人権

2009年3月 5日 (木)

政治的判断が稚拙に見える「バシル大統領訴追」だが、世界の人道と人権の歴史にとっては必要な蛮勇かもしれない

「国際刑事裁判所(ICC)がスーダンのバシル大統領を起訴」というニュース(後掲)があった。

ある国の国家元首による残虐な行為に対し、国際社会が法に基づいて人権を守るための措置を執行するという、大きくはこれからの世界が進むべき方向に則ったことである。

もちろん、執行にあたっては実際には難しい問題がある。「スーダンの主権の独立」との関係で、誰がどうやってバシル大統領を逮捕できるのかという問題がある。ダルフール紛争には大きく言ってイスラム教徒のアラブ人勢力による、キリスト教徒の黒人勢力の弾圧という構図があり、また中国がバシル政権に肩入れしてきたという側面もあるため、他の同様な問題よりも欧米のメディアなどの注目を集めているという見方もある。

さらに言えば、今回の訴追により国連や各国のダルフールの難民支援活動がバシル政権側により脅威にさらされることにつながるといった問題もある。

ダルフールのいままさに迫害されている人々の状況が実際に良くなることと、新しい国際刑事機関により、普遍的な正義が実現される手だてが整えられること。一度に両立することが難しい問題にも見えるが、世の中のことで簡単に解決できることなどない。関係者の努力と知恵により人道と人権を守る国際機関が成長するステップとなってほしい。手をこまねいていては歴史は前に進まない。

【以下、切貼】

スーダン大統領に逮捕状  ダルフール紛争でICC  共同通信 2009年3月4日

 【ブリュッセル4日共同】スーダン西部ダルフール紛争をめぐり、国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は4日、戦争犯罪と人道に対する罪などで、スーダンのバシル大統領(65)に対する逮捕状を発付した。2002年に設立条約が発効したICCにとって現職の国家元首に対する初の逮捕状。同法廷のモレノオカンポ主任検察官が昨年7月に請求していた。

 ダルフール地方では03年2月、アラブ系の中央政府に対する黒人系勢力の反政府活動が激化、政府軍はアラブ系民兵と協力して、黒人系住民の村などを無差別に襲撃した。国連によると、約30万人が死亡した恐れがある。

 検察官は、大統領が軍などを指揮して少なくとも3万5000人の市民を殺害したほか、約250万人を難民キャンプに送り、無差別に強姦したなどと主張している。

 ICCは自前の警察力を持たないため、逮捕状執行は外遊先の国が身柄を確保した場合などに限られる見通しだ。ICCは07年5月にもスーダン政府高官ら2人に対する逮捕状を出したが、政府は引き渡しを拒否した。

【以上、切貼】

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2009年2月16日 (月)

村上春樹氏の「エルサレム訪問、そして発言」を支持する。

村上春樹氏が文学賞受賞でエルサレムに招待され、ガザ侵攻直後という状況から訪問すべきでないという声もあった。

村上氏は「訪問する。そして予定されていた講演の中で批判する」という選択をした。森田はこの選択を支持する。

世界の人々は、狭い地球の上で、お互い関わり合って生きていかなければならない。体の一部が病気なのに、それを放っておいて他の部分が健康を保つことが出来ないのと同じで、この世界で起こっていることで、僕たち一人一人と関係のないことなど一つもない。

村上さんは「文学者は自分の目で見たものしか信じない」という趣旨のことを述べたそうだ。そして僕は思う。世界の問題に関わっていこうとするなら、できることなら当事者と会って話をすべきだ。

「対話」こそが、明日を開く。

1980年のモスクワオリンピックを、日本もアメリカもボイコットすべきではなかった。モスクワに出かけ、ソ連のアフガニスタン侵攻について市民と対話すべきだったのだ。いま、NATO諸国がアフガニスタンに駐留するロジックが、当時のソ連のロジック=部族対立や山賊行為に対する中央政府の統治の確立を手助けする=とほとんど同じことが、ついでに想起されるが。

チベット問題について、本当に問題解決を手助けしたいなら、聖火リレーを暴力で襲うのではなく、北京を訪れて老若男女、あるいは自分の同業者や同好の士と語り合うべきなのだ。

村上さんがとった態度は、われわれに世界市民としての範を示したものだと森田は思う。

【以下、2月20日、共同通信のこのページから切貼】

【日本語全訳】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演全文

 こんばんは。わたしは今日、小説家として、つまり嘘を紡ぐプロという立場でエルサレムに来ました。 

 もちろん、小説家だけが嘘をつくわけではありません。よく知られているように政治家も嘘をつきます。車のセールスマン、肉屋、大工のように、外交官や軍幹部らもそれぞれがそれぞれの嘘をつきます。しかし、小説家の嘘は他の人たちの嘘とは違います。小説家が嘘を言っても非道徳的と批判されることはありません。それどころか、その嘘が大きければ大きいほど、うまい嘘であればいっそう、一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。なぜ、そうなのでしょうか?

 それに対する私の答えはこうです。すなわち、上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。

 そうは言いながらも、今日は嘘をつくつもりはありません。できる限り正直になります。嘘をつかない日は年にほんのわずかしかないのですが、今日がちょうどその日に当たったようです。

 真実をお話しします。日本で、かなりの数の人たちから、エルサレム賞授賞式に出席しないように、と言われました。出席すれば、私の本の不買運動(ボイコット)を起こすと警告する人さえいました。これはもちろん、ガザ地区での激しい戦闘のためでした。国連の報告では、封鎖されたガザ市で1000人以上が命を落とし、彼らの大部分は非武装の市民、つまり子どもやお年寄りであったとのことです。

 受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問自答しました。このような時期にイスラエルへ来て、文学賞を受けることが果たして正しい行為なのか、授賞式に出席することが戦闘している一方だけを支持しているという印象を与えないか、圧倒的な軍事力の行使を行った国家の政策を是認することにならないか、と。私はもちろん、このような印象を与えたくありません。私は戦争に反対ですし、どの国家も支持しません。もちろん、私の本がボイコットされるのも見たくはありません。

 しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。おそらく、他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。これは小説家としての私の「気質」かもしれません。小説家は特別な集団なのです。私たちは自分自身の目で見たことや、自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。

 というわけで、私はここにやって参りました。遠く離れているより、ここに来ることを選びました。自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。
 ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。

 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。

 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。

 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

 私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。

 父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。

 今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。どこからみても、勝ち目はみえてきません。壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。

 このことを考えてみてください。私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。「システム」はそういったものではありません。「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「組織」をつくったのです。
 これが、私がお話ししたいすべてです。

 「エルサレム賞」、本当にありがとうございました。私の本が世界の多くの国々で読まれていることはとてもうれしいことです。イスラエルの読者の方々にお礼申し上げます。私がここに来たもっとも大きな理由は皆さんの存在です。私たちが何か意義のあることを共有できたらと願っています。今日、ここでお話しする機会を与えてくださったことに感謝します。ありがとうございました。(仮訳=47NEWS編集部)

 【英語全文】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演全文

 以下の英文は村上春樹さんが講演を終えたあと共同通信エルサレム支局の長谷川健司特派員(支局長)がエルサレム賞主催者から入手したテキストが基になっています。しかし、実際の講演はこれに少し修正が加えられていました。当日、長谷川特派員が授賞式会場の取材で録音したレコーダーを聞きなおし、実際に村上さんが話した通りに再現したものです。

“Jerusalem Prize” Remarks

Good evening. I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to say as a professional spinner of lies.
Of course, novelists are not the only ones who tell lies. Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and generals tell their own kinds of lies on occasion, as do used car salesmen, butchers and builders. The lies of novelists differ from others, however, in that no one criticizes the novelist as immoral for telling lies. Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously he creates them, the more he is likely to be praised by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: namely, that by telling skilful lies--which is to say, by making up fictions that appear to be true--the novelist can bring a truth out to a new place and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth-lies within us, within ourselves. This is an important qualification for making up good lies.

Today, however, I have no intention of lying. I will try to be as honest as I can. There are only a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.
So let me tell you the truth. In Japan a fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came. The reason for this, of course, was the fierce fighting that was raging in Gaza. The U.N. reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded city of Gaza, many of them unarmed citizens--children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.
Finally, however, after careful consideration, I made up my mind to come here. One reason for my decision was that all too many people advised me not to do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the exact opposite of what I am told. If people are telling me-- and especially if they are warning me-- “Don’t go there,” “Don’t do that,” I tend to want to “go there” and “do that”. It’s in my nature, you might say, as a novelist. Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands.
And that is why I am here. I chose to come here rather than stay away. I chose to see for myself rather than not to see. I chose to speak to you rather than to say nothing.

Please do allow me to deliver a message, one very personal message. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will do it. But if there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.

But this is not all. It carries a deeper meaning. Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: it is “The System.” The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others--coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on the System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I truly believe it is the novelist’s job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing stories--stories of life and death, stories of love, stories that make people cry and quake with fear and shake with laughter. This is why we go on, day after day, concocting fictions with utter seriousness.

My father passed away last year at the age of ninety. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield. He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike. Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.
My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, and we are all fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong--and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from our believing in the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow the System to exploit us. We must not allow the System to take on a life of its own. The System did not make us: we made the System.
That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem Prize. I am grateful that my books are being read by people in many parts of the world. And I would like to express my gratitude to the readers in Israel. You are the biggest reason why I am here. And I hope we are sharing something, something very meaningful. And I am glad to have had the opportunity to speak to you here today. Thank you very much.

【以上、切貼】

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2009年2月 3日 (火)

「もっと自由にカネ儲けできる社会」より、「誰もが生きやすい社会」=ひとつの指標・発達障害支援=

今日付の毎日新聞2面の連載「生徒指導はいま」に発達障害支援の話が出ている。ようやく世間に認識が広がりつつあるが、施策という点ではようやく緒についたばかりだ。

とにかく、ブッシュ=小泉・竹中時代の自民党政治は「カネ持ちがもっとカネ持ちになれる政策」と、「福祉・教育も予算は切り詰め」の組み合わせだ。

世界と日本の現状がようやく「転換」の必要性を皆に知らせている。ここで取り上げている「発達障害支援」にどう取り組むかなどは、よいリトマス試験紙である。

ちなみに、以下に貼り付ける毎日記事に「通級」という話が出ている。世田谷区でもそうした制度があり、うちの子も週に二日ほどだったか別の学校に通った。制度が無いよりうんとましだが、そこに通う日は在籍校の授業が受けられず勉強が遅れる。

ハンディを負う子が苦労する一方で、帰国子女学級というのも設けられていて、生徒は二つの学校を往復するといったことなく在籍校で母国語の習得などの特別支援を受けられる。しかし、この子たちは将来「英語が得意」などの有利な点があり、民放の女子アナはじめ就職も有利ないわば強者ではないか。

こういった森田に言わせれば「本末転倒」が起こるのは、帰国子女の親たちが官僚や大企業の社員など社会的強者であることと関係があると思う。

公立学校教育においてさえこの有様だ。放っておけば、政策は格差拡大、強者がますます太る方に流れる。良心的な政治家、良心的なメディアの奮起が望まれる。

それにつけても、最近の週刊誌『AERA』などは教育関連の記事といえば「どうやってうちの子をブランド校に進学させられるか」といった下らない記事ばかりである。社会的強者のカネ持ち記者で、実のところは頭が悪く、ジャーナリストとしての使命感も欠如した連中の仕事ということなのだろうが、そんなことやってて朝日新聞は本当に生き残れると思っているのだろうか?

【以下は2009年2月4日付・毎日新聞朝刊2面記事の切抜貼付】

先生:生徒指導は今/5 発達障害児の特別支援教育

 ◇無理解・手不足、壁に

 母親の反応はいつも同じだ。「家では普通なんですけど」。そんなことないでしょう、というせりふをのみ込む。

 東京都内の小学校教諭(54)のクラスには、落ち着かない男児がいる。授業中座らない。給食中、皿の上の野菜を床に投げる。朝礼で前の子のズボンを下ろしてしまう。発達障害の可能性があることをにおわせ、母親に専門医受診を勧めるが、応じてもらえない。

 数人の男児が同調し学級崩壊した。一部保護者から区議に「担任を代えて」と陳情が出た。酒量が増え、クラス替えを待つ日々だ。

 対人関係が苦手だったり、衝動的な行動をとったりする発達障害。文部科学省の初の調査(02年)で、発達障害の傾向を示す小中学生は68万人(6・3%)に上り、1クラスに約2人と推定される。ケアが必要なら、専門の指導をする通級学級や特別支援学級に通う。しかし一昨年5月現在、通級学級に通うのは約4万5000人。肢体不自由児らも対象とした特別支援学級などに通う約17万人を足しても、68万人には及ばない。

  ■   ■

 大阪府内の公立小。授業中はだしで駆け回り、時には机に伏していた小2男児に、特別支援学級の男性教諭(58)が声をかけた。「先生の所に来いへんか」。2年前のことだ。5、6時間目だけ顔を出した男児は翌朝、自分から特別支援学級に顔を見せ、約1カ月通い続けた。

 翌月の保護者懇談会。教諭は悩みながらも、机に向かう男児を母親に見せた。「うちの子が勉強してる」。母親は声を震わせた。専門医にかかり、集団に適応しない高機能広汎性発達障害の傾向があるとわかった。

 男児は1けたの繰り上げ算が苦手だ。集中力も続かない。特別支援学級は全部で7人。友達のおもちゃを取り上げたり、奇声をあげ泣き続ける子もいる。「ほかに居場所がないから、ここでしかいら立ちをぶつけられない」。男性教諭は、子どもたちが落ち着くのをゆっくりと待つ。

  ■   ■

 多くの発達障害児は普通のクラスで過ごす。東京都内の小学校のあるクラスには、34人中、発達障害とみられる子が6人いる。うち1人は感情が行動に表れやすく、壁をけり友達につかみかかる。担任男性(29)は男児を後ろから抱きかかえ、騒然とする教室で「みんな落ち着いて」と呼びかける。

 障害の特性を学んだ。声のかけ方には気を配る。「どのくらい我慢した?」。両手を広げ我慢の度合いを聞く。1時間座っていると「よくできた」とほめる。隣で耳をすます級友たちにも、男児の努力を認めてほしい。

 学校には、特別支援学校教諭の免許を持つ元教員や心理学を学ぶ大学生ら外部スタッフ約20人が通う。今年度から特別支援の研究開発校になったからだ。机の横で学習を手伝い、パニック時には別室に連れ出す。去年、教室外に飛び出すことの多かった男児は、席に座っていられるようになった。

 こんな態勢の学校はわずかだ。退職教員らによる特別支援教育支援員は現在2万6000人で、1校1人に満たない。=つづく

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【ここまで切抜貼付】

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2009年1月27日 (火)

千代田区長選-派遣村に冷たかった現職の再選は?

週末の新聞を見ると、東京千代田区の区長選をやっているらしい。

「年越し派遣村」のフォロー記事で、隣接の中央区長が積極的な対応を見せ、厚生労働省もいやいやながら選挙を控えたポリティカルアポインティーに押し切られて講堂の開放を決めるというなか、千代田区長は関係者の要請に「正月休みが明けないと‥」と冷たかったという。

こうしたことが結果に影響するか、関心あるなあ。

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2009年1月25日 (日)

映画『誰も守ってくれない』

午後、新宿ピカデリーで『誰も守ってくれない』。報道と人権、時に牙をむくネット・メディアを背景に描かれるドラマだが、主演の佐藤浩市氏の魅力、テーマの時代性、スピード感のある構成、演出と実に素晴らしい映画だと思った。

人を苦しめる「悪」は凶悪な意思を持った特殊な人や、権力の上の方から人々に降りかかるとは限らない。おもしろ半分だったり、「善意」からくる「横の圧力」というか、空気読めの「空気」に類するものも恐ろしい力を発揮することがある。メディアがそれを無反省に増幅してはならないということがこの映画の作り手の論点の一つなのだろう。

具体的には、最近「被害者の人権」ということがようやく注目されるようになった反面、振り子が振れすぎたように加害者の周辺の「人権」がないがしろにされるようになってはいないかという問題提起がなされているのだと思う。

実は、このまえの戦争だって、多くの人が敗戦後に「騙された」と言い、中国政府が「日本人民も被害者」というのとは違って、南京など中国の都市が陥落するとちょうちん持って行列し、自由主義者や共産主義シンパをよってたかって叩いた議会人、マスコミ、そして一般の人々が作り出した「横の圧力」に政党や支配層、軍部が迎合したり、それに便乗したりして引き起こされたという側面があるのだと思う。「郵政選挙」に幻惑されて、自民党に投票した人もやはり反省が必要なのだ。

しかし、小倉智明さんの推薦、昨夜のテレビドラマ『誰も守れない』にすっかり乗せられて出かけた訳だが、ストーリーの展開に引き込まれ堪能した。映画の最後のところもとても良い。僕もずいぶんたくさん「忘れ物」をしているに違いないと思う‥。

『誰も守ってくれない』『おくりびと』『K-20 怪人二十面相伝』など、あまりたびたび劇場に足を運ぶ方ではないが、最近見た日本映画はどれも素晴らしいものばかりである。今日の新宿ピカデリーでも』『おくりびと』『K-20 怪人二十面相伝』に「チケット完売」の館内放送が流れていたが、わが国の文化、表現の分野はなかなかの水準を示していると思う。それなのに政治・行政の中枢のていたらくはとも思うが、まあ、これも夜明け前の暗闇と考えたい。

それにしても佐藤浩市さんはいいなあ。家人はモッくんの方が贔屓のようだけれども、佐藤浩市さん、『風のガーデン』(フジデレビ2008年)の中井貴一さんなど、自分と同年配のいい役者さんたちのいい演技に触れることができるのはたいへん嬉しい。しかしわが頭髪の寂しさに比べ、佐藤浩市氏のフサフサした髪はうらやましいなあ。

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2009年1月 9日 (金)

学校で労働基準法など生きるための基礎知識を-NHK早川解説委員の意見に賛成

ここ2年ほどのことだろうか、年に何回かNHKの解説委員たちが一堂に会して、また視聴者の声も募ってあれこれ議論する「双方向解説・そこが知りたい」という番組がある。最近は昨年12月27日深夜から翌早朝にかけて、世界経済情勢や雇用や若者の状況などを含む話題での放送があった。

ながら視聴で録画を見ていたら、教育担当の早川信夫解説委員がある調査によると「若者の4割が労働基準法の内容を知らなかった」という数字を紹介し、例えば「非正規雇用でも休暇が取れるとか、残業代を請求できるといったことは学校でちゃんと教えるべきではないか」「キャリア教育というと、起業家養成など派手な話題に目がいくが、むしろ生きていくために必要な基礎知識をしっかり教えることが大切ではないか」と発言していた。

その通りだと思う。証券会社の人を学校に呼んで投資のゲームを習うというようなことをやっているところがあるようだが、労働組合の人や弁護士を呼んで、こうした基本的な社会のルール、それも生きていくために大切な知識を学べるようにすることが大切だと思う。公立学校教育の役割はますます大きい。

番組に話題を戻す。NHKの解説委員を集めても、あたりさわりのない話に終始すると思われるかも知れないが、このように教育担当解説委員が経済、社会の問題という文脈の中で意見を聞かせてくれたり、あるいは解説委員同士で出ているので、ある意味カッコつけたいという心理も働くのか、いつもより大きな構えでハッキリと意見を聞かせてもらえるので面白い。視聴率がどれくらい出ているか知らないが、ぜひ続けて欲しい番組だ。

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2008年12月 5日 (金)

ムンバイのテロ事件-地域の子どもたちが絶望せずに勉強したり暮らしたりできるように支援することが最大の「対策」

ムンバイのテロ犯10名のうち唯一の生き残った者についての米ABCのニュースが目に入る。パキスタンの小さな村に育ち、10歳で学校に行かなくなり‥最後は「家族に4000ドル(36万円あまり)提供する」と言われ犯行を決意したという。

テロ対策というと、自衛隊派遣うんぬんという話ばかりする人々がいるが、やはりアフガニスタンとか、パキスタンの小さな村、あるいはインドの貧しい、例えばイスラム教徒の集落に住む子どもが、普通に暮らして、学校で勉強が出来て、過激なテロ集団などにリクルートされるリスクを小さくする支援の積み重ねの方が、はるかに現実に役に立つ「テロ対策」だと思う。

アフガニスタンのカブールなどには、トップの緒方貞子氏の強い意思もあり、JICAの職員が何十人か踏みとどまって全く丸腰で保健衛生などの業務に命がけであたっていると聞くと頭が下がる。日本は「軍」を派遣していないだけに現地で受け入れられるというが、現地にもっととけ込んで成果を上げることが出来るのはイスラム圏で該当地区と民族的にも、宗派的にも相性の良い人々であるような気がする。

この際、日の丸を目立たせようなどという欲張った考えは置いておき、イスラム系の団体や現地の人々によるNGOなどが、貧しい地区の子どもたちがやがては安心して学校に行けるような状況を作り出す指向性をもった社会開発支援のプログラムづくりに知恵を出し、実行に当たってくれるそうした団体、人々に日本政府が資金を提供していくといった方法をさらに模索していくべきだ。

テロを起こすやつは悪いやつでとんでもない、軍事力でたたきつぶせと言っているだけでは何の解決にもならない。浜の真砂が尽きることがないのと同じことだ。

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2008年8月14日 (木)

ロシア・グルジア衝突の遠因は米ブッシュ政権の単独行動主義にある

 グルジアの南オセチア自治州をめぐるロシアとグルジアの軍事衝突は、EU議長国フランスの調停で停戦の合意を見たものの、8月14日朝、東京で見た各国のテレビニュースはロシア寄りの武装勢力によるグルジアへの報復攻撃が事実上続いていることを伝え、破壊された町から逃れてきたグルジア人の様子を報じている。

 ブッシュ大統領やライス国務長官の大げさな牽制発言や、ミリバンド英外相らの強硬発言とは裏腹に、今のところ米軍などがイラク派兵にも参加した「同盟国」グルジアに直接の軍事支援を行うことにはなっていない。一方、ロシアも西側の牽制に対しては鉄面皮ぶりを示しながらも、かつてソ連が50年代にハンガリー、60年代にチェコを軍事的に蹂躙したのに比べ、トビリシ軍事制圧、親ロシア政権樹立といった挙には出ていない。あたりまえといえばそうだが、メドベージェフ政権がエキセントリックな政権ではないことの証左とも言えるのではないか。

 クシュネル仏外相が、いきり立つポーランドやイギリスの外相をたしなめて「今は誰が悪いと言っているよりも、出血を止めるときだ」と言うのは当を得ており、とりあえずみなその線で踏みとどまっていると言えるだろう。

 ロシアの土産物にマトリューシカというこけし型の入れ子人形がある。大きな人形の中から、一回り小さな人形が出てきて、さらにその中に‥とどんどん小さなものが出てくる。ソ連時代は、一番大きな人形が「ソ連」で、その中に「グルジア」という人形が入っていて、さらにその中に「南オセチア」が入っていた。もうひとつ「ソ連」の中に「ロシア」が入っていて、そのなかに「北オセチア」が入っているマトリューシカもあって、オセチアはその時から南北に泣き別れになって別の人形に入っていたけれども、何せソ連というタガがしっかりはまっていたし、グルジアはソ連の独裁者だったスターリン、ゴルバチョフ政権のシェワルナゼ外相の出身国だったこともあって「ロシア」と「グルジア」の関係も、内実はともかく矛盾が表面化しにくい関係にあった。

 この比喩で言えば、今は別のマトリューシカに入っている南北オセチアが一つになりたいということで、しかも、これはどうもロシアの工作もあって全体として「南オセチアがグルジアのマトリューシカを出て、ロシアのマトリューシカに移りたい」という話しになりかけているから、グルジア政府やグルジアのナショナリストたちにとっては、同じグルジア内のアブハジア自治州の問題もあるし、これは決して容認できないという対立になっているわけだ。

 ソ連が崩壊する中でグルジアは独立を果たした。グルジアの人々の中には「ロシアはもうこりごりだ。これからはアメリカの同盟国となって自由で豊かな国になるのだ」と言う人たちがいて、サーカシビリ大統領や議会の多数派はそうした人々を代表している。一方で、おそらく「同じ国だったんだし、グルジア正教とロシア正教で、古くからビザンツ帝国の仲間じゃないか」という親ロシア派もいるのだろう。そしてどの国とも同じで、本音を言うとどっちに付くかより生活第一という人がその真ん中で一番の多数派なのではないか。ただ、いまのグルジアは郵政民営化熱に浮かされて判断停止していた時のわが国のように、反ロシア派が一時的に大多数を占めているのかもしれない。

 クシュネル仏外相が今はどちらが悪いと言うときではないというのは正しいが、敢えて分析的に言えば、8月8日に南オセチアに先制軍事攻撃を仕掛けたのはグルジア軍だ。南オセチアの市民に1,000人以上の死者が出て、駐留していたロシアの平和維持部隊にも犠牲者が出ている。

 もちろん、わが国がかつて中国東北部(旧満州)を軍事占領するきっかけを作るために、二度までも自らの手で鉄道爆破事件を起こしたように、ロシアの情報機関がグルジアに「先制攻撃」を起こさせるような挑発を工作したり、グルジア軍に工作員を送り込んでいる可能性はあるけれども、いかんせんわが国の真珠湾攻撃と同様に本来「先制攻撃」というのは劣勢になったときの責任論で分が悪い。

 さはさりながら、ロシア軍が報復と称して南オセチアの範囲を越えてグルジア領内に侵攻し、いくつかの町を徹底的に破壊したり、逃げてきた人の口から「若い人々が人質にとられた。女性たちがどういう扱いを受けているかはわからない」という話を聞くと、ロシア当局にも軍や、武装勢力に対する手綱はしっかり握っていてもらはなければ困るぞと切に思う。

 ブッシュ大統領が「グルジアには選挙で選ばれた唯一の政府がある」と強調している。それはその通りだが、パレスチナの選挙でも、ずっと前のアルジェリアの選挙でもアメリカに都合の悪い勢力が選挙で勝ったときには選挙はなかったような顔をする彼らのやり方を知っているだけにしらける面もある。BBCのレポーターもこれには説教くさいと言っていた。マケイン大統領候補が「ロシアをG8のメンバ-にしておいていいのか」というのは先走りで、票目当ての悪しき発言だ。

 これは森田の感想だが、サーカシビリ大統領は若く颯爽としているが、アメリカとの連携にのめり込み、虎の威を借るキツネのようにロシアを挑発する姿勢は賢明なものとは思えない。EUが停戦調停に当たるときに提案した「南オセチアの将来の地位については話し合いで」という一項は頑なに拒否したという。ロシアからの自由を叫ぶ一方で、オセチア人はずっと俺の言うことを聞けと言うのではダブルスタンダードと言われよう。

 アメリカの政権が「有志連合」などと言って「俺の言うことを聞く者だけには特に目をかけてやる」という外交姿勢だったことが今回の事態の根底にある。アメリカに国際協調派の政権が出来て、21世紀初頭の十年弱の軌道を修正する。オセチア問題、グルジア問題の解決はそこからようやく始まるのではないだろうか。

 わが国においても民主党などによって、ブッシュのポチになって尻尾を振って喜んでいた小泉・安倍政権の「米単独行動追従主義」と福田政権の全く不十分な修正に変わる、日本外交のフレッシュな路線が打ち出されることが切に望まれる。

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2008年5月15日 (木)

内田樹氏の「頭を冷やせ」になるほど。

東京は久しぶりに良い天気。昨日までコートを着て、事務所近くまで地下鉄を乗り継いだのに、今朝は日よけにキャップをかぶって外苑東通りをウォーキング。事務所に入ると、やはり昨日まではモーツァルトの短調のピアノコンチェルトなぞを聞いていたのに、今日はベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』、往年のジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団の演奏CDなど久しぶりにかけてみる。

ここのところ、チベットのことで中国に対して批判というよりは誹謗中傷する連中に頭に来て、特に聖火リレーをデモで妨害する行為に対する反発から、カッカと来ていろいろ言いながら、なんとなくスッキリしない気分でいたところ『毎日新聞』2008年5月12日付夕刊で内田樹氏の「争いがとりあえず決着するために必要なのは、‥当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという『節度の感覚』を持つことである」「『いいから少し頭を冷やせ』というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような『大人の常識』を私たちはもう失って久しいようである」という論を見た。

いつも内田氏の議論は面白いと思うが、今度も第三の視点を出すとすればこういうことかとなるほどと思った。ただし、内田氏も「そんなことは言っていない」と言われるだろうが、森田としては21世紀に入ってからのわが国の政策の方向性の誤りについて批判し、代替プログラムを模索することを「自制する」つもりは毛頭ないけれども。

【以下は、毎日新聞2008年5月12日夕刊より内田樹論文 =『内田樹の研究室』より=】      

オリンピックの聖火リレーをめぐる騒動を眺めていて、いささか気鬱になってきた。何か「厭な感じ」がしたからである。何が厭なのか、それについて少し考えたいと思う。
 熱い鉄板に手が触れたときに、私たちは跳びすさる。「手が今熱いものに触れており、このまま放置すると火傷するので、すみやか接点から手を離すことが必要である」というふうに合理的な推論してから行動するわけではない。たいていの場合、私たちはわが身に何が起きたのかを行動の後に知る。
 聖火リレーにまつわる「厭な感じ」はそれに似ている。
 だから、この論件については、誰の言い分が正しく、誰の言い分が誤っているというような「合理的」なことは申し上げられない。それは「厭な感じ」が議論の内容ではなく、論を差し出す仕方のうちに感知されているからである。語られている政治的言説の当否は私にとっては副次的なことにすぎない。
 私が「厭な感じ」を覚えたのは、たぶんこの政治的イベントに登場してきた人たちが全員「自分の当然の権利を踏みにじられた被害者」の顔をしていたせいである。
 チベット人の人権を守ろうとする人々も、中国の穢された威信を守ろうとする人々も、聖火リレーを「大過なく」実施したい日本側の人々も、みな「被害者」の顔で登場していた。ここには「悪者」を告発し、排除しようとする人々だけがいて、「私が悪者です」と名乗る「加害者」がどこにもいない。
 そんなの当たり前じゃないか、と言われるかも知れない。権利を主張するということは「被害者」の立場を先取することなのだから、と。
 まことに、その通りである。「本来私に帰属するはずのものが不当に奪われている。それを返せ」というのが権利請求の標準的なありようである。それで正しい。困ったことに、私はこの「正しさ」にうんざりし始めているのである。
 近代市民革命から始まって、プロレタリアの名における政治革命も、虐げられた第三世界の名における反植民地主義の戦いも、民族的威信を賭けた民族解放闘争も、つねに「被害者」の側よりする「本来私に帰属するはずの権利の奪還」として営まれてきた。
 私たちが歴史的経験から学んだことの一つは、一度被害者の立場に立つと、「正しい主張」を自制することはたいへんにむずかしいということである。
  争いがとりあえず決着するために必要なのは、万人が認める正否の裁定が下ることではない(残念ながら、そのようなものは下らない)。そうではなくて、当事者の少なくとも一方が(できれば双方が)、自分の権利請求には多少無理があるかもしれないという「節度の感覚」を持つことである。エンドレスの争いを止めたいと思うなら「とりつく島」は権利請求者の心に兆す、このわずかな自制の念しかない。
 私は自制することが「正しい」と言っているのではない(「正しい主張」を自制することは論理的にはむろん「正しくない」)。けれども、それによって争いの無限連鎖がとりあえず停止するなら、それだけでもかなりの達成ではないかと思っているのである。
 私が今回の事件を見ていて「厭な感じ」がしたのは、権利請求はできる限り大きな声で、人目を惹くようになすことが「正しい」という考え方に誰も異議を唱えなかったことである。「ことの当否を措いて」自制を求める声がどこからも聞こえなかったことである。
 「いいから、少し頭を冷やせ」というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような「大人の常識」を私たちはもう失って久しいようである。

(毎日新聞2008年5月12日付夕刊)

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2008年5月14日 (水)

朝日新聞記事「五輪の囚人」(4月28日付)

最近、新聞を読んでいて「えッ」と思った記事があった。それは、中国で当局批判を行って投獄されたり、そうした人々を助ける弁護士の活動を報じたものだった。一昨日、池上彰さんのコラムを読んでやっぱりメモしておこうと思った。

森田自身も、基本的人権の尊重されるべきことは人類普遍の原理であると思っている。また日本国憲法の定めるところにより、わが国も国家としてそのような立場であるはずである。ここに報じられたような事実があるならば、メディアがこれを報道するのは当然のことだ。「えッ」と思ったのは、申し訳ないことに中国駐在メディアは、当局の目を恐れてこのような報道は自己規制してしまうだろうという先入観があったからだ。

以前、故田中角栄元首相の葬儀に際して、ある政治家が読んだ弔辞について田中真紀子代議士が「父の全てを語って下さいました」と礼を述べた。実は、その弔辞を担当した歴史観に欠け、空気ばかり読むライターは、田中角栄氏の事績を振り返る弔辞から「ロッキード事件と裁判対策としての自民党闇支配」については全て欠落させていた。

昨年の温家宝首相の国会演説、先般の胡錦涛主席の早稲田大講演で「日本の戦後の歩み」が高く評価され、ODAへの感謝も述べられた。「タブー」は破られた格好だが、これら首脳スピーチが歴史の流れを語る際に言及が避けられるのは、『大地の子』が中国で放送されなかった原因とも考えられる「文化大革命」と、6・4天安門事件だ。しかし、実はここを抜きに中国の本当の歴史を語るのは難しい。

こうしたことが率直に語られるようにというのは、当面の外交課題というのとは少し違うだろう。しかし、とにかく「五輪の囚人」を取材した記者や、この記事の掲載を決断したホネのある人々の頑張りが助けとなって、いつの日にか、中国の人々とこうした20世紀後半、あるいは21世紀初頭の「歴史」についても構えることなく本当のことを語り合える日が来るといいなと思う。

【以下は『朝日新聞』2008年5月12日付夕刊be4面の池上彰氏によるコラムの写しです】

(池上彰の新聞ななめ読み)「五輪の囚人」 記者の怒りと勇気、感じる

 新聞記事の中には、これだけの内容に仕上げるには、さぞかし苦労があったのだろうと思わせるものがあります。最近では、「北京百日前」企画のひとつである「五輪の囚人」が、そのひとつでした(4月28日朝刊)。

  中国で、「北京五輪に巨費を投じるより人権状況を改善してほしい」という署名活動をしただけで、「国家政権転覆扇動」の罪で懲役5年の判決を受けた男性。逮捕された後、拘置所でベッドに手足を縛りつけられたまま食事や排泄(はいせつ)を強いられたという。この男性は、「五輪の囚人」と呼ばれる。
 人権活動家を支援する弁護士が、「公安」と名乗る4人の男に拉致され、3日間も監禁されたという。
 別の弁護士は、逮捕されている活動家の面会に行く途中で暴漢に襲われ、重傷を負ったが、警察は取り合ってくれない。
 中国国内で相次ぐ事件の数々を伝えています。「共産党独裁政権の弾圧を恐れずに人権や民主、法治、言論や信教の自由などを訴えているのは活動家だけではない。彼らを支援する弁護士も、身の危険にさらされながら闘う」と北京の朝日新聞記者は書きます。
 活動家の弁護をする弁護士は、弁護士の業務を停止させられたり、本人自身までもが国家政権転覆扇動罪に問われたりする危険があるというのです。
 こうした事実を、中国の報道機関は報じません。報道機関自らが、共産党中央宣伝部によって統制されているからです。
 「権力は党に集中する。その幹部に不正がはびこる。メディアは沈黙する。大衆が不満を募らせても、党批判は断罪されかねない。罪に問われた被告を守ろうとすれば、弁護士にも身の危険が迫る。
 これが中国の現実だ」
 記事には、記者の怒りが滲(にじ)んでいます。しかし、報道の自由がない中国で、日本の新聞記者が、こうした現実を取材すること自体、当局の妨害を受けるはずです。電話が盗聴されていることを前提にして、取材対象に迷惑をかけないように配慮しながら、取材の連絡を取り合う苦労。
 当局にとって都合の悪いことを書けば、その後、陰に陽に嫌がらせを受けることが容易に予想できる中で、ペンを鈍らせることなく、どこまでのことが書けるのか。
 この記事を書いた記者は、きっと中国の弁護士たちの行動に勇気づけられて、ペンをとったのでしょう。その記事を読むことで、私たちもまた、勇気づけられるのです。

(朝日新聞2008年5月12日付夕刊be4面)

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