世界史

2009年2月12日 (木)

「イスラエル総選挙 右派が過半数」-たしかに痛手だが

イスラエルの総選挙で、ネタニヤフ元首相が率いる伝統的な右派政党「リクード」や、新興政党で排外主義を唱え「極右」と表現されるリーバーマン党首の「イスラエルの家」など右の獲得議席の総計が過半数を越えた。毎日新聞一面の見出しには「中東和平停滞か」と添えられ、3面には「オバマ戦略に痛手」とある。

強硬派の勢力増大はたしかに痛手だが、この結果には累積してきた原因があるので、政権発足3週間のオバマ政権も予測された結果と受け止めているだろう。

第1党は確保すると見られるカディマも、中道と表記され、日本の外交官もブッシュ政権べったりの連中や自民党の一部政治家は絶賛していたけれども、この党はもともとリクード党の党首(野党時代)やリクード党政権の首相を務めたシャロン前首相が創設した政党であり、晩年は和平派を演じていた故シャロン氏といえば、もともとはクリントン政権時代にイスラエル労働党のラビン政権とバラク政権の下で成立直前までいったパレスチナ和平の機運を「聖地訪問強行」などでぶち壊した人物だ。今回の選挙目当てとも言われるガザ侵攻を待たなくとも、森田はもともとあまりスジのいい党であるとは見ていなかった。

今回の選挙結果は困った結果だ。しかし、この原因はブッシュ政権がパレスチナ問題を事実上放置したままイラク戦争に熱中したり、イランを「悪の枢軸」呼ばわりして中東の政治地図でイスラエルをかえって不利にしたり、あるいはブッシュ政権が、パレスチナのアッバス議長が「総選挙の実施は待って欲しい」というのを押し切って当初のスケジュール通りの選挙を強要した結果、ハマスの勝利を招くといった失策を重ねてきたことの反動なのだ。

つまり、今回の選挙結果にはブッシュ・チェイニー政権の政策の累積が招いたという面があり、オバマ政権が正しい方向に政策転換し、粘り強く中東外交を進めるならば、将来のイスラエル総選挙の結果は違ったものになる可能性がある。

もちろん、イスラエルの国内の社会開発の問題、例えば建国当初からの移民ではなく、最近旧ソ連から移住したような人々の所得水準や教育水準が低いといった格差問題や、そうしたことの反映としての若者の失業やごく一部にはネオナチ(!)の流行が見られるなどといった問題があるらしい。極右や極左の台頭を防ぐにはこうした問題に地道に取り組む必要があることを忘れてはいけない。

それにしても、毎日新聞3面の見出しは「オバマ戦略に痛手」ではなく、「ブッシュ政権の負の遺産」とか、せめて「オバマ戦略に課題」くらいがいいんじゃないか、というのが森田の感想。

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2009年2月 1日 (日)

2010年-改訂日米安保条約50周年/APEC日本開催は長崎がいいのでは

先週1月25日放送のNHK『日曜討論』は、オバマ政権と日米関係などがテーマになっていたが、その中で米議会に勤務歴のある中林美恵子氏が2010年は安保条約50周年なので、それを契機にオバマ政権との間で日米安保関係を新たに構築する作業をすべきだという趣旨の発言をしていた。またチャールズ・レイク氏からは「APEC日本開催も決まっている」と指摘があった。

吉田総理が結んだ旧安保、岸総理が改訂に執念を燃やした現在の日米安保条約はいずも「米ソ冷戦」を前提としていたものであり、本来なら米ソ冷戦が終焉した20年前に「冷戦も終わったのだし、米軍の日本駐留はおしまいにしたら?」という議論が高まっても良かったはずだが、実際には「現状維持」ないし「米軍への協力強化」に理屈をつけるため、橋本内閣とクリントン政権との間で「日米安保はアジア太平洋の平和に大きな役割を果たす」という日米安保の再定義として「共同宣言」がまとめられた。

周年行事など、本質的には意味があるわけではないが、「ブッシュ=小泉」時代のさまざまな逸脱を本来の軌道に戻し、またオバマ政権の国際協調路線の中での日米関係を再定義するきっかけとして「50周年」の節目を使うのは悪いことではないと思う。

まあ、森田としては日本政府に「日本は基地を提供、アメリカは日本防衛を約束というのが日米安保の約束。基地はうんと役立っているでしょう。周辺住民は大きなコストを負っているのです。まさか『ただ乗り』だの、もっと負担しろといったことは仰らないでしょうね」という基本路線でいってほしい。安保条約に「同盟」といったことばが使われていない以上、日米を「同盟国」などと気安く言ってほしくない。ネブラスカの商店のおやじさんや、フロリダのお母さんたちは、テレビやラジオで日本の政府高官が「日本とアメリカは同盟国」などと何度も叫ぶのを聞けば「アメリカが攻撃されれば、日本が参戦するのはあたりまえ」と考えるのは当然ということに思い至らなければ「現実感覚」が欠如しているとしか言いようがない。

APECの開催地はどこがいいか。長崎は歴史的に日本のアジアと世界の窓口だった。ここなどどうだろうか。オバマ大統領の原爆被爆地、広島・長崎の訪問が実現すれば日米関係、世界の核軍縮・不拡散にもプラスが大きいと思う。

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2009年1月31日 (土)

山内昌之教授の故ハンチントン氏への温かい評価

雨降りの土曜。昨夜放送の『20世紀少年 もう一つの第1章』(日本テレビ)の録画など見ながら自宅で新聞切り抜きなどして過ごす。

毎日新聞の2009年1月28日付に、昨年亡くなったサミュエル・ハンチントン氏について山内昌之氏が追悼文を寄せている。山内教授は「文明の衝突という考えは複雑な世界史や国際政治を単純に割り切りすぎた」と断じてはいるものの、全体としては「人々の反応を楽しんでいただけかもしれない」「彼の魅力は茶目っ気」温かいトーンに貫かれているので少し驚く。

ハンチントン氏の若い頃の業績は知らないが、「文明の衝突」という考えは今さら指摘するまでもなく、世界の「文明」をかなり恣意的に8つだかに切り分けて「イスラム世界と欧米キリスト教圏衝突は不可避である」といったことを主張する乱暴な話であり、学者の話としてはあまりに雑ぱくであるばかりでなく、実際問題としても「9・11」後にアメリカが戦争に突き進んだり、小泉自公連立内閣を含め世界中の多くの人々がそれを積極的に支持したり、反対を表明しなかったという状況を準備した極めて有害な議論であったと言うべきだと思う。

山内先生としては、人の悪口などは言う必要がないということかもしないけれど‥

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2009年1月24日 (土)

冷泉彰彦氏の「日米通貨統合」論

在米の作家・冷泉彰彦氏のメールマガジンの『from 911/USAレポート』の1月24日号が「日米通貨統合」について論じている。

就任式に臨むオバマ大統領の様子についての感想、自動車ビッグスリーの今後の見通しなど「なるほど」「参考になるなあ」と読み進めていたが、話が「通貨統合」に至ってちょっと面食らった。

冷泉氏の豊富な知識と情勢判断の導いた結論であり、頭から否定すべきではないかもしれないが、現段階での森田の感想はやはり「オバマ政権のアメリカが相手なら考えられないではないが、いつかまたこの事態が収まった後で、アメリカの政権が再びブッシュ・チェイニー政権のようなトンチンカンな政権になる時が来る可能性は充分にある。ふたたびフリードマンのような議論が横行する時期が来るかも知れないということを考えると、通貨統合を通じて日米経済を一体化し、日本の経済政策のフリーハンドを放棄してしまうようなことには躊躇せざるを得ない」というものだ。

冷泉氏のことだから、森田のような感想が出てくることは百も承知で切迫感を持って提言しておられるのだろう。よく研究しておきたい。

末尾に日米の映画『おくりびと』と『ベンジャミン・バトン』に共通するものが論じられている。

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2009年1月23日 (金)

チェ・ゲバラの見たヒロシマ テレビ朝日「報道ステーション」の放送予告

新聞テレビ欄を見ていたら、今夜のテレビ朝日『報道ステーション』が50年前のチェ・ゲバラの来日と広島訪問を取り上げるようだ。

キューバの革命政権成立後に来日したゲバラは、受け入れ側が広島訪問をセットしないのに対し、「やはり行ってみたい」とある夜(外務省や警察を出し抜いて?)同行の若者と二人で汽車に乗り広島に向かった。以前、NHK-BS1の『今日の世界』でこの時同行した男性のインタビューも含めてこういった話だったと思うが紹介していた。

わが国の近代の歴史を考えるとき、「侵略への反省」と「軍による政治の壟断の総括」を決して外してはならないが、同時に広島・長崎が人類初の「限定」核攻撃を受けたことがあるという体験に基づき、核兵器が使われたらいったいどういうことが起こるか、その真実を世界に発信し続けることが日本人にとって世界史的、人類史的な使命だと思う。

ゲバラの広島訪問は、この人間的魅力に溢れる革命家の人物像を知るよいエピソードであると思うし、ゲバラに注目が集まる今、またブッシュ政権の退場が核の脅威を削減する方向に大きく役立つことが期待されているこの時期に、この話題を取り上げる『報道ステーション』のセンスを支持したい。

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2009年1月22日 (木)

【切り抜き】凍てつくデラウエア河畔にて-オバマ大統領就任演説の絵解き(毎日新聞コラム「余録」より)

オバマ大統領の就任演説の中で、建国の父たちが独立戦争時にピンチに立ったときの話が出てきたが、アメリカの故事に詳しくないので知らない話だった。『毎日新聞』の今日付1面のコラム「余録」にその紹介があったので切り抜き・貼り付け。

岩見隆夫氏が、イージス艦の事故の際に「どの新聞のコラムも、イージスの語源であるギリシア神話に触れていた」と無個性化を嘆いていたが、あの時も「余録」の取り上げ方は他紙と比べて深かったと思う。現在の各紙のコラムの中では、歴史、古典についての知識、引用の適切さにおいて『毎日』の「余録」子が断然優れていると思う。

【以下、2009年1月22日付『毎日新聞』より切り抜き、貼り付け】

余録:厳寒の中の希望

 ドイツ人はクリスマスにはビールを飲んでバカ騒ぎするだろう--こんな見通しなしには米国は独立できなかったかもしれない。独立戦争で英軍に圧迫されたワシントン率いる大陸(たいりく)軍は、英軍のドイツ人傭兵(ようへい)部隊をクリスマスに急襲して形勢挽回(ばんかい)した

▲直前の大陸軍は相次ぐ敗軍で数千まで兵を減らし、凍りつくデラウェア川の岸で野営した兵の中には靴すらない者もいた。歴史的奇襲の2日前、そこにいたある男はたき火の光の中でこう記した。「今こそ人間の魂にとっての試練の時だ」

▲男は「コモン・センス」の著者トマス・ペイン、この時に書かれた「危機」という文章は大陸軍将兵を鼓舞し、独立戦争の勝利に貢献した。米独立革命史の泣かせどころといえるこの場面は、米国の苦難の時代には繰り返し思い起こされる

▲だからオバマ新大統領が、その「危機」を引用して国民を鼓舞したのは、困難な時代の米国リーダーの正道だろう。「未来の世界で語られるようにしよう--厳寒の中、希望と美徳しか生き残れなかった時、共通の脅威にさらされた都市や地方は進み出て、共に立ち上がったと」

▲華麗な言葉のアクロバットを期待する声もあった就任演説である。だが耳に残ったのは国民に正面から現状の厳しさを説き、米国再生への「責任」を共に担うよう求める堅実な言葉だ。そこには過熱気味だった期待を冷却する狙いもあろう

▲仏思想家トクビルは建国間もない米国人を見て「欠点を自ら矯正する力」を見抜いた。行き詰まった政治の大胆な路線転換も、建国の理想を再活性化することで可能となる米国の文明だ。その21世紀版は今、黒人大統領が扉を開いた。

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2009年1月21日 (水)

オバマ大統領就任演説に対する米ABCステファノプロス記者の感想

米ABC「ワールドニュース」におけるジョージ・ステファノプロス記者の感想書きとめ。対話の相手はチャールズ・ギブソン記者、NHK-BS1の録画音声から。

 ギブソン記者 スピーチを聴きますと、私自身感動しましたのは、現在の問題がいかに特別なものであるかについて触れたことと共に、根底にある幅広いテーマに何度も立ち返っていたことです。
 ステファノプロス記者 「責任」、それから「奉仕」ですね。こうしていられるのも先人の犠牲があったからと言っていました。しかし本当に、われわれに気合いを入れるスピーチだったと思います。この若い大統領は国民の肩を揺さぶって「目を覚ませ」と言っているようでした。やることが沢山あるのだと。
 『聖書』の中から引用したのは「コリント人への第1の手紙」です。「子どものようなことはもう止めるべきである」というくだりを引用しました。彼は「私たちが伝統に則ってやっていけば問題も乗り越えられる」と言ったんです。 
 ギブソン記者 そしてブッシュ大統領については、スピーチの中で彼に対して厳しいことばもありましたね。
 ステファノプロス 政権移行はスムーズにいきましたが、スピーチは厳しいところがありました。「ひとりよがりの時代の終わり」「狭い利害を守るのは終わり」とも言いました。これは非難のことばです。ブッシュ大統領の時代に対する非難です。「再び世界でリーダーにならなければならない」と。そのように言ったわけです。 
  ギブソン (中略)われわれ皆に呼びかける、「つらい日々が待っている」ということを伝えるスピーチでした。

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2009年1月16日 (金)

ミリバンド英外相も「テロとの戦い」という用語批判

イギリスのミリバンド外相が『ガーディアン』への寄稿で「テロとの戦い」という用語は間違っていると批判したと報じられた。

ミリバンド外相は労働党でもブレア前首相寄りで、中道のブラウン首相が世界金融危機で存在感を回復する前に支持率が低迷していた時期に、自らへの党首交代を目指して動くのではないかと言われたブラウン首相にとって目の上のタンコブ「ふたりのデイビット」の一人(もう一人はデイビット・キャメロン保守党党首)だ。

ミリバンド氏は南オセチアでのグルジアの武力行使に端を発したロシアのグルジア本土侵攻の当時、ポーランドに乗り込んでロシアに対する強硬勢をアピールするなど、もともとは「タカ派」であり、ブラウン首相がブレア前首相よりも軍縮問題などに熱心で、経済政策も社会民主主義色が強いのを「右」から批判するポジションをとっていた人で、まあ言ってみればイギリスの前原誠司氏のような人なのだが、そういう人でさえ「テロとの戦い」という用語の毒性を指摘せざる得なくなったわけだ。

テロの撲滅には、その温床となる経済・社会問題の解決が不可欠で、アフガニスタンやパキスタンの現状をみればそれは誰の目にも明らかだ。ブッシュ・チェイニー、また日本の自公政権のように「テロとの戦い」という一言で、戦争が一番だといった単純指向に陥ったり、何十年も積み重ねてきた安全保障をめぐる国会審議が生み出したものをすっ飛ばしてしまうなどというのはとんでもないことだ。

デイビットの語源は古代イスラエルのダビデ王だが、いまダビデ王の地で起こっている問題も含め、わが国にとって、できることは何か。為すべきことは何か真剣に考えるべきだ。

外務省や自民党政権をコントロールしてきた財界は「体裁を考えれば、自衛隊を出すのがいちばん安上がりで楽」などと考えているのだろう。次期政権党である民主党も外交面では「ソマリア海賊対策の海上自衛隊派遣」を強く主張している元外務官僚の田中均氏の影響力が非常に強いという。あそこだって、本当はソマリアの内政崩壊をそのままにしていては、何の問題解決にもならないのだ。

われわれも、目を覚まして、与野党や官界、財界をよく見張っていかなければ。

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2009年1月15日 (木)

「日本の希望は女性にあり」と語る音楽評論家・吉田秀和氏(95)、作家・丸谷才一氏(83)

そろそろ新年に入っての新聞も縛って片づけようという方もあるかも知れないが、『朝日新聞』2009年1月1日付33面の音楽評論家・吉田秀和氏と作家・丸谷才一氏の対談はとても面白かったので、元旦の新聞など忙しくて読んでいないという方も抜き出しておいてあとでご覧になることをお薦めしたい。

なにしろ吉田さんは95歳だから、最近の経済・社会情勢がもたらしている雰囲気について、過去の経験を問われ「第一次大戦の後だから、小学校に入るか、入らない頃かな」と説き起こすスケールの大きな話にはじまり、かつて男性楽団員しかいなかったベルリンフィルに女性団員がたいへん増えたことなどにもふれながら「ぼくにとって日本の最大のホープは女性たち」と話を進めている。

丸谷さんも「文学だってそうじゃない?」と水を向けられ「そう、女の人がいいんですよ。川上弘美さん、高樹のぶ子さん、江国香織さん、まだまだ他にもいろいろ」と応じ、源氏物語を論じながら、人類史は初めの母系社会の後、父権的な時代が6000年続いているという説を紹介、源氏物語が広く読まれるようになっているというのは、6000年ぶりの転換期にあることがその背景にあるのではないかという、さらにスケールの大きい話を展開している。

コンビニで立ち読みした『週刊文春』の宮川隆義氏による総選挙獲得議席数予測の記事の中で同氏も、「卑弥呼現象」などということばを提唱し、日本の政治はめちゃくちゃだけれども、民主党を中心として女性議員が増えることで、倭国の大乱が卑弥呼の登場で収まったように、ようやく落ち着いてくるんじゃないかと言った話をしていたこととも符合するなあと思う。

対談の末尾で吉田さんは「僕、総理がこんなにしょっちゅう代わっているなら、男じゃなくたっていい。女性にやってほしいと思っている」と結論している。「今、新聞に名前が出ている誰それじゃないよ」というところも含めて大いに共感。

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2009年1月 7日 (水)

麻生政権は米国にイスラエルを止めることを求めよ

毎日新聞の本日付社説二番手の見出しは「米国はイスラエルを止めよ」。核心を突いた、シンプルな良い見出しだ。

付言するならば「麻生政権は米国にイスラエルを止めることを求めよ」と言いたい。麻生さんは正月からオルメルト首相、パレスチナ政府のアッバス議長(ただし事実上の分裂でガザ地区には支配権が及ばない)に電話を入れて停戦を求めたことをマスコミにアピールしていた。

何もしないよりはうんといい。しかし「アメリカの同盟国」などと胸を張るならば-森田は同盟などという用語は条約に根拠がないと考えるが-、この状況で国連安保理の停戦決議さえユダヤ系の資金と票のために拒否権をちらつかせて阻止するアメリカのブッシュ大統領と、それを踏襲する恐れのあるオバマ次期大統領に対し、「おかしいじゃないか。ハマスにロケット弾テロ停止を求めるとともに、イスラエルにも停戦を求めるべきだ」と安保理の非常任理事国として強く求めるべきだ。そうすることはホワイトハウスや国務省がフリーハンドを確保することを支援することになり、結局はアメリカのためにもなるのだ。

それをしない、できない、考えたこともなかったというのでは「自民党、公明党、外務省はアメリカの犬か」と言われても仕方がないだろう。

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