2008年5月19日 (月)

ハマスとも、イランとも対話を

ブッシュ大統領が中東歴訪で「ハマスは和平の障害」などと発言し、ヒズボラとも対決姿勢を示しているという。そもそも、選挙はもう少し先に延ばしたいというアッバス大統領に対し、ブッシュ政権が「早期総選挙」を無理矢理押しつけたのが、総選挙でハマスが勝利する要因の一つだったのだ。自分で原因を作っておきながらよく言ったものだ。

政権末期で「業績」を残したいために、イスラエル=パレスチナ和平問題に取り組んでいると言うのだが、いくらイランのアフマディネジャド大統領が「イスラエル抹殺」などの過激発言をしているからとは言え、イラン軍事攻撃にはっきり反対していた中央軍司令官を更迭するなど、ブッシュ=チェイニー路線は政権が終焉するまで有毒ガスを発し続けているようだ。

ネタニヤフ政権時代に一度だけイスラエルに行ったことがある。帰国するとモサドじゃないかなという感じのイスラエル大使館の人がやってきて「東エルサレムがパレスチナ国家の領域になるという考え方をイスラエルが受け入れているわけではない」と強調していたが、現地エルサレムで会った、ユダヤ教過激派のテロで亡くなったイツァーク・ラビン首相の息子さんなどは、われわれから見ても常識的な、リベラルな考え方の人だった。

イスラエル建国60年ということで、イスラエルのいろいろ立場の人々のことが新聞やテレビで紹介された。どの国にもごりごりの頭の悪い「右」は存在する。イスラエルにおいては極めて強い。でもラビン氏の子息のような、まともな人々も少なからず存在するので、こうした人との連帯の輪を広げていくことは大事だと思う。ブッシュの前には、カーター元大統領が政権の反対を押し切って、シリアでハマスの指導者と会談したと言うが、こうした「対話」以外に問題解決に近づく方法はない。

一方、イランも「核開発支持」「反米」の保守派が圧倒的に強いとは言え、一般市民のレベルでは密かに「アフマディネジャドは勘弁してほしい」という空気も根強いと言う。森田はイランと対話するというオバマ氏を支持する。

同時に、アメリカの民主党系の人も「アメリカにとってイラン問題は、実はイスラエルの安全の問題」と率直に話してくることを勘案すると、わが国としてはイランに対して「アメリカのイラン攻撃には反対。NPTの範囲内なら、核の平和利用の権利も理解する」と言った上で、「ただし『イスラエル抹殺』は過激すぎるので、そういうことを言うのはなんとか止めてほしい」と直接に働きかけることが大事ではないか。

中東1課も2課も頑張っていることは知っているけれども、カーター元大統領や、悪い方で活躍しているブッシュ大統領に比べ、日本は中東情勢において「不在」を続けているように見える。

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2008年5月 8日 (木)

イエメン論議は「A」、対中外交強硬論は「C」=フジテレビ朝ワイド『トクだね!』採点=

フジテレビの『とくダネ!』は、アンチ中国の国民感情に棹さすばかりで、結局1930年代から40年代に戦争を煽ったメディアのDNAをまさしく継承していると大いに不満。上村某というう元新聞記者に「安倍首相は靖国に行くかもしれないと脅しをかけながら中国と駆け引きしたが、福田首相はダメ」などと言わせているのを聞くとがっかりする。

もっとも、イエメンの誘拐事件についての小倉智昭氏はじめレギュラー陣の論議を聞いていると、なかなか座談のレベルは高いと思う。古代のシバの女王の伝説から、最近の天然ガスが出るまで中東でも非常に貧しい国だったことの紹介、岩上安身氏の「日本の女性と驚くような危険なところで出会うことがある」という注意喚起や、サウジ出身といわれるアルカイダ幹部も、ルーツはイエメンにある場合が結構あり、「貧困」がテロの背景にあるという解説は適切だ。岩上氏の対中強硬論には、結果として中国内の江沢民のような保守強硬派を利することになると思うので賛成できないが。

小倉さんも「パンダ以外に何か成果はあるのか」というのは、僕から見れば悪態だが、小倉さんのチームがテレビに出ている人々の中ではかなりいい方だというのも事実。中国の人たちには「ましな方でもこういう感じよ」と教えることで、参考にしてもらうことにするか。ところで、昨日出ていたデーブ・スペクターという人は、だじゃればかり言っている人かと思ったら、日中をめぐる国際政治論などはバランスがとれた見方をしていると思った。高木美保さんは、いろいろなことで良い意見を言っているが、対中外交については空気に流されて強硬論を煽る方に回っている。テレビで煽るより、中国政府に直接助言するようにした方がいいんじゃないか。ちょっと残念。

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2008年4月20日 (日)

下北沢のトルコ料理店「MARMARA」でMILLAさんのベリーダンス=ひとつの楽しい週末の過ごし方=

イスラム圏ではエジプト、トルコでも「原理主義」の影響力が強まっている関係で、いまやベリーダンスを楽しむには東京が一番という説を聞いた。

下北沢にMARUMARAというトルコレストランが出来たという話は前にも書いたような気がするが、4月の某週末、そこでMILLAさんのショーを鑑賞、しまいには一緒に踊る。

一度ショーのある日に出かけたいと思ったところ、昼に店の前の黒板に本日MILLAさん出演との掲示見て予約。初めて拝見するダンサーだけれども、姿もスラリと美しく、演技も見事で花がありとっても素敵だった。「趣旨が違う」とお叱りあるかもしれないが、お肌もほんとうに白くて美しい。月に一回はここに出演とのこと、お勧めです。

トルコファンのおやじさんの手作り料理は、メニューに手書きのイラスト入りレシピも楽しく、トルコ料理は初めてという家族連れにも楽しめます。「この人は今日が誕生日」と言ったら、おやじさんが「なんか後で出しましょう」と言ってくれ、なんとショーの直後にアラブ風アレンジの「ハッピバースデートゥーユー」の音楽が流れ、MILLAさんが該当者に特製デザートを持ってきてくれて、フロアに誘ってダンス、花びらを撒いてくれました。

「ベリーダンス」というとちょっと引きますか?楽しいですよ。

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2008年3月18日 (火)

それにしても「読売」の社説は困ったものだ

 このブログを読んでいただけるような方々に、読売新聞の社説なんか読んで喜んでいる方はおられないと思うけれども、久しぶりに見てみると、あいかわらずひどい。若い人は社説なんか読んでいないと言っても、とにかく一番読者が多い新聞だし、少年ジャンプなどよりは発行部数も多いのだろうから、あまり呑気に見逃しているわけにもいかない。

 17日付のイラク戦争5年の社説などその代表例のひとつ。前半は、開戦時に「イラク戦争」を支持した自らの不明を恥じることもなく、へ理屈の強弁を重ねて見苦しく、「見通しが甘かった」という部分についても総括が全く甘いだけでなく、関係ない中国海軍軍人の「太平洋を中米で二分しよう」という横着な話を持ってきて、読者の関心をわざと肝心なことからそらしている。

 結論は「とにかく日米同盟強化」一辺倒だ。どんなに大ざ゛っぱに見ても、アメリカの半分の人は今の政権の「力の外交」がいいと思っていない。一方で、国務省の世界人権白書は「中国を著しく人権が侵害されている国」から外して、アル・ジャジーラに揶揄されているように、現ブッシュ政権も対中関係はビジネス優先だ。

 読売新聞の言うように、アメリカの虎の威を借るキツネとなって威張ろうなどと考えているだけでは、「日米同盟」のうち中国に備え、米軍産複合体を潤すための軍事支出拡大についての部分だけ押しつけられて、中国とよい関係を構築してビジネスもうまくやるというところはアメリカに全部持って行かれるということになるんじゃないか。

 アメリカや中国のことを置いておくとしても、とにかく不安を煽って軍事力強化を訴えるこのような社説の延長線上には、バランスのとれた、身の丈にあった国家像は想像できない。そうして、このような社説を垂れ流して国を誤らせても、戦前の新聞のように責任を問われることはないということだろう。

 ナベツネの意に沿う社説を書いていないと出世がおぼつかないというのはそうだろう。しかし、小さくはない影響力を考えると、森田としては文句のひとつも言っておかなければならない。

 必要なのは「軍拡、軍事同盟強化」ではなく、「賢明な外交」だ。朝起きたらおはようと言い、お正月が来たらおめでとうというのと同じくらいのあたりまえすぎることだが、「読売新聞の社説」は長いものに巻かれろの事大主義で、バカだと思われたくない人は、恥ずかしげもなく活動を再開した安倍晋三氏の主張や、こんな社説を受け売りしていては絶対にだめだ、ということを声を大にして言いたい。

【以下は言及した「社説」のコピー】

イラク戦争5年 米国の力の低下が心配だ(3月17日付・読売社説)

 開戦から5年。混迷が続くイラク情勢は、米国の重荷となっている。

 こうした状況が東アジアの安全保障に対する米国の役割、責任の低下につながってはいないか。日本にとっても重要な問題だ。

 米英が開戦の理由とした大量破壊兵器は、結局存在しなかった。米軍の死者数は約4000人にのぼる。イラク人の死者は、推計で10万人とも15万人とも言われる。それでもまだ、イラクで平和定着の確かな光明は見えない。

 ◆フセインが招いた戦争◆

 こうしたことから、イラク戦争を「大義なき戦争」とする批判がある。だが、開戦に至るまでの長い前段を忘れては、問題の本質を見誤る。

 2001年9月11日の米同時テロ後、米国は、大量破壊兵器の開発と拡散の疑惑がある「ならず者国家」への警戒を強めた。

 国連安全保障理事会の諸決議に違反し、湾岸戦争後10年以上も大量破壊兵器の廃棄検証義務を果たさないイラクのフセイン政権に疑いの目を向けたのは当然だ。

 国連査察の拒否という義務違反をこれ以上続ければ「深刻な結果に直面する」とした安保理決議1441で、イラクはようやく受け入れに転じた。

 だが、その後も、査察には限定的な協力しかしなかった。米英の兵力増強という圧力がなければ、それすら実行しなかったろう。

 大量破壊兵器が存在しないのであれば、それを挙証して戦争を回避できたはずである。それをしなかったフセイン政権の側に、戦争を招いた非がある。

 世界中が、イラクは大量破壊兵器を保有していると考えていた。現に、イランや国内クルド人に化学兵器を使用した前歴があった。日本では、開戦後、イラクは化学兵器を使うな、といった社説を掲げた有力紙もあった。

 イラク戦争では、米英と仏露独との対立で、安保理が機能不全に陥った。当時の状況では、米英が武力行使に踏み切り、日本がそれを支持したのは、やむを得ない選択だったと言える。

 ブッシュ米大統領はイラクを攻撃する米国の目的について、「イラクの脅威を取り除き、統治を国民の手に戻す」ことをあげた。

 5年後の今、イラク民主化はもくろみ通りに進んでいない。戦後統治の準備が万全であれば、今日ほどの混迷はなかっただろう。

 ◆甘かった戦後の見通し◆

 ブッシュ米政権は、異なる宗派、民族によるイラク国内の歴史的な確執を軽視し、すべてを軍事力で解決できると過信していた。

 昨年の米軍増派によって、治安悪化にはひとまず歯止めがかかった形だ。だが、14万人の駐留米軍の存在が依然として治安の要である状況に変わりはない。米軍駐留は長期化する可能性が高い。

 問題は、イラクの混迷が、国際社会における米国の指導力低下を招き、世界の安定に影を落としている点にある。

 米国は、イラクの安定化へ、本格政権の自立支援だけでなく、中東全体の安定に向けた外交の成果をあげる必要がある。それが次期政権の最優先課題でもあろう。

 イラクの安定は、原油の9割を中東からの輸入に頼る日本にとっても重要だ。人的貢献と復興支援は続けねばならない。

 イラク特措法の延長で、航空自衛隊の輸送業務活動が続いている。その内容や意義への国民の理解を深めることも大切だ。

 イラク戦争の影響は、東アジアの安全保障にも及んでいる。日本にとっては深刻な問題だ。

 イラク戦争と並行して、北朝鮮は核兵器開発を公然と再開し、ミサイル発射や核実験を強行した。北朝鮮は、イラクは核兵器を持たなかったために攻撃された、と自らの核保有を正当化している。

 日本の安全保障環境は北朝鮮の核実験で劇的に悪化した。

 東アジアでは、台頭する中国の軍事的な膨張も目立つ。中国軍の幹部が、米軍幹部に太平洋を分割しようと提案したという。そんなことが現実になれば、日本は中国の軍事的圧力にさらされ、国家としての存立も危うくなる。

 ◆日米同盟強化が大事だ◆

 米国がイラク情勢に足をとられ、東アジアでの影響力が減退していく状況は、日本として看過できない。米国の軍事力を背景にした圧力が、北朝鮮に核廃棄の決断を迫る重要なテコとなる。米国の力が弱まれば、北朝鮮は核廃棄に動くわけがない。

 日本は、東アジアの安定と繁栄をどう確保していくのか。そのためには緊密な日米関係を維持すべきだ。この地域での米国の力の弱体化は、日本の国益を損なう。

 東アジアの重要性について米国と認識を共有し、日米の連携が地域の発展に役立つことを確認していかなければならない。

(2008年3月17日01時30分  読売新聞)

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2007年11月 7日 (水)

ツタンカーメン王のミイラ展示へ~「一神教」の起源はエジプト?

ツタンカーメン王のミイラを展示することになったというニュースを聞いて、「祟り」の話しは大丈夫かとふと思ってしまう。もちろん、「祟り」などは迷信に過ぎないが、第一次大戦後のツタンカーメンの王墓発掘は、例外的に盗掘を免れた「黄金のマスク」発見など華やかな話題の一方で、発掘実行者のカーター氏こそ長生きしたものの、これに関わった多くの人々やその親族が、当時次々に死去するという不思議なことが続いたという事実があるからだ。

最近、中央公論の古い方の『世界の歴史』第1巻をようやく読み終えたが、その後半にそのエピソードがやや詳しく具体的に書かれていて、かなりびっくりしながら読んだ。

そういえば、「古代エジプト」は、中学生の頃学校で習ったときには「四大文明」の一つとして強調され、ピラミッドの存在感からも子ども心に大きな存在だったが、歴史を少し勉強すると、現在のイラクあたりのメソポタミア文明こそが農耕、都市文明、文字の使用などあらゆる面で「人類文明のルーツ」という性格を持つ一方で、古代エジプト文明はややローカルな存在であることを知ることになった。

もっとも、旧版『世界の歴史』第一巻を読んで、だからといって古代エジプトを全く軽視していいわけではないと思った一節に触れた。エジプトの宗教はよく知られるように、太陽神の「一神教」だ。一方で、古代オリエント世界の大半は「多神教」であったことが知られている。

古代エジプトは長く独自性を保っていたが、同時に、広くオリエント社会と交易をしており、また一時アッシリアの支配を受けるなど、侵略したり、されたりの関係も重ねた。この本では、その結果、エジプトの「一神教」の発想がオリエント社会に移入されたというのである。

宗教の話しは書き方に気をつけなれればならないが、森田は「一神教」はしばしば不寛容につながり、紛争の原因となったり、深刻化の原因になっていると思っている。そして、現在世界の紛争のうち、どちらの当事者もある時期シリアないしパレスチナで生まれた「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教」のどれとも関係がないというのは、レアケースであると感じている。

ハム人の古代エジプトは、アラブ人の現在のエジプトとは「直系血族」ではないが、世界文明・思想史上「ローカルでマイナー」な存在と勝手に決めつけていた古代エジプト文明が、実はいちばん大きな(負の?)遺産を生んでいたことになる。

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2007年10月26日 (金)

対イラン開戦を決して「支持」してはならない

アメリカが対イラン単独制裁を打ち出し、アメリカ国内にも対イラン開戦を危惧する声が高まっているという。結論から先に言うが、もしアメリカが対イラン開戦に踏み切るとしても、日本政府は決してこれに「支持表明」をすべきでないと思う。

先日、『硫黄島からの手紙』の脚本家、アイリス・ヤマシタ氏が発言したパネルディスカッションを見に行った話しを書いたが、そこで元CNNのアンカー・パーソンで、PR会社を経営しているサチ・コト氏が、近年のアメリカメディアにおける対日イメージを良くした事例の一つとして、小泉首相(当時)が対イラク開戦に直ちに支持表明したことを挙げ「本当に素晴らしかった」と言っていたが、あれは結局アメリカの誤った政策を後押ししただけのことであり、日本はこれまで中東においてなんとか守ってきた「平和国家」のイメージを失った。

そうした政治的資源の損耗と引き替えに何を得たのか? 対北朝鮮政策で「拉致問題解決なくしてテロ国家指定を解除すべきでない」という日本の立場を尊重してもらえたのか? 結局は小泉氏が個人的にご褒美としてエアフォースワンでプレスリーの屋敷に連れて行ってもらってチャラにされてしまっているのではないか。

冗談はともかく、わが国は国際紛争解決の手段としての戦争を自ら禁じており、それは「良くないこと」だからそうしているのだから、日本国憲法が他国を制約するものではないけれども、自分は良くないこととして自ら禁じていることを、他国が行うことだからと言って「支持」するというのは、ロジカルでない。

それでは日米関係が危うくなる? いや、それは小泉内閣や安倍内閣、あるいは谷地事務次官や加藤駐米大使が、憲法や平和を大切にしようという気持を持つ多くの日本国民の気持ちを無視して「もっとやります」「私の力でもっとお手伝いするようにします」と対米忠誠競争を繰り広げた結果である。彼らが、現実離れした「期待感」をアメリカに植え付けてしまったのが原因なのだ。

最近、正体を現してきたシーファー大使や、アーミテージ氏はキーキー言ってくるだろう。民主党政権で日米関係を仕切ろうとしているキャンベル氏も、アメリカ政界で自分の日本に対するコントロール力を誇示するために、ハードラインで来るだろう。日本国内にも中曽根康弘氏や外務省、防衛省のある種の連中、自民党の中谷元、民主党の前原元代表らのようにそれに呼応する人々も出るだろう。

「過剰な忠誠競争」でなく、「リアリズム」に基づいて日米関係を考えれば、ベトナム戦争やイラク戦争同様、日本の基地を事実上の後方基地として、ほとんど無制限に使わせるということについて、将来はともかく、今回から急に安保条約に基づく事前協議を求めるといったことが適当かどうかは、慎重に考慮していいだろう。イランとの間で、新たなビジネスを進めるといったことは、凍結も検討すべきかもしれない。

しかし、そこまででいい。「戦争で国際紛争を解決するのを手伝うのは、わが国の原則と違う」と言うべきだし、実際問題として考えても「アフガニスタンでもイラクでも、お店だけ広げてしまって収拾つかなくなっているじゃないですか」と言うべきだ。

日本の「筋」を通す上でそうだし、アメリカ国民にもいろいろな人がいるのだから、チェイニーやアーミテージといった人々だけにシッポを振っていては、この先困ったことになるかもしれないというリアリズムも持つべきだ。

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2007年5月24日 (木)

「温暖化ガス削減」も大事だが、「核軍縮・不拡散」を忘れるな!=猪口邦子代議士などもっと働くべし=

ニュースを聞いていると、安倍内閣は今年のドイツでのサミットと、来年わが国で開催されるサミットの中心テーマは「温暖化ガス削減問題」であると考え、わが国が「主導権」を発揮すべく削減目標設定に取り組んでいるそうだ。

もちろん、温暖化ガス問題は重要であり、そのことに異論はないが、ブッシュ政権がソッポを向いているときには主要課題としてまじめに取り組むことをせず、「イラク戦争」の世界政局が終局に向かう中、EUが先手を取り、イギリスのブレア政権がイラク戦争毒消しのために、より意欲的な数字を打ち出し、件のブッシュ政権ですら6年間無視していたのに、風向きが変わったかのようにバイオエタノールを柱に意欲的な目標を打ち出した後になって尻馬に乗って騒いでいるに過ぎない。「主導権」とはちゃんちゃらおかしい。

「温暖化対策」が世界政治のなかで動き出そうとしているのは、「9.11同時多発テロからイラク戦争、イラクの泥沼化」という大政局の中で、一時的に凍結されていた、本来取り組まれるべきテーマが再浮上しているというように捉えるべきだ。

それなら、「ブッシュ様のお許しが出たから、温暖化問題に取り組もう。格好だけでも主導権をとっているようなポーズをなんとか決めよう」といったいつもの対米盲従ばかりでなく、「9.11以来の一時的大逆流」の中で、背景に押しやられていたテーマの中で、日本が、わが国が、自分の頭で考えて、何が再び優先的に取り組まれなければならないかについて、イニシアチブを発揮すべきである。

「共和党主導の米上院、ブッシュ政権、9.11からイラク戦争」という流れの中で、温暖化ガス規制問題が進まなかった構造を象徴したのが、共和党主導の米上院の決定による、アメリカの京都議定書離脱だった。

同様に思い出すべきは、クリントン大統領が世界の首脳に先駆けて署名した全面的核実験禁止条約の批准が、共和党主導の上院によって阻まれたという事件である。

冷戦終焉後、父ブッシュ大統領、クリントン大統領の下で推進された国際協調と核軍縮・不拡散のそれなりに誠実な追求と対照的に、ご承知の政権の下、ご承知の事情によって逆流の中にあったのだ。2005のニューヨークでのNPT再検討会議におけるブッシュ政権代表の悪態と、会議の不首尾は、その最たるものだった。

日本政府は、ポチのようにアメリカ政府に追随して「温暖化ガス削減」を叫ぶばかりでなく、アメリカ政府に対して「核軍縮・不拡散も忘れないでくださいよ」と強く言うべきだ。温暖化ガス対策が2007のドイツサミットの売りなら、2008日本サミットは本来ならば「核軍縮・不拡散の新たなステージへ」をテーマまとするべきである。

野党は、ぜひそのような課題設定を打ち出してほしい。自民党でも、軍縮問題に詳しいはずの猪口邦子代議士などは朝日新聞に立派な意見も発表しているのだから、口先だけではなく、政府の政策に反映するようもっと働いたらどうなのだろうか。評論家ではなく、与党の政治家なのだから。結果を出さねば存在価値なし。

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2007年5月23日 (水)

安倍訪米、中東歴訪の内幕より=やはりブッシュの使い走りだった=

外交通の方々はとっくに知っていた話しかもしれませんが、久しぶりに永田町に出かけて耳にしたことのひとつ。「日米首脳会談で安倍首相はブッシュ大統領より『サウジアラビアの首脳に、イラク政策などでぜひアメリカの中東外交に足並みをそろえてほしいと強く働きかけてほしい』と要請を受け、サウジでの首脳会談の冒頭で、そのことをかなりまじめに、力を込めて語ったが、サウジ側はこのことについては全く相手にしなかった」そうだ。

父ブッシュ政権の湾岸戦争以降のサウジアラビアの内情について、公開情報をある程度継続して見ているだけでも、ブッシュ大統領の話を真に受ければ、サウジ側と大きな齟齬を生じるとともに、日本の自主性が疑われて国益を損なうことぐらい常識としてわかるはずなのに。学力不足でも首相になりたがった本人、その彼を選んだ自民党のレベルは、イラク国内にスンニ派・シーア派の対立があることすらちゃんとは理解しないままイラク戦争を始めたブッシュ大統領同様、実に、実に困ったものだ。

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2006年10月20日 (金)

アジア・アフリカについて思い浮かぶことのノート

1. 安倍訪中、訪韓については、前の政権でどうにもならなかった、またアメリカも心配したり不都合だと思っていた日本と両国との関係を、ようやく本来の軌道に戻す上で役に立った。
 何か素晴らしいことのような錯覚にとらわれるが、前の政権で作り出されていた状況があまりにひどいものであったこと、また政権に就く前の安倍氏の発言があまりにひどいものだったことの反動である。
 しかし、よい方向に軌道修正が行われたという結果については評価せざるを得ない。

2. 北朝鮮の核実験については、最初の段階で「重大な脅威」と表明するのはあまりに過剰反応だったが、わが国の安全保障にとって、これがやがて実験を重ねることでミサイルに搭載できるような小型化につながっていくということであれば、ほんとうに「脅威」となり得る。
 そのような事態をどうプラグマチックに回避していくかが政治の仕事であり、ただただ「制裁、制裁」と騒いでいればいいという問題ではない。
 ましてや、わが国は「国際紛争解決の手段としての武力行使」を放棄し、その中には広く捉えれば「臨検」という名の海上封鎖も含まれるのが本来なのに、国連の非難決議追求の場などで「7章」を強調する姿勢を示したのは先走りだ。
 外務省や官邸が突出して、わが国外交の根幹をゆがめるのは遺憾である。
 北が「核実験継続」など、国際秩序に対決姿勢で歩みを進めようとするならば「出てきた分だけは押し戻」さなければならない。一方で、こちらから体制崩壊といったことを仕掛けるべきではない。それが正しい「封じ込め」だ。
 「対話と圧力」のうち「圧力」一辺倒の状況であり、あくまでも「対話」による北朝鮮の国際秩序への軟着陸を目指すという筋論で状況に対処すべきである。

3. 中国については、胡錦濤政権が内外共に「均衡」ということをテーマに政策を推進しようとしている。北朝鮮の「核実験」に対する対応などにもそれは見受けられる。
 中国がそのような「均衡のとれた」路線を内外で追求しようとしていることは、中国自身に安定感をもたらすことを通じ、わが国にとっても良い状況につながることと思う。
 中国は内政面で、これから貧富の差、地域格差、地方政府などで権力を持つ人々と貧しく権利を認められていない農民といった問題に取り組んでいかなければならない。これは大きな摩擦も生じるだろう。
 環境、エネルギーといった面での協力に加え、「均衡ある発展」という面でも、わが国が隣人として、あるいはある程度の成功を経験した先達として、対話を通じて協力できればいいと思う。
 また、昨年の「反日デモ」のような摩擦を想起すれば、「政治」「経済」の関係も大事だけれども、「文化交流」を含めた人と人との出会いといったものが、実に重要であることがわかってくる。
 お互いに反感を持つ人が、相手国について得ている情報はテレビなど大手メディアを経由したものに限られることが多い。タテマエの「友好」ではなく、また「東京-北京」だけではない交流を深めるべきだ、例えば「南京虐殺」で日中関係の負のシンボルになっている「南京」は、もともと気候風土や人情、文化の面で北方よりもより日本にとって近しい江南地方に属している。こことの交流に力を入れて正負を一挙に逆転するといった取り組みも必要ではないか。 

4.韓国については、あまり大きな声では言えないが「振幅」が日本以上に激しいことが特徴だ。盧武鉉大統領の対日批判、あるいはアメリカや日本との調整を度外視したかのような韓国単独での「太陽政策」推進など、これまでのあり方がすでに軌道修正されたり、あるいは次期大統領選挙でそのことが、ますますはっきりすることが予想される。
 むしろ、心配なのは「軌道修正」のいきすぎだ。北東アジアの平和と安定のためにはアメリカ、日本、中国などと調整し、協力してもらうことが重要であり、「北」との対話、北が誠意を見せれば「協力」にも力を入れるという韓国のこれまでの「基本線」については「これからも重要」というメッセージをはっきり出すべきだ。

5.中東については、イラクの現状にせよ、パレスチナ問題にせよ、イスラエルのレバノン侵攻、それにイランの核開発問題など「大混乱」と言える。
 これについては、より根本的で緊急度の高い問題は「パレスチナ問題」だ。日本も、引き続き知恵も出し、汗もかくべきである。P5ブラスドイツといった形で取り組まれることが多いが、日本政府は外されているのか、引っ込んでいるのか。
 なお、「歴史問題でベタ折れ」などともいわれる安倍内閣の国会答弁でいちばん問題なのは「イラクに対する開戦の支持」について検証も反省もしないことだ。こういうことでは誤った政策判断を繰り返す恐れが大きい。国会に9・11から今日までの内閣、行政府の活動を総括する調査会を設けて検討すべきではないか。

6.アフリカについて、ひと言だけ言えば、エイズ問題、あるいはマラリアといった伝染病についても、わが国から見ればわずかな支出で、多くの人々を苦しみから救うことができるということだ。
 世界の現実から目をそらしてはいけないということについて言えば、いちばん悲惨な人々を直接助ける。そういうわが国や先進国の市民的な取り組みをサポートすると言うことが大事だ。
 国連安保理の選挙も、一般の選挙と同じで「そういう時期になってから」というのはダメで、日頃から陰徳を積まなければならない。

7. インドの躍進は間違いなく、またインドの多元的な深い文化は魅力的だ。日本文化の基底は、ひとつには中国の古典文明ということがあるが、いまの文化に強い影響のある「禅」の属する仏教はインドがルーツだ。
 インドとの本当の交流を深めるべきだが、「中国牽制の手段」などと見るのは不毛だ。インドは中国と急速に関係が改善し、貿易相手国としても中国がトップになる勢いである。インド接近が中国牽制になるというのは現実離れしているし、そういう気持ちでは相手にとっても迷惑だろう。
 それよりも、日本で仕事をしようというインドの人々に敬意を払って接し、彼らの文化や歴史に関心を持つことから始めるべきだと思う。
 そういう意味では私はインドとの交流の強化論者である。

8.アメリカとの関係では、安倍政権がホワイトハウスと官邸の直接の結びつきを強めると言っている。一般的には悪いことではないかもしれないが、実際の国際政治情勢の中で考えた場合、現在のホワイトハウスはアメリカ国内においても、国際的にも偏った人々だという見方もあるだろう。
 「外務省-国務省」「ホワイトハウス-官邸」という関係の強化と平行して「日本の国会-米国議会」の関係強化も必要である。野党や与党内のハト派はアメリカ議会内の国際協調派といった人々との関係を強化する必要がある。中間選挙の帰趨はまだ予断を許さないが、官邸がホワイトハウスとの連携を強めるならば、われわれは米民主党の要路と連絡と意見交換を密にして、役割分担することが国益にかなうだろう。
                                                                        以上 

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2006年8月12日 (土)

未遂で良かった英テロ

イギリスで摘発された米国航空機に対する大規模テロ計画は、未遂に終わって本当に良かった。犠牲が回避されたことももちろんだが、もし実行されていれば、結果として再びアメリカの「逆上」によって世界政治がメチャメチャになるところだった。

この事件については、2006年8月11日付『朝日新聞』夕刊2面の木村伊量ヨーロッパ総局長の文章が森田が言いたいことを言い尽くしているので以下、全文をご紹介する。

【以下、全文引用です】

英テロ未遂、憎悪の連鎖断つ時 ヨーロッパ総局長・木村伊量

 9・11の悪夢の再現か、と思わせるようなテロ計画が実行寸前のところで封じられた。事件が照らし出したのは、米英主導の「対テロ戦争」をあざ笑うかのようにテロリスト新世代が増殖し続けている、不気味な現実である。
   □  □
 昨年7月のロンドンのテロで地下鉄の乗客ら50人以上が犠牲になった後も、英国がテロの標的であり続けるという観測は絶えなかった。
 ロンドンのリビングストン市長は今年3月、「私たちは昨年7月のテロと次に起こるテロの『中間』にいる。アルカイダの思想に影響された新たな攻撃は時間の問題だ」と語っていた。
 今回の容疑者たちがどのような背景をもつのか、現時点でははっきりしない点が多い。ただ、英米のメディアが伝えるように大半がパキスタン系英国人だとすると、英国育ちのパキスタン移民2世が実行したロンドン・テロの構造が再生産されたことになる。
 今年5月、英内務省はロンドン・テロで自爆したとされる容疑者4人についての報告書を発表した。だが、英国の地方都市でごく普通に育った青年たちが、なぜ過激なテロリスト思想に染まっていったのか。彼らの屈折した心象風景にはほとんど迫っていない。
 昨夏のテロの後、ブレア政権はテロ容疑者の起訴前の拘束期限を倍の28日間に延長し、イスラム過激思想を鼓吹する聖職者の締め出しを視野に移民法を改正するなど、統制を強めてきた。
 そうした強硬措置が、英国内に暮らす160万人にのぼるイスラム教徒たちの疎外感や反感を高じさせ、それが一部の若者たちを新たなジハード(聖戦)に駆り立てているとしたら――。これほど不毛な、憎悪の連鎖はあるまい。
 イスラム教徒であるロンドン警視庁のガフル副総監は最近、一連の反テロ法がイスラム教徒を差別していると批判し、「英国で暮らすイスラム教徒の若者の一部が過激思想に走る動機を独立の機関で追跡調査すべきだ」と訴えている。
   □  □
 無差別テロの恐怖から解放されていない現実に世界は衝撃を受けた。対テロ戦争継続を唱えてきたブッシュ米大統領やブレア英首相の政治的足場は、多少は強まるかもしれない。米英は一段と強力なテロ封じ込め策を進めるだろう。
 卑劣なテロを許してはならない。しかし、力ずくでテロリストを根絶やしにできる、と考えるのは幻想である。
 米国は冷戦並みの労力と時間をかけてテロとの「長期戦争」に挑む(今年2月の国防報告)という。それ以上に労力と時間をかけるべきは、イスラム社会を理解し、尊重し、包摂しつつ、狂信的なテロリストを生む土壌をほぐすよう、協力を求めることだろう。
 英国のイスラム教徒の大多数は過激派と無縁な人たちだ。一方で、その53%が「ロンドン・テロは、英国がイラクに侵攻したために起きた」と答えたという世論調査がある。彼らの複雑な思いを受け止めることから始めるべきだ。
 報復の応酬が行き着く先は、絶望の泥沼でしかない。それはイラクで、いやというほど、私たちが目撃していることではないか。

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2006年8月 7日 (月)

イスラエル軍のレバノン侵攻-小泉内閣、外務省は何をやっているのか

イスラエルのレバノン侵攻、ヒズボラやハマスとの「戦争」によって多くの人命が損なわれ、中東ひいては世界の安全が脅かされているのに、小泉内閣も外務省もいったい何をやっているのだ。

小泉総理はイスラエル等の訪問の後、暢気にラクダに乗って記念写真をとって欧米、イスラム圏で笑いものになっていたというし、帰国しては外交などは放り出し、国内遊説で松下村塾などを訪ね、自らを偉人になぞらえてかキングメーカーを気取っているだけだ。世界のGDPの1割を占める国家の指導者として無責任きわまりない。

麻生外相も、総裁選向けPRでバクダットなどに出かけているのでなく、今回の状況打開の鍵になる「米ーイラン」対話、「米ーシリア」対話を斡旋すべくテヘランやダマスカスにこそ出向くべきではなかったか。

けが人も出ていない北朝鮮のミサイル発射には騒ぎまくり、死者が多数出続けている世界情勢の中心テーマには手をこまねいてアメリカの出方待ちでは、国連安保理の常任理事国を目指すなんてちゃんちゃらおかしい。

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2006年8月 2日 (水)

イラン・クルド人の歌手、ナーゼリー氏のコンサートに出かける

先週の水曜日、2006年7月26日の夕刻、浜離宮朝日ホールで開催されたイラン古典音楽の歌手、ナーゼリー氏(参考記事後掲)のコンサートに出かけた。ごく小編成の撥弦楽器、打楽器を従えての歌声は、悠久の時を感じさせ、また時に見せる感情の振幅の大きさに感銘を受けた(『朝日新聞』2006年8月1日付夕刊9面に松村洋氏の批評掲載)。

ナーゼリー氏の古典叙事詩の歌唱も素晴らしいものだったが、直径80センチはあろうかというタンバリンを大きくしたような打楽器(トンバク?)は、縁の内側に金属ではなく短い糸で小さな石か豆のようなものを多数吊しており、叩き方によってはスネアドラムのような効果を出す。十指を別々に動かし細かいリズムを刻むかと思えば、低音は誰が出しているのかと思うと、片手の指5本を揃えてあるポイントを叩くと低い音が響くようで、その変幻自在の演奏は大きな拍手を浴びていたが、森田もすっかり感心してしまった。

客席からイラン女性の声がかかる。何か言っているようだ。あとで監修の佐々木あや乃・東京外大助教授にうかがったところ「クルド語ではわからないからペルシャ語でやって」と声がかかり、ナーゼリー氏が「クルドの歌もいいもんだよ」と粋に受け流した場面だったそうだ。後でも客席のイラン男性から曲目のリクエストの声がかかったが、曲目は開演30分前(!)に決めていて変更しなかったそうだ。

29日土曜の夜は東京外語大(府中市)の円形ホールで歓迎レセプションがあり、ペルシャ語を話す人がたくさんいたせいかナーゼリー氏も共演者たちもノリノリで「楽器紹介」のはずがソロ演奏の競演、講演予定だったナーゼリー氏もそれは取りやめて一曲呻り、来場者もそれは大喜び。楽しい夕べだった。

コンサートで印象に残ったことの一つは、絨毯敷きの「高座」に靴を履いたまま胡座をかいて演奏を終えた奏者たちが、客席の拍手が始まってだいぶたってから、静かに立ち上がって挨拶を返す様子だった。欧米や日本のステージマナーに比べ、とてもゆったりとしたものだった。

なお、会場には国際交流基金理事長の小倉和夫元駐仏大使ご夫妻の姿があった。駐韓大使時代にパンソリをマスターした小倉氏だけに、欧米ものばかりでなくこのようなコンサートにも足を運ばれていることに好感を抱いた。

【以下、『朝日新聞』7月20日付夕刊より、参考記事の貼り付けです】

2006年7月20日付『朝日新聞』夕刊

(大地から街角から 〈東京の夏〉音楽祭)時空超え、響く叙事詩 ナーゼリー

 ペルシャ文学史上最高の民族・英雄叙事詩と言われる「シャー・ナーメ(王書)」。その中の英雄ロスタムの悲劇を、語るように力強く、クルド語で歌いあげるシャハラーム・ナーゼリーは、イラン古典音楽の巨匠だ。文化統制の厳しいイスラム革命下で国民的歌手として生き延びた稀有(けう)な歌い手でもある。(テヘラン=安東建)

 ナーゼリーは、49年にイラン北西部のケルマンシャーに生まれた。「活動に制限があれば、今ごろ歌ってなどいない」。来日を前にテヘラン北郊の山あいの自宅で、自信に満ちた表情でそう語った。
 79年の革命後、宗教指導者によるイスラム体制は、西洋文化の流入だけでなく、その影響を受けたイランの音楽や映画を厳しく禁じた。80年から8年間はイラクとの戦争も続き、一部の古典音楽だけが演奏を許された。その限られた歌手が、ナーゼリーだった。古典が文化の最先端を走った革命初期のイランでは、アイドル的存在でもあった。
 「王書」は、ペルシャ詩人フェルドウスィーが約30年かけて1000年ごろに完成させた。ロスタム伝説は、我が子と知らずに息子ソフラーブを殺してしまう運命を描く。運命のはかなさなどが古来、イラン人の心をとらえてきた。
 この伝説はイラン、トルコ、イラク、シリアにまたがる山岳地帯に住み、「国家なき最大の民」と呼ばれるクルド人にも語り継がれていた。ナーゼリーはクルド人として、この物語に5、6年をかけて伝統のメロディーとリズムを加えた。
 タンブール、カマーンチェ、トンバク、ダフという小編成の演奏をバックに、語り部のように座り、低音から高音へと瞬時に移る声で歌う独特のスタイルは、30分以上の大曲を聞く者の胸に染み渡らせ、言語を超越した響きが心に迫る。
 「何世紀もの時代を経ても手つかずの音というのは、新しい世代に訴える力がある。クルド語を理解できなくても、この音楽には聴衆を魅了する『マジック』が潜んでいる」
 そう語るナーゼリーの音は、現代イランだけでなく、米欧でも高い評価を受けている。

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2006年7月25日 (火)

中東の新聞を日本語で-東京外大のアラビア語、ペルシャ語、トルコ語新聞の日本語訳配信サービス

東京外大がアラビア語、ペルシャ語、トルコ語の新聞記事を日本語に訳して提供するページを開いている。週に1回のメールマガジン形式による配布も行っておりお薦めだ。

言うまでもなく、これまでの中東情報、あるいは最新のメディア情報もAP、ロイター、CNNなど欧米のフィルターを通したものが大半で、ようやく最近NHKが「アルジャジーラ」を引用したり、BSで放送したりしているが、まだまだごく限られている。

欧米経由のバイアスを避けるためには現地語による新聞の情報は貴重であり、日本語訳の提供で中東に関する一般の情報水準を一挙に高めようというこの企画は素晴らしい。ご発展を祈ります。

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2006年6月 2日 (金)

米・イランは危機回避に向け対話を

アメリカのライス国務長官が31日「イランがウラン濃縮を停止すれば、イランと直接対話する用意がある」と発言した。カーター政権当時の米大使館人質事件以来、直接対話を拒否してきたアメリカ政府として、またイランを悪の枢軸と名指ししてきたブッシュ政権としてかなり思い切った進路転換だ。

イランのモッタキ外相はただちに「ウラン濃縮は停止しない。それを条件にした対話は拒否する」とする一方、「対話」の提案には歓迎の気持ちを滲ませたという。ウラン濃縮停止をただちに拒否したことは、先般のアフマディネジャド大統領のブッシュ大統領宛書簡への黙殺への意趣返しという記事も見られる。

アメリカは、イラク問題の教訓から一貫してヨーロッパを正面に立ててきた。今日はロシア・中国の同意も取り付けて国際社会の声をまとめたというニュースがあった。

アメリカの主張が100パーセント正しく、イランの主張が100パーセント間違っているとは思はない。しかし、ここは両者とも(特にイランは)1930年代に中国をめぐるアメリカと日本の対立が大きな戦争の悲劇を呼んだ教訓を思い起こし、戦争回避の小さなチャンスを最大限に活かし、また自らの行動が相手に予期せぬ反応を呼び起こす危険に細心の注意を払ってほしい。

小泉政権も「中国には電話も入れないブッシュ大統領から、包括的提案について直接電話があった」と喜んでばかりいるのではなく、「ブッシュ政権の求めに応じて『アメリカとインドの核合意』に支持を表明して、核不拡散体制に対するわが国の真剣な気持ちをイランに読み誤らせる」ような愚かなことをしないようにしなければならない。日本も当事国である。

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2006年4月25日 (火)

東京でイラン文化の一端に触れる

4月22日(土)午後、乃木坂駅すぐそばのペルシャ絨毯販売のミーリーコレクション・ショールームで開かれているイラン写真展とアリ・ソレマニエ氏のイランの正月=ノウルーズ=についての講演を聴きに出向く。

考古学者、中東音楽ファン、ペルシャ文化愛好の年配のご婦人方などのアットホームな集まりで、古代ペルシヤ文明や、観光地としてのイランに少数ながら根強い人気があることを実感した。

核危機の話しなど政治の話しは全く出なかったが、来場の日本人には「ハタミ大統領が誕生した時はテヘランにいてファンだったけれども、アフマディネジャド政権になってからは『遠くから見守っている』」といった声も聞かれた。

外交の観点から敵愾心を煽るのではなく、また経済的側面だけを考えて関係維持を言うのではなく、よく知り、本当の関係を結ぶことに実りが多いのではないかと思う。

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2006年4月23日 (日)

日本政府は、アメリカ政府にイランとの直接対話を呼びかけるべき

『日曜討論』(NHK総合、2006年4月23日9:00~)の後半はイラン核開発問題。司会者の「日本政府がやるべきことは」という最後の発問に対して、岡本行夫氏と田中浩一郎氏がアメリカとイランの直接対話を促すことだと発言していた。状況がどうなるかとか、諸外国の対処の方針が固まってきたらそれにどう対応するかといったことばかりでなく、いま具体的に何をなすべきかという視点でものを考えることは大切だと思う。

1979年の人質事件以来、アメリカは「イランだけは許せない」という恨みの感情が強すぎる。その時が民主党のカーター政権で、クリントン政権の国務省の中枢にも当時の人が多かったので、同政権の時も前に進めなかった。ライス長官が本当の優等生なら何とかしてもらいたいものだ。

それにしても小泉の官邸は、外交無策が招いた竹島「危機」の収拾に際してもあいかわらず「淡々と調査に出て、竹島についての日本の立場を国際的に知ってもらえばよかった。仲良くするだけが外交ではない」(『朝日新聞』2006年4月23日付朝刊2面「時々刻々」)といった調子なのも困ったものだ。『Sapio』(小学館)だの『サンデーモーニング』(TBSテレビ)だのといった、愚かな自己愛のようなナショナリズムの潮流におもねってカネさえ儲かればそれでいいといった下劣な連中はともかくとして、国家権力の中枢がこれでは日本の未来が大いに心配だ。

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2006年3月 2日 (木)

香田証生さん殺害犯自供に思う

 イラク内務省が拘束している男が、香田証生さん殺害を自供したというニュースを見た。あの頃の、人質になった香田さんに対するマスメディアなど世論のヒステリックな誹謗ぶりと、対照的な信仰に生きる方らしいご親族の冷静な態度、細々伝えられた香田さんの人となりの落差を思い出す。

 以下の論文は、最近たまたまある出版社の社長さんが「最近読んで、いちばん強い印象を受けた論文」として紹介して下さったものです。2年ちかく前のもので、直接には香田さんの事件の少し前、3人の人質の事件にかかわるものですが、権力の世論操作、メディア、そして我々はそれをどう受け止めるべきかといったことを今回のニュースを機に振り返る価値があると思い紹介します。

http://www.nulptyx.com/pub_poverty.html

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2006年2月28日 (火)

東大寺「お水取り」1,255回~寺の決定に背いて行法を守った僧たち

 『日経』朝刊文化欄のコラム「文化往来」が、東大寺の修二会=お水取り=が752年から一度も休まず続けられてきた歴史には、「中断寸前」の歴史があったことを紹介している。(2006年2月28日付朝刊、44面)

 察しのいい人はお分かりだろうが、あの大仏殿も焼失した平家による南都焼き討ちの後のことだそうだ。毎年書き継がれる「練行衆日記」に、その際二月堂は無事だったが寺は中止を決定、しかし「復興後再開しても後悔する」と15人の僧が寺の決定に背いて決行したとの記述と名簿があるという

 大仏の首が焼け落ちるなど、当時の人にとっては、アメリカ人にとっての9・11のような衝撃だっただろう。もっとも、一方で吉川英治の『新平家物語』が描く、一ノ谷で捕縛された南都焼き討ちの「下手人」である平清盛五男・重衡が、京都で平家に対する罵声を一身に浴びて一門の罪をわが身によって償おうと覚悟する様、一方で法然上人にすがるいきさつ、鎌倉護送から、南都に向け送り返されて斬られるまでの人々との心の触れ合いなどは、古典平家にだいたい沿いながら、心に滲みる物語だ。

 ところで、「お水取り」そっくりな行事がイランにもあるという。明日香村の石像などから、ペルシャ人も飛鳥の都に来ていたという説もあるそうだ。折からイランのモッタキ外相が来日中だが、向こう見ずのアフマディネジャド政権の核開発の問題はなんとかしてもらわなければならないが、イスラム教が生まれる前から、ペルシャと日本に交流があったといったことを思い出してみることも悪いことではないと思う。

 

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2006年2月 2日 (木)

デンマーク紙のムハンマド風刺漫画掲載騒ぎ

 デンマーク紙がムハンマドを貶める風刺漫画を掲載したとしてイスラム圏諸国に怒りが広がっているということだ。良い関係を結ぶつもりがあるならば、相手が絶対いやだということは避けることが賢明だろう。靖国参拝と同じことだ。ヨーロッパに掲載を支持し「言論の自由を認めるべし」とイスラム圏を批判する意見も結構あるという報道(IHTも)には残念な感じがする。

 キリスト教もイスラム教も、ユダヤ教とともに中東のごく狭い地域に集中して生まれた「一神教」の宗教だ。今ではキリスト教とイスラム教で世界人口の大きな部分を占めるわけだが、一方でわが国の「八百万の神」信仰のような多神教の方がもともとは圧倒的多数派だったはずだ。ローマ帝国がキリスト教化する前のヨーロッパだってそうなのだから。

 イスラム教の方も、一部のテロ肯定などは本来の教義を曲解したもののようである。イエスは「右の頬を叩かれたら、左の頬を差し出せ」と山上の垂訓で教えたのではないのかな。どっちも「ほどほど」にして、世界に迷惑をかけないでほしい。

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2006年1月31日 (火)

対イラン武力行使-ある米保守コラムニストの山本五十六を引き合いに出しての慎重論

 昨日NHK-BS1で放送された米ABC『ジス・ウィーク』(毎週月曜14:15~)後半のラウンドテーブルで、保守派コラムニストのジョージ・ウィル氏が、イランのアフマディネジャド政権の核開発阻止に関して、アメリカなどの武力行使に慎重論を述べていました。

 そのこと自体は当たり前のことかも知れませんが、興味を惹かれたのは山本五十六の話を引き合いに出していたことです。武力行使は選択肢の一つで、そのことでイランの核開発を1年遅らせることは可能だというウィル氏も「しかし、その後どうするかだ」「1940年に山本五十六は『北太平洋でそっと艦隊を移動させてハワイの艦隊をを壊滅することは可能か』と聞かれて『もちろん可能です。1年半は動けるでしょう。問題は、その後どうするのか』と答えたそうだ」というのです。

 20世紀前半に日本政府が行った愚かな選択をきっちり検証しておくことは、今の世界政治を語るレトリックを豊かなものにするためにも有用なようです。

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2005年12月10日 (土)

「民主化」でイスラム原理主義勢力台頭

 ブッシュ政権の「中東は民主化すべし」という外交政策の結果、エジプトの総選挙で初めて「ムスリム同胞団」の自由な選挙活動が認められ、結果としても「大躍進」となり、ブッシュ政権は早くも「中東民主化」政策を見直す方向だそうです。これは、「民主化」という普遍的な価値を前面に出してアメリカに都合のいい展開を図ろうとしたブッシュ政権にとってパラドックスであるとともに、中東がアメリカから自由であることを望むとともに、中東においても自由・人権が守られるべきと考える私にとってもパラドックスと言わなければなりません。

http://www.asahi.com/international/update/1208/013.html

 それにしても、近隣諸国との関係を行き詰まらせたまま、小泉総理は年明けに中東を訪問し、イスラエルやパレスチナの指導部と会談するそうです。パレスチナ問題こそ、世界政治の焦点であり、訪問自体はたいへん結構なことですが、残念ながらこれまで小泉首相の口からパレスチナ問題についての多少なりとも見識、あるいは世界政治の指導者にふさわしい責任感を感じさせるメッセージを聞いたことはただの一度もないことは残念です。

 スポンサーとしてちょっとは格好いいところを見せられるかもしれない。世界政局の焦点なので、ちょっと勉強していけばテレビ写りのいい訪問に出来るといった安易な考えの訪問であるならば、これが何か国際政治に、汚点を残すことのないよう願う限りです。

 外務省の心ある職員のみなさんの健闘を祈るとともに、小池百合子大臣もどうか最低限のフォローを果たされますように。

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2005年11月16日 (水)

パレスチナ・ガザ地区の国境通行問題仲介でライス米国務長官踏ん張る

 イラク情勢の悪化から目をそらせて政権を立て直す、という目的があるにせよ、世界の問題の焦点がどこにあるかを外さないライス国務長官の踏ん張りは評価に値すると思います。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20051115AT2M1501O15112005.html

 とにかくガザを何とかして、パレスチナの人々のあらゆる意味での基盤として整えるということがイスラエル-パレスチナ問題解決への着実な一歩になると思います。仮に、シャロン首相が西岸やエルサレム問題での譲歩をしないための方便と考えているにしても。

 それにしても、国境検問にはEU(ヨーロッパ連合)が関与するというのは興味深い点です。今日未明にNHK-BS1で放送していたシンガポールCNAのニュース(3:30頃?)では、インドネシア政府の必要な鳥インフルエンザ対策(疑いのある地区の鳥焼却)がEUの資金拠出により可能になったという話しを伝えていましたが、ヨーロッパは中東でも、東南アジアでも存在感を示しています。

 それに比べて小泉首相は、京都にブッシュ大統領を迎えてあいかわらず「アメリカとの同盟関係を揺るぎないものにすることが、中国・韓国はじめ世界との関係を良くする」と、日米のカラに閉じこもっていれば万事うまくいくといったバーチャルな、非現実的な世界に浸っているようで、ますます世界における日本の存在感はイルボヌ・オプタとなっています。

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2005年10月25日 (火)

小泉総理のイスラム圏大使招待

 小泉総理が官邸にラマダン(イスラム教の断食月)中のムスリム諸国大使を招いてイフタール(日没後の夕食)を共にしたそうです。

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20051024AT1E2401O24102005.html

 カイロ大卒のイスラム通である小池百合子環境相の入れ知恵だと思います。私は小池氏の歴史認識、台湾問題に対する態度は、外務大臣候補としては失格ないし危険であると思っていますが、この夕食会はとても良い企画だと思います。

 日本人の多くは伝統的に一神教ではなく、「多神教」と言っていい宗教感覚を持っているので、イスラムについても、それに帰依するというにはハードルが高いですが、他の一神教に帰依しているが故の本質的な「拒否感」は多くの場合ないわけですから、それを活かして相手方に関心を持っていること、理解しようと言う姿勢を持っていることを示すことは大事だと思います。

 もっとも、外交官たちを惹きつけても、イラク戦争開戦に賛成し、多国籍軍の一翼を担うと見られる自衛隊派遣を続けていることで、民衆レベルでは長年の「友好国」イメージという財産が損なわれ続けていることに変わりはありませんが。

 それにしても、「断食」月の日没後にはいつもよりも豪勢な食事をとり、断食月中の方が肉などの消費量がいつもより多いというあたり、中東っていうのも面白いですね。

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2005年9月 9日 (金)

ミス・イギリスにイスラム教徒

 NHK・BS1の『おはよう世界』(6:15~)で、今年のミス・イギリスにウズベキスタン生まれでアフガニスタン人を両親に持つイスラム教徒のアマサ・コスタイニさんが選ばれたというフランス2のニュースを紹介していました。

 9年前にイギリスに移住し、6カ国語を話すというコスタイニさんが「人々の幸せを願うよいイスラム教徒もいることを証明できれば」とフランス語で話す映像が紹介されていましたが、7月のロンドンでのテロにより緊張が高まり、また傷ついたイギリスの市民社会におけるイスラム教徒と非イスラム教徒の関係にとって小さな明るいニュースだと思いました。

 振り返れば、わが国においても中国系、韓国系をはじめとする近隣諸国出身の人々、あるいは東南アジア系のイスラム教徒といった人々にスポットライトが当たる機会をつくっていくよう工夫すべきでしょう。外国語というと、とにかく英語というのも、度が過ぎると考え物だと思います。