日記・コラム・つぶやき

2009年2月18日 (水)

「閉店」に感じる時の流れ-溜池・ラーメン大将、下北沢・代一元‥

たまたま近くに行ったので、溜池交差点の小松ビル地下の「ラーメン大将」に行って豚のバラ肉の唐揚げを載せたラーメンを食べようと思った。階段を降りるときには、食券を買うイメージ、スープに口をつけたイメージが膨らみ‥

閉店でした。学生時代に近くに務めていた先輩に連れて行かれたのがはじめで、太麺だし、年食って肥満が気になりだしてからはあまり足を運ぶことがなかったものの‥

関連情報検索してみると2003年に目撃情報があり、2006年に閉店情報がある。森田が何年か東京離れていた間に閉店していたようだ。

飲食店にも人生のようなものがあり、中年まで生きてくる間にも変化がある。

最近、小池栄子さんが出演した「私がこどもだったころ」(NHK)の再放送が総合テレビであったが、たしか去年放送されたあの番組の中に出てきた下北沢の「宮川カメラ」さんも閉店してしまったし、夫婦がアップで出てきたコロッケが安かった肉屋さんは、いまは綺麗なファッションの店に変わってしまった。

もっと言うと、小池栄子さんが以前、トンネルズの食わず嫌いにたしか手みやげにカレーパンを持参されたが、そのパン屋さんマルジュウ(丸十)さん、ここのあんパンは日本一うまいと思っていたのに数年前に閉店。

さらに小池さんがその番組のトークで「ワンタン麺」を紹介した下北沢南口駅前のマクドナルド地下にあった「代一元」も何年か前に閉店。店主だった半田さんが「頼まれちゃって」と近くの店を元気で手伝っておられるのを発見したのは嬉しかったけれど‥

この前、豪徳寺の「代一元」という同名の店にはじめて行ってみたら、味に共通点。奥さんに聞いてみたら「下北沢のお店も、もともとは同じお店で修行した間柄。笹塚のも閉店してしまったし、どこも後継者のこととかたいへんみたいで」とのこと。

流れゆく時に懐旧の情忍びがたく‥。これが人生というものだろう。せめて、語ること、なすこと「良いところもあった」と思い出してもらえるように、少しは心がけたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

人事は表面化したらやり切らなければ

朝、毎日新聞の社会欄で、元通産官僚で宮崎県知事選でそのまんま東氏と戦って敗れた持永哲志氏の訃報を見て、森田と同年齢だけに驚く。

共通の知人があり、通産省から橋本内閣の行革本部だかに出向しておられた時に話を聞いたことがある。パブリックコメントのことなど、霞ヶ関の人にしては柔軟で、リベラルな発想の人だった。父君の持永和見元代議士が薬害エイズ事件時の薬務課長だったり、元社会保険庁長官だったりという背景がある人だが、本人は謙虚でまじめな人だった。

外見は飾らず、髪もボサボサだったが、知人によれば幼少時はヤマハ音楽教室のポスターで一人でモデルを務めるなど可愛い子どもだったらしい。記事で長男が5歳とあった。冥福と、残された家族のこれからが幸せであることを祈らずにはいられない。

一つ、余計なことを思い出した。そのまんま東知事は当選後、対立候補だった持永氏を副知事に起用することを思いつき、持永氏の政治生命を賭けた受諾表明の後、都合が悪くなったのか反故にした。政治に多少関心を持ってきた者から見ると、これはサイテーの行為である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月26日 (水)

福田内閣の組閣

2005年9月の小泉解散の選挙中、自民党大勝予測が強まる中、強い危機感を抱いて書き始めたこのブログ、早くから振り子の振れを予測し、また望んできたが、2007年の参院選の与野党逆転で一応の使命(?)を果たすことができた。

そういうわけで、つい最近までブログを閉じようと思っていたが、思うところあって、少し続けてみることにする。

連休明け、中秋の名月の9月25日は、午後に衆参本会議での首班指名、両院協議会などのプロセスあり、福田康夫氏が内閣総理大臣に。19時半前より町村新官房長官による名簿読み上げ。

安倍改造内閣の閣僚多くを引き継ぐ。《所信表明後、代表質問直前の安倍前首相退陣》を受けての組閣という面もあり、妥当な選択だと思う。党派的な批判を横に置くとすれば、実は安倍改造内閣の顔ぶれはトップを除けば自民党内閣としてかなりいい線をいっていた。その点、1940年の第二次近衛内閣を連想した(あの時は松岡外相が戦争の原因になったけれど)。

もちろん、いくらよい顔ぶれを揃えても、トップがトンチンカンでは話しにならない。しかし今度は、うちのカミさんが官房長官としての登場時に「森内閣の拾い物」と言った、良識と皮肉な味わいのある福田氏の下で、自民党政治はかなり正常化するだろう。参院が野党多数であるという現実をしっかり踏まえた政治運営をされるなら、次期総選挙で民主党主導の小沢政権ができるまでの間、国民としても漂流感を味わわなくて済むかも知れない。

官房長官が読み上げた人事で、ひとつだけ驚いたのは山谷えり子首相補佐官の留任だ。安倍流の、極右の変な「教育改革」にブレーキをかけてきた伊吹文科相が幹事長になってしまったので、リベラル色の新文科相起用と教育改革担当の補佐官ポスト廃止でバランスをとるかと思ったら、どうもそうではない。旧岸派、旧福田(父)派の国家主義のシッポが出たか、何か考えがあってのことか、ウォッチのポイントである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月30日 (木)

防衛庁「省」昇格で問い直すべきこと

戦争が終わった時に、問い直すべきことがたくさんあった。例えば、サイパンや沖縄で地上戦に動員された民間人は、東条英機の「虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓を叩き込まれていた一方で、捕虜の扱いに関する国際法を一切教えられておらず、「アメリカ軍の捕虜になったら、たいへんな目に遭う」と信じ込まされて自決に追い込まれた。こういった問題の経緯を検証して責任の所在を明らかにし、再発を防止するための措置は政府によってはなされていない。

「東条さんが東京裁判で処刑され、憲法で軍隊もなくなってしまったのだから‥」というのが、その辺を曖昧にする大きな理由だった。

防衛庁「省」昇格で、普通の国に一歩近づく。担当大臣の役職は「防衛大臣」となり、戦前の陸軍大臣、海軍大臣と閣内での地位はうんと近づく印象だ。自衛官、防衛官僚も海外で胸を張って歩けると喜んでいることだろうが、それならば「そもそも軍隊はなくなったのだから」と不問にしてきた、シビリアンコントロールや、軍による人権侵害に関わる問題などについて、過去の事例を洗い直し、適切に処置していくことが重要だ。

元朝日新聞記者の田岡俊次氏が指摘しているとおり、画策されている憲法改正において、一般の司法と別に軍事裁判のシステムを作ろうといった話しを決して認めてはならないといったことが、最も基本的な問題の一つであることは言うまでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年11月18日 (土)

アメリカでプレーステーション3発売騒動

朝、CNNがアメリカでもプレーステーション3が発売になり、けが人が出たり強盗が出たりと騒動になっていると報じていた。ウォルマートを批判していた前副大統領候補のエドワード前上院議員も子息のために「ウォルマートで」購入申し込みをしていたとかで「妻が‥らしい」と釈明というのもご愛敬だ。

冷泉彰彦さんがメールマガジンで、ユーチューブで秋葉原での発売の様子などを見たアメリカの若者たちが「すごい」と思ったという説を述べられていて興味深い。先の中間選の上院バージニアで当落と多数派逆転を決めたのも、「大統領候補」とさえ言われていた共和党保守派現職のアレン議院が、遊説のうまくない発言を撮影してはユーチューブにアップしていた民主党ウェッブ候補陣営のボランテイアのビデオカメラに向かって「また君か」と不快感を表明するために「歓迎するよ、マカカ」とインド系への差別用語で呼びかけたのがきっかけだったことを思い起こさせる。

アメリカで日本関係のニュースが大きく扱われるのは、松坂大輔などプロ野球とこの辺の話題ということなのだろう。どうしても「日本、日本」と騒ぎたい右翼の政治家たちは、ソニーに頼んで、電源を入れたらまず日の丸が出るようにお願いしたらいいんじゃないか。郵政解散のマジックでマスコミを操作し、国民を騙して得た大議席で「教育基本法」を変えて、個人の内心の自由を力で侵すことに熱中するよりは、よっぽど副作用が小さくてPR効果がある。

まさか「企業の自由は神聖にして侵すべからずだからできません」などとはいわないでょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 9日 (月)

北朝鮮の核実験

2006年10月9日午前、北朝鮮が核実験を実施したと発表した。規模が小さいため、アメリカ政府も最終的な確認はしていないようだが、わが国としては「核兵器廃絶」「次善の策としての核不拡散条約体制の強化」「平壌宣言に基づく日朝国交正常化の追求」といった、国の基本路線と相容れないものだ。全体としては「北朝鮮を国際社会にどうやって軟着陸させるか」という発想を持ち続けていかなければならないが、「核実験」という現実にどう対処していくか。重い問いに長く取り組んでいかなければならない。

いまのところ、内外各方面の反応は予想の範囲に留まっているが、やがて「日米安保強化」「MD開発協力推進」「制裁措置の追加」といった、日米の軍産複合体にとって都合のいい方向にメディアも流されていく危険が大きい。むしろ「日本はそれでも核武装せず」という、日本人としてはあたりまえに考えていることでも、諸外国から疑念が持たれることについては改めて良いメッセージを積極的に出すことを考えていくべきだろう。

報道でひとつ珍しいと思うのは「明日にも国会決議」という話が出ている点だ。海部内閣当時の1990年夏、イラクがクウェートに侵攻したとき、当時の西岡自民党総務会長(現民主党参院議員)が臨時国会の召集を主張したのに、誰も相手にしなかった頃と比べると、国際安全保障に対する政党、国会の反応のスピードに大きな変化が感じられる。

国民の関心、世界の潮流に敏感なのはいいことだ。ただし「拙速」ということがないよう、例えば決議の文面に、これまで慎重に避けられていた表現がどさくさに紛れて挿入され、それが「国会決議」として前例になって国を誤るきっかけになるといったことは回避しなければならないと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月 8日 (日)

天満敦子さん(Vn)コンサートin龍雲寺(世田谷区)

義母に誘われ、臨済宗の大寺、龍雲寺の本堂で開催されたヴァイオリンの天満敦子さんのコンサートに出かけた。無伴奏で十八番・ルーマニアの夭折の作曲家ポルムベスクの「望郷のバラード」はじめ「ロンドンデリーの歌」「アメイジング・グレイス」などを中心としたプログラムを、言ってみれば「土臭い」熱演で歌い上げた。

バッハのパルティータ第2番からのシャコンヌも大熱演で、森田好みの故グリュミオーの「美しい、美しい音」といった指向の音楽とは全然違う、本当に大地に根を下ろしたような、情に訴える音楽で、都はるみワンマンショーに出かけたらこんな気持ちになるのだろうな、というような圧倒的な印象を受けたイベントだった。

昨年に続いての開催だそうで、天満さん自身も「音響がどうということではなく、ここ独特の空気がある」と、お寺の本堂、詰めかけたお寺の諸々の活動に熱心に参加する一定の年齢以上の女性を中心とした集中力のある聴衆を前に行う演奏の独特の空気を嬉しがっておられた。

今年は会費3200円。3時過ぎから境内で、お寺の茶道サークルによるお点前のサービスがあり、さらに配られたお弁当などいただいて5時の開演を待つ。臨済宗龍雲寺、あるいは世田谷区民の文化水準の高さを感じた夕べだった。来年も2度のコンサートがあり、10月は天満さんがまたやってくるらしい。情報はお寺の会報に載るらしいが、同寺のホームページをここに紹介しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

15日(金)は東京文化会館・プロコフィエフのオラトリオ「イワン雷帝」~デプリースト指揮都響、をサントリーホールで聴く

前夜、田園調布の長嶋茂雄氏御用達の焼き鳥「鳥鋭」にクラシック音楽好きの高校同期と飲みに行ったところ「仕事で千葉に行くことになって間に合わない」と2006年9月12日(火)のサントリーホール、東京都交響楽団公演のチケット譲られる。P席(オーケストラ、合唱の真後ろ。指揮者と向かい合わせ)で楽しく見、聴く。

プロコフィエフがエイゼンシュテインの映画「イワン雷帝」につけた音楽を基にしたオラトリオっていったいどんな作品なのかと思って出かけたが、これがなかなか良かった。冒頭など閃光がきらめくようなシャープな表現もあるかと思えば、緩急、強弱と表情に満ちた音楽が展開していく。

デプリースト氏の指揮、はじめて見たが落ち着いた呼吸の音楽運びでたいへん好感持てた。アフリカ系らしき容貌で、1936年生まれということだがとても若々しい。都響は、すみずみまでよく鳴る、一体感のある素晴らしいオーケストラだと思う。

「イワン雷帝」はナレーション付きの構成で、この手のものは語り手が下手だったり、演出が悪いと興ざめになるが、平野忠彦氏の語りは期待通り。プロコフィエフの音楽というのも、案外サービス精神があるというのか飽きない。

あす15日は上野の東京文化会館でもうひと公演あるようだが、出かけて損はないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月12日 (火)

イギリスの軍事費より多額な日本の「防衛費」

米CIAのファクトブックが「日本の軍事費はイギリスの軍事費より多く、米、中、仏に次いで世界第4位」と言っていると聞くと、少し驚く。

時に、われわれの自己認識、自画像が、諸外国から見た姿と大きくずれていないか戒めていくことが必要だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

安倍晋三氏が「戦争責任」の話しをどうしても蒸し返したいというなら、岸信介氏の責任追及を真っ先にすべきだ。

2006年9月11日の自民党総裁選公開討論会でいちばん違和感を感じたのは、谷垣候補が「日中国交正常化をしたときに、中国は戦争指導者と一般の日本国民を分けて国民に説明した経緯があった」と指摘したのに対し、安倍晋三候補が「そんな文書は残っていない。国と国とが国交を正常化するのは、交わした文書がすべてなんだろうと思う」と答えた場面だ。

なぜわざわざ、お互いがある程度共通理解としてきたことを蒸し返すようなことをするのだろうか。たしかに、戦争指導者と一般を分ける考え方にフィクションの要素があることは否めない。多くの国民が戦争を支持し、今の2チャンネルの連中と同様に国際協調派に罵声を浴びせ、近所同士お互いに圧力をかけあっていたのは事実であり、それは本質的には「騙されていた」などと言って免罪されるものではない。

しかし、自民党総裁や内閣総理大臣が取り扱うべきは「現実の国益」なのであって、戦争責任論の学問的な厳密な検証などではない。安倍氏自身が「歴史家に任せるべきこと」があると主張していながら、なぜこれまでの外交関係の前提をわざわざ壊すような、過去の話しを蒸し返し、われわれ日本国が国益を守るためにも都合の良い「戦争指導者と一般国民を分けて考える」考え方を否定するようなことを言っているのか。もっと「未来志向」になってもらわなければ困る。

それとも、どうしても全部をやりなおしたいというのか。それならば、まず日本自身が戦争責任を追及する法廷をやり直すべきだ。「極東軍事裁判」が冷戦をめぐるアメリカの都合で、一回の起訴しか行われなかったことを改めるため、その理由だけで起訴に至っていなかった岸信介氏の戦争責任の究明などは真っ先になすべきことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧