2008年7月18日 (金)

ロシアが四川大地震の被災学童1,000人をウラジオストックなどに招待

 NHK・BS1の2008年7月18日未明から朝にかけての枠で放送された中国中央電子台およびロシアRTRのテレビニュースで、中国の四川大地震の被災地の学童1,000人あまりがロシア政府の招待でウラジオストックやノボシビリスク州のキャンプ地への3週間ほどの滞在に招待され、17日に出発したという映像を流していた。

 内陸の四川省や陝西省、甘粛省出身の子どもたちは、海を見るのは初めてという子どもたちも多いそうで、張り切って飛行機に乗り込む子どもたちの明るい表情を見てほっとした。ロシア側も「中国料理を用意しているし、水温も海水浴にちょうど良い」と張り切っていた。

 これは良いニュースであると思うと同時に、ロシアもなかなかやるなと思った。ソ連崩壊後の極東アジアは経済停滞やインフラの老朽化などのイメージが強く、廃船になった原子力潜水艦の解体などは日本が資金面でずいぶん協力した。それが、ブッシュ政権のイラク戦争開始も関わるロシア経済の絶好調と、プーチン~メドヴェージェフ政権のAPECのウラジオストック誘致や極東ガスパイプラインの推進など、ロシアは「極東」地区を大いにてこ入れしているわけだが、このニュースは金額としてはそれほど大きな話してないにしても、そうした流れの中でのニュースであるとも受け取れる。

 「ロシアが中国の子どもを大事にするのはあたりまえではないか、ロシアだの中国だのはもともと仲間。ロシア・中国・中央アジアによる『上海協力機構』に見られるように、日米同盟とは別の側だ」という見方をする人がいるかもしれないが、その点、森田のこれまでの経験に基づく見方は異なる。中国のある知識レベルの人の外交面での日本に対する評価を一言で言えば「でも結局はアメリカに従うんでしょ」というものであるとするならば、中国のロシア観を一言で言えば「油断できない」というものだ。

 小さな行事だし、「宣伝」と言えばそれまでかもしれないが、ロシアは極東における中国の対ロシア観を改善する機会をうまく捉えたと思う。ロシアの東アジア政策にプラスになるだろう。それにひき換え、わが日本の政府は、対中国にせよ、対ロシアにせよ、何もよい知恵を出していない。それどころか、何の必然性もないタイミングで「竹島問題」を持ち出して、日韓関係を極端に悪化させることで外交の足下を自ら崩している。

 洞爺湖サミットにはやたらカネもつぎ込み、プレーアップに努めたけれども、自民党政権には外交に関して本当の意味での「やる気」が感じられない。

 四川の子どもたちのために日本政府も今からでも何か考えたらどうか。政府がダメなら、自治体や企業でもいいから。

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2008年7月16日 (水)

芥川賞に中国人女性作家の作品選ばれる

 芥川賞に中国人である楊逸さんの『時がにじむ朝』が選ばれた。1面で報じた毎日新聞に「文学史上の事件」という見出しが躍っているが、日本もいよいよ本当の「国際化」の時代を迎えつつあるのだなあと思う。たいへん結構なことだ。

 サルコジ大統領がローマ帝国の領域と重なる地中海諸国会議を盛大に開催し、シリアのアサド大統領の出席を実現してレバノン情勢や中東和平に積極貢献するアピールに成功して存在感を示しているのと対照的に、わが国は本当なら日本が提唱して主導権を握るべき「六カ国協議」をアメリカ提唱、中国の仕切りに任せて文句を言うだけ、挙げ句の果てにはせっかく親日政権になりそうだった李明博政権に対して、何の戦略もタイミングの判断もなく「竹島問題」をわざわざ持ち出して「対日強硬路線」に追いやるなど、国のトップや政府のレベルでは「外交3流」を絵に描いたような現状だが、「中国人作家が芥川賞受賞」というニュースは、馬鹿な政治家や役人のレベルとは別に、国民の日常のレベルで、また文化のレベルでの「日本の存在」の可能性が高まってく可能性といったものを感じさせるのだ。

 すでに漫画・アニメなどポップカルチャーの世界など、政治・外交に関わりない部分で日本は世界の中に居場所を確保しているが、さらにアートや文学の世界でもいっそう魅力を発信し、また交流を育て、公的な部門でも各国の人々に日本語を学ぶ機会を提供し、日本の資料に触れる場を増やす作業を、これまでの「お役所仕事」のレベルから革命的にレベルアップすることを考えるべきだ。

 いつも言うことだが、わが国の外国語教育のほぼ「英語オンリー」の状態は早く改めるべきだろう。中学での外国語は、半分は英語でいいとしても、もう半分は中国語、韓国語、スペイン語、アラビア語などを第一外国語で学べるようにする方が、日本の未来は明るいように思う。

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2008年7月14日 (月)

「竹島」明記の愚

 福田内閣が、竹島(韓国名・独島)がわが国固有の領土であると中学校の学習指導要領の解説書に初めて明記する方針を固め、文言の最終調整に入ったと報じられている。日本では小泉内閣が過去に遠のき、韓国では李明博政権が誕生したことで改善ムードだった日韓関係はこれでたいへんなことになるだろう。

 「固有の領土である」ということがわが国の主張であるというのは、国際法という「法律」の世界の話であり、そんな話をわざわざ持ち出すというのは、韓国から見れば「島根県編入」のいきさつそのものが日本による植民地化の序曲であったと位置づけられているという「現実」「政治」を無視した最悪の愚挙であると思う。

 誰が起案し、誰が承認したのか。つまり誰に責任があるのか、野党とメディアは徹底的に追及して国民の前に真相を明らかにして欲しい。福田内閣は行政文書の管理に関心があるというが、それくらい追いかけられるようでないと話にならないということは確認しておきたい。

 そもそも「固有の領土」という概念自身、見方によってはあやふやなものだ。中学生に教えるべきは、イデオロギーとも言うべきわが国の一方的な見解ではなく、「係争」「対立」が存在するという現実だろう。

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2008年6月10日 (火)

党首討論とりやめ

小沢党首はなぜ党首討論に立とうとしないのか。国民に説明しない首相はいやだ。やはり政権交替には民主党の党首チェンジが必要なのではないか。

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2008年6月 5日 (木)

オバマ候補指名確実に=「反論理」の時代の終わりのはじまり=

 オバマ氏が米民主党の大統領候補になることが事実上確定した。イラク戦争、温暖化問題や核軍縮問題への真剣な取り組み拒絶、社会保障軽視など、長く続いた21世紀初頭の「反論理」の時代がようやく終わりを告げる転機となろう。

 ヒラリー候補との泥仕合化で、やや光明に翳りがあるような印象であり「党の亀裂修復、白人労働者層対策、女性票対策」などからヒラリー候補の副大統領候補指名を考えるのか、それとも「当選後の仕事のやりやすさ、古い政治との決別を優先」して違う副大統領候補を選ぶのかというのも悩ましい選択だが、いずれにせよオバマ氏の候補者決定についてNHK・BS1で見るABCの報道も「歴史的」を繰り返していた。

 「反論理」が世界を席巻した原因には、ビル・クリントン政権時代の倫理退嬰への反動、9・11などがあるが、歴史の分岐点はブッシュ対ゴアの2000年大統領選のフロリダに見るように、「紙一重」が運命を分けることがある。

 わが国でも、あいかわらず「上げ潮」だの、「地上部隊派遣ならアフガニスタンに自衛隊を出すのに民主党も賛成するだろう」、「資源値上がりは投機が原因ではない。フリードマンが言っていたではないか」といった反論理の言説がまかり通っている。

 まだ森田ごときにもやることがあるぞ。とオバマ候補確定のニュースを聞いて思った。

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2008年6月 2日 (月)

コメ減反とりやめるべきか?

週末の注目発言は、世界的な食料価格の高騰を受けて「コメ減反政策をやめ、増産を図るべきである」という町村官房長官の発言と、それに対する加藤紘一元幹事長の「コメは余っている。自給率アップには大豆や小麦を作ることが大事だ」という批判だ。

どちらの意見が正しいのか。データの裏付けを得ながら、おいおい勉強しなければならないが、現段階の印象としては「減反とりやめ」策にもそれなりの理屈があると思う。

「減反取りやめ」策は、政府筋の話しとしてすでに人づてに聞いたことがあった。その説に沿って言うと、減反をやめるとどうなるか。コメはいちだんと供給が増え価格が下がる。このこと自体消費者に朗報だが、同時に国際的なコメ価格上昇で縮小傾向にある内外価格差がかなり縮む。その結果、今のような国際的に極端な高価格にある現状でも、アジアの富裕層向けに売れている日本産のコメの国際競争力は高まる。

コメの価格が下がれば、農家の収入が減るという問題がある。わが国の環境、生態系、農村部の景観を守るためには、農家を支えるためには民主党の主張するような財政支出が必要になるが、減反政策をやめることで現在そのために支出している補助金は必要なくなる。農水省関係者の試算では、必要な新しい補助金の金額は、現在の補助金より少なくて済むという。

町村官房長官の主張が「小泉構造改革」と同様のインチキ話なのか、それとも加藤紘一氏の方が、現在の利権構造と保守的な心情に寄りかかった政局がらみの「ああいえばこういう」類のことなのか。いずれにせよ、農政の方向性については集中した再検討が必要だ。各政党も、国民に選択肢と自らの方向性を示すべきだ。

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2008年5月30日 (金)

「自衛隊機中国派遣見送り」の報に

「中国が自衛隊機派遣要請」という見出しをみて、「ぜひ派遣すべし」とフライングで感想を述べてしまったが、結局は派遣見送りだそうだ。

たしかに日本海軍による重慶爆撃は、ゲルニカや広島・長崎に先立つ、無差別都市空爆の世界史における嚆矢であったという指摘もあるわけで、町村官房長官ばかりでなく、森田自身も、そこまで一気に乗り越えることができるような期待を持った不明は恥じなければならないと思う。

とにかく、今は自衛隊派遣の可否などはサイドストーリーに過ぎないので、中国のニーズにどうすれば最大限に応えることが出来るかに意識を集中すべきだろう。

それにしても、自民党の一部に「中国は失礼だ」といったもの言いが聞かれるというのは呆れてしまう。相手の悪口を言うよりも、例えばアメリカの軍用機は、かつてはユーゴの中国大使館誤爆事件や偵察機の強制着陸事件などもあった米中の軍同士の関係を乗り越えて、すでに救援物資を運んでとっくに中国に飛んでいるという現実を直視すべきだ。

つまり、残念がるなら「ぜひ来てください」と言ってもらえるような信頼関係を構築できていないことを残念がるべきなのだ。小泉首相の靖国参拝で、アメリカが米中関係の信頼構築に努めた5年間を、わが国は空費してしまったことのツケがまわってきているだけの話と考えるべきだ。とにかく、繰り返しだが、今はそんなことより何をすべきか、何が出来るかに集中すべきだろう。

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2008年5月28日 (水)

中国の「自衛隊機派遣」要請に驚く

第一報を聞いて驚いた段階での感想だが、まず結論から言えば、飛べる輸送機とヘリコプターを全部提供してでも要請に応じるべきだと思う。

驚いたのは、阪神大震災の時のわが国と同様に、外国の援助受け入れには全く不慣れであるように見受けられ、また日本の「軍」だの日の丸には強いアレルギーがあるに違いないと思いこんでいた中国から、日本の「軍」用機の派遣要請があったことだ。

背景には、おそらく中曽根元首相のような人々から中国政府に売り込みがあったのではないかと想像する。そう言えば、空自のOBでイギリスの危機管理会社の顧問として中国に駐在している人がいるという話を聞いたこともあるので、そういった「民間」レベルの中国政府への助言もあり得ると思う。

森田は基本的に、社会の中でミリタリーの占める位置が大きくなることに賛成ではない。しかし、ここは「自衛隊のセールスマンたちに乗せられているかな」という懐疑を持ちつつも、彼らが日頃語っている「自己完結で外に出て役立てる組織は、日本では自衛隊だけ」という点に当たっている面もあると思う。実際に役に立てる可能性は大きいのではないか。

法的には「国際緊急援助隊法」といったことになるのか?とにかく名古屋高裁で違憲判決が出たような、アメリカの戦争を手伝うための海外派遣ではなく、まさしく要請を受けての災害救援派遣だ。

政府間の調整などに、なかなか大変なことはあるのかもしれないが、ニーズに最大限応える派遣が、迅速に行われることを期待したい。この問題では、ひょっとすると森田と安倍晋三氏あたりは同じ意見ということになるのだろうか。それとも、中国に軍事機密が漏れるから慎重にと言うのだろうか。

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2008年5月21日 (水)

クラスター爆弾国際会議-NHK山澤記者のレポートに違和感

おととい5月19日(月)、ダブリンでクラスター爆弾の禁止を目指す「オスロ・プロセス」の最終合意をめざした会合が始まった。小型爆弾を多数ばらまくクラスター爆弾は、一昨年、イスラエルがレバノンに侵攻した際に使用され、戦闘が終わって軍隊が撤収したあと多数残った不発弾の事故で、多くの子どもたちが亡くなったり、手足を吹き飛ばされたりしたことで、かつての「対人地雷」と同様、人道的観点からの廃止論が高まった。

「オスロ・プロセス」は、対人地雷の時のカナダ政府の役割をノルウェー政府が買って出たもので、この「有志」のプロセスには対人地雷の時と同様に、アメリカ、ロシア、中国といった国々は参加していないが、志ある国々の政府と国際NGOが連帯して、具体的な措置を動かし、国際世論も動員することでこうした国々をも動かそうというものだ。

各紙で報じられている通り、一方ではアメリカ、ロシアなど禁止に反対でこのプロセスに参加していない国々があり、その反対にノルウェー、中南米諸国など全面廃止に積極的な国々、そしてその中間に「部分禁止」を主張する英仏独などの国々がある。

それでは、わが国、日本政府の立場がどうかと言えば、朝日新聞2008年5月20日付3面の記事では「日本や英仏独などは‥『信頼性が高く、正確なものは除外すべきだ』という立場を取る」と書いている。さらに毎日新聞の同日付は英独仏は「最新型」のみを例外とすることを主張しているのに対し、日本は現在保有するものを持ち続けることを前提に「不発率が実戦で10%以上もあるとされる現有の『改良型』の堅持を主張している。国連の軍縮関係筋は『日本の主張に同調しそうなのはフィンランドくらいだ。逆に、他の部分禁止派と全面禁止派の溝は狭まっている』」と報じている。

現段階での日本政府は、当時の小渕外相が政治決断する以前における「対人地雷」の時と同様、アメリカにおもねる外務省と、軍事力維持の面だけから廃棄に反対する防衛省が積み上げてきた、いわば霞ヶ関のお役人たちボトムアップで形成された政策を主張することに止まっている。自民党政権が長く続きすぎたせいか、そこに憲法第9条の理想などかけらも見あたらない。福田さんにも、せめて小渕さん程度の大所高所からの政治的な判断を期待したいものだ。

ところで、このことを報じた2008年5月19日放送のNHK・BS1の「今日の世界」(22:15~)において、スタジオからの原稿読み上げと字幕では、わが国が英独などとともに「全面禁止」には反対し、「部分禁止」を主張していることを紹介していたが、現地からの山澤里奈記者のレポートでは、わが国がどういう立場をとっているかという話がスッポリ抜け落ちていた。これでは極右の経営委員長とは逆の意味で「どこの国のニュース番組なの?」ということになってしまう。「合意をめざすノルウェー政府代表が部分禁止を主張しているイギリスやドイツの政府代表を訪ね、妥協点を探っている」というだけの原稿は、「日本は全面禁止に反対している」という事実の印象を、作為的に薄めようとしているのではないかと感じた。

NHKの国際部記者が、外務省の役人や自民党の一部政治家と良い関係を築いておきたいというのは処世術かもしれないが、あまりに「アメリカ政府に最大限に媚びを売り、日本国民にはそのことを最大限覆い隠しておきたい」一部外務官僚に操作されていることが見え見えで、その思惑通りの放送をしているのでは公共放送の使命を果たしていることにならないと思う。

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2008年5月19日 (月)

ハマスとも、イランとも対話を

ブッシュ大統領が中東歴訪で「ハマスは和平の障害」などと発言し、ヒズボラとも対決姿勢を示しているという。そもそも、選挙はもう少し先に延ばしたいというアッバス大統領に対し、ブッシュ政権が「早期総選挙」を無理矢理押しつけたのが、総選挙でハマスが勝利する要因の一つだったのだ。自分で原因を作っておきながらよく言ったものだ。

政権末期で「業績」を残したいために、イスラエル=パレスチナ和平問題に取り組んでいると言うのだが、いくらイランのアフマディネジャド大統領が「イスラエル抹殺」などの過激発言をしているからとは言え、イラン軍事攻撃にはっきり反対していた中央軍司令官を更迭するなど、ブッシュ=チェイニー路線は政権が終焉するまで有毒ガスを発し続けているようだ。

ネタニヤフ政権時代に一度だけイスラエルに行ったことがある。帰国するとモサドじゃないかなという感じのイスラエル大使館の人がやってきて「東エルサレムがパレスチナ国家の領域になるという考え方をイスラエルが受け入れているわけではない」と強調していたが、現地エルサレムで会った、ユダヤ教過激派のテロで亡くなったイツァーク・ラビン首相の息子さんなどは、われわれから見ても常識的な、リベラルな考え方の人だった。

イスラエル建国60年ということで、イスラエルのいろいろ立場の人々のことが新聞やテレビで紹介された。どの国にもごりごりの頭の悪い「右」は存在する。イスラエルにおいては極めて強い。でもラビン氏の子息のような、まともな人々も少なからず存在するので、こうした人との連帯の輪を広げていくことは大事だと思う。ブッシュの前には、カーター元大統領が政権の反対を押し切って、シリアでハマスの指導者と会談したと言うが、こうした「対話」以外に問題解決に近づく方法はない。

一方、イランも「核開発支持」「反米」の保守派が圧倒的に強いとは言え、一般市民のレベルでは密かに「アフマディネジャドは勘弁してほしい」という空気も根強いと言う。森田はイランと対話するというオバマ氏を支持する。

同時に、アメリカの民主党系の人も「アメリカにとってイラン問題は、実はイスラエルの安全の問題」と率直に話してくることを勘案すると、わが国としてはイランに対して「アメリカのイラン攻撃には反対。NPTの範囲内なら、核の平和利用の権利も理解する」と言った上で、「ただし『イスラエル抹殺』は過激すぎるので、そういうことを言うのはなんとか止めてほしい」と直接に働きかけることが大事ではないか。

中東1課も2課も頑張っていることは知っているけれども、カーター元大統領や、悪い方で活躍しているブッシュ大統領に比べ、日本は中東情勢において「不在」を続けているように見える。

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2008年5月15日 (木)

内田樹氏の「頭を冷やせ」になるほど。

東京は久しぶりに良い天気。昨日までコートを着て、事務所近くまで地下鉄を乗り継いだのに、今朝は日よけにキャップをかぶって外苑東通りをウォーキング。事務所に入ると、やはり昨日まではモーツァルトの短調のピアノコンチェルトなぞを聞いていたのに、今日はベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』、往年のジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団の演奏CDなど久しぶりにかけてみる。

ここのところ、チベットのことで中国に対して批判というよりは誹謗中傷する連中に頭に来て、特に聖火リレーをデモで妨害する行為に対する反発から、カッカと来ていろいろ言いながら、なんとなくスッキリしない気分でいたところ『毎日新聞』2008年5月12日付夕刊で内田樹氏の「争いがとりあえず決着するために必要なのは、‥当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという『節度の感覚』を持つことである」「『いいから少し頭を冷やせ』というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような『大人の常識』を私たちはもう失って久しいようである」という論を見た。

いつも内田氏の議論は面白いと思うが、今度も第三の視点を出すとすればこういうことかとなるほどと思った。ただし、内田氏も「そんなことは言っていない」と言われるだろうが、森田としては21世紀に入ってからのわが国の政策の方向性の誤りについて批判し、代替プログラムを模索することを「自制する」つもりは毛頭ないけれども。

【以下は、毎日新聞2008年5月12日夕刊より内田樹論文 =『内田樹の研究室』より=】      

オリンピックの聖火リレーをめぐる騒動を眺めていて、いささか気鬱になってきた。何か「厭な感じ」がしたからである。何が厭なのか、それについて少し考えたいと思う。
 熱い鉄板に手が触れたときに、私たちは跳びすさる。「手が今熱いものに触れており、このまま放置すると火傷するので、すみやか接点から手を離すことが必要である」というふうに合理的な推論してから行動するわけではない。たいていの場合、私たちはわが身に何が起きたのかを行動の後に知る。
 聖火リレーにまつわる「厭な感じ」はそれに似ている。
 だから、この論件については、誰の言い分が正しく、誰の言い分が誤っているというような「合理的」なことは申し上げられない。それは「厭な感じ」が議論の内容ではなく、論を差し出す仕方のうちに感知されているからである。語られている政治的言説の当否は私にとっては副次的なことにすぎない。
 私が「厭な感じ」を覚えたのは、たぶんこの政治的イベントに登場してきた人たちが全員「自分の当然の権利を踏みにじられた被害者」の顔をしていたせいである。
 チベット人の人権を守ろうとする人々も、中国の穢された威信を守ろうとする人々も、聖火リレーを「大過なく」実施したい日本側の人々も、みな「被害者」の顔で登場していた。ここには「悪者」を告発し、排除しようとする人々だけがいて、「私が悪者です」と名乗る「加害者」がどこにもいない。
 そんなの当たり前じゃないか、と言われるかも知れない。権利を主張するということは「被害者」の立場を先取することなのだから、と。
 まことに、その通りである。「本来私に帰属するはずのものが不当に奪われている。それを返せ」というのが権利請求の標準的なありようである。それで正しい。困ったことに、私はこの「正しさ」にうんざりし始めているのである。
 近代市民革命から始まって、プロレタリアの名における政治革命も、虐げられた第三世界の名における反植民地主義の戦いも、民族的威信を賭けた民族解放闘争も、つねに「被害者」の側よりする「本来私に帰属するはずの権利の奪還」として営まれてきた。
 私たちが歴史的経験から学んだことの一つは、一度被害者の立場に立つと、「正しい主張」を自制することはたいへんにむずかしいということである。
  争いがとりあえず決着するために必要なのは、万人が認める正否の裁定が下ることではない(残念ながら、そのようなものは下らない)。そうではなくて、当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという「節度の感覚」を持つことである。エンドレスの争いを止めたいと思うなら「とりつく島」は権利請求者の心に兆す、このわずかな自制の念しかない。
 私は自制することが「正しい」と言っているのではない(「正しい主張」を自制することは論理的にはむろん「正しくない」)。けれども、それによって争いの無限連鎖がとりあえず停止するなら、それだけでもかなりの達成ではないかと思っているのである。
 私が今回の事件を見ていて「厭な感じ」がしたのは、権利請求はできる限り大きな声で、人目を惹くようになすことが「正しい」という考え方に誰も異議を唱えなかったことである。「ことの当否を措いて」自制を求める声がどこからも聞こえなかったことである。
 「いいから、少し頭を冷やせ」というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような「大人の常識」を私たちはもう失って久しいようである。

(毎日新聞2008年5月12日付夕刊)

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2008年5月14日 (水)

朝日新聞記事「五輪の囚人」(4月28日付)

最近、新聞を読んでいて「えッ」と思った記事があった。それは、中国で当局批判を行って投獄されたり、そうした人々を助ける弁護士の活動を報じたものだった。一昨日、池上彰さんのコラムを読んでやっぱりメモしておこうと思った。

森田自身も、基本的人権の尊重されるべきことは人類普遍の原理であると思っている。また日本国憲法の定めるところにより、わが国も国家としてそのような立場であるはずである。ここに報じられたような事実があるならば、メディアがこれを報道するのは当然のことだ。「えッ」と思ったのは、申し訳ないことに中国駐在メディアは、当局の目を恐れてこのような報道は自己規制してしまうだろうという先入観があったからだ。

以前、故田中角栄元首相の葬儀に際して、ある政治家が読んだ弔辞について田中真紀子代議士が「父の全てを語って下さいました」と礼を述べた。実は、その弔辞を担当した歴史観に欠け、空気ばかり読むライターは、田中角栄氏の事績を振り返る弔辞から「ロッキード事件と裁判対策としての自民党闇支配」については全て欠落させていた。

昨年の温家宝首相の国会演説、先般の胡錦涛主席の早稲田大講演で「日本の戦後の歩み」が高く評価され、ODAへの感謝も述べられた。「タブー」は破られた格好だが、これら首脳スピーチが歴史の流れを語る際に言及が避けられるのは、『大地の子』が中国で放送されなかった原因とも考えられる「文化大革命」と、6・4天安門事件だ。しかし、実はここを抜きに中国の本当の歴史を語るのは難しい。

こうしたことが率直に語られるようにというのは、当面の外交課題というのとは少し違うだろう。しかし、とにかく「五輪の囚人」を取材した記者や、この記事の掲載を決断したホネのある人々の頑張りが助けとなって、いつの日にか、中国の人々とこうした20世紀後半、あるいは21世紀初頭の「歴史」についても構えることなく本当のことを語り合える日が来るといいなと思う。

【以下は『朝日新聞』2008年5月12日付夕刊be4面の池上彰氏によるコラムの写しです】

(池上彰の新聞ななめ読み)「五輪の囚人」 記者の怒りと勇気、感じる

 新聞記事の中には、これだけの内容に仕上げるには、さぞかし苦労があったのだろうと思わせるものがあります。最近では、「北京百日前」企画のひとつである「五輪の囚人」が、そのひとつでした(4月28日朝刊)。

  中国で、「北京五輪に巨費を投じるより人権状況を改善してほしい」という署名活動をしただけで、「国家政権転覆扇動」の罪で懲役5年の判決を受けた男性。逮捕された後、拘置所でベッドに手足を縛りつけられたまま食事や排泄(はいせつ)を強いられたという。この男性は、「五輪の囚人」と呼ばれる。
 人権活動家を支援する弁護士が、「公安」と名乗る4人の男に拉致され、3日間も監禁されたという。
 別の弁護士は、逮捕されている活動家の面会に行く途中で暴漢に襲われ、重傷を負ったが、警察は取り合ってくれない。
 中国国内で相次ぐ事件の数々を伝えています。「共産党独裁政権の弾圧を恐れずに人権や民主、法治、言論や信教の自由などを訴えているのは活動家だけではない。彼らを支援する弁護士も、身の危険にさらされながら闘う」と北京の朝日新聞記者は書きます。
 活動家の弁護をする弁護士は、弁護士の業務を停止させられたり、本人自身までもが国家政権転覆扇動罪に問われたりする危険があるというのです。
 こうした事実を、中国の報道機関は報じません。報道機関自らが、共産党中央宣伝部によって統制されているからです。
 「権力は党に集中する。その幹部に不正がはびこる。メディアは沈黙する。大衆が不満を募らせても、党批判は断罪されかねない。罪に問われた被告を守ろうとすれば、弁護士にも身の危険が迫る。
 これが中国の現実だ」
 記事には、記者の怒りが滲(にじ)んでいます。しかし、報道の自由がない中国で、日本の新聞記者が、こうした現実を取材すること自体、当局の妨害を受けるはずです。電話が盗聴されていることを前提にして、取材対象に迷惑をかけないように配慮しながら、取材の連絡を取り合う苦労。
 当局にとって都合の悪いことを書けば、その後、陰に陽に嫌がらせを受けることが容易に予想できる中で、ペンを鈍らせることなく、どこまでのことが書けるのか。
 この記事を書いた記者は、きっと中国の弁護士たちの行動に勇気づけられて、ペンをとったのでしょう。その記事を読むことで、私たちもまた、勇気づけられるのです。

(朝日新聞2008年5月12日付夕刊be4面)

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2008年5月13日 (火)

民主党の「平沼赳夫氏との連携」には賛成できない。

四川省で大規模な地震があり、大きな被害が出ているという。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げると共に、日本政府も有効な支援に力を尽くしてほしい。

さて、毎日新聞の2008年5月12日(月)付朝刊2面に、「合い言葉は反自民-政界再編へ『野人の会』」という見出しの囲み記事が出ていて、国民新党の綿貫民輔氏と平沼赳夫氏の顔写真が二つ並んで載っている。

週の初めから変なものを見てしまったという気分だ。まずは、第3極なんてものは現段階で国民にとっては不要だ。必要なのは、今の連立与党から、今の野党にスッキリ政権交代が実現することで、アメリカ一辺倒の戦争協力路線と、弱者切り捨ての新自由主義路線からの「転換」を明確にすることだからだ。野党にはそういう旗をまずしっかり立ててもらうことが必要だが。そもそも第3極などというものを必要としているのは、参議院のコントロールを取り戻したい自民党の方だ。

平沼氏というのがそもそも気に入らない。綿貫氏なんて者も前議長として偉そうなこと言っているのがプレーアップされているが、宮沢内閣時の自民党幹事長として政治家としては全く無能であることをさらけ出した「みんなで靖国神社に参拝する会」の神主さんに過ぎない。もっとも、国民新党については亀井久興幹事長がテレビで話していることが党の路線であるとするなら、外交ハト派、マクロ経済重視の保守中道路線と言えるわけだが。

平沼さんは「極右」ですよ。いまの後藤田代議士と故後藤田正晴代議士との関係に似たような血縁関係にあり、義理の祖父になっている戦前の平沼騏一郎首相は、戦前の構図の中でも「右」と言われた人で、米内海相や山本五十六海軍次官が体を張って抵抗した「日独伊三国軍事同盟」を強力に推進しようとしていた首相在任時に、ヒトラーが突然ソ連と不可侵条約を結んだことにパニックを起こし、欧州情勢は「複雑怪奇」とって政権を投げ出してしまったような人だ。

平沼氏のこれまでの言動を見ると、極右体質も、情勢判断能力の欠如も、まさしく「おじいさん」の生き写しだ。以前「民主党の早期問責提出は、麻生太郎内閣への交代の引き金になり、そうすれば中川昭一、安倍晋三らがもれなくついてくる」というようなことを書いたが、平沼氏はイデオロギー的にも、もれなくついてきそうだという点でもこのご一統なのだ。

民主党はこんな平沼氏の選挙に協力するため、同氏の選挙区への候補擁立を見送っている。民主党岡山県連は、昨年当選した変な参議院議員の擁立など、ちょっとおかしいのではないか。

とりとめないこと書いてしまったが、kojitakenという方が書いておられる「きまぐれな日々」というブログの民主党は平沼赳夫一派との連携を模索するな(5/3)、タカ派政治家の劣化(5/12)、平沼赳夫首相」の悪夢(5/13)が参考になると思います。

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2008年5月11日 (日)

葉千栄氏の胡錦涛主席来日に関する感想=上田紀行氏を迎えた番組で=

胡錦涛主席の来日について、5月8日(木)放送のCS朝日ニュースター『ニュースの深層』におけるキャスター、葉千栄氏のコメントが興味深かった。

葉氏は、日中友好6団体主催のレセプションに日本側(!)の出席者の一人として列席したそうだが、「もし中国にいたら、雲の上の人で絶対に姿を見ることがなかっただろう」という胡錦涛氏のナマで見る印象の第一は、「腰の低い人だ」というとだったそうだ。演壇に上ると3方向に向かって一度づつ、3回お辞儀をするるこれは毛沢東以下のかつての中国のトップのイメージからは想像できないと言うのだ。

それを聞いたゲストの上田紀行氏が「(ギョーザ、チベットなど)いろいろまずいから、低姿勢だったんじゃないの」と混ぜ返していたが、葉氏は中国にいる友人たちと電話で感想を交換していたようで「聞いてみると中国での共産党の会合でも同じだそうです」ということだった。

葉氏の感想の第二は、胡錦涛氏は他の指導者に比べ非常に「親日的」なのではないかという印象を持ったということだ。胡耀邦時代の青年交流の話は、今回の訪日の報道を通じて多くの人々が再び共有するところとなったわけだが、日本と中国の両方のカルチャーを肌で知り、ジャーナリトストとして「人」と話し、「人」を見続けてきた葉氏の観察にはさらに重いものがある。

10年前に来た江沢民前主席は、宮中晩餐会に人民服で現れ、日本側が「反省と謝罪」を明記しなかったからと文書に署名しなかった。5年後や10年後の指導者は、アメリカ一辺倒かどうかはともかく、日本などは全く先進国グループのワンオブゼムとしか見ないだろうことを考えると、今回の「10年ぶりの中国国家元首来日としての胡錦涛主席来日」について、日本側は大きなチャンスを逃してしまったのではないかと言う気がしてくる。

葉氏の感想の3つ目は「こんなことここで言っていいかどうか」と声をやや潜める葉氏のいつものスタイルで、胡錦涛主席に続いて演壇に上がったのが令計劃(れいけいかく)中国共産党中央書記処書記・党中央弁公庁主任、王滬寧(おうこねい)党中央書記処書記・党中央政策研究室主任の二人であり、葉氏流の表現で「たいへん偉い人」である戴秉国(たいへいこく)国務院国務委員、楊潔チ(ようけつち)外相、武大偉外務次官(六カ国協議代表)らが、この二人に対しもたいへん遠慮して、一歩も二歩も下がっていたのが印象に残ったということだった。

葉氏は、5年後の中国指導部の一端を垣間見た気がするというが、一方で腹心・令計劃氏はともかく、王滬寧氏は葉千栄氏が上海の大学で演劇を専攻したり、新劇俳優だった時代には「復旦大学の国際政治の先生に過ぎなかった」ので意外感があったようだ。これもクレムリノロジーの一種だろうが、分析の視点を持ち、データ観察を積み重ねてきた人の話だけに、記憶に止めておきたい。

なお、NHK・BS1が放送した早稲田大学での胡錦涛主席講演を報じる中国中央電子台のニュースの映像も、まず「令計劃主任と王滬寧主任」の二人、ついで「戴秉国国務委員、楊潔チ外相」の二人を映し出していた(ただし同時通訳の音声は「令計劃主任、戴秉国国務委員らが同行」としていた)。

ちなみに、早稲田講演は恐らく王滬寧氏の「監修」だろう。戦後日本に対する肯定的評価、ODAなどの支援に対する感謝などはすでに昨年四月に温家宝首相が国会で演説した内容に含まれていたので、驚くような内容だったわけではないが、温家宝演説が素晴らしい内容ながら、おそらくさまざまなリサーチの結果、助言などを盛り込みすぎて、全体の構成がややゴシック的な感じになっていたのに対し、胡錦涛早稲田講演は清朝末期の留学生たちのことをはじめ歴史的な視点を織り込みながらも、シンプルな流れでまとめられ、結語に早稲田構内の演劇博物館の「世界は舞台」というシェークスピアのことばを引き「世界という舞台で共に役割を演じていこう」とまとめる洒落たものだった。

番組のゲスト・上田紀行氏は、最近ダライ・ラマとのインタビューを本にしていて、胡錦涛来日についても、例えば「唐招提寺などで胡錦涛主席を接遇する仏教関係者は、チベットのことを強く言うべきで、日本にもそれくらいの気概がなければ」といったことを言っていた。それはともかく、上田氏と葉氏が、チベットの歩みについて詳しく論じていくのを聞くのはたいへん参考になった。ダライ・ラマは柔軟な思考と反射神経を持つ、たいへん興味深い人物のようだ。聞いていて、中国にとっても、ダライ・ラマが死ぬのを待つのではなく、対話する方がよいのではないかと思った。

もっとも、日本の「仏教界」に対して上田氏はかいかぶりないしは無理なプレーアップがあるように思う。全国の僧侶の大半は、通夜・葬儀と法事に時間の大半を過ごしており、うんと偉いお坊さんたちの「世界宗教者平和会議」などへの参加などは例外として、平和の問題、貧困の問題はじめ社会問題との関わりに、鎌倉時代、あるいは江戸時代以前の仏教関係者が持っていたような真剣な関わりの片鱗も感じられない。

上田氏は、そういった問題にも関心を持ってきているのは知られている。チベット問題を、カンフル剤として日本仏教の(葬儀業ではなく宗教としての)再興につなげようというセンスは、政治的には正しい計算と言えよう。ただ、結果として日中関係の健全な発展を阻害する反中国扇動に流れないようにお願いしたいものだ。

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2008年5月10日 (土)

「フリーチベット!」より、日本企業による人権侵害=外国人研修・実習 不正=を糺すべき

「フリーチベット」を叫ぶ人々を見て、人権問題に関心を持ち、行動する若い人々がたくさんいることを知り、たいへん結構なことだと思う。

こういう人々には、外国の政府がやっている人権侵害を安全地帯から批判するだけではなく、ぜひ自国の企業がやっている、また自国の政治・行政がそうした行為を事実上作り出したり、放置している「外国人研修・実習の不正」といった問題にも目を向け、行動してほしい。

その辺が、本当に「人権」に関心があるのか、ただ安倍晋三たちのように外国の悪口を言って劣情を満たし、あるいは「右」の世論に阿って政治基盤を拡大しようとしているだけなのかのリトマス試験紙になるだろう。

チベットの人権について、人類社会の一員として発言し、行動することはよいことだ。しかし、それ以前に、日本企業が行っている、また日本政府がそれを事実上手助けしている問題については、日本国の主権者である日本国民は、直接に責任を負っているからである。

こうした人権侵害を放置しているのは日本の恥だ。外国人労働者の処遇問題は、経済がらみで自己の利害にはねかえってくる可能性があるからと目をそらし、自分は何の痛みも感じない「フリーチベット」にのみ狂奔するのは、愚かなだけでなく、卑怯だ。

【以下はNHKニュース原稿貼り付け】

外国人研修・実習 不正が急増

5月10日 6時32分
法務省は、外国人が日本の技術を学ぶ「外国人研修・実習制度」で、研修生らを不当に安い賃金で働かせるなどの不正行為があったとして、去年1年間で前の年のおよそ2倍の449の企業や団体に処分を行いました。

「外国人研修・実習制度」は、平成5年に、日本の技術や技能を発展途上国などへ移転するために設けられましたが、安い労働力を確保する手段として使う企業があとを絶たず、法務省入国管理局は、企業への立ち入り調査を増やすなど指導を強化しました。法務省のまとめによりますと、その結果、去年1年間に不正行為があったとして処分を受けたのは449の企業や団体に上り、前の年のおよそ2倍に増え、過去最高となりました。このうち、残業の割増賃金を支払わないなど不当に安い賃金で働かせていた企業などが175と最も多かったほか、中には、研修生らが逃げ出すのを防ぐためにパスポートや預金通帳を強制的に取り上げるなど、悪質な人権侵害に当たるケースもあったということです。政府は、現在の制度には問題が多いとして来年までに見直すことにしていますが、法務省は「制度の見直しと並行して、企業側に対する指導もさらに強化していきたい」と話しています。【NHK】

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2008年5月 8日 (木)

イエメン論議は「A」、対中外交強硬論は「C」=フジテレビ朝ワイド『トクだね!』採点=

フジテレビの『とくダネ!』は、アンチ中国の国民感情に棹さすばかりで、結局1930年代から40年代に戦争を煽ったメディアのDNAをまさしく継承していると大いに不満。上村某というう元新聞記者に「安倍首相は靖国に行くかもしれないと脅しをかけながら中国と駆け引きしたが、福田首相はダメ」などと言わせているのを聞くとがっかりする。

もっとも、イエメンの誘拐事件についての小倉智昭氏はじめレギュラー陣の論議を聞いていると、なかなか座談のレベルは高いと思う。古代のシバの女王の伝説から、最近の天然ガスが出るまで中東でも非常に貧しい国だったことの紹介、岩上安身氏の「日本の女性と驚くような危険なところで出会うことがある」という注意喚起や、サウジ出身といわれるアルカイダ幹部も、ルーツはイエメンにある場合が結構あり、「貧困」がテロの背景にあるという解説は適切だ。岩上氏の対中強硬論には、結果として中国内の江沢民のような保守強硬派を利することになると思うので賛成できないが。

小倉さんも「パンダ以外に何か成果はあるのか」というのは、僕から見れば悪態だが、小倉さんのチームがテレビに出ている人々の中ではかなりいい方だというのも事実。中国の人たちには「ましな方でもこういう感じよ」と教えることで、参考にしてもらうことにするか。ところで、昨日出ていたデーブ・スペクターという人は、だじゃればかり言っている人かと思ったら、日中をめぐる国際政治論などはバランスがとれた見方をしていると思った。高木美保さんは、いろいろなことで良い意見を言っているが、対中外交については空気に流されて強硬論を煽る方に回っている。テレビで煽るより、中国政府に直接助言するようにした方がいいんじゃないか。ちょっと残念。

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2008年5月 7日 (水)

連休中の国際ニュースから

事務所で連休中の国際ニュースをまとめてザッと見る。フランスのフィヨン首相は訪米して英語で講演「フランス風のイントネーションを楽しんでいただきたいと思いまして」。別に「大統領の母」もインタビューに登場しており、就任一年の共同インタビューで国営テレビのニュースキャスターに「どうしてあなたの改革は失敗したのか」といきなり突っ込まれていたサルコジ大統領の盛り上げに必死。

韓国の李明博大統領も支持急落はサルコジ氏の後を追っている感じ。若い有権者が、目先の変わる活気ある「右」の大統領を選べば局面が良くなると錯覚して、政策の方向性が間違っていたり、曖昧だったりする指導者を選ぶと、大いに落胆することになるという例。わが国は同じ轍を踏みたくない。

その韓国のニュースで、「北」が核放棄を印象づけるため寧辺原子炉の「冷却塔」を自分で爆破する準備があるというものに少し驚く。韓国のテレビや新聞は、日本のメディアや官僚から見ると「飛ばしすぎ」らしいが、小渕内閣の頃「韓国メディアは飛ばしすぎ」と役人たちが言っていた羽田-金浦のシャトルはちゃんと飛んでおり、米朝が思いの外進んでホントにならないとは限らないだろう。

胡錦涛主席の非公式晩餐会の松本楼は、日本で革命運動をやっていた孫文を支援していた人の末裔が経営者。餃子、ガス田も大切だが、刹那的にならずに100年の視点を持っていくことも大切だろう。過去100年の前半は日本の侵略が重いが、「欧米列強からの自立」という観点から辛亥革命に協力した日本人もいるのだ。明るい面を掘り起こして、今後の100年を展望したい。

【以下はリンクした胡錦涛首席、孫文、松本楼関係の毎日新聞夕刊記事の貼り付け】

胡・中国主席:来日 日中交流秘史に光 両首脳、東京・日比谷の松本楼で夕食会

 ◇「国父」孫文支えた梅屋庄吉しのび

 福田康夫首相は6日夜、胡錦濤国家主席を東京・日比谷公園内のレストラン「松本楼」に招き、非公式の夕食会を開いた。警備が難しい都心のオアシスをあえて会場に選んだのは、松本楼にまつわる日中近代史の「秘話」に光を当てようという双方の計算があった。

 中国民主主義革命の先駆者で「国父」と呼ばれる孫文(1866~1925年)。その政治活動を物心両面から支えた梅屋庄吉という日本人がいたことは、あまり知られていない。松本楼の経営者は梅屋の末裔(まつえい)にあたる。

 実家が長崎の貿易商だった梅屋は、19世紀末に香港で2歳年上の孫文と知り合い、その革命思想に深く共感する。日本活動写真株式会社(日活の前身)を設立し映画事業で財をなした梅屋は、孫文に多額の資金援助を繰り返した。さらに梅屋夫妻は孫文と宋慶齢との結婚を仲介し、東京・大久保にあった梅屋邸で披露宴を催したという。

 2人の友情は群を抜いていたが、梅屋は「孫文トワレトノ盟約」について「一切口外シテハナラズ」と遺言したため、貴重な資料は長く公開されることがなかった。

 夕食会では、梅屋のひ孫にあたる松本楼常務の小坂文乃さん(40)らが孫文ゆかりの羽織や宋慶齢の手紙などを両首脳に披露した。胡主席にとって、孫文をたたえることは、中国共産党とともに抗日戦線を担った国民党の再評価につながり、現在の台湾で国民党を率いてきた馬英九・次期総統への前向きなメッセージになる。台湾との和解プロセスというわけだ。

 福田首相にとって松本楼は、父・赳夫元首相が三枝夫人と結婚式を挙げた場所。自然な形で日本人が辛亥革命を支援した歴史を振り返り、中国の対日感情に訴えることができるメリットがあった。

 年1回の「10円カレー」で有名な松本楼は1903年、日比谷公園と同時に開業した。松本楼の創業者である小坂梅吉の孫と、梅屋の孫が後に結婚したため、梅屋の資料は小坂家に引き継がれた。小坂さんは「両国のトップにこの歴史を伝えることができて光栄です」と話している。【古賀攻】

毎日新聞 2008年5月7日 東京夕刊

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2008年5月 3日 (土)

憲法記念日に思う=転換必要、改憲不要=

朝日新聞の世論調査では「9条改正 反対66%、賛成23%、差が拡大」という見出しを見て、結構なことだと思う。志ある人々の踏ん張りがあったし、安倍前首相が在任中の昨年3月に「従軍慰安婦に強制の証拠なし」と国会で答弁したことで、米民主党主導のアメリカ議会どころかブッシュ政権の逆鱗に触れて失速した敵失あたりが一つの転換点だった。参院選の結果も大きい。

それでも憲法改正が「必要」とする人が56%なのに対し、「必要ない」が31%にとどまるのは、森田としては大いに疑問あり。

日本は今、路線の転換を必要としている。ブッシュ・チェイニー路線にひたすら追随して戦争を手伝おうという外交安保路線の「転換」、「構造改革」を謳い文句に労働者の賃金を引き下げ、アメリカ頼み、中国頼みの見かけ上の好況にあぐらをかいて福祉・環境重視の内需振興への転換を怠って時間を空費してきた経済政策の「転換」が必要なのだ。

日本国憲法は、国民主権、議会制民主主義、自由から生存権までの基本的人権の尊重、平和主義と、近代国家の基本法として申し分ないものだ。森田としても「行政文書の全デジタル化と完全公開」とか、「平時における外国軍隊の常時駐留禁止」などの改正を行うというのなら、結構なことだと思うが、いま必要な「転換」のためには改憲など全く不要であり、むしろ「日本国憲法の趣旨をより徹底させる」ことが必要なのだというのが現在の情勢認識であり、憲法改正などやっている暇はないと思っている。

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2008年4月23日 (水)

刑法改正による終身刑創設を

光市の未成年者による母子殺害事件に死刑判決。いくつかの意見を見たが、たとえばきっこのブログ「命でしか償えないこと」、逆に少数派を自称する反戦な家づくり「光市事件の不当判決について」の両方に共感を覚えてしまった。

「刑法改正による終身刑の創設」についてはどちらの派にも絶対的な否定論はないようなので、いつも微温的な森田としては「刑法改正による終身刑創設」を、神学論争決着以前に政策プログラムに乗せるべきだと思う。20年もすれば仮釈放になることもある「無期懲役」と「死刑」の落差は大きすぎるだろう。

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2008年4月22日 (火)

「高齢者医療新制度」=保険料で徴収するか、消費税で集めるか、累進税を充てるか=

年金からの天引きが始まったことも引き金か、という親子心中事件も起きて、高齢者対象の新医療制度への反発が厳しさを増している。

この制度設計の根底には「小泉・竹中」構造改革路線がある。高齢化で構造的に増える社会保障歳出についても他の政策経費と横並びで歳出カットが課され、厚生労働省はとにかく全分野での収支を改善するために「扶養家族になっている人にも保険料を課そう」「とりはぐれのないように年金天引きだ」と「小泉歳出削減路線」になんとか従おうとした結果出てきたのがこの制度である。

そして、この動きの背景にある考え方は「どんどん削れ。もうこれ以上削減されたらかないませんから、どうぞ消費税を引き上げて(社会保障費を確保して)くださいというところまで削れ」というのが小泉首相が言っていたと伝えられるところだ。これは森田がやや得意とする「翻訳」ではなく、本当にそう言っていたらしい。

そんな、死人まで出して社会保障の手当の必要な人々を恫喝し、増税を受け入れさせようというのが、小泉・竹中路線、またそれに同調する財務官僚たちの考え方だ。その一方で、ミサイル防衛システムという、やがて無用になり巨額経費を消費するだけの軍備競争はやっていこうと言うのだから、なんともはや、「軍備拡張、弱者切り捨て、愚民政策」の「右」全開の路線である。

困った状況に陥った人々が安心できるシステムを維持し、あるいは作り直していくことは必要だ。イデオロギー的に「小さな政府」を言うのではなく、本当に必要なシステムはどのようなものかを検討し、そのための財源について合意作りに努めるというのが本筋だろう。森田自身は、「インチキ小さな政府論」よりも、政府サービスの適正規模をしっかり検討し、その上で財源の確保についても国民合意の形成に努めるということが大事だと思う。端的に言って国民負担の上昇は説明でき、納得が得られる範囲なら選択肢から排除すべきではないと思っている。

ただし、国民負担には単純化すれば

①ひとり頭いくらと決まっていて、貧しい人ほど負担が重くのしかかる「保険料」、 ②消費に比例するので、低所得の人に負担が重いが、たくさん使う人がたくさん払うという面もある消費税、 ③税金は払う力のある人がたくさん払う所得税や法人税などの累進税

という三つの集め方がある。金持ちの味方の政府・与党から出てくるのは「保険料を上げるのが無理なら、消費税引き上げしかない」という、二者択一の選択肢だけだが、官庁と族議員が結託して設けている種々の特例措置撤廃、資産課税などの適正化といった方法も組み合わせるべきで、それらも含めてしっかり見直すというということが必要だろう。

2年前の制度改正時は、マスコミも「小泉改革支持」一辺倒でこの問題をわざと見過ごしていた。福田さんは「今になって騒ぐとは」という気分だろう。しかし、安倍政権ですら参院選の結果に恐れをなして半年導入を延期し、結局実施は難しいとも言われた制度変更を、強い反発を予想できずに導入してしまった福田さんの目測力は批判されても仕方がないだろう。

民主党は「ふざけるな」という高齢者の声に唱和していれば、当面の選挙にはいいのだろう。しかし、国の将来を考えるとそれだけでは十分ではない。社会保障、あるいは財政について「このように転換する」という原理、プログラムをぜひ整理して打ち出してほしい。

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2008年4月18日 (金)

「空自イラク活動違憲判決」に思う

名古屋高裁の「空自イラク活動違憲判決」(2008年4月17日)について、私は以下のようなことを思った。

【1】 「バクダットは戦闘地域であり、そこに多国籍軍の兵員を輸送するのは武力行使と一体になった行為であり、『特措法』にも違反し、違憲である」というのは、論理的で常識にかなった判決だ。この常識的な判決が「異例」と受け止められるのは、すなわち、通常は政府・与党に都合が悪い判決は、司法行政の中枢によって押さえ込まれていることの証左である。ほとんどの裁判官は「空気読み過ぎ」なのだ。そもそも、「司法試験には憲法第9条は出題されない」というあたりからおかしい。

【2】自衛隊の海外派遣と憲法9条の関係については、次の立場があり得る。

[A.一切認めない。] [B.国連PKO協力法に基づく、国連の一員としての活動に限定。]

[C.「周辺事態法」「イラク特措法」などに基づき、米軍をお手伝い。]

森田は 、宮沢内閣の段階における[B] の立場を基本にするべきであると考えている。[C]については橋本内閣の「日米共同宣言」で「アジア太平洋にお手伝いの範囲を広げよう」という発想が示され、小渕内閣の「周辺事態法」で法整備が行われた。小泉内閣のイラク戦争支持と派兵は、そういった積み重ねをさらにすっ飛ばした蛮行と呼ぶべきだろう。

[C]までやるのが「同盟国だから当然だ」「それくらいやらなければ日米安保が持たない」という意見の人も多いようだ。しかし森田は、それは必ず今度の「イラク戦争支持と派兵」のように、時の政権によって拡大解釈され、わが国自身のせっかくの「国際紛争解決の手段としての武力行使の放棄」という外交資源ともなる国家の原則を台無しにすると考える。

「日米安保条約」本体で、お互いに約束しているのは、「日本がアメリカに基地を提供する」ということと、「アメリカが日本を防衛すること」だ。アメリカがもし「守ってほしければもっとよこせ」「ショーザフラッグ、ブーツオンザグラウンド、もっと戦争を手伝え」という時に、歴代駐米大使のようにそのお使い走りになっていてはダメなので、「平時における基地提供と、事実上の無制限な自由使用だけではご不満ですか?条約以上のことについては、主権者の日本国民の声を聞く必要があります」としっかり主張し、国益を守ってもらわなければならない。

【3】軍事評論家の江畑謙介氏が「イラクに輸送目的で自衛隊を派遣した以上、何を運んでいるか他の国は関心がない。水や食料、燃料はいいが兵員や弾薬はだめなんて(今回の判断は)世界の常識と懸け離れている。兵員を運ばないことで自分の手が汚れないというのは自己満足だ」と判決を批判している(東京新聞)。

 江畑さんは兵器について、また軍事について豊富な知識を持った方だ。ここで言っておられることもファクトとしては当たっている。しかし、森田なら同じ指摘の上に立って「だからこそ、日本の輸送機の派遣自体、多くのイスラム圏、あるいは途上国の一般民衆から見れば、アメリカの戦争に荷担した敵対行為に見える。平和憲法の国だなどと言ってもインチキじゃないかと言われることになる」と言いたい。

江畑氏は続けて「世界貢献はこのような考え方では行き詰まるだろう。日本は食料自給率が低い。海外貢献せずに飢えてしまっていいのか」とコメントしている。江畑さんがどのようなご意見を持たれようとそれは自由だが、新聞社は誰に何を聞くかはもっと考えた方がいい。「世界貢献」といったことについてどう考えるかについてコメントをもとめるには、もっと適当な人がいそうである。

【以下は中日新聞の貼り付け】

空自イラク活動は違憲 名古屋高裁判決

2008年4月18日 02時28分

 自衛隊のイラク派遣は武力行使の放棄などを定めた憲法9条1項に違反するとして、全国の市民や元外交官ら約1100人が国に派遣差し止めや慰謝料などを求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は17日、多国籍軍の武装兵士を輸送する航空自衛隊(空自)の活動について「憲法に違反する活動を含んでいる」として違憲との判断を示した。同項$について違憲の司法判断が示されたのは初めて。慰謝料などの訴えそのものは棄却されており、主文以外の判決文には法的拘束力はない。
 勝訴した国側は事実上、上告できず、原告側も上告しないため判決は確定する見通し。
 判決理由は、審理を担当した青山邦夫裁判長(退官)に代わって高田健一裁判長が代読した。

 判決は、現在のイラクの状況について「泥沼化していて、国際的な武力紛争が行われており、イラク特措法でいう戦闘地域である」と指摘。
 空自が米国からの要請を受け、2006年7月以降から実施しているバグダッド空港への空輸活動について、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っていると認めた。
 その上で「他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」と述べ、「イラク特措法に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」と認定した。
 派遣差し止めについては「控訴人(原告)らに違憲な戦争の遂行や協力などを強制される事態にはなっていない」として、原告としての訴えが認められないとした。
 06年4月の名古屋地裁での1審判決は、派遣差し止めなどについて却下した。
 これまで憲法9条に違反するとの判断が示されたのは、1973年9月、札幌地裁で出された長沼ナイキ基地訴訟の判決だけ。長沼判決では、自衛隊の存在について憲法9条2項(戦力不保持)に違反しているとした。

<判決の骨子>
▼イラク、特にバグダッドはイラク特措法が自衛隊の活動を認めていない戦闘地域に該当する
▼空自による多国籍軍武装兵員のバグダッドへの空輸は、他国の武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使したとの評価を受ける
▼空自の空輸活動は、武力行使を禁じ活動地域を非戦闘地域に限定した特措法の規定に違反し、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる
▼違憲確認請求と差し止め請求は不適法。平和的生存権の侵害までは認められず、損害賠償請求は認められない
(中日新聞)

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2008年4月17日 (木)

「NHKスペシャルは格差や貧困に偏りすぎ」=自民党・世耕議員の偏向質問=

少し前になるが、3月31日に参院総務委員会でNHKの新会長を呼んでの参考人質疑が行われ、世耕弘成議員(自民党)が質問に立っていた放送をテレビで見た。たまたま自動録画をセットしている「視点論点」の時間を変更しての放送だったので目に止まったわけだが「NHKスペシャル」についての発言がちょっと聞き捨てならない感じがしたので参院の会議録から紹介したい。

「最近若干、この一年ぐらい気になるのが、どうもNHKスペシャル、看板番組、NHKが世の中に、今これが問題ですよ、世の中こっちの方へ注意をしなければいけないんじゃないかというような注意喚起の番組だと思っていますが、その内容がこの一年ぐらいどうも、格差の問題とかワーキングプアの問題とか貧困の問題、どうもそっちに偏り過ぎているんじゃないか。この問題も私は非常に重要だとは思いますけれども、しかし余りに内容としてそっちに偏り過ぎている」

「その背景にある厳しいグローバル競争の現状とか、あるいは中国が今世界でどうなっているか、アジア諸国が今世界でどうなっているか、日本のアジ