2008年7月18日 (金)

ロシアが四川大地震の被災学童1,000人をウラジオストックなどに招待

 NHK・BS1の2008年7月18日未明から朝にかけての枠で放送された中国中央電子台およびロシアRTRのテレビニュースで、中国の四川大地震の被災地の学童1,000人あまりがロシア政府の招待でウラジオストックやノボシビリスク州のキャンプ地への3週間ほどの滞在に招待され、17日に出発したという映像を流していた。

 内陸の四川省や陝西省、甘粛省出身の子どもたちは、海を見るのは初めてという子どもたちも多いそうで、張り切って飛行機に乗り込む子どもたちの明るい表情を見てほっとした。ロシア側も「中国料理を用意しているし、水温も海水浴にちょうど良い」と張り切っていた。

 これは良いニュースであると思うと同時に、ロシアもなかなかやるなと思った。ソ連崩壊後の極東アジアは経済停滞やインフラの老朽化などのイメージが強く、廃船になった原子力潜水艦の解体などは日本が資金面でずいぶん協力した。それが、ブッシュ政権のイラク戦争開始も関わるロシア経済の絶好調と、プーチン~メドヴェージェフ政権のAPECのウラジオストック誘致や極東ガスパイプラインの推進など、ロシアは「極東」地区を大いにてこ入れしているわけだが、このニュースは金額としてはそれほど大きな話してないにしても、そうした流れの中でのニュースであるとも受け取れる。

 「ロシアが中国の子どもを大事にするのはあたりまえではないか、ロシアだの中国だのはもともと仲間。ロシア・中国・中央アジアによる『上海協力機構』に見られるように、日米同盟とは別の側だ」という見方をする人がいるかもしれないが、その点、森田のこれまでの経験に基づく見方は異なる。中国のある知識レベルの人の外交面での日本に対する評価を一言で言えば「でも結局はアメリカに従うんでしょ」というものであるとするならば、中国のロシア観を一言で言えば「油断できない」というものだ。

 小さな行事だし、「宣伝」と言えばそれまでかもしれないが、ロシアは極東における中国の対ロシア観を改善する機会をうまく捉えたと思う。ロシアの東アジア政策にプラスになるだろう。それにひき換え、わが日本の政府は、対中国にせよ、対ロシアにせよ、何もよい知恵を出していない。それどころか、何の必然性もないタイミングで「竹島問題」を持ち出して、日韓関係を極端に悪化させることで外交の足下を自ら崩している。

 洞爺湖サミットにはやたらカネもつぎ込み、プレーアップに努めたけれども、自民党政権には外交に関して本当の意味での「やる気」が感じられない。

 四川の子どもたちのために日本政府も今からでも何か考えたらどうか。政府がダメなら、自治体や企業でもいいから。

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2008年7月14日 (月)

「竹島」明記の愚

 福田内閣が、竹島(韓国名・独島)がわが国固有の領土であると中学校の学習指導要領の解説書に初めて明記する方針を固め、文言の最終調整に入ったと報じられている。日本では小泉内閣が過去に遠のき、韓国では李明博政権が誕生したことで改善ムードだった日韓関係はこれでたいへんなことになるだろう。

 「固有の領土である」ということがわが国の主張であるというのは、国際法という「法律」の世界の話であり、そんな話をわざわざ持ち出すというのは、韓国から見れば「島根県編入」のいきさつそのものが日本による植民地化の序曲であったと位置づけられているという「現実」「政治」を無視した最悪の愚挙であると思う。

 誰が起案し、誰が承認したのか。つまり誰に責任があるのか、野党とメディアは徹底的に追及して国民の前に真相を明らかにして欲しい。福田内閣は行政文書の管理に関心があるというが、それくらい追いかけられるようでないと話にならないということは確認しておきたい。

 そもそも「固有の領土」という概念自身、見方によってはあやふやなものだ。中学生に教えるべきは、イデオロギーとも言うべきわが国の一方的な見解ではなく、「係争」「対立」が存在するという現実だろう。

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2008年6月 5日 (木)

オバマ候補指名確実に=「反論理」の時代の終わりのはじまり=

 オバマ氏が米民主党の大統領候補になることが事実上確定した。イラク戦争、温暖化問題や核軍縮問題への真剣な取り組み拒絶、社会保障軽視など、長く続いた21世紀初頭の「反論理」の時代がようやく終わりを告げる転機となろう。

 ヒラリー候補との泥仕合化で、やや光明に翳りがあるような印象であり「党の亀裂修復、白人労働者層対策、女性票対策」などからヒラリー候補の副大統領候補指名を考えるのか、それとも「当選後の仕事のやりやすさ、古い政治との決別を優先」して違う副大統領候補を選ぶのかというのも悩ましい選択だが、いずれにせよオバマ氏の候補者決定についてNHK・BS1で見るABCの報道も「歴史的」を繰り返していた。

 「反論理」が世界を席巻した原因には、ビル・クリントン政権時代の倫理退嬰への反動、9・11などがあるが、歴史の分岐点はブッシュ対ゴアの2000年大統領選のフロリダに見るように、「紙一重」が運命を分けることがある。

 わが国でも、あいかわらず「上げ潮」だの、「地上部隊派遣ならアフガニスタンに自衛隊を出すのに民主党も賛成するだろう」、「資源値上がりは投機が原因ではない。フリードマンが言っていたではないか」といった反論理の言説がまかり通っている。

 まだ森田ごときにもやることがあるぞ。とオバマ候補確定のニュースを聞いて思った。

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2008年6月 4日 (水)

「アフリカ大使に課長クラス起用を」-鈴木宗男氏の説になるほどと思う

 先週の朝日ニュースター『ニュースの深層』で、上杉隆氏がアフリカをテーマに鈴木宗男代議士を呼んで話を聞いていた。泥棒にも三分の理と言うが、この最も腐敗した、品位のない代議士の話にも、いくつか耳を傾ける点があった。

 一つあげると、わが国のアフリカ駐在の特命全権大使が外交官の「上がりポスト」になっていて、大使たちも仕事よりも蓄財ばかりに熱心になっているので、ここには外務省の課長クラスの若い人材を大使として起用してはどうかと言うのだ。アフリカなど途上国との関係は「長くつきあうことが大事」であり、若い外交官も、こうした赴任で実績を上げれば本省に戻って出世のチャンスにつながるということにすれば、大いにやる気を引き出せると言うのだ。

 これは一理ある。6カ国協議のヒル米国務次官補が駐韓国大使を経験しているのは、今の仕事にたいへん活きていると思うし、ああいう人材が大使をやっていたことは、たとえば光州の5・18慰霊碑への献花といった形で、深いところで米韓関係にもプラスを生み出している。

 それにしても、あの鈴木宗男氏がご立派なことばかり述べるのを聞かされるのはなあ、と思って見ていたら、サブ司会者の重信メイさん=あの重信房子さんのお嬢さんだそうだ=が、アフリカはどの国も「腐敗」の問題がひどい。この腐敗の構造の中に入らないとなかなか実績が上げられないという現実があるが、そのような中で腐敗に巻き込まれずに日本外交が援助などで実績を上げるにはどうしたらいいと思うかと鈴木氏に尋ねていた。それも嫌みな感じでなく。いい質問でした。

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2008年6月 3日 (火)

福田首相の3つの「決断」

 「クラスター爆弾禁止」条約への賛成、「公務員制度改革法案」の成立に向けての民主党案への妥協指示。この二つについて福田首相がそれなりに指導力を発揮したと多くの人が評価していることと思う。森田はこの二つに、あと一つ良くない内容だが「宇宙基本法」成立を併せ3つの決断として記憶したい。

 福田総理は「テロ特措法」という、アメリカでも普通の人は誰も知らない法律、予算と表裏一体ながら、予算と違って衆院だけでは決められない新年度の税制法案という大きなテーマについて「衆院3分の2の再議決で、参院の否決や審議未了を覆す」という乱暴な手法を連続し、その他の政策課題についても鮮やかなカラーを打ち出すことがなかった。小泉政権が決めた「後期高齢者医療制度」、安倍政権による「与党の参院過半数喪失」というこれまでの政権の負の遺産に悩まされ、じり貧の感じが漂っていた。

 クラスター爆弾については、対人地雷の時の小渕外相の決断の前例があり、福田さんは世界政治について小泉氏や安倍氏とは違って基本的なリテラシーがある人なので、この決着には必ずしも驚かなかったが、正直言って「公務員制度改革法」の成立には正直言ってかなり驚いた。

 霞ヶ関のお役人たちはもちろん反対。族議員タイプの政治家たち、つまり自民党の大半の政治家も反対。福田さん自身も、政治手法ということについては戦後自民党の伝統的な手法の中でワザを発揮する方向に関心があり、「改革」といったことに関心があるとは思えなかったからだ。

 これだけ支持率が下がれば、何か前向きのことをしなければということだったのだろうが、「官僚の政治家との接触は文書で記録に残す」「幹部人事を各省任せにせず内閣でコントロール」といったことは、将来の政権・与党がまじめに運営していけば政治行政の姿を良い方向に変えていく可能性があると思う。しかし、法案の中味以上に重要なのは「昨年夏の参院選の結果が本当にはわかっていないのではないか」と言われ続けた福田首相が「野党と譲り合うことだけが政治を前に進め、また自らの生き残りの可能性を作り出す」ということを体感したであろうことだ。

 「宇宙基本法」は別の次元で福田首相の危険なリーダーシップが発揮された。いくつかの社説が指摘しているように、この法律は「宇宙の平和利用」を求める国会決議と矛盾する内容だ。もちろん、国会決議など事実上紙切れに過ぎず、問題は「法律」なのだが、この法律は森田の見るところ、軍事衛星についてか、あるいはミサイル防衛についての、福田総理の信念に基づくわが国の「軍事力」増強を指向したものであるように思う。

 これについて福田首相はマスメディアに反対キャンペーンを張らせるいとまも与えずに衆院民主党を抱き込んで殆ど審議抜きで、ハト派であるはずの河野洋平氏が議長を務める衆院を通過させ、参院民主党もあっという間に賛成して成立させてしまった。

 民主党は参院での問責決議可決という荒技を早期に繰り出すことを抑制し、「安倍内閣」まがいの新「右」内閣への交代を招いていないことは賢明だと思う。しかし、福田氏が「この国会構成の中での法案の成立させ方」に習熟していくとするなら、民主党の「右」がこれに寄り添っていくと、やっぱり「右」の路線が進んでいくように思う。

 福田さんは、安倍氏や、安倍のような人々よりは常識的でましだ。でも、お里を訪ねれば、やはり岸信介ら戦前からの流れを汲む清和会の人であることも間違いない。社民党や日本共産党はそこに厳しいチェックを入れるべきであると思うし、与党や民主党の中で「右」に警戒する人々も、低空飛行ながら巡航軌道に乗りつつあるように見える福田さんが、「与野党協議」を動かす中で、民主党内の「右」をうまく使いながら、結果として安倍晋三氏以上に「右」の足場を固めていこうとすることには注意が必要だ。週刊朝日も言っていたが、戦後、平和の党と自ら名乗っていた公明党の役割も大きいと思う。

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2008年5月30日 (金)

「自衛隊機中国派遣見送り」の報に

「中国が自衛隊機派遣要請」という見出しをみて、「ぜひ派遣すべし」とフライングで感想を述べてしまったが、結局は派遣見送りだそうだ。

たしかに日本海軍による重慶爆撃は、ゲルニカや広島・長崎に先立つ、無差別都市空爆の世界史における嚆矢であったという指摘もあるわけで、町村官房長官ばかりでなく、森田自身も、そこまで一気に乗り越えることができるような期待を持った不明は恥じなければならないと思う。

とにかく、今は自衛隊派遣の可否などはサイドストーリーに過ぎないので、中国のニーズにどうすれば最大限に応えることが出来るかに意識を集中すべきだろう。

それにしても、自民党の一部に「中国は失礼だ」といったもの言いが聞かれるというのは呆れてしまう。相手の悪口を言うよりも、例えばアメリカの軍用機は、かつてはユーゴの中国大使館誤爆事件や偵察機の強制着陸事件などもあった米中の軍同士の関係を乗り越えて、すでに救援物資を運んでとっくに中国に飛んでいるという現実を直視すべきだ。

つまり、残念がるなら「ぜひ来てください」と言ってもらえるような信頼関係を構築できていないことを残念がるべきなのだ。小泉首相の靖国参拝で、アメリカが米中関係の信頼構築に努めた5年間を、わが国は空費してしまったことのツケがまわってきているだけの話と考えるべきだ。とにかく、繰り返しだが、今はそんなことより何をすべきか、何が出来るかに集中すべきだろう。

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2008年5月28日 (水)

中国の「自衛隊機派遣」要請に驚く

第一報を聞いて驚いた段階での感想だが、まず結論から言えば、飛べる輸送機とヘリコプターを全部提供してでも要請に応じるべきだと思う。

驚いたのは、阪神大震災の時のわが国と同様に、外国の援助受け入れには全く不慣れであるように見受けられ、また日本の「軍」だの日の丸には強いアレルギーがあるに違いないと思いこんでいた中国から、日本の「軍」用機の派遣要請があったことだ。

背景には、おそらく中曽根元首相のような人々から中国政府に売り込みがあったのではないかと想像する。そう言えば、空自のOBでイギリスの危機管理会社の顧問として中国に駐在している人がいるという話を聞いたこともあるので、そういった「民間」レベルの中国政府への助言もあり得ると思う。

森田は基本的に、社会の中でミリタリーの占める位置が大きくなることに賛成ではない。しかし、ここは「自衛隊のセールスマンたちに乗せられているかな」という懐疑を持ちつつも、彼らが日頃語っている「自己完結で外に出て役立てる組織は、日本では自衛隊だけ」という点に当たっている面もあると思う。実際に役に立てる可能性は大きいのではないか。

法的には「国際緊急援助隊法」といったことになるのか?とにかく名古屋高裁で違憲判決が出たような、アメリカの戦争を手伝うための海外派遣ではなく、まさしく要請を受けての災害救援派遣だ。

政府間の調整などに、なかなか大変なことはあるのかもしれないが、ニーズに最大限応える派遣が、迅速に行われることを期待したい。この問題では、ひょっとすると森田と安倍晋三氏あたりは同じ意見ということになるのだろうか。それとも、中国に軍事機密が漏れるから慎重にと言うのだろうか。

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2008年5月23日 (金)

(メモ)最近の政治経済情勢に関わって

最近の政治経済情勢に関わって、思い浮かぶままに(一部、最近の発言と重複)

1. 「ねじれ国会」「胡錦涛主席来日」、また洞爺湖サミツトに向けての「温暖化対策」  など話題が多いわけですが、国際情勢を考えても、また国内の問題を考えても「21世紀に入ってから10年近くのわれわれがとってきた進路というものが、概ね正しいものだったのか、それとも、ある程度軌道修正といいますか、基本的な考え方を再検討した方がいいのか」ということを少し考えてみたいと思います。

2. いま食料が大幅に値上がりしています。パンもバターも牛乳も1割も2割も値上が  りしているということで、裕福なご家庭はいいかもしれませんが、月々はトントンとか、ボーナス頼みで月々の赤字を埋めて暮らしているといったお宅はたいへんです。世界中で穀物価格が上昇している。途上国の貧しい人々にとっては、それは飢え死にの危機を意味しています。穀物価格上昇の理由は複合的なものである言われています。

① まず、小麦の大産地であるオーストラリアが2年連続で干魃に見舞われたことが供給不足を招いたということが言われています。気象異変は世界的規模で、これも二酸化炭素排出による「温暖化」と関係があると言われます。

② さらに、中国やインドなどこれまで貧しかった国々がだんだん豊かな社会になって、これまで穀物を食べていた人々が肉を買って食べるようになった。そのことは結構なことなのですが、急速に伸びる食肉の需要を満たすためには、家畜のエサとなる資料穀物が大量に必要になってくる。

③ それに輪をかけて、「バイオエネルギー」の推進ということが穀物の値上がりに輪をかけることになりました。温暖化は科学的に証明されていないなどと言っていたブッシュ政権が、中間選挙での敗北や、ゴア元副大統領のキャンペーンが有権者の支持を受けていることを見て突然方向転換し、温暖化対策に熱を入れたわけですが、これでアメリカの農家はその方がずっと儲かるということで、今まで日本の醤油や豆腐のために作っていた大豆を燃料用のトウモロコシに切り替えるといったことが起こり、これまで作られていたトウモロコシも燃料用にまわされて値段が上がり、これまでトウモロコシを食べていたような豊かではない人々が、これはアメリカ大陸だけではなくて世界的に、食料が手に入らなくなって飢えるようにさえなってしまった。これを受けて、バイオエネルギーを推進するとしていたヨーロッパではEUなどもその政策を見直そうという動きを見せています。

④ さらに、これに輪をかけているのが「投機的なマネーの動き」というものです。アメリカの住宅バブル崩壊で株式市場などにも影が差す。石油の値上がりも激しいけれども、これはもう値上がりしすぎで、これ以上これに注ぎ込んでもあまり儲からないかもしれないと言っているところに、穀物価格が急上昇をはじめて、これがどっと流れ込むということが起こった。アメリカを始めとする先進国の金融政策の不備、投機マネーを野放しにしていることなども原因になっているのです。

 こうして見渡してみると、一見別々のことのように見える「環境問題」、「中国・インドの台頭と世界経済」、「エネルギー政策」、「食料・農業問題」、「経済政策」、「国際金融」といったものが複合的にからみあっていることが分かります。逆に言えば、今の世界は「環境問題」なら環境問題、「金融政策」なら金融政策といったように、個々の政策を行き当たりばったりに、あるいは特定の業界の声だけに耳を傾けて政策を決めていてはうまくいかない。いろいろなことを、それぞれの連関も視野に入れながら、総合的に企画していくということが重要になってきていることがわかります。

洞爺湖サミットにおいても、おそらくそういった方向で議論が行われるのではないかという気がします。われわれも、こういった問題を総合的にどう組み立てて、国益を守り、国民生活を守っていくのかということを、もう一度しっかり考え直す必要がありそうです。

3. 食料と並んで値上がりが激しいのがエネルギー価格です。これも、一部では「中国  やインドが大量に使うようになったので」ということが主な理由として言われますが、一方で「現状では、実際の需要をまかなうだけの石油生産は行われている」とも言われており、やはり「投機マネー」の動きなどの要因を指摘しなければなりません。

さらに、石油については食料の話しと違って「戦争」という要因を重視しなければならないと思います。端的に言って「イラク戦争」の問題です。ブッシュ政権は、ある意味で国際社会の多数派の意見を押し切ってイラクの問題を戦争で解決しようとした。わが国も、小泉政権の時代ですけれどもこれを「支持する」と表明した。

憲法第9条を持つ国として、国際紛争を戦争で解決しようというのを「支持する」 というのはスジとしておかしいというのが私が言っていたことですが、そのことを置いておくとして、イラクに対して戦争をしかけた結果どうなったか、今どうなっているかということを考えてみますと、イラクの情勢はご承知のようなことですし、イランの問題、レバノンの問題、アフガニスタンの問題など、そしていま必死で取り繕っているパレスチナの問題など、端的に言って中東情勢は収拾のつかない様相を呈していて、これが原油高の大きな背景にあることは言うまでもないことなのです。さらに、アメリカの中東や世界におけるリーダーシップは後退する結果を招いているわけです。

わが国やアメリカの中東をよく知る人々はこうした状況を的確に予測していましたので、そういう専門家の意見を無視して開戦を支持するということが良かったのかどうか、よく反省する必要があります。「世界を民主化する」という理想は良いのですが、政治は「結果」ですから、よい理想を掲げていればどんな結果を招いても免罪されるというものではありません。

4. 4月にイラクへの自衛隊派遣について名古屋高裁が「違憲」判決を出すということ  がありました。ひとつには、航空自衛隊が活動しているバクダットの空港は戦闘地域なのだから、憲法という以前に「イラク特措法」違反ではないかということでした。さらに、輸送機で米軍の兵員や武器弾薬を運ぶのは、まさしく国際紛争を武力で解決しようとする人々の活動と一体であり、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄している憲法第9条に違反するというものでした。

この判決とその後の政界などの反応については、二つ言わなければならないことがあります。一つは、政府与党に「この判決の憲法判断は判決の主文でない、傍論なのだから」とことさら軽視するような意見が目立つことです。私は、こういった姿勢は、憲法の権力の相互抑制を重視する考え方から言って望ましいものだとは思いません。「権力の相互抑制機能の作動」として、司法府から「違憲」との判断が示されたわけですから、少なくとも「司法の判断として、重く受け止め、立法や法の運用に憲法の趣旨に反することがないか、あらためてよく再検討してみたいと思います」と謙虚な立場を示すのが本来とるべき姿勢ではないかと私は思います。もちろん、「傍論である」という指摘自体はその通りであり、この判決が司法全体の意思決定というわけではないわけですが、しかし基本姿勢としてはそのようであるべきだと思うわけです。

自衛隊についての、戦後のこれまでの議論を大くくりにしますと、まず第一段階としては、社会党などに異論がありながらも「戦争放棄の憲法は、侵略に対する自衛権や自衛隊の保持は認めている」という線が、戦後の自民党政権の一貫した姿勢でした。

そして冷戦終焉後、第二段階として「国連の活動、しかも紛争解決のための武力行使ではなく、例えば停戦している二つの勢力の間に割って入るといった活動は、多少危険だけれども国際社会の一員としてやるべきだ」というのが、宮沢内閣の時に成立した国連PKO協力法でした。ここまでは、国民合意も成熟してきているのではないかと思います。    

第三段階は、橋本内閣、小渕内閣がクリントン政権との間で進めた、いわゆる「周辺事態」の話しで、安保条約を結んでいるアメリカ軍をいざという時は手伝える範囲を広げましょうという話しでした。後藤田正晴さんなどもそうでしたが、私はここのところは慎重に考えるべきと考えていました。またこの内容は安保条約そのものには含まれていないもので、国内法としては整えられているけれども、アメリカとの約束という面では「国会で批准された条約改正」という手続きを踏んだものではありません。

私の見るところ小泉政権の「イラク戦争支持」と自衛隊のイラク派遣は、法律としては整えられているけれども、この第三段階をも飛び越えて「武力で紛争を解決しようとするアメリカを、兵員弾薬輸送で手伝う」というところまで飛躍してしまっているように思うのです。    ですから、私はこの判決もひとつの薬として、アメリカもマケイン氏が大統領になるにせよ、オバマ氏が大統領になるにせよ、とにかくブッシュ政権は終わって仕切り直しになるわけですから、わが国も一度頭を冷やして、憲法と自衛隊といった基本的な問題についても一度しっかり整理し直した方がいいのではないかと思います。

なお、判決をめぐって航空自衛隊の最高幹部が「そんなの関係ねえ」と発言したと伝えられましたが、これは言語道断のことであり、ほんのひと世代前の経験に鑑みましても、軍事力を持った集団の奢り高ぶりといったものは厳しく戒めていく必要があると思います。

5. 道路特定財源問題、あるいは後期高齢者医療問題などの弱い立場の人のセーフティーネットの問題など、いま大きな問題になっていることも、21世紀になってからわが国がとってきた路線、すなわち「構造改革」とは言うけれども、言ってみれば何でも横並びで歳出カットさえすれば良いというやり方全体をよく見直す必要を示していると思います。

ヨーロッパのような高福祉高負担では、経済成長が阻害されると言われ続けましたが、現実には例えば「一人あたりのGDP」といった指標で、つい最近ドイツやフランスに抜かれて世界18位に後退したと報じられました。日本経済がぱっとしないのと比べ、「高福祉・高負担」のフィンランドやノルウェーなど北欧諸国の経済は絶好調と言われています。

幸い、今年の秋か来年には総選挙が行われます。自民党も、民主党も、国会での抗争や、党内政局にばかりかまけることなく、21世紀初頭のわが国と世界の歩みをよく再検証し、国民に「これからの日本の進路はこれだ」という路線をしっかり整理して打ち出してもらいたいと思います。

                                                 以上 

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2008年5月21日 (水)

クラスター爆弾国際会議-NHK山澤記者のレポートに違和感

おととい5月19日(月)、ダブリンでクラスター爆弾の禁止を目指す「オスロ・プロセス」の最終合意をめざした会合が始まった。小型爆弾を多数ばらまくクラスター爆弾は、一昨年、イスラエルがレバノンに侵攻した際に使用され、戦闘が終わって軍隊が撤収したあと多数残った不発弾の事故で、多くの子どもたちが亡くなったり、手足を吹き飛ばされたりしたことで、かつての「対人地雷」と同様、人道的観点からの廃止論が高まった。

「オスロ・プロセス」は、対人地雷の時のカナダ政府の役割をノルウェー政府が買って出たもので、この「有志」のプロセスには対人地雷の時と同様に、アメリカ、ロシア、中国といった国々は参加していないが、志ある国々の政府と国際NGOが連帯して、具体的な措置を動かし、国際世論も動員することでこうした国々をも動かそうというものだ。

各紙で報じられている通り、一方ではアメリカ、ロシアなど禁止に反対でこのプロセスに参加していない国々があり、その反対にノルウェー、中南米諸国など全面廃止に積極的な国々、そしてその中間に「部分禁止」を主張する英仏独などの国々がある。

それでは、わが国、日本政府の立場がどうかと言えば、朝日新聞2008年5月20日付3面の記事では「日本や英仏独などは‥『信頼性が高く、正確なものは除外すべきだ』という立場を取る」と書いている。さらに毎日新聞の同日付は英独仏は「最新型」のみを例外とすることを主張しているのに対し、日本は現在保有するものを持ち続けることを前提に「不発率が実戦で10%以上もあるとされる現有の『改良型』の堅持を主張している。国連の軍縮関係筋は『日本の主張に同調しそうなのはフィンランドくらいだ。逆に、他の部分禁止派と全面禁止派の溝は狭まっている』」と報じている。

現段階での日本政府は、当時の小渕外相が政治決断する以前における「対人地雷」の時と同様、アメリカにおもねる外務省と、軍事力維持の面だけから廃棄に反対する防衛省が積み上げてきた、いわば霞ヶ関のお役人たちボトムアップで形成された政策を主張することに止まっている。自民党政権が長く続きすぎたせいか、そこに憲法第9条の理想などかけらも見あたらない。福田さんにも、せめて小渕さん程度の大所高所からの政治的な判断を期待したいものだ。

ところで、このことを報じた2008年5月19日放送のNHK・BS1の「今日の世界」(22:15~)において、スタジオからの原稿読み上げと字幕では、わが国が英独などとともに「全面禁止」には反対し、「部分禁止」を主張していることを紹介していたが、現地からの山澤里奈記者のレポートでは、わが国がどういう立場をとっているかという話がスッポリ抜け落ちていた。これでは極右の経営委員長とは逆の意味で「どこの国のニュース番組なの?」ということになってしまう。「合意をめざすノルウェー政府代表が部分禁止を主張しているイギリスやドイツの政府代表を訪ね、妥協点を探っている」というだけの原稿は、「日本は全面禁止に反対している」という事実の印象を、作為的に薄めようとしているのではないかと感じた。

NHKの国際部記者が、外務省の役人や自民党の一部政治家と良い関係を築いておきたいというのは処世術かもしれないが、あまりに「アメリカ政府に最大限に媚びを売り、日本国民にはそのことを最大限覆い隠しておきたい」一部外務官僚に操作されていることが見え見えで、その思惑通りの放送をしているのでは公共放送の使命を果たしていることにならないと思う。

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2008年5月11日 (日)

葉千栄氏の胡錦涛主席来日に関する感想=上田紀行氏を迎えた番組で=

胡錦涛主席の来日について、5月8日(木)放送のCS朝日ニュースター『ニュースの深層』におけるキャスター、葉千栄氏のコメントが興味深かった。

葉氏は、日中友好6団体主催のレセプションに日本側(!)の出席者の一人として列席したそうだが、「もし中国にいたら、雲の上の人で絶対に姿を見ることがなかっただろう」という胡錦涛氏のナマで見る印象の第一は、「腰の低い人だ」というとだったそうだ。演壇に上ると3方向に向かって一度づつ、3回お辞儀をするるこれは毛沢東以下のかつての中国のトップのイメージからは想像できないと言うのだ。

それを聞いたゲストの上田紀行氏が「(ギョーザ、チベットなど)いろいろまずいから、低姿勢だったんじゃないの」と混ぜ返していたが、葉氏は中国にいる友人たちと電話で感想を交換していたようで「聞いてみると中国での共産党の会合でも同じだそうです」ということだった。

葉氏の感想の第二は、胡錦涛氏は他の指導者に比べ非常に「親日的」なのではないかという印象を持ったということだ。胡耀邦時代の青年交流の話は、今回の訪日の報道を通じて多くの人々が再び共有するところとなったわけだが、日本と中国の両方のカルチャーを肌で知り、ジャーナリトストとして「人」と話し、「人」を見続けてきた葉氏の観察にはさらに重いものがある。

10年前に来た江沢民前主席は、宮中晩餐会に人民服で現れ、日本側が「反省と謝罪」を明記しなかったからと文書に署名しなかった。5年後や10年後の指導者は、アメリカ一辺倒かどうかはともかく、日本などは全く先進国グループのワンオブゼムとしか見ないだろうことを考えると、今回の「10年ぶりの中国国家元首来日としての胡錦涛主席来日」について、日本側は大きなチャンスを逃してしまったのではないかと言う気がしてくる。

葉氏の感想の3つ目は「こんなことここで言っていいかどうか」と声をやや潜める葉氏のいつものスタイルで、胡錦涛主席に続いて演壇に上がったのが令計劃(れいけいかく)中国共産党中央書記処書記・党中央弁公庁主任、王滬寧(おうこねい)党中央書記処書記・党中央政策研究室主任の二人であり、葉氏流の表現で「たいへん偉い人」である戴秉国(たいへいこく)国務院国務委員、楊潔チ(ようけつち)外相、武大偉外務次官(六カ国協議代表)らが、この二人に対しもたいへん遠慮して、一歩も二歩も下がっていたのが印象に残ったということだった。

葉氏は、5年後の中国指導部の一端を垣間見た気がするというが、一方で腹心・令計劃氏はともかく、王滬寧氏は葉千栄氏が上海の大学で演劇を専攻したり、新劇俳優だった時代には「復旦大学の国際政治の先生に過ぎなかった」ので意外感があったようだ。これもクレムリノロジーの一種だろうが、分析の視点を持ち、データ観察を積み重ねてきた人の話だけに、記憶に止めておきたい。

なお、NHK・BS1が放送した早稲田大学での胡錦涛主席講演を報じる中国中央電子台のニュースの映像も、まず「令計劃主任と王滬寧主任」の二人、ついで「戴秉国国務委員、楊潔チ外相」の二人を映し出していた(ただし同時通訳の音声は「令計劃主任、戴秉国国務委員らが同行」としていた)。

ちなみに、早稲田講演は恐らく王滬寧氏の「監修」だろう。戦後日本に対する肯定的評価、ODAなどの支援に対する感謝などはすでに昨年四月に温家宝首相が国会で演説した内容に含まれていたので、驚くような内容だったわけではないが、温家宝演説が素晴らしい内容ながら、おそらくさまざまなリサーチの結果、助言などを盛り込みすぎて、全体の構成がややゴシック的な感じになっていたのに対し、胡錦涛早稲田講演は清朝末期の留学生たちのことをはじめ歴史的な視点を織り込みながらも、シンプルな流れでまとめられ、結語に早稲田構内の演劇博物館の「世界は舞台」というシェークスピアのことばを引き「世界という舞台で共に役割を演じていこう」とまとめる洒落たものだった。

番組のゲスト・上田紀行氏は、最近ダライ・ラマとのインタビューを本にしていて、胡錦涛来日についても、例えば「唐招提寺などで胡錦涛主席を接遇する仏教関係者は、チベットのことを強く言うべきで、日本にもそれくらいの気概がなければ」といったことを言っていた。それはともかく、上田氏と葉氏が、チベットの歩みについて詳しく論じていくのを聞くのはたいへん参考になった。ダライ・ラマは柔軟な思考と反射神経を持つ、たいへん興味深い人物のようだ。聞いていて、中国にとっても、ダライ・ラマが死ぬのを待つのではなく、対話する方がよいのではないかと思った。

もっとも、日本の「仏教界」に対して上田氏はかいかぶりないしは無理なプレーアップがあるように思う。全国の僧侶の大半は、通夜・葬儀と法事に時間の大半を過ごしており、うんと偉いお坊さんたちの「世界宗教者平和会議」などへの参加などは例外として、平和の問題、貧困の問題はじめ社会問題との関わりに、鎌倉時代、あるいは江戸時代以前の仏教関係者が持っていたような真剣な関わりの片鱗も感じられない。

上田氏は、そういった問題にも関心を持ってきているのは知られている。チベット問題を、カンフル剤として日本仏教の(葬儀業ではなく宗教としての)再興につなげようというセンスは、政治的には正しい計算と言えよう。ただ、結果として日中関係の健全な発展を阻害する反中国扇動に流れないようにお願いしたいものだ。

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2008年5月 3日 (土)

憲法記念日に思う=転換必要、改憲不要=

朝日新聞の世論調査では「9条改正 反対66%、賛成23%、差が拡大」という見出しを見て、結構なことだと思う。志ある人々の踏ん張りがあったし、安倍前首相が在任中の昨年3月に「従軍慰安婦に強制の証拠なし」と国会で答弁したことで、米民主党主導のアメリカ議会どころかブッシュ政権の逆鱗に触れて失速した敵失あたりが一つの転換点だった。参院選の結果も大きい。

それでも憲法改正が「必要」とする人が56%なのに対し、「必要ない」が31%にとどまるのは、森田としては大いに疑問あり。

日本は今、路線の転換を必要としている。ブッシュ・チェイニー路線にひたすら追随して戦争を手伝おうという外交安保路線の「転換」、「構造改革」を謳い文句に労働者の賃金を引き下げ、アメリカ頼み、中国頼みの見かけ上の好況にあぐらをかいて福祉・環境重視の内需振興への転換を怠って時間を空費してきた経済政策の「転換」が必要なのだ。

日本国憲法は、国民主権、議会制民主主義、自由から生存権までの基本的人権の尊重、平和主義と、近代国家の基本法として申し分ないものだ。森田としても「行政文書の全デジタル化と完全公開」とか、「平時における外国軍隊の常時駐留禁止」などの改正を行うというのなら、結構なことだと思うが、いま必要な「転換」のためには改憲など全く不要であり、むしろ「日本国憲法の趣旨をより徹底させる」ことが必要なのだというのが現在の情勢認識であり、憲法改正などやっている暇はないと思っている。

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2008年4月24日 (木)

「移民100年」日本ブラジル交流年に寄せて

今からちょうど100年前の1908年4月28日(訂正しました)、ブラジル移民第一陣を乗せた笠戸丸が神戸を出港した。今年はそれを記念して「日本ブラジル交流年」とされている。

昨日朝、ホテルニューオータニの新館エレベーターで日系ブラジル人が扉を開けて待っていてくれて、こちらの背広を指して「日本の人はこういう格好。ブラジル人はこうね」とリラックスしたスタイルを話題にした。とても人なつこい感じ。初対面らしい日系人同士で「日本語話せる?」「‥(手を左右に振る)」「僕は話せないよ」と日本語でやっている。イベントでの来日だろう。

「ブラジル交流年」にこんなこと思う。

1. 100年前に神戸を出航した笠戸丸の781人の移住者が、現在では140万人に  達している。一世の方々にはたいへんご苦労された方が多いわけだが、いまブラジルの人に「日系人のイメージはどうですか」と聞くと、「知的で、勤勉だ」という答えが一般的だと聞くと、この先人たちの努力が、今日の日系社会の繁栄の基礎を作っていることを嬉しく思うとともに、わが国の昨今の状況を考えると、私たちがブラジル日系人社会に学ぶものがあるのではないかと思う。

2. 世界に躍進著しいブラジルとの関係は日本の未来にも大きな影響を与える。日本の農産物輸入の40パーセントがブラジルからと聞くと、いちだんと「よろしくお願いします」と声を大にしたくなる。

3. 現在日本では31万人のブラジル国籍の方々が暮らしている、浜松市などには大きなブラジル人社会ができていると聞く。日系の人々には、わが国の労働市場開放の先鞭をつけてもらっているわけだが、これらの人々の日本語学習の支援、子どもたちの就学支援や、社会保険の問題などは、世界の中で生きる日本という観点からも、ブラジルと日本の絆という面からも、日本の政治や行政にとって大きな課題である。

4.百年前の笠戸丸出発の今日、東京で記念レセプションが開催され、到着記念日である45日後の6月18日にはブラジルで記念行事が行われるらしい。ブラジルは距離について言えばとても「遠い国」だが、昨日のエレベーターでの一瞬の出会いに、心と心は近いと感じる。この100周年の行事を機会に、これからの100年、1000年の日本・ブラジ  ルの友好関係、日本人と日系ブラジル人の方々との絆を強めていきたい。

                                                                         

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2008年4月21日 (月)

日仏修好150周年レセプションで聞く「安重根」の名

4月11日、南麻布のフランス大使公邸で「日仏修好150周年」のレセプションが開かれた。磯村尚徳氏が司会、市川団十郎がパフォーマンスを行い、トルシエ監督はじめ日仏関係の有名人がこぞって姿を見せていた。来日したフィヨン首相がスピーチしたが、浦賀のドックの設計者、ガス灯導入の技術者など、聞いたことのあるフランス人の名が次々に出るスピーチだった。

初めて姿を見るフィヨン首相は、落ち着いた若々しさと上品さを示し、地方選前後の人気急落を報じられたサルコジ大統領と対照的に支持率急上昇というのもうなずける好感度だった。

カミーユ・クローデルの弟、ポール・クローデルの名はスピーチの頭と終わりに2回出てきて、やはり草稿作成者が外交官の先輩に敬意を表しているのが感じられたが、もうひとつスピーチ内容で印象に残ったのは、本レセプションの前に行われた河野洋平衆院議長に対するレジオン・ドヌール勲章授与式におけるフィヨン総理の受章者紹介だった。

フィヨン氏は河野氏への授与理由を日欧関係への貢献の他3つほど挙げていたが、ひとつはアジア太平洋の貿易・投資の自由化促進であり、ついで核不拡散問題でのイニシアチブ。そして3つめに「あなたは日本と周辺諸国との関係を、最も痛ましい歴史的出来事も含め、その過去に明晰で勇気ある眼差しを向け、強化することに邁進されました」と称えた。

これに導かれるように、授与式の乾杯の音頭をとった小倉和夫国際交流基金理事長(元駐仏大使、元駐韓大使)は「私は韓国に大使として赴任して早々、思うところあって安重根記念館を訪れた。そうしたら記名簿のトップに河野外務大臣の署名があり、私は大いに感動した」と語り始めた。小倉氏のスピーチはフランス語で語り、サマリーを自身で日本語で話すというやり方で、フランス語では安重根の人となり、伊の藤博文暗殺事件のことを少し説明したようで、それに続けて「この広い心は日韓関係の改善に大きく役立ちましたが、これは自由、平等、博愛というフランス共和国の理想と重なるものであると思います」。

思わぬところで安重根の名を聞いたことに少し驚いた。

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2008年4月18日 (金)

「空自イラク活動違憲判決」に思う

名古屋高裁の「空自イラク活動違憲判決」(2008年4月17日)について、私は以下のようなことを思った。

【1】 「バクダットは戦闘地域であり、そこに多国籍軍の兵員を輸送するのは武力行使と一体になった行為であり、『特措法』にも違反し、違憲である」というのは、論理的で常識にかなった判決だ。この常識的な判決が「異例」と受け止められるのは、すなわち、通常は政府・与党に都合が悪い判決は、司法行政の中枢によって押さえ込まれていることの証左である。ほとんどの裁判官は「空気読み過ぎ」なのだ。そもそも、「司法試験には憲法第9条は出題されない」というあたりからおかしい。

【2】自衛隊の海外派遣と憲法9条の関係については、次の立場があり得る。

[A.一切認めない。] [B.国連PKO協力法に基づく、国連の一員としての活動に限定。]

[C.「周辺事態法」「イラク特措法」などに基づき、米軍をお手伝い。]

森田は 、宮沢内閣の段階における[B] の立場を基本にするべきであると考えている。[C]については橋本内閣の「日米共同宣言」で「アジア太平洋にお手伝いの範囲を広げよう」という発想が示され、小渕内閣の「周辺事態法」で法整備が行われた。小泉内閣のイラク戦争支持と派兵は、そういった積み重ねをさらにすっ飛ばした蛮行と呼ぶべきだろう。

[C]までやるのが「同盟国だから当然だ」「それくらいやらなければ日米安保が持たない」という意見の人も多いようだ。しかし森田は、それは必ず今度の「イラク戦争支持と派兵」のように、時の政権によって拡大解釈され、わが国自身のせっかくの「国際紛争解決の手段としての武力行使の放棄」という外交資源ともなる国家の原則を台無しにすると考える。

「日米安保条約」本体で、お互いに約束しているのは、「日本がアメリカに基地を提供する」ということと、「アメリカが日本を防衛すること」だ。アメリカがもし「守ってほしければもっとよこせ」「ショーザフラッグ、ブーツオンザグラウンド、もっと戦争を手伝え」という時に、歴代駐米大使のようにそのお使い走りになっていてはダメなので、「平時における基地提供と、事実上の無制限な自由使用だけではご不満ですか?条約以上のことについては、主権者の日本国民の声を聞く必要があります」としっかり主張し、国益を守ってもらわなければならない。

【3】軍事評論家の江畑謙介氏が「イラクに輸送目的で自衛隊を派遣した以上、何を運んでいるか他の国は関心がない。水や食料、燃料はいいが兵員や弾薬はだめなんて(今回の判断は)世界の常識と懸け離れている。兵員を運ばないことで自分の手が汚れないというのは自己満足だ」と判決を批判している(東京新聞)。

 江畑さんは兵器について、また軍事について豊富な知識を持った方だ。ここで言っておられることもファクトとしては当たっている。しかし、森田なら同じ指摘の上に立って「だからこそ、日本の輸送機の派遣自体、多くのイスラム圏、あるいは途上国の一般民衆から見れば、アメリカの戦争に荷担した敵対行為に見える。平和憲法の国だなどと言ってもインチキじゃないかと言われることになる」と言いたい。

江畑氏は続けて「世界貢献はこのような考え方では行き詰まるだろう。日本は食料自給率が低い。海外貢献せずに飢えてしまっていいのか」とコメントしている。江畑さんがどのようなご意見を持たれようとそれは自由だが、新聞社は誰に何を聞くかはもっと考えた方がいい。「世界貢献」といったことについてどう考えるかについてコメントをもとめるには、もっと適当な人がいそうである。

【以下は中日新聞の貼り付け】

空自イラク活動は違憲 名古屋高裁判決

2008年4月18日 02時28分

 自衛隊のイラク派遣は武力行使の放棄などを定めた憲法9条1項に違反するとして、全国の市民や元外交官ら約1100人が国に派遣差し止めや慰謝料などを求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は17日、多国籍軍の武装兵士を輸送する航空自衛隊(空自)の活動について「憲法に違反する活動を含んでいる」として違憲との判断を示した。同項$について違憲の司法判断が示されたのは初めて。慰謝料などの訴えそのものは棄却されており、主文以外の判決文には法的拘束力はない。
 勝訴した国側は事実上、上告できず、原告側も上告しないため判決は確定する見通し。
 判決理由は、審理を担当した青山邦夫裁判長(退官)に代わって高田健一裁判長が代読した。

 判決は、現在のイラクの状況について「泥沼化していて、国際的な武力紛争が行われており、イラク特措法でいう戦闘地域である」と指摘。
 空自が米国からの要請を受け、2006年7月以降から実施しているバグダッド空港への空輸活動について、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っていると認めた。
 その上で「他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」と述べ、「イラク特措法に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」と認定した。
 派遣差し止めについては「控訴人(原告)らに違憲な戦争の遂行や協力などを強制される事態にはなっていない」として、原告としての訴えが認められないとした。
 06年4月の名古屋地裁での1審判決は、派遣差し止めなどについて却下した。
 これまで憲法9条に違反するとの判断が示されたのは、1973年9月、札幌地裁で出された長沼ナイキ基地訴訟の判決だけ。長沼判決では、自衛隊の存在について憲法9条2項(戦力不保持)に違反しているとした。

<判決の骨子>
▼イラク、特にバグダッドはイラク特措法が自衛隊の活動を認めていない戦闘地域に該当する
▼空自による多国籍軍武装兵員のバグダッドへの空輸は、他国の武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使したとの評価を受ける
▼空自の空輸活動は、武力行使を禁じ活動地域を非戦闘地域に限定した特措法の規定に違反し、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる
▼違憲確認請求と差し止め請求は不適法。平和的生存権の侵害までは認められず、損害賠償請求は認められない
(中日新聞)

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2008年4月15日 (火)

井出孫六『中国残留邦人』(岩波新書)=広く薦めたい良書=

「中国残留孤児」が大きく報道され、世間の耳目を集めたのは80年代になってからのことだった。たまたま改革開放後の海外留学「一期生」の同じ年の友だちがいたのだが、NHKのテレビ中国語講座などでも活躍していた彼女が、当時はまだ東京オリンピック時代の建物を使っていた代々木のオリンピック記念青少年センターに通い、ボランティアを務めていたのには頭が下がった。

様子を聞くと「森田さん、信じられないかもしれないけれど、私は日本語の通訳というつもりで行ったけれども、あの人たちは中国語の読み書きも不自由なんです」と言われ、驚いたことを思い出す。

満蒙開拓団を一番多く送り出した長野県出身で1931年生まれの井出孫六氏は、自身の子ども時代のふるさとでの見聞から説き起こし、どのような背景、手続きで人々が大陸に送り込まれたのか、またどのような暮らしだったのかに始まり、終戦時の様子はもちろん、肝心なところとして戦後のわが国の保守政権が取り残された人々をどのように扱ったのかがこの本では時系列を追ってていねいに語られる。

どうして中国語の読み書きもできない人がいたのか。なぜ「残留孤児」ではなく、「残留邦人」という用語でなければならないのか。行政の恣意により若い女性だった故に一段と苦労されることになった方々のこと、また岸信介という人が政権に就き、日中関係の正常化をイデオロギーを先行で妨げたことが、残留日本人に「二次災害」と言ってもよい被害をもたらした政治面でのいきさつなどがよく見通せる。

この本は、若い人々が「中国残留邦人」の苦難をたて糸に、戦前戦後を通じての、日本という国家と国民の関係を実態に即して知る上でとても参考になる。神奈川県では知事の肝いりで高校の「日本史」が必修になるそうだが、大化の改新や蒙古襲来ばかり何度も繰り返して勉強していも仕方がないので、教師の方々には、この本を夏休みの課題図書にされることを薦めたい。

政治は「結果」なのだから、「自虐史観だ、いやそちらのは自慰史観だ」などといった観念的な話よりも、この教材で日本政府は戦前、戦後を通じて現実に国民をどのように扱ったのか、またいまは行政や司法でどのように扱っているのか、事実を学ぶことが良いと思う。

神戸地裁の判決が巻末に抄録されている。裁判官の出来映えも、国の運命を左右すると強く感じる。論点が少しそれるかもしれないが、今の時代、裁判の判決文も、個人の住所などは伏せ字にした上で、全文ホームページで閲覧できるようにし、広く国民の批評を受けるようにすることも考えるべきではないかと思った。

ところで、井出さんが三木内閣の井出一太郎官房長官の弟で、村山内閣の井出正一厚生相(さきがけ)の叔父であることは知る人ぞ知ることだろう。しかし、この本には伊東正義外相や新自由クラブの田川誠一代表などの名は見えるが、この問題で著者の働きかけもあって大いに働かれたに違いないこれらの著者の親族についての言及はない。こういう奥ゆかしさには、大いなる魅力というかなつかしさを感じる。

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2008年3月22日 (土)

リチャードソン知事のオバマ支持表明=マケイン対策にプラスになるだろう=

ニューメキシコ州知事のリチャードソン氏がオバマ候補支持を表明したことが、同氏が選挙の帰趨に大きく影響を与えるヒスパニック(スペイン語圏出身)であることから注目され、また同氏がクリントン政権でエネルギー庁長官、国連大使と要職を歴任したクリントン夫妻と最も近い政治家の一人であるため「サプライズ」とも受け止められた。

もっとも、最近の予備選報道を丁寧に見ていた人は気づいていたと思うが、ヒラリー候補、オバマ候補の両雄が予備選で獲得する代議員数がもしオバマ候補のわずかなリードのまま拮抗するといういちばん蓋然性が大きいケースの場合、連邦議会議員や党幹部で構成される「特別代議員」がそれを覆すことができるかという議論について、リチャードソン知事が「それは認められない」と発言していたため、その段階ですでに「サプライズ」と受け止めてた人は多いのではないか。

リチャードソン氏は、早くから「ヒラリー大統領候補の副大統領候補の一人」と目されてきた。すでにカリフォルニアやテキサスでオバマ候補がヒラリー候補に及ばなかったのは、ヒスパニックのクリントン夫妻支持が厚いというだけでなく、同じマイノリティーながらアフリカ系とヒスパニックの相性の悪さとでもいうものを感じた人も多いだろう。

リチャードソン氏は、党と国家の未来を考えてオバマ支持を表明したに違いないが、ひょっとするとヒラリー候補がオバマ氏取り込みのために「オバマ副大統領候補指名」を表明したことが、彼には自らを副大統領候補にはしないという意味であると聞こえたとしても不思議ではない。予備選撤退前の候補討論会の際に公衆の面前でヒラリー候補に「あなたはいい『副大統領候補』になるだろう」と言われたことも、見せた笑顔とは対照的に含むところがあったのかもしれない。大統領候補だって人間ですからね。

さてこのサプライズ、「オバマ対マケイン」となった場合、民主党大統領の誕生にはプラスが大きい。簡単に言えば、マケイン候補は「外交タカ派、内政ハト派」で、昨年夏に「ブッシュ大統領、マケインら共和党穏健派、最左派の民主党ケネディー上院議員」という連合が不法移民に比較的マイルドな法案を議会で推進し、両党の内政強硬派に敗れて法案が成立しなかった時に、ヒスパニックの間にはマケインの受けがとても良かったということがあるからです。

というわけで、11月の本選で帰趨を左右するかもしれないフロリダやテキサスで、マケインは共和党候補が他の候補だった場合に比べ大善戦が予想されたので、民主党候補はヒスパニック対策を強化する必要があり、オバマ候補の場合はそれがなおさらです。

陣営内部の情報にアクセスしていないのでわからないけれども、来年はオバマ大統領、リチャードソン副大統領という組み合わせかもしれません。その場合、朝鮮半島政策はクリントン政権のラインを継承するという可能性が大きいと思われ、これは東アジアの平和にとって好ましいことであると思います。

リチャードソン氏は、アメリカの銀行のメキシコシティー支店で20年近く働いていた父親が、メキシコ生まれの夫人の子供が生まれる時に、子どものアメリカ国籍を確かなものにするためにカリフォルニアに移住したといういきさつがあるらしい。森田は昨年にワシントンDCに行った際に、空港の書店で何気なく「Between Worlds」というリチャードソン氏の自伝を買ってきた。ホコリを払って読んでみる必要がありそうだ。

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2008年3月18日 (火)

それにしても「読売」の社説は困ったものだ

 このブログを読んでいただけるような方々に、読売新聞の社説なんか読んで喜んでいる方はおられないと思うけれども、久しぶりに見てみると、あいかわらずひどい。若い人は社説なんか読んでいないと言っても、とにかく一番読者が多い新聞だし、少年ジャンプなどよりは発行部数も多いのだろうから、あまり呑気に見逃しているわけにもいかない。

 17日付のイラク戦争5年の社説などその代表例のひとつ。前半は、開戦時に「イラク戦争」を支持した自らの不明を恥じることもなく、へ理屈の強弁を重ねて見苦しく、「見通しが甘かった」という部分についても総括が全く甘いだけでなく、関係ない中国海軍軍人の「太平洋を中米で二分しよう」という横着な話を持ってきて、読者の関心をわざと肝心なことからそらしている。

 結論は「とにかく日米同盟強化」一辺倒だ。どんなに大ざ゛っぱに見ても、アメリカの半分の人は今の政権の「力の外交」がいいと思っていない。一方で、国務省の世界人権白書は「中国を著しく人権が侵害されている国」から外して、アル・ジャジーラに揶揄されているように、現ブッシュ政権も対中関係はビジネス優先だ。

 読売新聞の言うように、アメリカの虎の威を借るキツネとなって威張ろうなどと考えているだけでは、「日米同盟」のうち中国に備え、米軍産複合体を潤すための軍事支出拡大についての部分だけ押しつけられて、中国とよい関係を構築してビジネスもうまくやるというところはアメリカに全部持って行かれるということになるんじゃないか。

 アメリカや中国のことを置いておくとしても、とにかく不安を煽って軍事力強化を訴えるこのような社説の延長線上には、バランスのとれた、身の丈にあった国家像は想像できない。そうして、このような社説を垂れ流して国を誤らせても、戦前の新聞のように責任を問われることはないということだろう。

 ナベツネの意に沿う社説を書いていないと出世がおぼつかないというのはそうだろう。しかし、小さくはない影響力を考えると、森田としては文句のひとつも言っておかなければならない。

 必要なのは「軍拡、軍事同盟強化」ではなく、「賢明な外交」だ。朝起きたらおはようと言い、お正月が来たらおめでとうというのと同じくらいのあたりまえすぎることだが、「読売新聞の社説」は長いものに巻かれろの事大主義で、バカだと思われたくない人は、恥ずかしげもなく活動を再開した安倍晋三氏の主張や、こんな社説を受け売りしていては絶対にだめだ、ということを声を大にして言いたい。

【以下は言及した「社説」のコピー】

イラク戦争5年 米国の力の低下が心配だ(3月17日付・読売社説)

 開戦から5年。混迷が続くイラク情勢は、米国の重荷となっている。

 こうした状況が東アジアの安全保障に対する米国の役割、責任の低下につながってはいないか。日本にとっても重要な問題だ。

 米英が開戦の理由とした大量破壊兵器は、結局存在しなかった。米軍の死者数は約4000人にのぼる。イラク人の死者は、推計で10万人とも15万人とも言われる。それでもまだ、イラクで平和定着の確かな光明は見えない。

 ◆フセインが招いた戦争◆

 こうしたことから、イラク戦争を「大義なき戦争」とする批判がある。だが、開戦に至るまでの長い前段を忘れては、問題の本質を見誤る。

 2001年9月11日の米同時テロ後、米国は、大量破壊兵器の開発と拡散の疑惑がある「ならず者国家」への警戒を強めた。

 国連安全保障理事会の諸決議に違反し、湾岸戦争後10年以上も大量破壊兵器の廃棄検証義務を果たさないイラクのフセイン政権に疑いの目を向けたのは当然だ。

 国連査察の拒否という義務違反をこれ以上続ければ「深刻な結果に直面する」とした安保理決議1441で、イラクはようやく受け入れに転じた。

 だが、その後も、査察には限定的な協力しかしなかった。米英の兵力増強という圧力がなければ、それすら実行しなかったろう。

 大量破壊兵器が存在しないのであれば、それを挙証して戦争を回避できたはずである。それをしなかったフセイン政権の側に、戦争を招いた非がある。

 世界中が、イラクは大量破壊兵器を保有していると考えていた。現に、イランや国内クルド人に化学兵器を使用した前歴があった。日本では、開戦後、イラクは化学兵器を使うな、といった社説を掲げた有力紙もあった。

 イラク戦争では、米英と仏露独との対立で、安保理が機能不全に陥った。当時の状況では、米英が武力行使に踏み切り、日本がそれを支持したのは、やむを得ない選択だったと言える。

 ブッシュ米大統領はイラクを攻撃する米国の目的について、「イラクの脅威を取り除き、統治を国民の手に戻す」ことをあげた。

 5年後の今、イラク民主化はもくろみ通りに進んでいない。戦後統治の準備が万全であれば、今日ほどの混迷はなかっただろう。

 ◆甘かった戦後の見通し◆

 ブッシュ米政権は、異なる宗派、民族によるイラク国内の歴史的な確執を軽視し、すべてを軍事力で解決できると過信していた。

 昨年の米軍増派によって、治安悪化にはひとまず歯止めがかかった形だ。だが、14万人の駐留米軍の存在が依然として治安の要である状況に変わりはない。米軍駐留は長期化する可能性が高い。

 問題は、イラクの混迷が、国際社会における米国の指導力低下を招き、世界の安定に影を落としている点にある。

 米国は、イラクの安定化へ、本格政権の自立支援だけでなく、中東全体の安定に向けた外交の成果をあげる必要がある。それが次期政権の最優先課題でもあろう。

 イラクの安定は、原油の9割を中東からの輸入に頼る日本にとっても重要だ。人的貢献と復興支援は続けねばならない。

 イラク特措法の延長で、航空自衛隊の輸送業務活動が続いている。その内容や意義への国民の理解を深めることも大切だ。

 イラク戦争の影響は、東アジアの安全保障にも及んでいる。日本にとっては深刻な問題だ。

 イラク戦争と並行して、北朝鮮は核兵器開発を公然と再開し、ミサイル発射や核実験を強行した。北朝鮮は、イラクは核兵器を持たなかったために攻撃された、と自らの核保有を正当化している。

 日本の安全保障環境は北朝鮮の核実験で劇的に悪化した。

 東アジアでは、台頭する中国の軍事的な膨張も目立つ。中国軍の幹部が、米軍幹部に太平洋を分割しようと提案したという。そんなことが現実になれば、日本は中国の軍事的圧力にさらされ、国家としての存立も危うくなる。

 ◆日米同盟強化が大事だ◆

 米国がイラク情勢に足をとられ、東アジアでの影響力が減退していく状況は、日本として看過できない。米国の軍事力を背景にした圧力が、北朝鮮に核廃棄の決断を迫る重要なテコとなる。米国の力が弱まれば、北朝鮮は核廃棄に動くわけがない。

 日本は、東アジアの安定と繁栄をどう確保していくのか。そのためには緊密な日米関係を維持すべきだ。この地域での米国の力の弱体化は、日本の国益を損なう。

 東アジアの重要性について米国と認識を共有し、日米の連携が地域の発展に役立つことを確認していかなければならない。

(2008年3月17日01時30分  読売新聞)

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2008年3月 3日 (月)

オバマ(次期)大統領は「逆レーガン」となるだろう。

2008年3月3日の午後、東京で見る米ABCテレビ番組「ジスウィーク」のラウンドテーブル後半は、もう「マケイン対オバマ」について双方の強み、弱みの分析という方向に話が行っていた。番組冒頭のヒラリー、オバマ両陣営選対幹部の「対決」におけるヒラリー陣営の「オバマ候補は演説だけ」という言葉はすでに痛々しい。

出演者たちのコメントを聞いたり、毎日新聞ワシントン支局の笠原敏彦氏の「増幅するオバマ神話」(3月3日付朝刊7面)といった記事を読んだりして思ったのは、オバマ氏は「逆レーガン」なのかもしれないということだ。

28年前、再選を目指したジミー・カーター大統領は、初当選時より得票数を延ばしながらロナルド・レーガンという俳優上がりの右よりのカリフォルニア州知事に敗れた。あの時囁かれたことばが「レーガン・デモクラット」ということばだ。

いちばん簡単に要約してしまえば、本来なら民主党支持層であるある若者たちが、レーガン候補に「未来」を感じ、超党派的な投票で「新しい」大統領を誕生させたということだろう。

超党派的な人気で誕生したレーガン大統領の政権は、マクロ財政政策においてこそ標榜していた「小さな政府」ではなく、大軍拡に伴う「赤字拡大」と規制緩和の組み合わせという伝統的な保守主義路線とは違う路線をとったものの、外交においても最高裁長官の任命をはじめとする社会面でも、結局のところ、簡単に言ってしまえば「右」の路線を突っ走った。

次期オバマ政権は、投票に向けたレトリックにおいても、就任演説においても、「統合」という超党派的なシンボルを掲げ、若い共和党支持層の支持も得て成立するだろう。

しかし、オバマ氏の政策を分析しているしている人々は「まさしくリベラル」と見ており、森田としてもオバマ氏が「逆レーガン」として、右の一部の支持も獲得しながら、アメリカ社会を、また世界政治を再びリベラルな方向に引っ張ってくれるのではないかと期待したい。

日本国内では、安倍晋三氏が森派に復帰し、派閥活動を再開したというアナクロなニュースも報じられているが、次期政権党である民主党は、また日本の政治全体を「ブッシュ・小泉時代」の破壊から再生に向け転換したいと考える心ある人々も、オバマ次期政権の誕生と世界政治の正常化という、ほぼ実現が確実な事態に呼応して、どのようなプログラムを示し、オバマ氏と連帯していくのか、その可能性を具体的に考えていくべきだ。

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2008年2月28日 (木)

イージス艦衝突事件=ゴーストップ事件を想起する必要あり。ミサイル防衛システム導入は見直しを=

イージス艦あたごが引き起こした衝突事故に関して、防衛省が捜査に当たる海上保安庁に連絡することなく、艦長を本省にヘリで呼び出して聴き取りを行っていたという。これはシビリアンコントロールにとって分水嶺であり、われわれはゴーストップ事件を想起しつつ厳しく始末にあたらなければならない。

簡単に言えば、自衛隊が市民社会との関係で違法行為を問われたときに警察の管轄下に入るのか、勝手に行動することが許されるかという重大な問題なのだ。

先にも触れたが、自民党の憲法改正案は軍事裁判所の創設を謳っている。今回の事件に当てはめていえば、「事件の捜査には憲兵隊があたり、裁判は軍事裁判所の管轄になるので、海上保安庁は引っ込んでいろ」という状況を作るための改正案だ。

私はそんなことは認めたくない。自民党には改正案の「改正」を望みたいし、そうしないなら、次の総選挙以降、永久に野党になってもらいたい。

防衛省、自衛隊の抜本的なネジの締め直しが必要であることに多くの国民が気づいたわけだが、とりわけ象徴的なのは進めつつある「ミサイル防衛システム」導入の取り扱いだ。

これは、防衛省内でも意見が真っ二つに割れていたと言われている。そもそも本家のアメリカでもクリントン前大統領は、対人地雷禁止条約や全面核実験禁止条約を推進する文脈の中で、一時は国連演説で「配備計画の延期」を表明するなどしていた。

しかしブッシュ政権が誕生し、イラク戦争の下手人でもあるチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官がミサイル防衛を強力に推進する。わが国でも北朝鮮のミサイル発射や核実験に対する国民世論の沸騰を奇貨として、それに便乗する人々が多くなる。

そう言った中で、防衛省を牛耳った腐敗の権化である守屋前事務次官が強力に推進して配備を決定したのが「ミサイル防衛システム」であり、この巨費を要し、東アジアの核戦略にも微妙、というよりは、はっきり言って核軍備競争を激化させる要因となるシステムの現場を、どういう人々が運用することになつているかと言えば、今回の艦長だの見張り役だのといった人々と同じような人々なのだ。あたごがその尖兵であることは、広く報じられているとおりである。

「全ては艦長である私の責任で