音楽

2009年6月10日 (水)

辻井伸行さん、ヴァン・クライバーン氏

全盲のピアニスト、辻井伸行さんがヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝という嬉しいニュースがあった。

親御さんが大事に育てられ、才能に恵まれたとはいえ、本人も常人では考えられない頑張りでの国際コンクール優勝だ。

コンクールに優勝するばかりが大事だというわけではないけれども、わが家の発達障害の息子も、自分たちなりに頑張って育ててきたという気持ちがあるだけに、辻井さんのご両親に心から拍手を送りたい。

ところで、ヴァン・クライバーン氏(70歳代で健在)がチャイコフスキーコンクールで優勝し、大ブームになったのは旧ソ連はフルシチョフ政権、アメリカはケネディ政権誕生前夜で、後のキューバ危機を挟んで「デタント」が模索された時期である。

わが家にあるクライバーンが弾いてフリッツライナー指揮シカゴ交響楽団がサポートしたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番のジャケットの写真を見ると、実に若々しい美男、その演奏と同様に爽やかイメージの人だったようだ。

クライバーンのチャイコフスキーコンクール優勝はソ連共産党のデタントに向けたサインか?

そういう要素は否定できないかもしれないけれども、アメリカ国民の反応はソ連側の計算を超えたものだったかもしれない。

余談だが、森田の中学の英語の教科書は三省堂の「クラウン」で、主人公のジョンはギターも弾くけれどもピアニストを目指していて、ソ連でピアニストを目指しているスタニスラフと文通していた。このストーリーもクライバーンのエピソードが投影していたのではないか。

辻井君の優勝に政治的な背景はないだろう。でも、ひょっとしたら「カネ儲けを考えて中国ばかりに注目してきたけど、落ち着いて考えると日本人もつきあう甲斐があるかも」という空気がアメリカの一部にあって、それが反映したこともあり得るか、などと空想する。

それはともかく、こうした嬉しいニュースが、福祉に目がいき、文化や教育の大切さが改めて意識され、全ての子どもたちが大切に育てられることにつながるといいなあと思う。

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2009年4月16日 (木)

一部スペイン語になった「ウェストサイド・ストーリー」

2週間ほど前だろうか、NHKの朝ニュースで、こんどのNYブロードウェーでのミュージカル「ウエストサイド・ストーリー」はセリフや歌詞の一部がスペイン語に変更され、ヒロインはアルゼンチンでスカウトされた女優が務めると現地レポートで紹介していた。

「ロメオとジュリエット」の本歌取りで、マンハッタンのさびれた西の外れを舞台に、イタリア系のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団という、ニューヨークの最下層を象徴する二つの10代のチンピラグループの縄張り争いと、愛し合う二人の犠牲を描いたミュージカルは半世紀前に大ヒットし、チャキリスが大人気となり、ナタリー・ウッドがヒロイン(歌唱は「口パク」。北京オリンピックで騒いだ人たちはハリウッドの伝統を知らない)を演じた映画はわが国でも大ヒットした。

ピンとくる人が多いだろうが、カリブ海の米領プエル・トリコの人々はスペイン語がネイティブの今でいえばヒスパニックで、彼らがたむろしたり、歌う場面が全部英語という方がリアリティーに欠けていたと言える。

今の興行主や演出家による勝手な変更か?-作曲のレナード・バーンスタインも、振り付けのエイモリー・ロビンスもすでに亡く‥、と思って見ていたら、オリジナルの脚本家が存命で、彼自身が当時からスペイン語の採用を希望していて、今回それが実現したのだという。

いっとき「戦争と愛国主義」にすっかり傾斜してしまっていたアメリカが、多文化に寛容な方向に少し振り子が戻っていることを感じさせる興味深いレポートだった。

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2009年3月 8日 (日)

N響神田さんのフルートはアメリカ製

今週の愛川欣也「パックインジャーナル」(朝日ニュースター)は小沢秘書逮捕「陰謀論」に重点があったらしいが、本放送は息子の高校の卒業式、当日の再放送はゲルギエフ~サンクトペテルブルグ・マリーンスキー劇場のストラビンスキー「火の鳥」「春の祭典」などのオリジナルに近い形でのバレエ公演の放送を受信するのを優先して、今後の再放送を見ることに。

世田谷区にある「科学技術学園高校」の卒業式は、どちらかというと勉強の苦手な生徒が集まる学校だが、校長や理事長の挨拶もよく練られた短いもので、吹奏楽バンドもテクニックは別として心のこもった演奏。なかなかテキバキとした気持ちのいい卒業式だった。

春の祭典のあの振り付けや衣装の版は、テレビでも通しで見たのは初めてで、とても興味深く良かった。それにしても、容姿ひとつとってもロシアのバレエはまだまだ層が厚いと感じた。

ところで、日曜に2年前だかのアシュケナージ指揮・N響ロサンゼルス公演のドビュッシー『海』のビデオを取り出して観たが、前の曲との間に現地レストランで寛ぐ団員たちの様子が流れ、フルートの神田さんが「私のフルートはアメリカ製で、私自身アメリカは初めてなので、楽器も初めての里帰り」という話をされていた。

神田さんの演奏は音楽性も豊か、音がとても美しい。あの黒い木管であろうフルートも名器に違いないと思っていたが「アメリカ製」と聞きちょっと意外な感じ。フルートの事情など全然知らないが、てっきりヨーロッパ製か日本製と思っていた。

もちろん、「アメリカ製」であろうといいものはいいのは日本国憲法も同じだ。

そういえば最近、左派系ブログでは森田敬一郎の親米色が少し浮いているような気がしている。

「右」の方にも、ちょっと前の産経論壇内に「親米右翼」と「民族派右翼」の二色の違いが目立ったけれども、森田の場合は「左派だけれども、相手がブッシュ&チェイニーでは全くダメだが、アメリカのリベラルとの積極連携なら志向する親米ハト」という第4の路線なのかなあとも思う。まあ、こうした分類やレッテル貼りよりも、肝心なことは中身だと思うけれども。

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2009年3月 7日 (土)

カルロス・クライバー~安永徹氏の毎日新聞インタビューより

毎日新聞の水曜日の夕刊文化欄(毎日新聞 2009年3月4日 東京夕刊)に、ベルリンフィルのコンサートマスターとして長く活躍した安永徹氏のインタピュー記事が掲載されていて、そこに出てきたカルロス・クライバーの話に安永さんもそんな感想持っておられたのかと興味深く読んだ。

最近、NHKのBSハイビジョンで10年あまり前のクライバーが指揮したウィーン国立歌劇場の『バラの騎士』を再放送していたが、さらにその10年前ほどの髪がふさふさしていた時代のバイエルンのオペラを指揮した時の流れるような指揮ぶりなど、本当に惚れ惚れする。

いつか、バイエルンの放送オーケストラの『こうもり』序曲のリハーサルの映像を見たことがあるが、これがかなり徹底を極めたもので、ベテランのオーボエトップがこれでもかとクライバーのニュアンスを消化するまでやっつけられていた。そしてしまいにはオーケストラが流麗なダンスを踊る。

毎日のインタビューで安永さんが、ベルリンフィルでもリハーサルで指揮者が話している時にけっこう雑談も交わされていると言っておられるのも面白いが、クライバーの時はみな一言も聞き漏らさないようにしていたというのもさもありなんと思った。

カラヤンが亡くなって、ベルリンフィルが誰に音楽監督就任を要請するかについて話し合ったときに、音楽の面で圧倒的に人気があったのがクライバーだったけれども、クライバー氏はレパートリーが自分が関心持ったものに偏り、キャンセルなども多いといったことから断念されたという話を、当時ラジオのFM放送で音楽評論家が話していたのを思い出す。

後年、NHKの放送で見たベートーヴェンの4番のシンフォニーとか、いくつかのコンサートも主催者がクライバー氏が欲しがっていたスーパーカーをおまけにつけたりして引っ張り出したものだったらしい。

モーツァルトの交響曲33番、ベートーヴェンの4番・7番、『こうもり』、『トリスタンとイゾルデ』、『バラの騎士』。クライバーが得意とした曲は、僕の最も好きな曲ばかり。一度もナマのステージを見ることがなかったのは残念。

【以下、切貼・毎日新聞 2009年3月4日 東京夕刊】

安永徹:ベルリン・フィル退団 北海道に拠点、デュオ中心の活動へ

 ◇若い人と室内楽をもっと 演奏増え、何ができるかわくわくする

 ベルリン・フィルの弦セクションを30年にわたってまとめあげてきたコンサートマスターの安永徹が3月をもって退団する。今後はピアニストの市野あゆみとのデュオを活動の中心にし、拠点も北海道に移すという。安永と市野に思いを聞いた。【梅津時比古】

 ◇市野あゆみ、学生の同時指導にも力
 昨年末、来日公演を行ったラトル指揮ベルリン・フィルのブラームスでは、従来以上に弦が安永の品性の高い美音に染まっていた。

 安永は「ロマン的な解釈のラトルのブラームスで、バイオリンの音もロマン的にすると(表現全体が)大時代的になってしまう。ラトルも『どういう弾き方があるか?』と聞いてくるので、『弓先だけでこういうふうな感じで』とか実際に弾いてみせると、皆すぐ分かる。そういう機会が増えたことと、僕がやめることを分かって皆が結束してくれたのでしょう」と説明する。

 それは、ベルリン・フィルが安永をいかに必要としているかを示すものだ。57歳での退団は驚きを呼んだ。

 「定年の65歳までいたら、その後にエネルギーが残らない。20年ぐらい前から市野と2人でデュオの演奏をしていて、2人を中心に若い人と室内楽をすることもある。そういうとき自分が充実しているのを感じる」

 「コンサートマスターをしていると、次(の公演プログラム)の準備に時間がかかり、公演が重なると自分の時間がなくなってしまう。デュオや室内楽のことを考えると、技術的にも基本的なことからやり直さないと間に合わない。これから年をとる一方だし、どちらかにしぼらないと、と退団を決めました」

 約30年の在籍で得たものは?

 「偉大な芸術家、たとえばピアニストではアラウ、ルプーらと間近で共演できたことが大きい。指揮者ではやはりクライバー。リハーサルでも楽団員全員が静かにクライバーの言を聴く。他の指揮者のときなど、けっこう皆、雑談してます。クライバーは、自分はこういうイメージを持っていると、ちょっと言葉で言って、それを指揮棒でやる。その棒がなるほどと思うほど、的確なんです。あそこまで、棒で表情を表せた人はいない」

 今後の活動の選択肢は多いだろう。

 「実は決めてはいないのです。帰国して、まず体を休めてから。市野と2人でやってきたことを中心にするのは確かですが」と安永。その言葉を受けて、市野が教育活動のイメージを示してくれた。

 「10年ほど前から2人で、バイオリンとピアノの学生への同時レッスンを始めました。ピアノの学生は友達とちょっと合わせるぐらいでは、弦楽器がどういう楽器か分からない。弦楽器の先生もピアノの学生には、やはりバランスのことぐらいしか教えられない」

 「技術的なことに関しても同時にレッスンすると分かりやすい。ピアノの学生がピアノの先生から指導されていることをバイオリンの学生も聞いて、ピアノにとってはどういうことが難しいのか、バイオリンの学生が知る。その反対も。そういう機会を通して、今までとは違う視点で、音楽や演奏を考えてみるきっかけになれば」

 彼ら自身の演奏活動も当然増えるだろう。

 安永は「自分たちで何かをつくっていきたい、という思いが強くなっています。今後、演奏は国内を中心に。デュオでまだやっていない曲もあるし、これからどういうことができるか、わくわくしています」。

 最近はオーケストラの弾き振り(バイオリンと指揮)も始めた。

 「指揮者が許可する範囲で音楽をするのではなく、皆でこうしたいな、と話し合って音楽ができればと思ったので。そういう共演関係は続けたいと思いますが、指揮者になるつもりはありません」

 住むのは北海道。市野は「周りに何もないので防音もしなくていいし、夜中の2時に窓をあけてピアノを弾いていられる。すると夏は眠っていた小鳥が鳴きだすんです」と楽しそうだ。

【以上、切貼・毎日新聞 2009年3月4日 東京夕刊】

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2009年3月 2日 (月)

矢崎彦太郎指揮~東京シティフィルのドビュッシー「海」

2008年2月28日(土)午後、東京シティフィルのこうとう定期演奏会に出かける。シティフィルの定期演奏会、会場のティアラこうとうとも初めて。

お目当ての「動物の謝肉祭」は二人のピアニストも含めて良い演奏だった。パリ在住という指揮の矢崎さんも、この曲は2~3曲ごとにマイクを握って「謝肉祭というのは‥」とうるさくない程度の楽しい解説。

そうか、キリスト教徒は受難節に入る前に肉なんかたくさん食べてどんちゃん騒ぎか。イスラム教徒が昼間断食する「ラマダン」は、日没後にたくさん飲み食いするのでラマダン月は肉の消費量などいつもより多いというのと似ているな。わが国にも「精進落とし」なんてことばがあるし。どの国も俗っぽい連中、もちろん森田もその一人だけれども、五十歩百歩か。

どの曲も楽しく聴いたが、「象」をコントラバスのソロでなく、4台のユニゾンとして落ち着きのあるものとするなど全体的にバランス感覚があった。ピアノに加えてパーカッションのたぶんエキストラの人たちも好演。唯一惜しかったのが、白鳥のチェロのソロ。きれいな音だし、コンサート全体では堂々のアンサンブルを見せている人なのに、ちょっと遠慮しすぎ。ここは「今日のコンサートは全て俺のため」というくらいの図々しさで、たっぷりやってほしかった。

ところで「シティフィルには無理なんじゃないの」などと失礼なことを思ってでかけたドビュッシーの「海」がなかなか良かった。シティフィルはコントラバス専攻の堤俊作さんが長く指揮していただけあって、低音が厚みをもってしっかり鳴る感じで、矢崎さんの中庸を得てかつよく流れる指揮の下、いかにも江東区の下町っぽい雰囲気のお客さんたちの前で、土曜の午後の素敵なドビュッシーが流れていた。

トランペットのトップの人なんか、とってもうまいと思った。ホールも、江東区の人はうらやましいなあ、でも本当はこんな立派なハコよりも福祉や教育を優先しなくて財政はだいじょうぶかしらなどと思えるようないいホール(前から5列目くらいで聞いた)。

ベルリオーズ、サンサーンスとドビュッシーの間に一柳慧(いちやなぎ・とし)氏の尺八と共演の曲「音に還る~尺八とオーケストラのための」。現代日本の作品をプログラムに入れていくことの意義は認めるけれども、森田はレベルの低い聴衆で「同じ幕末の大河ドラマのテーマ音楽でも、一柳さんの『翔ぶがごとく』よりも、甘口の『篤姫』のが良かったな。日本人作品でも、ああいうのをやったら」などと思っているうちに居眠り。一柳先生ごめんなさい。

そしてプログラムを見ると、5月の元オーボエ奏者・宮本文昭氏が指揮する公演で大島ミチルさんの『天地人』のテーマ音楽などが演奏されるらしい。森田が考える程度のことはとっくに楽団の方が考えていた‥

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2009年2月20日 (金)

サンサーンス『動物の謝肉祭』の標題はダジャレ?

サンサーンスの「白鳥」といえば、知らぬ人はいないチェロ独奏の名曲だが、これが含まれている組曲『動物の謝肉祭』はパロディー満載の珍曲集だ。

NHK・BSの『名曲探偵アマデウス』(BSハイビジョン2月14日放送など)がこの曲を取り上げていたが、なかなか楽しかった。

最初に出てくる「百獣の王」から、「空虚5度」という音程を使って「権威」、「空威張り」をからかっているといった知識が増えるのも楽しいが、しかもからかいの対象には、当時フランス楽壇の権威だが作風が保守的と批判されていたサン・サーンス自身がどうも含まれていたという背景説明を聞くと、漱石の『坊ちゃん』の悪役・赤シャツには漱石自身が投影されているといったことが思い起こされたりする。

のっそりした「亀」のメロディーは文明堂のコマーシャルソング、オッフェンバックの『天国と地獄』の有名なメロディーを4分の一のスピードに引き延ばしたお遊びだが、4倍のスピードで再生して俳優たちがソファーの周りを走ってみせるなどは、本当にテレビ的で面白い。

「化石」の引用もとである、サンサーンス自身の交響詩『死の舞踏』が直ちに聞こえてくるのも楽しく、やはり2曲のフランス民謡を特定したアナリーゼも目からウロコだが、ここでも自身の作品が保守的であることを自虐的に描いているように見えて、実は同時に「自分の作品は古典として残る」という自信も投影しているという分析が興味深い。

それにしても、ドイツを旅行中にワーグナーを批判して演奏会ができなくなり、この組曲をウィーンで初演したというのだから、サン・サーンスという人はホントにおかしな人だ。そういえば、中学生の頃にカール・ベーム指揮ウィーンフィル、俳優をしているベームの子息がナレーションを担当(カップリングの『ピーターと狼』の方だけかな?)というLPが売り出され、演奏者と曲がミスマッチという印象受けたけれども、ウィーン初演の曲だったんですか。

「名曲探偵アマデウス」、この日のオーケストラはN響ではなく日フィル。チェロのソロの人は儲け役で、親戚や友だちに電話しただろうな。

一緒に見ていた息子は、各曲をテーマに絵を描き始めた。一枚は登場する動物が全部集まって、全体は象の形に集合しているという躍動的な優れもの(親バカ)。実は森田自身、子ども時代にすり切れるほど聴いたLPがアーサー・フィードラー指揮ボストンポップスのこの曲で、そこではヒュー・ダウンズという人のナレーションが聞かれるが、子ども時代には一言もわからず聞き流したものを大人になって聞き返すとこれもダジャレ満載のようで、そもそも「アーニマール、カーニバール」という標題からして韻を踏んでいるように聞こえる。

そうこうしているうちに、今月28日にティアラこうとうで開催される東京シティフィルの公演で「動物の謝肉祭」が演奏されるということを知った。たまたま2台のピアノのうち一人は、昨年熱海のMOA美術館でとてもセンスの良いプーランクの「ナゼールの夜会」を聴かせてくれた森田由子さん(親戚ではない)だ。メインはドビュッシーが北斎の『富嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」にインスパイアーされて作曲した交響詩『海』。わが家の画の巨匠を誘って出かけることにしよう。

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2009年2月 6日 (金)

毒蝮三太夫、幸田浩子、星野知子-かぜで静養・ラジオで過ごす

かぜで静養。いつもは昼間聴くことのないラジオなど。昼前のTBSラジオの毒蝮三太夫さんの話芸はあいかわらず。72歳だそうだ。夕方遅くのNHK第一では星野知子さんがインドの話をしたり、インド映画のサントラをかけたりしていた。

午後のNHK・FMでは、ソプラノ歌手の幸田浩子さんが笑福亭笑瓶さんと、ずっと前に渡辺徹・熊本マリのコンビで始まったクラシックとおしやべりの番組で、時に関西弁のイントネーションを交えながら話していた。落ち着いた話しぶりと、なかなかのユーモアのセンスに好感。新春オペラコンサートでの『ホフマン物語』のオランピアやN響のモーツァルトのハ短調「大ミサ」を聞いたとき、ひょっとしたら日本でいちばんきれいな声のソプラノではと思っていたけれども、大阪府ご出身と知り少し驚く。

佐藤しのぶさんも大阪出身だそうで、笑瓶氏が「この番組にお呼びしたら、大阪弁でお話になるかな」と‥

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2009年2月 1日 (日)

「007/慰めの報酬」-ブレゲンツも舞台に

「笑いが一番」のポカスカジャンの出番を見てから新宿バルト9へ。『007/慰めの報酬』を見る。流石の出来映えを楽しんだ。

「イギリスで007ブーム再燃」という話題を聞いていて、どんな具合なのだろうという関心から出かけたが、海・陸・空全部を舞台に戦うドライな感じのアクションも、中南米の政治情勢や環境・資源問題を織り込んだ舞台設定もなかなかよくできている。左翼政権に対しクーデターを企図する将軍に悪の組織が渡す資金は「ドルが下がっているのでユーロで用意した」と時事的なセリフも織り込んでいる。女性たちも、義に感じて引退先のイタリアからボリビア(ロケ地はチリなど)に同行する三国連太郎と佐藤浩市の中間のような俳優も魅力的。

一番の悪役はまあ、国際環境NGOのリーダーを偽装した秘密結社の構成員だが、米CIAもほとんど悪役。秘密結社の正体について、どうもボンドは映画の最後のほうで掴んだらしいのだけれども、観客にはわからないところが「消化不良感」という批評もあったが、森田としてはむしろ、思い返せば秘密結社の正体が「イスラム」「アラブ」といったものに連なることを示唆するような表現が不自然なほど徹底して排除されていたことに、「良心」とまではいかないにしても制作サイドの明確な意思を感じた。

英国首相に近い政治家やロシアの資源マフィアなど国境を越える悪い奴らの接触の舞台としてオーストリア西部「ブレゲンツ」の湖上オペラ公演が設定されていて、ゴージャスな感じを出している。『トスカ』という演目もシリアスな流れにマッチしていた。その後、イギリスの警護官が墜落死する場面が来る‥

ストーリーの嵐が去った後、本作のボンドガールとの別れ際のセリフは「死者は報復など望んでいない」。エンドロールの最後は「ジェームズボンドはまた戻ってくる」。また見に行くな。これはきっと。

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2009年1月19日 (月)

映画「プライド」-楽しい映画です

18日(日)新宿バルト9へ出かけ「プライド」を観る。満島ひかりさんは期待どおり。ステファニーさんとのデュエットは小倉智昭さんが「ハマった」というだけのことはある。

むかし故オーマンディーがコンチェルトの指揮の名人と言われたり、あるいは指揮者のサバリッシュ氏がリートの伴奏を好み、その映像に触れるとなるほどと思わせたことでもわかるように、「合わせもの」には音楽全体を見通す力、相手を引き立てる呼吸、引き立てることでワザを見せるという要素があり、なかなか誰にでもというわけにはいかない。満島さんは才能の片鱗を見せていた。

まあ、音楽にはもともとかなりの程度「対話」の要素があるわけだ。

オペラアリアの口バクも、ステファニーさんより満島さんの方がずっと良かった。『ジヤンニスキッキ』の「私のお父さん」など、少なくともイタリア語のテキストの発音をしっかり練習していた感じがしたし、『のだめカンタービレ』で必ずしもクラシックファンでない人にもいちだんと広く親しまれるようになった『魔笛』の夜の女王のアリアも、振り付けになかなか工夫があった。

これは小柄な満島さんが歌うには「堂々、迫力」という振り付けより、感情を強く出しながらも神経質な感じといういきかたが成功で、声を当てている歌手の方もいい意味で軽めの歌唱-例えばナタリー・デッセーが歌ったときのような感じでよく俳優・演技とあっていた。ここにも座布団一枚。

さて、キムラ緑子さん演じる鬼母の迫力はさすが素晴らしく、これと対決する満島さんも演技力では大人と子どもだったかもしれないけれども、肝が座って一歩も引かないところはやはり「小さな大器」。沖縄アクターズスクールのメソッド・一対一の「ダンス対決」から築き上げてきたものなのだろう。

それにしてもジョン・カビラさんが出てきたのには驚いた。敬愛の気持ちを込めて「下手くそ!」と声をかけたかったけれども、しかしさすがに「声」だけに耳を傾けていると「ラジオドラマ」としては完璧だった。もっとも、素晴らしいんだけれどもいつ映画を見に行っても由紀さおりさんや高島礼子さんが出ているなあというのも困りものなので、最近はコンピューター化されているらしいキャスティングは、データベースからもっと幅を広げたり、深めたりする必要があるのか。ジョンさん起用もそういう努力の一環なんでしょうか

若き作曲家を演じる青年がとてもよい感じで、渡辺謙さんを30若くしたようだなと思って観ていたら渡辺大さんという謙さんの倅さんだそうだ。これは成長株。エンディングロールに黒川智花さんの名を見つけ「どこに出ていたかなあ?」とよく考えようやく思い至って吹き出してしまった。なかなかやるなあ。

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「ジュリー祭り」-9条の会は沢田研二氏を加藤周一氏に代わる発起人に要請すべし

17日土曜の夕刻は茶沢通りの代沢小そばの兄弟(?)でやってる魚屋さんに切ってもらったブリなどの刺身と、並びの伊勢屋さんで買った日本酒、いも焼酎で過ごしながら昨年12月28日にNHKハイビジョンで放送された「ジュリー祭り」1時間半を堪能。

グループサウンズ時代は子どもだったし、「TOKIO」くらいから後はテレビでもあまり見かけないなあと思っていたわけだけれども、還暦でコンサート当日は80曲を歌い続け、走り続けたというエネルギー、たぶん他の人には絶対に似合わない純白の酋長スタイル、特に「声」の輝きが一向に衰えないことにただただ脱帽。

「窮状」というネタについては、ご本人もハッキリ発言されているわけだし、亡くなった加藤周一氏の後任の発起人を沢田さんにお願いすべきではないだろうか。

チュッチュルッ、チュッチュルッ‥

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