日本史

2009年2月22日 (日)

「日本の財務相がバチカンのラオコーン像によじ登って警報鳴らす」-爆笑と言ってはいられない

今週末も新聞切り抜きなどしながら、羽根木公園・梅まつりの川場村の売店に飲むヨーグルトを買いに出た以外は在宅の週末。

あいかわらずのテレビ。森田敬一郎の発言に続いて(笑)、小倉さんがとくダネの「週間エンタマイスター」で取り上げた幸田浩子さん。月末の津田ホールのチケットは売り切れのようだが、昨年四月の紀尾井ホールでのN響メンバーによるアンサンブルをバックにしたコンサート(NHK・BS)の放送録画を見る。

「とくダネ」で紹介していたドンギアという作曲家が彼女に捧げたという「新しい色の祝祭にて カリヨン」は、そこで紹介されていたイタリアのアンサンブルをバックにしたものより少しテンポが速めのよう。モーツァルトのコンサートアリア『あなたに明かしたい、おお神よ』K.418がとりわけ素晴らしい歌唱だった。

もうひとつは日本映画専門チャンネルで放送された映画『長州ファイブ』(2006年)。幕末の井上、伊藤らの密航は教科書にも出ているかも知れないが、高校生などがイメージをつかむのに良い映画だと思う。

長州は、明治後の軍国主義と政官財癒着を先導したグルーブだけに手放しで礼賛する気にはなれないが、井上が後に条約改正交渉で「鹿鳴館」など軟弱と批判された漸進路線をとったり、日露戦争後に米ハリマンの「南満州鉄道の日米共同経営」提案に前向きの姿勢を示したこと、あるいは伊藤が日露戦争前後にロシアに対して宥和的と言われたハト派的な姿勢の根底に、命がけで体得した国際政治の現実感覚があったことを想起させる。

ところで、録画で見た先週火曜日放送のNHK『爆笑問題のニッポンの教養』は美術解剖学の布施英利さんの話でとても面白かったが、番組のはじめの方でいくつかの美術の映像が流された時に「あれ、これどこかで見たな」という彫刻。

今朝、朝日新聞2009年2月21日付社会面で見たバチカン博物館蔵「ラオコーン」像だ(!)

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中川昭一前財務相兼金融相があの泥酔会見のあと、バチカン観光で柵を乗り越えて警報を鳴らして恥をさらした時に、よじ登ったやつらしい。

まあ、いつ世でも猪武者のように威勢のいいことを主張するのは、たいてい現実を知らない愚かな人々であり、「国家、国家」と声高に叫ぶ連中にかぎって、「ローマのレロレロ」のように国益を大きく損ねるのが関の山なのだ。

威勢がいいのは自民党ばかりではないかもしれないが、『長州ファイブ』でも見て、先人の苦労を学ぶべきだろう。

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2009年1月24日 (土)

冷泉彰彦氏の「日米通貨統合」論

在米の作家・冷泉彰彦氏のメールマガジンの『from 911/USAレポート』の1月24日号が「日米通貨統合」について論じている。

就任式に臨むオバマ大統領の様子についての感想、自動車ビッグスリーの今後の見通しなど「なるほど」「参考になるなあ」と読み進めていたが、話が「通貨統合」に至ってちょっと面食らった。

冷泉氏の豊富な知識と情勢判断の導いた結論であり、頭から否定すべきではないかもしれないが、現段階での森田の感想はやはり「オバマ政権のアメリカが相手なら考えられないではないが、いつかまたこの事態が収まった後で、アメリカの政権が再びブッシュ・チェイニー政権のようなトンチンカンな政権になる時が来る可能性は充分にある。ふたたびフリードマンのような議論が横行する時期が来るかも知れないということを考えると、通貨統合を通じて日米経済を一体化し、日本の経済政策のフリーハンドを放棄してしまうようなことには躊躇せざるを得ない」というものだ。

冷泉氏のことだから、森田のような感想が出てくることは百も承知で切迫感を持って提言しておられるのだろう。よく研究しておきたい。

末尾に日米の映画『おくりびと』と『ベンジャミン・バトン』に共通するものが論じられている。

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2009年1月15日 (木)

「日本の希望は女性にあり」と語る音楽評論家・吉田秀和氏(95)、作家・丸谷才一氏(83)

そろそろ新年に入っての新聞も縛って片づけようという方もあるかも知れないが、『朝日新聞』2009年1月1日付33面の音楽評論家・吉田秀和氏と作家・丸谷才一氏の対談はとても面白かったので、元旦の新聞など忙しくて読んでいないという方も抜き出しておいてあとでご覧になることをお薦めしたい。

なにしろ吉田さんは95歳だから、最近の経済・社会情勢がもたらしている雰囲気について、過去の経験を問われ「第一次大戦の後だから、小学校に入るか、入らない頃かな」と説き起こすスケールの大きな話にはじまり、かつて男性楽団員しかいなかったベルリンフィルに女性団員がたいへん増えたことなどにもふれながら「ぼくにとって日本の最大のホープは女性たち」と話を進めている。

丸谷さんも「文学だってそうじゃない?」と水を向けられ「そう、女の人がいいんですよ。川上弘美さん、高樹のぶ子さん、江国香織さん、まだまだ他にもいろいろ」と応じ、源氏物語を論じながら、人類史は初めの母系社会の後、父権的な時代が6000年続いているという説を紹介、源氏物語が広く読まれるようになっているというのは、6000年ぶりの転換期にあることがその背景にあるのではないかという、さらにスケールの大きい話を展開している。

コンビニで立ち読みした『週刊文春』の宮川隆義氏による総選挙獲得議席数予測の記事の中で同氏も、「卑弥呼現象」などということばを提唱し、日本の政治はめちゃくちゃだけれども、民主党を中心として女性議員が増えることで、倭国の大乱が卑弥呼の登場で収まったように、ようやく落ち着いてくるんじゃないかと言った話をしていたこととも符合するなあと思う。

対談の末尾で吉田さんは「僕、総理がこんなにしょっちゅう代わっているなら、男じゃなくたっていい。女性にやってほしいと思っている」と結論している。「今、新聞に名前が出ている誰それじゃないよ」というところも含めて大いに共感。

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2008年12月14日 (日)

大河ドラマ『篤姫』最終回へ

 今夜、『篤姫』が最終回を迎える。始まる前は「宮崎あおいさんが本当に天章院の看板を背負いきれるんだろうか」とか、「『翔ぶが如く』で加山雄三さんがとても良かった成彬を、そのとき久光をかなりおっかなく演じた高橋英樹さんがやるけれどミスキャストじゃないか」などと思ったが、そうした予断はことごとくいい意味で裏切られ、毎週楽しみに観て、最近のBSハイビジョンの集中再放送も仕事場でつけっぱなしにしていた。

 田渕久美子さんの脚本がたいへん良かった。「役割」とか「家族」などのキーワードはあまりに現代的で違和感があったけれども、政治史の切り取り方もかなり正確で鮮やかだったと思う。作品の肝は篤姫がのびのびしたヒューマニズムとリベラリズムで頭の固い人々の心を動かし、我慢するばかりでなく、そうした前向きの姿勢を貫くことで自らのおかれた立場における責任を果たしていくということだったと思う。主演の宮崎あおいさんは、天才ぶりを遺憾なく発揮して脚本に生命を吹き込んだ。

 瑛太さん、堺雅人さんも期待通りの演技、高橋英樹さんや北大路欣也さんも若手をしっかり支えられた。高畑淳子さんの怪演には毎回笑わされたが、篤姫が人の心を開いていくエピソードの中で成彬の正室を演じた余貴美子さんも流石だと思った。映画『おくりびと』の時のような感じの方が、本来のイメージに近いと思っていたのでなおのことそう感じたのかもしれない。

 一つだけ惜しかったのは、例えば江戸無血開城を決めた場面、勝海舟と対座した場面の西郷隆盛役の小澤征悦さんの演技。彼が抱えていた矛盾、人間性を感じさせたが、あそこは少し体の動き、そう顔を左右に振りながら話すのはやめて、心の動揺が自然ににじみ出すようにしなければ少し「軽い」。もっとも、そう言うのは観る方に西郷についての先入観があるせいかもしれないが。

 脚本、主演陣、支えるベテランと、多くの人が手放しに褒めているが、森田が付け加えるとしたら奈良岡朋子さんのナレーションがドラマ全体を締めていたという点だ。奈良岡さんなら当然と言えば当然だけれども、目立つところは全くないながら、落ち着いた理知的な語りがドラマ全体の風格、あたたかみを醸し出す上でとても重要な役割を果たしていたように思う。

 毎回のオープニング、クリムト風のデザイン、N響を指揮する井上道義氏の心のこもった演奏も心に残った。

 今夕の最終回。楽しみだが、終わってほしくない‥

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2008年12月 5日 (金)

ムンバイのテロ事件-地域の子どもたちが絶望せずに勉強したり暮らしたりできるように支援することが最大の「対策」

ムンバイのテロ犯10名のうち唯一の生き残った者についての米ABCのニュースが目に入る。パキスタンの小さな村に育ち、10歳で学校に行かなくなり‥最後は「家族に4000ドル(36万円あまり)提供する」と言われ犯行を決意したという。

テロ対策というと、自衛隊派遣うんぬんという話ばかりする人々がいるが、やはりアフガニスタンとか、パキスタンの小さな村、あるいはインドの貧しい、例えばイスラム教徒の集落に住む子どもが、普通に暮らして、学校で勉強が出来て、過激なテロ集団などにリクルートされるリスクを小さくする支援の積み重ねの方が、はるかに現実に役に立つ「テロ対策」だと思う。

アフガニスタンのカブールなどには、トップの緒方貞子氏の強い意思もあり、JICAの職員が何十人か踏みとどまって全く丸腰で保健衛生などの業務に命がけであたっていると聞くと頭が下がる。日本は「軍」を派遣していないだけに現地で受け入れられるというが、現地にもっととけ込んで成果を上げることが出来るのはイスラム圏で該当地区と民族的にも、宗派的にも相性の良い人々であるような気がする。

この際、日の丸を目立たせようなどという欲張った考えは置いておき、イスラム系の団体や現地の人々によるNGOなどが、貧しい地区の子どもたちがやがては安心して学校に行けるような状況を作り出す指向性をもった社会開発支援のプログラムづくりに知恵を出し、実行に当たってくれるそうした団体、人々に日本政府が資金を提供していくといった方法をさらに模索していくべきだ。

テロを起こすやつは悪いやつでとんでもない、軍事力でたたきつぶせと言っているだけでは何の解決にもならない。浜の真砂が尽きることがないのと同じことだ。

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2008年12月 3日 (水)

自衛官は靖国神社「遊就館」見学を上司に勧められることはないか?&予備校・四谷学院は右偏向

ふと思い至ったが、自衛官が上司から「靖国神社の遊就館を見学してこい」と言われることなどはないのだろうか。

あれは変な施設で、簡単に言えば田母神前航空幕僚長と同じような考え方で歴史パノラマを展開しているわけだが、歴史のリテラシーに欠けるビジュアル世代には悪い意味で説得力があるのではないか、危ないという気がしてきた。

「ルーズベルトの陰謀」といった部分は、岡崎久彦氏(元駐タイ大使)がCIAかアメリカの右から注意されたらしく、一部修正がされたらしいが、以前にも書いたとおり日本の軍国主義や近隣諸国への侵略については反省のかけらもない危険な施設で、以前にも書いたがあんな施設を、宗教法人が免税でやっているのは変だ、もっとまともな、日本政府の歴史についての公式見解に沿った歴史展示施設わ作るべきだというのが、森田のかねてからの持論だ。

ここでの論点に戻る。最近話題の問題に関連して、自衛隊内で上司より「遊就館は見ておいた方がいい」という話を、インフォーマルにでもしているならば、それは偏向教育であり、ゆゆしき問題である。調査と歯止め措置が必要だ。

そういえば、四谷学院という予備校の日本史の教師が「僕は中道」といいながら、かつての東条英機を美化した東映映画『プライド』を推薦していたという。広告代理店の友人も「四谷学院の時代ですよね」などと言っていたが、結構肝心なところで講師のレベルが低すぎないか? かつて様子を聞いた河合塾の方がよっぽどまともだぞ。

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2008年5月13日 (火)

民主党の「平沼赳夫氏との連携」には賛成できない。

四川省で大規模な地震があり、大きな被害が出ているという。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げると共に、日本政府も有効な支援に力を尽くしてほしい。

さて、毎日新聞の2008年5月12日(月)付朝刊2面に、「合い言葉は反自民-政界再編へ『野人の会』」という見出しの囲み記事が出ていて、国民新党の綿貫民輔氏と平沼赳夫氏の顔写真が二つ並んで載っている。

週の初めから変なものを見てしまったという気分だ。まずは、第3極なんてものは現段階で国民にとっては不要だ。必要なのは、今の連立与党から、今の野党にスッキリ政権交代が実現することで、アメリカ一辺倒の戦争協力路線と、弱者切り捨ての新自由主義路線からの「転換」を明確にすることだからだ。野党にはそういう旗をまずしっかり立ててもらうことが必要だが。そもそも第3極などというものを必要としているのは、参議院のコントロールを取り戻したい自民党の方だ。

平沼氏というのがそもそも気に入らない。綿貫氏なんて者も前議長として偉そうなこと言っているのがプレーアップされているが、宮沢内閣時の自民党幹事長として政治家としては全く無能であることをさらけ出した「みんなで靖国神社に参拝する会」の神主さんに過ぎない。もっとも、国民新党については亀井久興幹事長がテレビで話していることが党の路線であるとするなら、外交ハト派、マクロ経済重視の保守中道路線と言えるわけだが。

平沼さんは「極右」ですよ。いまの後藤田代議士と故後藤田正晴代議士との関係に似たような血縁関係にあり、義理の祖父になっている戦前の平沼騏一郎首相は、戦前の構図の中でも「右」と言われた人で、米内海相や山本五十六海軍次官が体を張って抵抗した「日独伊三国軍事同盟」を強力に推進しようとしていた首相在任時に、ヒトラーが突然ソ連と不可侵条約を結んだことにパニックを起こし、欧州情勢は「複雑怪奇」とって政権を投げ出してしまったような人だ。

平沼氏のこれまでの言動を見ると、極右体質も、情勢判断能力の欠如も、まさしく「おじいさん」の生き写しだ。以前「民主党の早期問責提出は、麻生太郎内閣への交代の引き金になり、そうすれば中川昭一、安倍晋三らがもれなくついてくる」というようなことを書いたが、平沼氏はイデオロギー的にも、もれなくついてきそうだという点でもこのご一統なのだ。

民主党はこんな平沼氏の選挙に協力するため、同氏の選挙区への候補擁立を見送っている。民主党岡山県連は、昨年当選した変な参議院議員の擁立など、ちょっとおかしいのではないか。

とりとめないこと書いてしまったが、kojitakenという方が書いておられる「きまぐれな日々」というブログの民主党は平沼赳夫一派との連携を模索するな(5/3)、タカ派政治家の劣化(5/12)、平沼赳夫首相」の悪夢(5/13)が参考になると思います。

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2008年5月 7日 (水)

連休中の国際ニュースから

事務所で連休中の国際ニュースをまとめてザッと見る。フランスのフィヨン首相は訪米して英語で講演「フランス風のイントネーションを楽しんでいただきたいと思いまして」。別に「大統領の母」もインタビューに登場しており、就任一年の共同インタビューで国営テレビのニュースキャスターに「どうしてあなたの改革は失敗したのか」といきなり突っ込まれていたサルコジ大統領の盛り上げに必死。

韓国の李明博大統領も支持急落はサルコジ氏の後を追っている感じ。若い有権者が、目先の変わる活気ある「右」の大統領を選べば局面が良くなると錯覚して、政策の方向性が間違っていたり、曖昧だったりする指導者を選ぶと、大いに落胆することになるという例。わが国は同じ轍を踏みたくない。

その韓国のニュースで、「北」が核放棄を印象づけるため寧辺原子炉の「冷却塔」を自分で爆破する準備があるというものに少し驚く。韓国のテレビや新聞は、日本のメディアや官僚から見ると「飛ばしすぎ」らしいが、小渕内閣の頃「韓国メディアは飛ばしすぎ」と役人たちが言っていた羽田-金浦のシャトルはちゃんと飛んでおり、米朝が思いの外進んでホントにならないとは限らないだろう。

胡錦涛主席の非公式晩餐会の松本楼は、日本で革命運動をやっていた孫文を支援していた人の末裔が経営者。餃子、ガス田も大切だが、刹那的にならずに100年の視点を持っていくことも大切だろう。過去100年の前半は日本の侵略が重いが、「欧米列強からの自立」という観点から辛亥革命に協力した日本人もいるのだ。明るい面を掘り起こして、今後の100年を展望したい。

【以下はリンクした胡錦涛首席、孫文、松本楼関係の毎日新聞夕刊記事の貼り付け】

胡・中国主席:来日 日中交流秘史に光 両首脳、東京・日比谷の松本楼で夕食会

 ◇「国父」孫文支えた梅屋庄吉しのび

 福田康夫首相は6日夜、胡錦濤国家主席を東京・日比谷公園内のレストラン「松本楼」に招き、非公式の夕食会を開いた。警備が難しい都心のオアシスをあえて会場に選んだのは、松本楼にまつわる日中近代史の「秘話」に光を当てようという双方の計算があった。

 中国民主主義革命の先駆者で「国父」と呼ばれる孫文(1866~1925年)。その政治活動を物心両面から支えた梅屋庄吉という日本人がいたことは、あまり知られていない。松本楼の経営者は梅屋の末裔(まつえい)にあたる。

 実家が長崎の貿易商だった梅屋は、19世紀末に香港で2歳年上の孫文と知り合い、その革命思想に深く共感する。日本活動写真株式会社(日活の前身)を設立し映画事業で財をなした梅屋は、孫文に多額の資金援助を繰り返した。さらに梅屋夫妻は孫文と宋慶齢との結婚を仲介し、東京・大久保にあった梅屋邸で披露宴を催したという。

 2人の友情は群を抜いていたが、梅屋は「孫文トワレトノ盟約」について「一切口外シテハナラズ」と遺言したため、貴重な資料は長く公開されることがなかった。

 夕食会では、梅屋のひ孫にあたる松本楼常務の小坂文乃さん(40)らが孫文ゆかりの羽織や宋慶齢の手紙などを両首脳に披露した。胡主席にとって、孫文をたたえることは、中国共産党とともに抗日戦線を担った国民党の再評価につながり、現在の台湾で国民党を率いてきた馬英九・次期総統への前向きなメッセージになる。台湾との和解プロセスというわけだ。

 福田首相にとって松本楼は、父・赳夫元首相が三枝夫人と結婚式を挙げた場所。自然な形で日本人が辛亥革命を支援した歴史を振り返り、中国の対日感情に訴えることができるメリットがあった。

 年1回の「10円カレー」で有名な松本楼は1903年、日比谷公園と同時に開業した。松本楼の創業者である小坂梅吉の孫と、梅屋の孫が後に結婚したため、梅屋の資料は小坂家に引き継がれた。小坂さんは「両国のトップにこの歴史を伝えることができて光栄です」と話している。【古賀攻】

毎日新聞 2008年5月7日 東京夕刊

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2008年4月15日 (火)

井出孫六『中国残留邦人』(岩波新書)=広く薦めたい良書=

「中国残留孤児」が大きく報道され、世間の耳目を集めたのは80年代になってからのことだった。たまたま改革開放後の海外留学「一期生」の同じ年の友だちがいたのだが、NHKのテレビ中国語講座などでも活躍していた彼女が、当時はまだ東京オリンピック時代の建物を使っていた代々木のオリンピック記念青少年センターに通い、ボランティアを務めていたのには頭が下がった。

様子を聞くと「森田さん、信じられないかもしれないけれど、私は日本語の通訳というつもりで行ったけれども、あの人たちは中国語の読み書きも不自由なんです」と言われ、驚いたことを思い出す。

満蒙開拓団を一番多く送り出した長野県出身で1931年生まれの井出孫六氏は、自身の子ども時代のふるさとでの見聞から説き起こし、どのような背景、手続きで人々が大陸に送り込まれたのか、またどのような暮らしだったのかに始まり、終戦時の様子はもちろん、肝心なところとして戦後のわが国の保守政権が取り残された人々をどのように扱ったのかがこの本では時系列を追ってていねいに語られる。

どうして中国語の読み書きもできない人がいたのか。なぜ「残留孤児」ではなく、「残留邦人」という用語でなければならないのか。行政の恣意により若い女性だった故に一段と苦労されることになった方々のこと、また岸信介という人が政権に就き、日中関係の正常化をイデオロギーを先行で妨げたことが、残留日本人に「二次災害」と言ってもよい被害をもたらした政治面でのいきさつなどがよく見通せる。

この本は、若い人々が「中国残留邦人」の苦難をたて糸に、戦前戦後を通じての、日本という国家と国民の関係を実態に即して知る上でとても参考になる。神奈川県では知事の肝いりで高校の「日本史」が必修になるそうだが、大化の改新や蒙古襲来ばかり何度も繰り返して勉強していも仕方がないので、教師の方々には、この本を夏休みの課題図書にされることを薦めたい。

政治は「結果」なのだから、「自虐史観だ、いやそちらのは自慰史観だ」などといった観念的な話よりも、この教材で日本政府は戦前、戦後を通じて現実に国民をどのように扱ったのか、またいまは行政や司法でどのように扱っているのか、事実を学ぶことが良いと思う。

神戸地裁の判決が巻末に抄録されている。裁判官の出来映えも、国の運命を左右すると強く感じる。論点が少しそれるかもしれないが、今の時代、裁判の判決文も、個人の住所などは伏せ字にした上で、全文ホームページで閲覧できるようにし、広く国民の批評を受けるようにすることも考えるべきではないかと思った。

ところで、井出さんが三木内閣の井出一太郎官房長官の弟で、村山内閣の井出正一厚生相(さきがけ)の叔父であることは知る人ぞ知ることだろう。しかし、この本には伊東正義外相や新自由クラブの田川誠一代表などの名は見えるが、この問題で著者の働きかけもあって大いに働かれたに違いないこれらの著者の親族についての言及はない。こういう奥ゆかしさには、大いなる魅力というかなつかしさを感じる。

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2008年2月28日 (木)

イージス艦衝突事件=ゴーストップ事件を想起する必要あり。ミサイル防衛システム導入は見直しを=

イージス艦あたごが引き起こした衝突事故に関して、防衛省が捜査に当たる海上保安庁に連絡することなく、艦長を本省にヘリで呼び出して聴き取りを行っていたという。これはシビリアンコントロールにとって分水嶺であり、われわれはゴーストップ事件を想起しつつ厳しく始末にあたらなければならない。

簡単に言えば、自衛隊が市民社会との関係で違法行為を問われたときに警察の管轄下に入るのか、勝手に行動することが許されるかという重大な問題なのだ。

先にも触れたが、自民党の憲法改正案は軍事裁判所の創設を謳っている。今回の事件に当てはめていえば、「事件の捜査には憲兵隊があたり、裁判は軍事裁判所の管轄になるので、海上保安庁は引っ込んでいろ」という状況を作るための改正案だ。

私はそんなことは認めたくない。自民党には改正案の「改正」を望みたいし、そうしないなら、次の総選挙以降、永久に野党になってもらいたい。

防衛省、自衛隊の抜本的なネジの締め直しが必要であることに多くの国民が気づいたわけだが、とりわけ象徴的なのは進めつつある「ミサイル防衛システム」導入の取り扱いだ。

これは、防衛省内でも意見が真っ二つに割れていたと言われている。そもそも本家のアメリカでもクリントン前大統領は、対人地雷禁止条約や全面核実験禁止条約を推進する文脈の中で、一時は国連演説で「配備計画の延期」を表明するなどしていた。

しかしブッシュ政権が誕生し、イラク戦争の下手人でもあるチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官がミサイル防衛を強力に推進する。わが国でも北朝鮮のミサイル発射や核実験に対する国民世論の沸騰を奇貨として、それに便乗する人々が多くなる。

そう言った中で、防衛省を牛耳った腐敗の権化である守屋前事務次官が強力に推進して配備を決定したのが「ミサイル防衛システム」であり、この巨費を要し、東アジアの核戦略にも微妙、というよりは、はっきり言って核軍備競争を激化させる要因となるシステムの現場を、どういう人々が運用することになつているかと言えば、今回の艦長だの見張り役だのといった人々と同じような人々なのだ。あたごがその尖兵であることは、広く報じられているとおりである。

「全ては艦長である私の責任です」と短いセンテンスで言い切れないエリート自衛官を見て多くの人が感じたと思うが、安倍晋三氏、衛藤征四郎氏あたりが鉦と太鼓で実現した「防衛庁の省昇格」など、きわめてナンセンスなことだった。

もうひとつ言えば、人命が失われた大事件だが、マスコミがこの事件を熱心に報道する一方で、たしかイラク戦争の際、海上自衛隊の幹部自衛官が、大臣にも内閣にも指示を受けていないのに、勝手に米海軍に連絡して「空母の出港時に、海上自衛隊のイージス艦が護衛に当たるよう、米海軍の方から要請してほしい」と頼み込んだといった話にはほとんど反応しなかったのは困ったことだ。

こういう軍人の政治的な動きは、軍艦の操船ミスによる事故などよりも国家の運命に悪影響を与える。

真珠湾攻撃の航空艦隊司令長官の南雲忠一という軍人がいる。この人は「日米交渉妥結の時は断固引き返すべし」という山本五十六連合艦隊司令長官に、「引き返せるわけがない」とタテつく一方で、第二次攻撃を見合わせて米軍の石油備蓄を温存させ、空母を撃ち漏らしている。ミッドウェーでは艦載機を「直ちに発進させるべし」という山口多聞少将の進言を退けて爆弾を魚雷に再びつけかえる作業をさせて大敗を招いた。

しかし森田は、南雲の大罪はそういった軍事面での無能以上に、元老東郷平八郎元帥まで担ぎ出してのロンドン軍縮条約反対運動の先頭に立って旗を振り、日本を愚かな戦争の路線を歩ませるお先棒をかついだことにあると考えている。この点で南雲が断罪されたことはないわけだが、同じようなことがいま繰り返されていないか、われわれは目を光らせる必要がある。

「ミサイル防衛システム」の洗い直し。イージス艦事故をきっかけとしてやるべき仕事の一番であると考える。

それにしても「亡国のイージス」という小説のタイトルを考えた作家は優れた時代感覚をしていると思う。

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