3月2日

 オーストラリアのラッド首相は2日、同国を初訪問したニュージーランドのキー首相と会談、両国間の自由貿易協定(FTA)である経済緊密化協定を発展させ、モノの貿易だけでなく投資なども自由化して「単一市場」づくりを目指すことで合意した。
 1年以内に入管・税関手続きなどの規制緩和で合意を目指す。(共同)

李大統領、6泊7日の日程で海外訪問    韓国中央日報 2009年3月2日

  李明博大統領がニュージーランド、オーストラリア、インドネシア訪問に向けて2日午後、出国する。6泊7日間の日程で8日、帰国の予定だ。
  青瓦台関係者は「新しい成長動力創出及び経済回復に寄与するための経済・エネルギー・資源外交が中心だ」と説明した。ジョン・キー・ニュージーランド首相(3日)、ケビン・ラッド・オーストラリア首相(5日)との首脳会談で李大統領は、韓・ニュージーランド、韓豪自由貿易協定(FTA)交渉開始を公式宣言する。
  最後にインドネシアを訪問する李大統領は6日、スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領との首脳会談でインドネシア内造林地追加確保と地下資源開発プロジェクトをはじめ、エネルギー・資源・森林協力増進を模索する予定だ。
  李大統領は出国に先立ち、韓昇洙(ハン・スンス)国務総理と関連部処長官が出席する外交・安保関係大臣会議を主宰し、最近、北朝鮮のミサイル発射などの懸案を点検した。

東アジア首脳会議、4月開催=ASEAN+3も-タイ    時事通信 2009年2月27日

 【ホアヒン27日時事】東南アジア諸国連合(ASEAN)は27日、タイの政情混乱で昨年12月から延期されていたASEANと日本、中国、韓国(ASEANプラス3)首脳会議と、この会議参加国にオーストラリア、ニュージーランド、インドを加えた東アジア首脳会議を4月10日から12日までの間、タイ国内で開くことを決めた。開催場所は未定という。タイ政府当局者が明らかにした。(了)
(2009/02/27-22:46)

WHO「アジア全体で統一対策を」 03/03 12:10 

 発生が懸念されている新型インフルエンザについて、アジア・太平洋地域の担当者が一堂に集まる世界保健機関=WHOの国際会議が、きょうから福岡市で始まりました。福岡市のホテルできょうから始まったWHO主催の会議には、アジア各国やオーストラリアなど16か国の新型インフルエンザ担当者ら、およそ60人が参加しています。
 ヒトが免疫を持たない新型のインフルエンザが発生して、爆発的な感染=パンデミックが起きれば、死亡者は世界で1億5000万人に達すると国連は試算しています。感染の広がりを最小限に封じ込めるため、国境を越えた対策が求められています。
 この会議は6日まで4日間の日程で開催され、各国のガイドラインをもとに、アジア・西太平洋地域全体の行動指針の策定を目指します。

女性の社会進出度、日本の指数が大幅低下 マスターカード調査 日経 2009年3月2日

 米マスターカードは「女性の社会進出度」に関してアジア・太平洋地域を対象にした調査結果をまとめた。それによると日本の総合指数は54.53となり2008年の前回調査から8.84も低下した。調査対象の14の国・地域のなかでは、前回に引き続きインド、韓国に次ぐ3番目に低い水準となり、女性の社会進出が進んでいないことを示す結果となった。指数が最高だったのはオーストラリアの96.1だった。
 同調査は「雇用市場への参加」「学歴」「管理職」「平均収入」の4項目について各国の男女差を指数化したもの。指数が100だと「男女平等」を示し、100未満は男性優位の男女不平等を示す。日本では今回、平均を超える年収を得ていると感じる人数の男女差が拡大し、指数が低下した。
 指数の上位はオーストラリアに次ぐ2位はタイで91.5、3位はニュージーランドで90.5だった。(10:35)

オーストラリアの山火事と広島、そして核問題(3)   ブログ「萬晩報」より
                                                        2009年02月16日(月)
異文化コミュニケーション財団 引地 達也

 1941年12月8日に日本軍がハワイの真珠湾を攻撃して始まった太平洋戦争は約1年の間、日本軍は快進撃で南方へ進出、1942年2月から43年11月までにオーストラリア北部の都市や基地などを空爆、機銃掃射するなどの攻撃を加えた。特に42年2月19日のダーウィン空爆で死者は約250人を数え、同3月3日には西オーストラリア州ブルームで9機の戦闘機が機銃掃射し88人が死亡し、作戦機二十四機を破壊したた。42年5月31日にはシドニー沖の潜水艦から発進した特殊潜航艇4隻がシドニー湾に侵入、うち1隻が停泊中の巡洋艦などを魚雷で攻撃した。

 これらの攻撃はオーストラリアの本土が危機にさらされた初めてのケースであり、国防姿勢を根底から練り直さなければならない事態となり、人々の間に戦争への恐怖が実感として認識された。

 日本軍はオーストラリアを孤立させるために米国との海上航路を封鎖しようとフィジーとサモアを攻略するFS作戦を実施する。この過程で42年1月23日ににラバウル、同5月3日にはソロモン諸島のツラギを攻略した。そして8月にパプアニューギニアのジャングルで日本兵とオーストラリア兵が壮絶な戦いを繰り広げる「ココダの戦い」に至る。劣悪な環境で敵兵と対峙し、この戦いでの勝利が攻勢への足がかりの一つにもなったとされ、オーストラリアでは対日戦争の象徴となり、後に本や映画などで語り継がれている。

 一方、東南アジアではマレーシア全土を掌握した日本軍は1942年に英国軍の東南アジア最大拠点であるシンガポール基地を攻略し約1万5000人のオーストラリア兵を含む13万人以上を捕虜にするなど捕らえられた計約2万2000人のオーストラリア兵のうち3分の1が収容所で死亡したという。日本との戦争で死亡したのは計1万7501人に上る。

 この太平洋戦争を含む第二次世界大戦で勝利した連合国のうちオーストラリアの貢献は大きく、戦後の国際的地位も飛躍的に高まった。ただしその痛みも大きい。戦争に送った90万以上の兵士は18-35歳までの男子の10人中7人が出征する数である。比率は当然、連合国中最高だった。空爆、ジャングルでの戦い、そして捕虜収容所での扱い。この三点がオーストラリアの対日戦争への印象であり、これを処罰という形で具体化するのが極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判の裁判長を務めたオーストラリア人のウェッブ判事である。連合国司令官マッカーサーに指名された米、英、ソ連、中華民国、フランス、カナダ、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド(後にインド、フィリピンも加わる)の裁判官のうちウェッブ判事は最もラディカルで日本に厳しく天皇までも追求していたとされる。各裁判官の意見が合わないまま裁判は進行し、結局28人が起訴され東条英機ら7人が絞首刑、16人が無期禁固刑、2人が禁固刑、2人が公判中に病死、1人が精神障害のため免訴された。さらに49年9月に他の連合国が一斉に終了した日本戦犯裁判をオーストラリアだけは50年6月から51年4月にかけて実施、5人の死刑を執行したのも他国との対日観の温度差を強調している。

 さらに付け加えれば現代でもオーストラリアは日本の戦時下における従軍慰安婦をめぐる問題でも厳しい目をそそぐ。時にそれは被害者の多い中国、韓国をしのぐほどである。2007年 3月13日に安倍晋三首相とハワード首相は東京で会談し両国の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名した。二国間の相互安全保障と協力強化をうたう宣言は日本にとって米国との安全保障条約に次ぐ二国間の安全保障協力、オーストラリアにとっても米国を含めた太平洋の三角点を結ぶ協力の意義は両国ともに大きいはずだが、署名を受けた有力紙エイジの社説は「未来に目を向ければよく見えるが、過去の問題はまだ残っている」とし、いわゆるタカ派のイメージである安倍政権を「正しい歴史認識を拒否している」などと批判し、従軍慰安婦の「真摯な謝罪」を求めている。

 米下院で従軍慰安婦問題への謝罪を日本に求める決議をめぐり、2007年初めに米下院の外交委員会で元従軍慰安婦として当時の様子を証言したオランダ人、ジャン・ラフ・オハーンさんは南オーストラリア州アデレード在住。これも少なからず慰安婦問題に敏感な世論を形成する要素とも言える。

 日本の冬はオーストラリアの夏。リゾート地ゴールドコーストの足の長い波は海の壮大さを感じるし、暖かい水は気持ちがよい。だから、多くの日本人が訪れる。オーストラリアからはスキー客が日本へ、日本からはサーフィンやゴルフにオーストラリアへと渡航者数は増加したが、オーストラリアに関する歴史は置き去りにしたままのような気がする。日本にコアラが初上陸したのが1984年。それ以来、オーストラリア観は進歩したのだろうか。(了)

【以上、切貼】

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2009年3月 2日 (月)

映画「少年メリケンサック」-僕もあがきつづけるしかないな

期待通りの出来映え。とっても面白くて、やがて哀しいのでぜひご覧下さい。

宮崎あおいさんが『篤姫』と平行して、この「中指立て」連発のドラマ撮影していたというのがプロなら当然なんでしょうけれども、すごい。

帰宅すると、フジテレビの「宮崎あおい、心にしみるアフリカ」という、彼女がルワンダを訪問した番組をやっていた。途上国支援について、長期的視点と責任感のある考えを話していて、本当にこの人には、これからの世代の日本人として大いに頑張って欲しいと思う。

森田ごひいき佐藤浩市さんも、あおいちゃんの中指立てに対抗して「(彼氏の)○○○でかいのか?」「○○○でかいのか?」、「おい、○○○でかいのかよ!!」と下品なことばを連発、自民党の中川昭一のレロレロに対抗してゲロゲロで頑張っていた。クドカンは若い人、例えば働く若い女性を面白がらせて、何かを教えようとしているのだろうけれども、森田は当然おっさんバンドの方の年代なので、「25年前には大人にバカにされ、いまじゃ若いのにじゃまにされ」とぼやきつつ、「今やらなきゃならないんだよ」とあがき続けることになるんだろう。それでいいんだとクドカンが言ってくれているような気もする。

(民主党元代表の岡田克也代議士がブログに格調高い感想書いておられるけれども、どうもこっちはお下品で申し訳ありません)

2009年3月1日、池袋サンシャイン・シネマ。子どもたちには新宿ピカデリーの『おくりびと』の券をとってやる。二人とも、いろいろ感じるところ、考えるところあったようだ。こちらの映画については、多くの人が見ることで、日本は一つステージが上がるような気がする。

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2009年2月22日 (日)

「日本の財務相がバチカンのラオコーン像によじ登って警報鳴らす」-爆笑と言ってはいられない

今週末も新聞切り抜きなどしながら、羽根木公園・梅まつりの川場村の売店に飲むヨーグルトを買いに出た以外は在宅の週末。

あいかわらずのテレビ。森田敬一郎の発言に続いて(笑)、小倉さんがとくダネの「週間エンタマイスター」で取り上げた幸田浩子さん。月末の津田ホールのチケットは売り切れのようだが、昨年四月の紀尾井ホールでのN響メンバーによるアンサンブルをバックにしたコンサート(NHK・BS)の放送録画を見る。

「とくダネ」で紹介していたドンギアという作曲家が彼女に捧げたという「新しい色の祝祭にて カリヨン」は、そこで紹介されていたイタリアのアンサンブルをバックにしたものより少しテンポが速めのよう。モーツァルトのコンサートアリア『あなたに明かしたい、おお神よ』K.418がとりわけ素晴らしい歌唱だった。

もうひとつは日本映画専門チャンネルで放送された映画『長州ファイブ』(2006年)。幕末の井上、伊藤らの密航は教科書にも出ているかも知れないが、高校生などがイメージをつかむのに良い映画だと思う。

長州は、明治後の軍国主義と政官財癒着を先導したグルーブだけに手放しで礼賛する気にはなれないが、井上が後に条約改正交渉で「鹿鳴館」など軟弱と批判された漸進路線をとったり、日露戦争後に米ハリマンの「南満州鉄道の日米共同経営」提案に前向きの姿勢を示したこと、あるいは伊藤が日露戦争前後にロシアに対して宥和的と言われたハト派的な姿勢の根底に、命がけで体得した国際政治の現実感覚があったことを想起させる。

ところで、録画で見た先週火曜日放送のNHK『爆笑問題のニッポンの教養』は美術解剖学の布施英利さんの話でとても面白かったが、番組のはじめの方でいくつかの美術の映像が流された時に「あれ、これどこかで見たな」という彫刻。

今朝、朝日新聞2009年2月21日付社会面で見たバチカン博物館蔵「ラオコーン」像だ(!)

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中川昭一前財務相兼金融相があの泥酔会見のあと、バチカン観光で柵を乗り越えて警報を鳴らして恥をさらした時に、よじ登ったやつらしい。

まあ、いつ世でも猪武者のように威勢のいいことを主張するのは、たいてい現実を知らない愚かな人々であり、「国家、国家」と声高に叫ぶ連中にかぎって、「ローマのレロレロ」のように国益を大きく損ねるのが関の山なのだ。

威勢がいいのは自民党ばかりではないかもしれないが、『長州ファイブ』でも見て、先人の苦労を学ぶべきだろう。

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2009年2月 1日 (日)

「007/慰めの報酬」-ブレゲンツも舞台に

「笑いが一番」のポカスカジャンの出番を見てから新宿バルト9へ。『007/慰めの報酬』を見る。流石の出来映えを楽しんだ。

「イギリスで007ブーム再燃」という話題を聞いていて、どんな具合なのだろうという関心から出かけたが、海・陸・空全部を舞台に戦うドライな感じのアクションも、中南米の政治情勢や環境・資源問題を織り込んだ舞台設定もなかなかよくできている。左翼政権に対しクーデターを企図する将軍に悪の組織が渡す資金は「ドルが下がっているのでユーロで用意した」と時事的なセリフも織り込んでいる。女性たちも、義に感じて引退先のイタリアからボリビア(ロケ地はチリなど)に同行する三国連太郎と佐藤浩市の中間のような俳優も魅力的。

一番の悪役はまあ、国際環境NGOのリーダーを偽装した秘密結社の構成員だが、米CIAもほとんど悪役。秘密結社の正体について、どうもボンドは映画の最後のほうで掴んだらしいのだけれども、観客にはわからないところが「消化不良感」という批評もあったが、森田としてはむしろ、思い返せば秘密結社の正体が「イスラム」「アラブ」といったものに連なることを示唆するような表現が不自然なほど徹底して排除されていたことに、「良心」とまではいかないにしても制作サイドの明確な意思を感じた。

英国首相に近い政治家やロシアの資源マフィアなど国境を越える悪い奴らの接触の舞台としてオーストリア西部「ブレゲンツ」の湖上オペラ公演が設定されていて、ゴージャスな感じを出している。『トスカ』という演目もシリアスな流れにマッチしていた。その後、イギリスの警護官が墜落死する場面が来る‥

ストーリーの嵐が去った後、本作のボンドガールとの別れ際のセリフは「死者は報復など望んでいない」。エンドロールの最後は「ジェームズボンドはまた戻ってくる」。また見に行くな。これはきっと。

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