書籍・雑誌

2008年8月19日 (火)

『月刊コロコロコミック』9月号別冊付録、曽山一寿「絶体絶命でんぢゃらすじーさん大長編」

 夏休み二日目(最終日)。かつて「ドラえもん」の掲載誌であり、「ポケットモンスター」でも売った小学館の小学生向け漫画雑誌『月刊コロコロコミック』。高3の息子が小学校に入学してしばらくした頃、なかなか帰宅しないのでどうしたかと思ったら通学路の書店で立ち読みしていたという思い出のある雑誌だが、その息子、現在も愛読していて10年以上毎月買っていることになる。

 最近のペンギンの「木下ベッカム」はどうも気に入らないらしいが、「絶体絶命でんぢゃらすじーさん」というギャグ漫画はお気に入りだ。破天荒な「じいさん」に、「孫」の少年が翻弄されるストーリーだが、かつて森田の職場にやたらエネルギッシュで行動的な「じいさん」がいたこともあって親しみをもってきた。

 「まあちょっと読んでみて」とレギュラーの連載とは別の別冊長編を勧められたので読んでみる。「カネが世の中で一番大事」という金の亡者の宇宙人が現れて「孫」を誘拐、それを「じいさん」が取り戻すという筋立てだが、じいさんの発言が面白い。

 「カネが一番大事」という宇宙人「ドルマネー」に対し、じいさんは「カネは4番目だ」というのだ。ふーん、それじゃあ1番目から3番目は何だろうと小学校低学年の男の子が多い読者は読み進めるだろう。「じいさん」は言う。「3番目は夢だ」。そして「2番目は友だち。1番大切なのは家族」。そして激しいバトルに勝利した後、「じいさん」は太字で語る。「お金はな、お金よりも大切なものを守るためにあるんだよ」。

 かつて少年ジャンプ(集英社)は「友情、努力、勝利」がテーマだという話を聞いたことがある。横沢彪さんがかつて講演で「少年漫画が語っているのは、どう生きるべきかという人生観だ」と話していたのを思い出した。

 息子が木下ベッカム(「ペンギンの問題」)が気に入らない理由を聞いてみて、翻訳するとアナーキーな面白さはあるが、ニヒリズムに走っているということらしい。

 少年漫画は、日本の未来をつくる大事な「教育」の場だと思う。曽山一寿さんはじめ心あるマンガ作家、マンガ原作者、編集者の皆さん。頑張ってバカバカしいギャグを考えて少年たちを笑わせると共に、竹中平蔵や朝日新聞「経済部」主流のような弱肉強食派拝金主義や、安倍晋三や中川昭一といった手合いに代表される空虚な国家主義とは異なる、国民倫理のよきバックボーン形成の使命を果たしてください。

 こんなことを書きたくなったのは、赤塚不二夫さんの訃報に触れたからかもしれない‥

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2008年5月18日 (日)

堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書) =”読むべき”ベストセラー=

手に入りやすいコンパクトな本でありながら、アメリカ社会の知られるべき一面を良く整理して教えてくれる良書。すでにベストセラーになっているが、いろいろな国の事情に少しでも通じておきたい人にとって、アメリカについては真っ先に読むべき本だと思う。

アメリカは徴兵制ではないのに、イラク戦争などを戦う兵員の確保が可能なのはどうしてか。それは、所得格差が大きく、軍隊の給料でもそれまでの年収の2倍になるという若者がたくさんいて、軍に入れば大学進学が可能になるという話が流布されているからだ。

堤未果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」は、そうしたことも含め、アメリカ、の経済社会の実際の姿をケースを通じ身近なものとして理解させてくれる。森田もこれまでは「軍に入れば大学に行ける」という話を鵜呑みにしていたが、それすら詐欺まがいの話であることをこの本を読んで知った。

「借金が返せるいい仕事がある」と民間軍事会社によってイラクに送り込まれた中年アメリカ人男性が、劣化ウラン弾か何かの放射線障害らしきものに苦しみ、酷い目にだけあって帰国後も苦しんでいる話など、本当に酷い話だと思う。同じような立場で現地で戦闘により死亡した人々も多いのに、これは戦死にカウントされない。こういったことについても、アメリカの本当の姿として知られるべきだ。

格差と食生活の連関など、ABCの『ナイトライン』などを見ているような人には常識となっている話題が多いと言えるかも知れないが、とにかく高校生や大学生にはぜひ読んでみてほしい本だ。自民党の小泉・竹中「構造改革路線」はアメリカ礼賛路線と言えるが、こうした路線で企業「競争力」だけを追求する路線が何をもたらすか想像してみるべきと思う。

ベストセラーに読むべき本は実に少ない。最近の『女性の品格』といった頂き物大好きの元官僚が書いた一種の「盗作本」のことなどが話題に上ると、高校生の頃読んだバートランド・ラッセルの『幸福論』に今のベストセラーに後年読み継がれる本は全くないので、そんな本は読まずに古典を読むべきだという話が書いてあったことを思い出す。しかし、この『ルポ貧困大国アメリカ』は全く例外だ。大きな本屋のベストセラーコーナーに下らない本と一緒に並んでいてもどうか敬遠されずにお読み下さい。

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2008年4月15日 (火)

井出孫六『中国残留邦人』(岩波新書)=広く薦めたい良書=

「中国残留孤児」が大きく報道され、世間の耳目を集めたのは80年代になってからのことだった。たまたま改革開放後の海外留学「一期生」の同じ年の友だちがいたのだが、NHKのテレビ中国語講座などでも活躍していた彼女が、当時はまだ東京オリンピック時代の建物を使っていた代々木のオリンピック記念青少年センターに通い、ボランティアを務めていたのには頭が下がった。

様子を聞くと「森田さん、信じられないかもしれないけれど、私は日本語の通訳というつもりで行ったけれども、あの人たちは中国語の読み書きも不自由なんです」と言われ、驚いたことを思い出す。

満蒙開拓団を一番多く送り出した長野県出身で1931年生まれの井出孫六氏は、自身の子ども時代のふるさとでの見聞から説き起こし、どのような背景、手続きで人々が大陸に送り込まれたのか、またどのような暮らしだったのかに始まり、終戦時の様子はもちろん、肝心なところとして戦後のわが国の保守政権が取り残された人々をどのように扱ったのかがこの本では時系列を追ってていねいに語られる。

どうして中国語の読み書きもできない人がいたのか。なぜ「残留孤児」ではなく、「残留邦人」という用語でなければならないのか。行政の恣意により若い女性だった故に一段と苦労されることになった方々のこと、また岸信介という人が政権に就き、日中関係の正常化をイデオロギーを先行で妨げたことが、残留日本人に「二次災害」と言ってもよい被害をもたらした政治面でのいきさつなどがよく見通せる。

この本は、若い人々が「中国残留邦人」の苦難をたて糸に、戦前戦後を通じての、日本という国家と国民の関係を実態に即して知る上でとても参考になる。神奈川県では知事の肝いりで高校の「日本史」が必修になるそうだが、大化の改新や蒙古襲来ばかり何度も繰り返して勉強していも仕方がないので、教師の方々には、この本を夏休みの課題図書にされることを薦めたい。

政治は「結果」なのだから、「自虐史観だ、いやそちらのは自慰史観だ」などといった観念的な話よりも、この教材で日本政府は戦前、戦後を通じて現実に国民をどのように扱ったのか、またいまは行政や司法でどのように扱っているのか、事実を学ぶことが良いと思う。

神戸地裁の判決が巻末に抄録されている。裁判官の出来映えも、国の運命を左右すると強く感じる。論点が少しそれるかもしれないが、今の時代、裁判の判決文も、個人の住所などは伏せ字にした上で、全文ホームページで閲覧できるようにし、広く国民の批評を受けるようにすることも考えるべきではないかと思った。

ところで、井出さんが三木内閣の井出一太郎官房長官の弟で、村山内閣の井出正一厚生相(さきがけ)の叔父であることは知る人ぞ知ることだろう。しかし、この本には伊東正義外相や新自由クラブの田川誠一代表などの名は見えるが、この問題で著者の働きかけもあって大いに働かれたに違いないこれらの著者の親族についての言及はない。こういう奥ゆかしさには、大いなる魅力というかなつかしさを感じる。

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2007年6月 1日 (金)

朝日選書の2冊、『戦争責任と追悼』『「過去の克服」と愛国心』

小泉政権の下で、靖国神社が再び大きな問題になったことをきっかけに『朝日新聞』が連載した大型企画をもとに、2冊の朝日選書が作られた。

中国、韓国などとの間で時に摩擦を引き起こす、先の戦争を中心とした歴史問題について、主要な論点を押さえ、海外からの複眼的な視点も十分に取り入れ、また右派論壇に対する分析なども含んだ、とても参考になる良い仕事だ。

連載記事を集めたものであり、森田は朝夕の電車で少しづつ読んだせいか、やや構成が散漫という印象もあるけれども、この本をまとめる作業にあたった三浦俊章論説委員も書いているように、例えば高校生であるとか、あるいは「どんな論点があるか、自分なりに探求する手がかりを得よう」という人にとって、とても良い本と言えるだろう。

その点で、三浦論説委員が各章をつないでいく道案内がよいガイド役を果たしているし、同じく読書家である三浦氏が書いている全体の末尾にある参考文献の紹介が、実にうまく選ばれ、また紹介文が書かれていて、例えば社会科教師の方々にもたいへん有用な資料になっていると言えるだろう。

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2006年12月20日 (水)

政治家は政治をすればよい。自分たちが知らないことは口にすべきでない。政治家が言うことは信じないほうがいい

表題は、朝鮮日報日本語ページで見かけた塩野七生さんのことばです。ちょっと面白かったので。

竹島については、塩野さんの言い方で韓国の人は納得するかな?

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2006年12月19日 (火)

ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』

5年ほど前に出て、たいへん評判になった本だが、ある程度既知のことが書いてある本だろうという先入観から読まずにいた。かまぼこメーカー、鈴廣の鈴木博晶社長に勧められてページを繰った。

世田谷区の図書館でも貸し出し中のものが多く、広く読まれているようだが、広告や雑誌、新聞の投書欄などに広く着目した時代の描写は実に興味深く、面白い。

終戦までもたいへんだったけれども、それからの4年ほどが政府の無能と占領当局の無関心で、多くの人にとって飢えとの戦いだったことがいろいろな実例、証言、データなどから知られるとともに、終戦の瞬間から、軍幹部や政治家たちが、女性たちがお国のためと供出した貴金属を含め、国家予算と匹敵するほどの規模の物資を横領・隠匿し、巨万の富を築いたという、今にも尾を引いているであろう戦後日本の影の部分にも目を向けさせる。

いろいろ猥雑な話題も面白いが、戦後キャッチコピーにちりばめられた「新しい」「明るい」「建設」といったことばは、実は戦前、戦中も叫ばれたスローガンから換骨奪胎されたものであるという指摘は興味深い。戦前の日本は保守的で、変化のない世界ととらえる向きがあるかもしれないが、実は明治維新以来、庶民にとっても「新しく」「変わる」ことが、強迫観念のようになっていて、だからこそ「既成秩序の打破」を叫んでダッーッ戦争に走ることになったのではないかというわけだ。

そういえば、かつての新党ブームの際も、昨今の非常に保守的な政権がアナクロな政策を推進する時も、「改革」だの「新しい」だのという言葉を振り回すことが多いなあ。

大江健三郎さんの、旧「教育基本法」を冊子にして、教育者を含め心ある人は懐にしのばせようという提案に賛成!。また、「いま」を「これまで通ってきた道」に照らしてゆっくり考えようという方に、20世紀初頭のことどもを考えることと同時に、『敗北を抱きしめて』を読んでごらんになることをお薦めしたい。

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2006年11月21日 (火)

武田泰淳『政治家の文章』(岩波新書)

昨年暮れ、近衛元首相の孫である映像作家氏が案内人を務めたNHKの番組『真珠湾への道』(2002年)が再放送されたのを見て、近衛首相の長男・通隆氏のプリンストン大ゴルフ部や上海の東亜同文学院で活躍、シベリア抑留からの帰国寸前に死去したエピソードも含め印象に残ったのがきっかけで、西木正明氏の『夢顔さんによろしく』など、近衛父子関連の本に何冊か目を通した。

西木さんの本はたいへん面白く、特に蒋介石政権要人の娘で美人工作員テン・ピンルーとのエピソードなどに大いに心惹かれながら読んだが、1941年のルーズベルト大統領との当時は前例のなかった「首脳会談」の模索などについては、近衛と個人的交流も深く、その人柄の描写も深みのある松本重治氏の『近衛時代』が勉強になった。「英語が下手」ということしか知らなかった野村駐米大使が、結果としては怪しげな「民間外交」に乗せられる一方で、肝心のハル国務相の「4原則」を早くから聞かされていたのに本省に知らせなかったことなど、ひどい大使ぶりだったことは初めて知った。

そうこうしているうちに、高校生か大学生の時に武田対淳の『政治家の文章』という本を読んで、近衛文麿の遺書や、若き日の「米英本意の平和主義を排す」という論文などが印象に残っていたので、図書館で借りだして再読した。

久しぶりに読んで、近衛以外の宇垣、浜口といった戦前の政治家たちについて、初読の時にはなかった知識が多少増えているので一層興味深く読んだ。重光葵の獄中日記など実に興味深い。A級戦犯たちの巣鴨での日常を描く部分を引用しているが、最高戦争指導者だった老人たちが公判日の毎朝、夕、全員丸裸にされて検査される様子や、風呂の使い方、タバコの吸い殻の捨て方など、特に軍人たちの不品行ぶりが活写されていて驚く。もちろん、武田の「アメリカの若き監視兵が目をそむけた、某大将の立ち小便と、世界の人々に眉をしかめさせた残虐行為は、どこかで離れがたく結びついているのである」というコメント付きで。

「政党消滅」は本当に再び起こることはないと言えるだろうかという武田の問いかけも重いが、芦田のロシア婦人との交流と荒木貞夫の紋切り型を比較する部分で武田が語っていることは、小泉ワンフレーズに振り回された最近の過去、「手続きに瑕疵はない」という紋切り型で、「教育基本法」といった国家の基本路線にかかわることが軽々と裁決される現状に照らしても、少しも古くなっていない。絶版だが、図書館にはあるだろうから、若い人々にも一読を薦めたい。

「政治家が、人間の複雑な精神のはたらきを、俗耳に入りやすい、わかりやすい単語、スローガン、テーゼなどに要約して民衆をうごかそうとするのは、おそらく『必要』な悪でであって制止することはできないであろう。ただし政治家みずから、政治という特殊な目的のために、やむを得ず『言語』に与えた衣装の寸法を、まるで地球の尺度のように思いこみ、はては歌舞伎の名せりふに似たものを、おぼえこみ、くりかえし、それに酔っていれば、『政治的行動』をやってのけているかの如く錯覚するようになるとすれば、恐ろしいことである」(61ページ)。

「改革」、「テロとの戦い」、「毅然とした~」 ‥

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2006年10月 4日 (水)

民主党の判断力が問われる細野議員・山本モナさん不倫スキャンダル

民主党の細野豪志代議士と「NEWS23」に起用されたばかりのアナウンサー山本モナさんの不倫スキャンダル報道が写真週刊誌であり、騒動になっている。

森田は、このことについて一番問われているのは次期政権を担うべき民主党の「中枢神経」がちゃんと機能して、一方では筋道立った、他方では選挙等におけるダメージを回避する賢明でバランス感覚のある判断を下すことができるかどうかという点だと思う。

山本モナさんや「NEWS23」については、2チャンネル等では非難が集中しているらしい。脇が甘い、「倫理規定」に反しているというのはそうかもしれないから叱られるのは仕方がないだろう。しかし、森田は批判を恐れずに言わせてもらえば「報道に携わる人なんだから、取材対象にそこまで接近できたということについては、褒められこそすれ一概に非難されるべきものではない」と思う。TBSが表向き「休養で降板ではない」と慎重な姿勢をとっていることを支持したい。むしろ、裏でコソコソ「自主的な降板」を促すようなことをしていないことを願いたい。

細野豪志議員についても、調子に乗っていたことは否めないだろう。民主党の政調会長代理のポストについて「進退伺い」に止めているそうだが、党を救うためには「辞表」の方が良かったと思う。一方、「罰」についてはあらゆる方面からすでに与えられてるだろう。政治家としての将来は、全てこれからの本人の努力と有権者の理解にかかっているとしか言いようがない。

やはり焦点は民主党の中枢がどう対処するかだ。1960年代から70年代にかけ、西ドイツ(当時)の社会民主党がブラント首相~シュミット首相のリレーを成功させて国をリードできたのは、人気のあったブラント首相周辺の共産党スパイ事件や、あまり表に出なかったけれども女性問題に、ヴェーナー氏ら党幹部が大局を見て、適切に断を下した結果だからだ。

報じられたスキャンダルは、日本の政治全体を考えればたいした問題ではない。政治家の私生活について、アメリカのような偽善ピューリタン的厳格主義で断ずるのがいいか、フランスのようなおおらかさで見るのがいいかは意見が分かれるだろう。やはり、ここでの焦点は、それらを飲み込んで民主党がどんな判断、危機管理を示し、次期政権政党としての信頼感を示せるかどうかにあると思う。

森田が民主党党首なら「役職全面剥奪、次期総選挙の公認内定取り消し、ただし新たな立候補志望者とオープンな候補者選定に名乗りを挙げて競う権利は100パーセント保障する」という処分をする。

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2006年9月14日 (木)

◇何をもって美しい国とするのか--作家・半藤一利さん(『毎日新聞』2006年9月7日付夕刊)

毎日新聞2006年9月7日付夕刊に、元文藝春秋社幹部編集者で作家の半藤一利さんが安倍晋三氏の「美しい国へ」について共感できるコメントを発表しているので紹介したい。

【以下、同記事の写しです】

 ◇何をもって美しい国とするのか--作家・半藤一利さん

 新聞やテレビで安倍さんを知っているだけですが、まさか政権構想が実質1枚紙で、新聞の報道した要旨がほぼ全文相当だとは思わなかった。まるでパンフレット。目を通して「この方には格好いい言葉だけでほかに何もない」と思いました。

 国家には、国民を一つにする機軸と、国家目標がいる。戦後の日本は平和憲法を機軸に、経済大国を目標にしてきた。ところが冷戦構造とバブル経済の崩壊で二つを見失い、迷走が始まった。二つを再構築しなければ、この国はダメになるのではとみんなが思っている。首相はこれらを明示し、実現に努力するのが仕事だが、安倍さんは新憲法を作りたいということしか僕には分からない。「美しい国へ」を読んでも、何をもって美しい国とするのか見えない。

 気になるのは特攻隊をやたら賛美していることです。賛美はいいが、その背後にある、なぜ若者が特攻しなければならぬ事態になったのか、なぜあの戦争が起き、指導者がどう責任をとったのかについての歴史認識が書かれていない。歴史認識もなく「国のために死ぬことは美しい」と語り、「美しい国へ」と呼びかけるなら単なるアジテーターだ。安倍さんの考え方は、若者を十死零生(じっしれいしょう)の死地に追いやった当時の軍部とどこが違うのか、きちっと説明してほしい。

 靖国神社参拝についても「外交、政治問題に発展させようというよこしまな人たちがいるのであれば、今宣言する必要はない」と発言されたそうだが、これでは靖国問題を外交テクニックとしてしか語っていない。靖国問題もA級戦犯合祀(ごうし)問題も、まず日本人自身の問題としてある。日本人の問題を、外交的なゴタゴタがあるからと語らないのはおかしい。「闘う政治家」も何と闘うのか不明だ。小泉さんのように、自分の考えに反対する勢力と闘うのでしょうか。言葉が空虚だ。空威張りです。

 この際、首相になったら即選挙をされたらどうか。昨秋は小泉郵政改革にイエスかノーかだけで選挙をしたわけで、国民は新憲法が作りたい安倍さんを選んだわけではない。それが国の機軸になるかもしれないなら、なおさら信を問うべきです。

 ◇はんどう・かずとし

 1930年生まれ。東大文学部卒。文芸春秋編集長を経て作家。著書に「ノモンハンの夏」「昭和史」など。

毎日新聞 2006年9月7日 東京夕刊

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2006年9月 8日 (金)

安倍晋三氏は経済音痴、らしい

山崎元氏のブログを読んで知ったことだが、藤田勉という経済分析においては凡庸、自分の売り込みには熱心な人物が「安倍晋三の経済政策を読む」という本を出しているらしい。

森田はマクロ政策や非正規雇用の若い人たちの暮らし向きといったことには関心があるが、マネーゲームについては個人としてほとんど関心がなく、その世界の人々についても「実体経済に悪影響を与えるようなことはしてもらいたくない」という感想を持っている程度だ。

だから、安倍氏の経済政策についての意見は「マクロ政策について、『卓見を聞いたことがない』どころか、『美しい国へ』でも1行も触れていないではないか」という点で、一国のリーダーとしての適格性に疑問を持ってきたという程度に止まる。

しかし、どうやら資産を運用したり、それに関するアドバイスをする人々にとっても安倍晋三氏は危なっかしい存在らしいことがわかった。

このことについては材料、判断力ともに持ち合わせないが、山崎氏のページは一読の価値があると思う。

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